第六十六話 死闘! 黒衣の司祭を打ち倒せ! (5)
周囲の喧騒とは裏腹に、その一角だけは静寂に包まれていた。
シガラ公爵軍と屍人の群れが戦っている中で、カシンに肉体を奪われたマークと、それを迎え撃つティースは互いに間合いを図りつつ、睨み合っていた。
ティースは腕の力を程よく抜き、刀の切っ先を地面に向ける“地の構え”を取っていた。
攻撃には転じにくい反面、力を抜いて構えているので相手が仕掛けてくるまで、容易に待つ事が出来る構えだ。間合いに入れば足下からの振り上げで迎撃できる、返しに適した構えであった。
それを理解しているのか、カシンの動きも慎重であった。
マークは速度重視の戦い方であり、しかもカシンが憑りついた事により脚力も強化されている。
一足飛びに踏み込めるが、正直ティースの剣速が掴めないため、迂闊に飛び込めないのだ。
「どうしたの? 早くかかって来なさい」
カシャンと刀を鳴らし、相手を挑発するティースは真顔だ。先程までは迷いに迷って、悩み抜いた顔をしていたが、今ではそれは払拭されていた。
何よりも大切な従者を斬る事に、怒りを覚えつつもそれをしっかりと制御し、覚悟を固めた。
そう感じさせるだけの気迫がにじみ出ていた。
「せっかちな御夫人ですね。今少しこの緊迫感を楽しめばよろしいのに」
カシンもまた両手に握る短剣を軽く振るい、挑発を返した。
万全の状態であれば、マークの得意とする地属性の術式で相手の体勢を崩し、そこを斬り込むという手段が取れた。
だが、今のマークは“昨晩”からの連戦に次ぐ連戦で魔力を消耗し、残りも谷の入口を封鎖する際に使いきっていた。
カシンも実のところ、肉体を乗っ取る際にそれなりに消耗し、今は乗っ取ったマークの肉体を強化するだけで手一杯であった。
余裕の態度を崩さないのは“演技”であり、“人質”で相手の戦意を削ぐための芝居でしかなかった。
ところが、人質は効果がなかった。ヒサコとアスティコスは、マークであろうとお構いなしに殺しにかかったからだ。
ある意味、正しい判断を即断即決で下したようなものであるが、割り切る速さが尋常でなかった。
むしろ、こうしてティースが割って入って一騎討ちに持ち込んだことの方が都合の良い状態であった。
(まあ、有利とも言えないがな)
僅かに視線を逸らして周囲を見てみると、徐々にだがシガラ公爵軍が押し始めていた。
万単位の屍人軍団をぶつけ、消耗したシガラ公爵軍を追い込もうとしたのだが、マークの行った入口の封鎖により、その策が半ば潰された状態となった。
なにしろ、先程の激戦によって生み出された死体の大半は、谷間に転がっているのだ。
これが起き上がって生者に襲い掛かろうとするも、マークの作り出した壁や、元々転がっていた瓦礫を越えねばならない。
全体の数で言えば屍人軍団の方が上であったが、谷の内外で完全に分断されており、数的有利を活かせない状況にあった。
しかも、ヒーサとコルネスの采配も光っていた。
不意を突かれた奇襲効果も失われ、態勢を整えて反撃に転じ始めたのだ。
分身体の操作には慣れたとは言え、本体が戦闘機動を取り始めると、分身体の操作精度が落ちる。
ところが、今はカシンと言う難敵を前にしても、ティースが前面に出てくれているため、本体は分身体の方に思考力を割ける状態にあった。
油断なく観察してはいても、頭では分身体での部隊指揮に注力しており、コルネスの部隊と連携して屍人軍団の処理に当たっているのだ。
(やれやれ。今少し時間を稼ぎつつ、“本来の目的”を達成するつもりであったが、さすがに虫が良すぎたか。まあ、機会はまだあるし、ここは適当に攪乱しつつ、下がるのが得策か)
