第六十四話 死闘! 黒衣の司祭を打ち倒せ! (3)
それは完璧に決まった不意討ちであった。
黒衣の司祭カシンは当人の言葉通り、かつて戦った時よりも数段強くなっていた。
ティースと近接戦で有利に戦いながら、ヒサコの炎とアスティコスの矢を同時に防ぎ、それでもなお平然としていた。
だが、ついにその動きを拘束した。
変幻自在の棒術はティースが多少のダメージを厭わぬ突撃で、脇の棒を挟み込む事で封じ、術を防いでいた黒い盾はヒサコの連射する火の玉で拘束。
さらに、アスティコスの放った矢がカシンの着ていた法衣を地面に縫い付ける事に成功。
回避も防御もすべて封じた。
そこへ背後からのマークの不意討ちである。
地の術式で地面の下を進み、頃合いを見て飛び出し、まさに必殺の間合いであった。
飛び出すと同時に手に持つ短剣を強く握り、カシンの心臓に向かって繰り出した。
「取ったぞ、魔王の手先め!」
マークの繰り出した短剣は狙い違わずカシンの心臓を捉えた。
背中から突き入れ、肋骨の隙間を通し、その切っ先は間違いなく心臓に届いた。
軽く捻って素早く抜く。傷口を広げて止血を困難にする基本的な技だ。
力を失ったカシンは前のめりに倒れ、噴き出す血は黒い法衣を汚く染め上げていった。
「っしゃあ! あの世で自分の愚行を反省しなさい!」
アスティコスは倒れたカシンを見て、思わず握り拳を振り上げるほどに喜んだ。
恨み辛みの積もった相手であり、その死は何にも勝る歓喜となった。
それはティースも同様であり、刀を鞘に納め、自身の従者の活躍を拍手付きで褒め称えた。
「お見事、マーク! よくやったわ! きっちり決めてくれたわね!」
だが、それも一瞬で終わった。
あろうことか、ヒサコは戦闘態勢を解かず、それどころか頭くらいはある火の玉をマークに撃ち込んだ。
咄嗟の事にティースはどうなっているのか理解できなかったが、マークは反応した。
襲い掛かる火の玉を、短剣を振り上げて真っ二つにしたのだ。
二つに切り割かれた火の玉はマークの両脇をすり抜け、その背後の着弾。そして、爆発した。
吹き荒れる爆炎がマークを揺らし、降り注ぐ火の粉を振り払った。
「え、あ、ちょっと!? ヒサコ、あんた!」
「バカ! 相手の気配を探りなさい! カシンはまだ死んでないわよ!」
「え……?」
ティースは驚きながらも、マークの気配を探った。
確かに姿形はいつもよく見るまーくのそれであるが、そこから漏れ出ている気配や魔力が明らかに異質なものになっていた。
そう、これは黒衣の司祭と全く同じであった。
そんな困惑するティースに対し、マークの姿をしたそれはニヤリと口の端を吊り上げて笑った。
「フフフ……、さすがは英雄様ですね。この少年の体を“私”が乗っ取ったのに気付いたか」
「油断して近付いたところを一刺しすれば、お姉様は殺せたでしょうしね。でも、“暗殺者”のあたしには通用しないわよ。あなたの匂いは鼻に突く!」
「いやはや、お見事お見事! そこまで上手くはいかないか」
明らかに口調の変わったマークは、カシンの死体に刺さっていた短剣を引っこ抜き、そちらも握った。
両手に逆手で短剣をそれぞれ握り、それを十字に交差させてヒサコを威圧した。
「どどど、どうなっているのよ!?」
「どうもこうもないわよ。カシンが、マークの体に取り憑いたって事よ!」
「そんな!」
ティースとしては信じたくない状況であったが、マークから放たれている気配は嘘を付かない。
その気は間違いなく、先程までのカシンのそれだ。
ヒサコが火の玉を投げ付けるまでは抑え込んでいたが、今では分かりやすい程にカシンの気配を放ち、間違いなく乗っ取った事を確信させるのに十分であった。
「おいおい、公爵夫人、私は異世界から皇帝ヨシテルの魂を召喚し、その魂をこの世界の住人に定着させたのだぞ? それの応用で自分の魂を、他人の肉体に移すことくらい造作もない」
そう言って、カシンはマークの体を我が物にした事を見せ付けてきた。
腕をブンブン振り回し、軽く跳躍しては軽業師のようにぐるっと回転したり、その体の“支配権”が自分にある事をこれでもかと強調してきた。
(声も姿もそのままマークだけど、明らかに態度も気配も違う!)
