第六十二話 死闘! 黒衣の司祭を打ち倒せ! (1)
ヒサコ、ティース、アスティコスが睨み付ける先には、黒衣の司祭カシンがいる。
周囲の喧騒はますます激しくなるばかりだ。
コルネス率いる部隊で屍人の群れを仕留めにかかっているが、如何せん数が多く、苦戦を強いられていた。
火薬も心もとなく、それを補える術士はいなかった。
「さて、時間も押しているし、くだらない挑発はやめにして、さっさと片付けましょう。……と言いたいところだけど、その前に二、三質問いいかしら?」
「お聞きしよう」
ヒサコもカシンも、どちらも尊大な態度を崩さない。あくまで自分こそ優位だと言わんばかりの態度で、口に出さずとも自然と挑発してしまっていた。
もっとも、アスティコスと違ってどこまでも冷静であり、矢弾や術が飛び交うことは無かった。
「儀式は終わったって言ったけど、もう放っておいても魔王が飛び出すって認識でいいかしら?」
「ああ、その認識で構わない。随分と苦労したが、そこはそれ、優秀な“贄”のおかげというやつだ。まったく、いつまでたっても闇落ちしないものであるから、役に立たない娘だと思っていたが訂正だ。非常に役に立ったよ、アスプリクは」
「その分だと、随分と搾り取ったみたいね、あの子の魔力を」
「さすがは最強の術士と言ったところか。実に良質な魔力であったよ。あれで今少し乳房が大きければ、もっと嬲り甲斐があったのだが」
「だから、挑発は止めなさいって」
ヒサコは再び激高し出したアスティコスをまた羽交い絞めにし、その動きを必死で止めた。
そこで選手交代か、今度はティースがヒサコに変わって前に出た。
「まあ、アスプリクが生きていると言う点は信じましょう。で、もう一つ質問、いいかしら?」
「どうぞ」
「あなたを今この場で殺せば、その儀式とやらは止まるのかしら?」
ティースは見せつけるように腰に帯びた『鬼丸国綱』の柄を指で小突き、今すぐにでも斬りかかるぞと脅しをかけた。
実際、ティースもアスティコスほどではないにせよ、かなりご立腹であった。
アスプリクの生い立ちを知ってから、かなり同情的になっており、夫の愛妾と言うよりかは、少し小生意気な妹くらいの感覚で接してきた。
その可愛い妹分を無碍に扱っているのが、目の前の黒い法衣をまとう腐れ外道である。
夫もまた外道ではあるが、不快指数で言えば明らかにその上を行っており、ぶった切る事に一切の躊躇もなかった。
「残念ながら止まらんぞ。すでに完了して、あとは時が満ちるのを待つ段階だ。私を殺し、儀式の魔法陣を破壊し、アスプリクを祭壇よりひっぺかしたとしても、砂時計が元に戻ることは無い」
「それを信じろと? 嘘しかつかないあなたの言葉を信じろと?」
「君の夫も大概だと思うがね」
「それには同意する。ヒーサは外道な言動が多いし、今も私は一切信用していない。でもね、一つだけ、あなたと決定的に違う点がある」
「ほう。興味がある。それは何かな?」
「あくまで選択は、他人にやらせると言う事よ」
ティースは確信を持って言えた。
ヒーサは控えめに言っても外道ではあるが、選択を強いる事はしてこなかった。選択の幅を絞る事はあっても、選択を強要することはなかった。
あくまで、抗ったり、あるいは逃げ道を用意して、その上で悪辣な策をもって最大の利益を出す選択を選ばせるように仕向けるのが、梟雄のやり方であった。
ティースとて、“生まれたばかりの赤ん坊を生贄に捧げる”という外道な選択を行った。
命を賭して抗うことができたのに、その外道な選択を自分自身の決断で選んだ。
それは母親としては最低であるし、ヒーサと同じ領域にまで下がってしまったと感じた。
(でも、それは私自身が選んだこと。ヒーサを恨んでも、私自身が選んだ以上、言い訳はできない。伯爵家再興に全てを擲つ覚悟をしたとき、私もまた“人間”を止めてしまった)
後ろ暗い事は山ほどあるが、だからと言って立ち止まるつもりもティースにはなかった。
