第六十三話 死闘! 黒衣の司祭を打ち倒せ! (2)
ヒサコの持つ愛剣『松明丸』より炎が噴き出し、カシンに襲い掛かった。
まるで炎それ自体に意志があるかのように宙を舞い、巨大な炎の手がカシンに覆い被さるように降りかかった。
「見飽きたよ。魔力を拒む黒き牙よ、盛る炎を食い尽くせ!」
カシンの袖口から漏れ出た黒い影が膨れ上がり、襲い掛かる炎をあっさりと消し去ってしまった。
「触れたもの魔力を打ちける闇の神の衣だ。小手先の術では、突破できんぞ」
「なら、直接ぶった切るまでよ!」
ティースが絶叫と共にカシンに斬り込み、渾身の力を込めて立ち塞がる黒い盾に一撃を振り下ろした。
眩い輝きを放つ『鬼丸国綱』は黒い盾をあっさりと引き裂き、それは霧散した。
阻むものがなくなったので、ティースはさらに踏み込み、カシンの胴を薙ぐように刀を横一文字に払ったが、カシンはギリギリのところで後ろに跳躍し、刀は空を切った。
「ほほう、やるではないか! なるほど、ヨシテルの手に有ったときは恨みや怒りで呪物化していたが、その手を離れ、『不捨礼子』で浄化されたか! 何とも忌々しい事に、本来の悪鬼を斬り倒す刀に戻ったのは口惜しい限りだよ!」
「そうみたいね。つまり、闇の力を奉じるあんたには、特に効果的って事よね!」
「まあ、刀でぶった切られたら、どのみち痛いがな」
「痛いって感じる前にあの世に送ってやるわよ!」
ティースはさらに踏み込み、渾身の斬撃を浴びせようと斬り込んだ。
だが、カシンは一向に慌てない。
それどころか、袖口からぬるりと棒が飛び出し、ティースの斬撃を防いでしまった。
「ぬ……」
「術士だからと、近接戦の心得がないとでも思ったか? それ!」
袖から飛び出した棒は長く、ティースの身長よりも更に長かった。
それが猛然とティースに襲い掛かった。
長いリーチを生かして打ち下ろしてきたかと思えば、持ち手を変えて振り回し、あるいは突いて、その動きはまさに変幻自在だ。
流れるような連続攻撃に加え、次々と変わる間合いに踏み込む機を見い出せず、防戦一方に押し込まれた。
「ほれほれ、先程まで威勢はどうした!」
「ちぃ!」
ティースは初めて見る動きの武器に、焦りを覚えた。
扱いは槍に近いが、穂先がない。両端が石突のようなものだが、とにかく早い上にしなり、間合いが掴めないのだ。
長さもあるため、刀での踏み込みでは、斬撃が相手に届かない。届かせるためには二歩の距離を縮めねばならないが、一歩踏み込むだけで精いっぱいであった。
カツンッ! カッ! カシィン!
棒の動きは打ち下ろし、払い、突きと素早く切り替わり、しかも握る箇所が次々と変わるので、間合いや動きが読みづらいのだ。
だが、押されっぱなしでもなかった。
ヒサコは拳大の火の玉を生成し、それを次々とカシンめがけて撃ち込んだ。
また、アスティコスもまた、弓矢での攻撃を再開し、矢をカシンに向かって放った。
「あんたこそ、三対一だってこと、忘れてない!? 手数じゃこっちが有利なのよ!」
「果たしてそうかな?」
カシンは余裕の笑みを浮かべ、ティースの言葉など意にも介さなかった。
なにしろ、先程かき消された黒い盾を再び形成し、飛んで来る火の玉をことごとく打ち消した。
また、矢も棒で弾きつつ、あるいは回避した。
「んな!?」
「おいおい、三対一でこの程度かね? 私に苦戦しているようでは、魔王様の相手など、夢のまた夢だと知り給え!」
「減らず口を!」
ティースは再び踏み込んで刀を袈裟懸けに打ち込んだが、カシンの持つ棒で流された。
さらに、流す姿勢を捻り、回し蹴りまで繰り出してきた。
ティースは咄嗟に右腕でこれを防いだが、籠手がへしゃげるほどの威力が有り、激痛が走った。
勢いよく地面を転がり、転がる勢いのままに素早く起き上がったが、右腕が痺れて握力が著しく低下し、刀を握れなくなってしまった。
止む無く左手に持ち替え、顔をしかめながらもカシンを牽制した。
「いいね、その苦悶に歪む乙女の顔は! 魔王様への供物としては上物だ!」
カシンは余裕の態度を見せ付け、高笑いが響き、ティースは益々顔をしかめた。
だが、やられっぱなしと言う訳にも行かない。
そう考えて、今度はヒサコが前に出た。
「いい加減、そのふざけた笑みも見飽きたわ。あの世にきっちり送ってあげるから、アルベールに詫びを入れてきなさい」
ヒサコは火力をさらに高め、まるで火山が噴火したかのごとく剣より炎が迸った。
命中すれば危ういと感じたのか、カシンもまた黒い盾の操作に意識を集中させた。
「その台詞を吐く資格は、お前にはないぞ。この世界でのお前のやり方、随分と悪辣であったと記憶しているが、どうであったかな?」