ティースはカシンにマークが乗っ取られてしまった事に焦り、全身から背が吹き出し始めた。
この世で唯一信用でき、ナル亡き後、最も忠実な部下であり、時には弟のように可愛がってきたマークが奪われた。
どうすればこれを取り戻せるのか、それだけを考えつつ、複雑な表情で睨み付けた。
だが、考える時間を“味方”が与えてはくれなかった。
あろうことか、ヒサコがマークに向かって遠慮なしに火の玉を投げ付けたのだ。
「止めなさい!」
ティースは素早く刀を鞘から抜き、飛ぶ火の玉を切り裂いた。
火の玉はかき消され、熱い風だけが周囲に拡散した。
「ヒサコ、あんた、何するのよ!?」
「それはこっちの台詞だわ。なぁ~に考えて“敵”を庇っているのよ?」
「“敵”じゃないわよ! マークよ、マーク!」
「マークであっても、寝返ったのならそれは“敵”よ」
“敵”を前にして、ヒサコとティースの間には早くも亀裂が走った。
こうなるだろうと予想してマークを奪ったカシンは、上手くいったと心の中で喝采した。
「物のついでだ。教えておこう。魂を移動させる術式は少々面倒でな。当たり前の話だが、一つの肉体には、一つの魂しか入らん。ただ、こいつは特別だ。マークは本来、“魔王”という強大な存在を受け止める器であるから、その容量が桁外れに大きい。わざわざ元いた魂を潰さなくても、身体を乗っ取れるというわけだ。おまけに、魔王の器であるがゆえに、魔の眷属とは相性がいい。すんなり乗っ取れたのも、そうした事情があるのだよ」
わざわざ懇切丁寧な説明をするカシンに、最初は訝しんだティースであったが、すぐにその意味を理解した。
少し躊躇っていたアスティコスが、吹っ切れたように弓矢を構えたのだ。
もちろん、狙いを定めたのはマークに対してだ。
「つまり、あんたがすんなり乗っ取れるのは、この場ではマークだけって事よね」
「そうなるな」
「なら、“壊す”だけよ」
迷いなく、アスティコスは矢を放った。
だが、それはティースによって切り落とされた。
「何やってんのよ!? アスティコス、正気なの!?」
「正気も何も、“敵”を倒すだけよ」
「“敵”じゃないって言ってるでしょ!」
「こちらに敵意を向けている以上、それは“敵”よ。それに、あの少年がどうなろうと、別にどうでもいいことだし」
これがアスティコスの本音である。
可愛い姪っ子以外は、どうなろうと割とどうでもいいのだ。
そもそも今回のような、人間の王国の内部抗争に巻き込まれているだけでも不快であるのに、今もこうしてアスプリクの探索を妨害されているのも許せなかった。
まして、目の前に誘拐犯がいるのである。
今やマークはアスティコスの瞳には、“敵”としか映っていなかった。
「不幸な事故、名誉の戦死、そういう事にしておくわね。骨は拾ってあげるから、死んでもらうわよ」
ヒサコも当然ながら容赦ない。
かつて松永久秀であった頃、天下の名城・信貴山城に籠城しながら、内部からの裏切りにより防衛網が崩壊。愛器・平蜘蛛と共に爆死を遂げるという最期を遂げた。
それゆえに、“裏切り者”の存在は絶対に許さないし、早めに処分するのが妥当とも考えていた。
要は、ヒサコにしろ、アスティコスにしろ、“敵”に操られた段階でさっさと斬り捨てるべき対象となったのだ。
「待って、二人とも! あれは“敵”じゃない! 単に操られているだけだから!」
ティースは必至で二人を押し止めようとするが、その言葉は二人には通用しない。
“目的”こそ違うが、目の前のマークが“邪魔者”に成り果てたという現実には変わらない。
勝ったと思った場面から、乗っ取りという奇手での逆転。
黒衣の司祭が用意した切り札に、まんまと術中に落ちるのであった。
~ 第六十五話に続く ~
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