カシンの思考は不利を悟って“逃げ”に移りつつあったが、それでも戦果と言う名の手土産を持って帰らねばという欲があった。
こうして乗っ取ったマークと、その主人であるティースを始末できれば、敵方の戦力減衰は確実だ。
ならば、それくらいは達成しなくては、というのが最終的な判断となった。
「では、行きますぞ」
挑発のために振ってた短剣を動きをピタリと止め、飛び込むためにやや前傾姿勢でカシンは構えた。
一気に空気が張り詰め、ティースもまた指一本の動きすら見逃すまいと意識をさらに研ぎ澄ませた。
そして、すぐに動いた。
カシンは左手に持っていた短剣を、ティースの顔面目掛けて投擲した。
と同時に、一気に踏み込んだのだ。
だが、ティースの対処は達人の域のそれであった。
飛んできた短剣を爪先程度の空間で見切り、最小の動きで顔をずらして回避したのだ。
その間、飛び込んでくる相手から一瞬たりとも目を離さず、踏み込んでくるタイミングを見計らって、逆袈裟から刀を振り上げた。
しかし、これは空を切った。
踏み込んできたそのギリギリのところで急激なブレーキをかけ、カシンはティースの目測を誤らせ、空振らせたのだ。
刀が虚しく空を切り、その一瞬後に再び踏み込んだが、今度は信じられない速さで、袈裟懸けからの斬撃が飛んできた。
よく見ると刀が“返されて”おり、峰打ちでの振り上げであった。
ティースはかわされる事を事前に予測し、逆袈裟を峰打ちで振り上げ、これまた空振って踏み込んできた相手を今度は袈裟懸けで斬り付けたのだ。
が、これも空振り。カシンの肩を捉えたと思った一撃は、カシンが“霧散”した事によってまたしても空振りに終わった。
カシンは飛び込む際に幻術を重ね、それを斬らせたのだ。
だが、ティースはそれすら読んでいた。
袈裟懸けに振り下ろした刀であったが、いつの間にか左手一本で振り下ろしており、空いた右手で“裏拳”をカシンの顔面に打ち込んだ。
カシンの顔面を捉え、その頬に直撃、はしなかった。
またしても“霧散”したのだ。
そして、気が付けばティースの喉元にカシンの手が伸び、短剣を突き刺していた。
「惜しかったですな。読みは的確でしたが、幻術に幻術を重ねているところまでは、さすがに読み切れなかったようで」
これは詰将棋だ。相手の手数を読み、その上で返して、必殺の一撃を加える手順の読み合い。
仕掛けて、かわして、返して、かわして、そして、カシンの一撃が先にティースに命中したのだ。
だが、ここで予想外の事が起こった。
カシンは元より、ヒサコも、アスティコスも、完全に“騙された”。
喉元に短剣の突き刺さったティースが、跡形もなく“霧散”したのだ。
「なにぃ!?」
「幻術は、あんたの専売特許じゃないのよ!」
いつの間にかカシンの背中を取っていたティースが、渾身の一撃を刀に込めて振り下ろした。
しかし、刀は返しており、殺すつもりのない峰打ちでの一撃だ。
殺意はなくとも十分な威力があり、しかも完全に不意を突く格好となった。
振り下ろされた刀はカシンの肩を捉え、嫌な音と共に肩の骨を完全に砕いた。
よろめくカシンにティースは更に蹴りを入れて吹き飛ばし、地面を勢いよく転がっていった。
「いいのが入ったわね、下衆野郎が。さあ、今までの屈辱に対しての……、清算の時間よ!」
ヨロヨロと起き上がり、信じられないと思いながらも必死で睨み返すカシンに、ティースは怒らをあらわにした表情で睨み、握る愛刀『鬼丸国綱』の切っ先を向けて威圧した。
~ 第六十七話に続く ~
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