第六十五話 死闘! 黒衣の司祭を打ち倒せ! (4)
マークの体がカシンによって乗っ取られた。
それはティースにとっては耐え難い状況で、どうにかできないものかと全力で頭を働かせた。
(考えなさい! どうすればマークを救い出せるのかを!)
焦るティースであるが、状況はのんびりできる状況ではない。
まず、側にいるヒサコとアスティコスは、マークを殺る気満々であった。
カシンに体を乗っ取られた以上、二人にとってそれは“敵”でしかない。“敵”ならば倒す。そういう単純明快な結論であった。
また、周辺の状況も芳しくない。
スアス渓谷の入口は先程、マークが〈城壁生成〉で塞ぐことに成功し、ワラワラ湧き出る屍人の群れを分断する事に成功した。
しかし、それでもかなりの数がすでに谷の外に飛び出しており、火薬をほとんど使い切った状態のシガラ公爵軍にはかなり面倒な状況となっていた。
「さあさあ、盛り上がって来たね。どうする? どうするかね、諸君?」
状況をよく理解しているだけに、カシンもまた三人をこれでもかと挑発した。
ティースにしてみれば、マークの声で挑発されるのは聞き苦しく、怒りを覚えるのだが、だからと言ってそれを切り捨てるわけにはいかなかった。
『鬼丸国綱』であれば斬る事は容易いはずだ。なにしろ、マークの手に持つ得物は短剣が両手に握られているだけで、近接戦には不向きであった。
刀の一撃に耐えれる代物ではなく、素早い動きに注意さえすれば問題なく斬れる。
(でも、それじゃあダメ! マークを殺してしまう事になる!)
戦えば勝てるが、それでは大切なものを失う事になる。
一応、その手にはすでに刀が握られているが、恐れが手を震わせ、カチャカチャと音を響かせていた。
だが、ヒサコとアスティコスにはその迷いがない。
さっさとマークを始末して、その中に潜むカシンごと吹っ飛ばす気であった。
カシンを倒せるのであれば、マークの犠牲も仕方ない。十分許容範囲なので問題ない、というのが二人の頭の中では整理がついており、それぞれの持つ炎の剣と弓矢は狙いを定めていた。
「犠牲が怖くて、戦いなんてできませんね。マークにもその覚悟はあるでしょう」
「ちょっと可哀そうでもあるけど、こっちにもこっちの都合があるから」
二人はすでにマークの事を諦めていた。
見切るのが早いと言えば早いのだが、周囲の状況を見ればそれも止む無い事であった。
さっさとカシンを片付けて、周囲で暴れる屍人の群れを片付けなくては、被害が拡大する一方であった。
また、カシンは敵方の最高幹部であり、それを始末できるのであれば申し分なかった。
「しかしな、始める前に言っておくことがある。別に人質を盾にしてコソコソやるつもりはない。なぜなら、こいつは強いからな!」
まさに一瞬の出来事であった。
マークが一歩踏み込んだかと思うと、凄まじい加速で三人に接近し、一瞬で間合いを詰めた。
そして、シュッと短剣を払うと、器用にアスティコスの持つ弓の弦だけを切断した。
そこへヒサコが剣を振り下ろしたが、素早く回避し、マークは先程立っていた位置にまで戻っていた。
「速い、わね。それも魔王の力かしら?」
「いかにもその通りだ」
カシンは勝ち誇ったように言い放ち、二本の短剣でジャグリングをしてなおも挑発した。
「魔王様の覚醒に連動する形で、私の力もまた強化されている。先程の体の時は“魔力強化”に注力していたが、今は“肉体強化”に集中させている。元々、この小僧も俊敏さを使う戦い方の心得があったようであるから、それを単純に強化してみたまでのこと」
「なるほど。確かにその足の速さは、十分に脅威に値するわね。一対一の勝負なら、あるいは一番厄介かも」
ヒサコはかつて下したマークへの評価が正しかったことを、改めて実感した。
アスプリクとマークが魔王になるかもしれないと知った際、どちらが魔王として覚醒した場合、厄介な存在になるのかと考えた事があった。