「そうね、それは否定しない。でも、一つだけ、あなたに言っておきたい事があるわ」
「何かね、それは?」
「“他人”が屍に鞭を打つ姿を眺めるのは、どうにも不快だって事よ!」
ヒサコ自身、“世間”の常識や倫理観に照らし合わせれば、かなり悪辣な手法を用いたという自覚はあった。
だが、これに対しての罪の意識はない。なにしろ、この世界に飛ばされる前に“女神のお墨付き”を貰っている上に、騙し騙されてのやり方はかつての世界では日常茶飯事であったからだ。
そうかと言って、そうしたやり方を見せ付けられたり、あるいはやられるのは我慢がならないのだ。
どこまでも利己的な発想だが、そうした欲望の強さ、わがままこそ、松永久秀のスタイルだ。
権力者として、数寄者として、茶人として、商人として、どこまでも満たされない欲求を追い続けた。
この世界においても、自身の流儀を貫いているだけなのだ。
「威勢がいいのは結構だが、その炎では私には届かんぞ」
「果たしてそうかしら!?」
ヒサコは噴き上がるを束ね、巨大な赤い柱をカシンにぶつけた。
燃え盛る柱が倒れるようにカシンの頭上に振り下ろされたが、黒衣の司祭は鼻で笑った。
用意していた黒い盾でこれを受け止め、たちまち齧り尽くされてしぼんでいった。
だが、そこに強烈な風切音と共に、矢が飛んできた。
アスティコスが放った一矢であり、カシンの意識が炎の柱に向いた隙に放ったのだ。
「だが、甘い!」
「甘いのはどっちかしらね! 落ちろ!」
アスティコスの放った矢は、まるで意志があるかのように、落ちろと言う指示に従い、急に軌道を変えた。
まっすぐカシンの顔面に向かって飛んでいた矢は角度を変え、足下に軌道修正された。
風の精霊をまとわせた矢は、打ち下ろす風の力で強引に角度を変えられた。
手に持つ棒で叩き落とそうとしたカシンであったが、急な軌道変更には対応しきれず、払った棒は空を切った。
「勝機!」
これを見たティースは一気に踏み込んで間合いを詰めた。
黒い盾はまだ炎を食らい尽くしていないため、ティースを阻む事が出来ない。
棒は空振りのため、体勢に隙が生じていた。
おまけに放った矢は法衣に突き刺さり、地面に縫い付けられて動きに制限が加わっていた。
動けない、防ぐ手立てもない、それゆえの勝機だ。
利き腕が使えないため、左手での突きではあるが、一太刀入れるには十分だと、ティースは体ごとぶつかるつもりで突っ込んだ。
「てりゃぁぁぁ!」
「温いわぁ!」
よく見ると、カシンの握り手が浅かったのだ。
そのため、空振りによる隙が思ったよりも小さく、すでに突っ込んでくるティースに先端が向いており、突き入れてきた。
だが、ティースは構わずに突っ込んだ。
そして、身体をほんの少しだけずらし、わざと鎧に当てた。
蹴りで籠手をへしゃげさせるほどの怪力であり、まともに棒で突き入れられればただでは済まないが、丸みのある鎧の表面を“滑らせて”、棒の勢いを流した。
それでもかなりの衝撃が走ったが、ティースは顔をしかめながらも即座に脇を絞め、繰り出された棒を拘束した。
「今よ!」
ティースの叫びと同時に、それは動いた。
それはカシンの背後の足下だ。
突然隆起したかと思うと、人が飛び出してきた。
飛び出したのは、マークであった。
マークは谷の入口を封鎖した後、一度戦列を離れ、状況確認を行っていた。
大規模な屍人の群れを呼び出すなど、相当な術士でなければ不可能であると判断し、すぐにカシンの事が頭によぎった。
ならば、素早く見つける事が次の仕事だと考えたが、自分が見つけるより先にアスティコスがカシンを見つけてしまった。
ここで即座に“索敵”から“不意討ち”に切り替えた。
地属性の術式〈土竜行〉で地中に潜り、激しい戦闘が繰り広げられる地表の下を潜り抜け、カシンの足下にまで掘り進んだ。
そして、ティースの呼びかけで飛び出したというわけだ。
この間、一切の打ち合わせなし。完全なアドリブであった。
だが、この主従にはそんなものなど必要もなかった。互いが互いを完全に信頼し合い、それゆえに引けと言われて大人しく下がり、それ以降姿を見せないマークのことであるから、“おそらくは”何かの仕掛けをするのだろうとティースが読み、それをマークがきっちりと実行に移したのだ。
黒い盾はヒサコが、棒はティースがそれぞれ拘束していた。
そして、法衣がアスティコスの矢で地面に縫い付けられ、咄嗟に回避する事も出来ない。
そこにマークの背後から不意討ちである。
無防備な背中に、その短剣が突き刺さろうしていた。
~ 第六十四話に続く ~
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