目的のためには手段を選ぶな。それが夫から学び取った唯一無二の真理だ。
どこまでも前に進むし、時に小芝居で相手を騙す事も辞さない。
なんなら、腰の刀で人を殺める事にすら、草刈り感覚で行う事もできるようになっていた。
「君も随分と変わったね。一昔前は、少々闊達なだけの、どこにでもいる貴族のお嬢様かと思ったら、すっかり伴侶に毒されてしまって」
「自覚はあるから言い返せないわね」
「もう少し正義感の強い人間かと思ったら、どこまでも利己的か」
「ええ、そうね。ヒサコの言葉じゃないけど、人には優先順位が存在する。そして、今の私は伯爵家の再興に全てを費やす覚悟がある。その邪魔になると考えるからこそ、あなたをぶった切るのよ」
ティースは鞘から僅かに刀を抜き、煌めく刃を見せつけて威圧した。
すぐにでも切り込みたいが、相手が相手だけに慎重になっていた。
一人で戦えば返り討ちに合う可能性が高いと感じ取り、切り込みたいという衝動を抑えてはいたが、刃の光は殺意の高さを表していた。
「おお、怖い怖い。過激な御夫人だ。夫婦揃って苛烈なことだ。赤ん坊を“殺して”も顔色一つ変えんとは」
「私の息子は“死んだ”のよ。もういない。いつまでも悔やんではいられないわ」
「ふむふむ。まあ、そういうことにしているのか。自らが腹を痛めて産んだ子を、母として抱きしめれぬとは、実に悲しい事だね〜」
「“死んだ”って言ってるでしょ!」
目の前にいて、手の届く場所で寝入っている我を子を抱けぬ辛さは、他人には決して分からない。
ゆえに、軽々しく口にして、挑発の材料にする魔王の使い走りには反吐の出る思いだ。
ティースはいよいよ我慢が出来なくなり、鞘から刀を抜き放った。
しっかりと両手に握り、少し猫背の前傾姿勢を取り、いつでも飛びかかれるように構えた。
そこにポンと肩に手を置かれた。
それはヒサコの手であった。
「あんまりいじめないでくれない? かわいいのよ、こう見えて」
「抜かしおる。兄妹を一人二役でこなし、もっともその女をいじめ抜いてきたのは、どこの誰だったかな?」
「試しただけよ。あたしの隣に立つに能う伴侶となり得るかどうか、とね。結果は合格。それどころか、こちらの予想を遥かに超えるものを用意してきた。出題者として、こちらの意図した回答ではないのに、奇抜な発想や着眼点で予想外の正解を導き出す。こういうのが堪らなく好きなのよ」
これはヒサコの、松永久秀の偽らざる本音であった。
焼き物の世界が正にこれだ。
毎回同じ物が焼き上がるとは限らないのが、窯業の面白さである。
何かしらの偶然で、窯中でへしゃげてしまったり、あるいは釉薬ののり具合で、得も言われぬ色合いを出したり、製作者の意図を超えた物に仕上がる場合がある。
松永久秀にとって、この異世界に飛ばされてからというもの、幾人もの人々と交わってきたが、意図せぬ大名物となったのはたったの“二人”しかいない。
ティースとアルベールだ。
特にお気に入りのアスプリクさえ、この二人には一歩劣るとさえ今では考えていた。
だからこそ、目の前の澄まし顔でこの二人を辱めた、黒衣の司祭を許せないのだ。
自分が決して持ち得ぬ“義心”を貫き、どこまでも真っ直ぐに生きた一人の男に対して、屍に鞭打つ所業は不快だ。
家のために心を殺し、自分のような腐れ外道に落ちることを承知で決意を固めた愛しい伴侶を、事も無げに挑発するのもまた極めて不快だ。
つまるところ、魔王云々を抜きにしても、目の前の不快な存在を生かしておく理由は何一つないのだ。
「じゃあ、死んで!」
ヒサコの手に持つ『松明丸』が火を吹き、カシンに襲いかかった。
この燃え盛る炎こそ、スアス渓谷での戦いの最終局面が開始される合図となった。
〜 第六十三話に続く 〜
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