結論から言えば、マークが魔王になった方が勝ち目なし、となった。
アスプリクの特技は、何と言っても大火力だ。得意の火の術式で相手を焼き払うことであり、一人で千人分の働きをすると言われていたが、それも納得の威力であった。
しかし、『不捨礼子』がある以上、それは脅威とはならない。鍋に備わっているスキル〈焦げ付き防止〉は火属性への完全耐性を付与してくれるため、アスプリクの得意技を無効化することができるからだ。
例え魔王として覚醒し、その威力が増したとしても、火属性の術式であれば怖くはないのだ。
一方のマークは厄介極まりない。
暗殺者であるため、闇討ち、暗殺はまず通用しない。得意とする術式は地属性であり、攻防どちらにも使える厄介な術だ。
装備、スキル共に、松永久秀とは噛み合わず、やりにくい事この上ないのだ。
そして、その状況を今見せつけられた。
カシンと引っ付いて強化されただけで、あれだけの脚力を見せ付けたのだ。これが魔王としての覚醒であった場合、より強力な存在となるのは必定であった。
「厄介だけど、倒す以外に道はないわね」
「三対一なら、まあどうにか」
アスティコスも弓を破壊されたため、得物を小剣に持ち替え、同時に術式を使うために意識を研ぎ澄ませていた。
だが、ここでティースが待ったをかけた。
両手を大きく広げ、二人の動きを制したのだ。
「二人とも、止めて。マークは……、私が斬る!」
そう言うと、ティースは身に着けていた鎧を脱ぎ始めた。
女性の身では重そうな板金鎧であり、それが次々と地面に落ちてガシャンガシャンと盛大に音を響かせた。
先程の戦闘であちこち痛んでおり、動きが阻害されるほどに変形している箇所もあった。
それらをことごとく脱ぎ捨てたのだ。
「おやおやおや、重たい鎧を脱ぎ捨てて、まさかスピード勝負をするつもりかね?」
むしろ、それはそれでカシンにとっては好都合であった。
ティースは女性には不釣り合いな鎧を着ていたため、防御力は極めて高かった。
そのため、マークの持つ短剣では威力が弱すぎて、鎧の接続部や隙間を狙うしか攻撃手段がなかった。
しかし、今は鎧を脱ぎ捨て、下に着ていた布地の服だけとなった。
鎧が無くなった以上、全身が“急所”になったに等しい。
「ヒサコ、あなたがアルベールを斬るのを躊躇った理由が、今なら分かるわ。失うべからざる者を斬るのは、この上なく心苦しい。でも、殺らなければ殺られる。だから、せめて自分自身の手で決着をつけるわ」
ティースの表情から迷いが消えていた。
ただ、どこか寂し気で儚さを漂わせていたが、覚悟はすでに固まっているようであった。
刀を両手で握りつつも力を程よく抜き、切っ先を下に向けた。
(五行の内、“地の構え”か)
ヒサコはティースの選択した構えを見て、そう判断した。
(“地の構え”は攻めに転じにくいという欠点はあるけど、“受け”の構えとしては優秀。相手の攻撃に合わせて、逆袈裟やなんかの防御し辛い技を繰り出せる。足を狙う分、速度重視の相手にはいいかな)
ティースもようやく本気になったかと、ヒサコはこの場は任せる事にした。
間合いの差を活かし、足に一撃を入れて速度を封じ込める作戦だと、ヒサコは判断した。
しかし、ティースの構えをじっくり見ている間に、強烈な違和感に襲われた。
それは寒気となって全身を震わせるほどだ。
(ちょっと待って!? どういうことなの!? 刀を使うようになったのはつい最近のはず。なら、なんで“五行の構え”なんて知っているのよ!?)
偶然か、それとも剣士としての本能がこの構えを取らせたのか、ヒサコには判断しかねる状況であった。
ティースはただジッとマークを見つめ、その動きを一瞬たりとも見逃すまいと意識を集中させた。
~ 第六十六話に続く ~
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