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第六十一話  再戦! 黒衣の司祭は高笑いと共に!

 屍人ゾンビの行進が赤ん坊マチャシュを狙って群がって来た。

 テアは子供を抱えて必死で逃げ回り、ヒサコとティースは群がる屍人ゾンビを蹴散らし、血路を開いて少し離れた場所にいたヒーサとコルネスに合流できた。

 まとまった兵力があり、ここに合流することでまずは一息付けた。


「コルネス、状況は!?」


「如何せん、完全な不意討ちでしたから、隊列を整えるのに時間を要します。なにより、体力と火薬には限りがあります」


「要するに、かなり厳しいってことね」


「左様です」


 コルネスの言葉は率直であり、平静を装いつつも焦りを感じていた。

 反乱軍を鎮圧すればおしまい、と考えていただけに、火薬も遠慮なしに使いまくった結果だ。

 よもや第二幕が用意されていたなど、考えもしなかったのだ。


「で、コルネス、あっちに寝返っちゃう?」


「残念ながら、言葉の通じない相手では、交渉の仕様もないので」


「結構! では、気張っていきましょうか」


 冗談を交わす余裕はあるようで、ヒサコもコルネスも互いに見やってニヤリと笑った。

 そして、それぞれの仕事に取りかかった。

 次々と群がる屍人の群れはコルネスとその手勢に任せ、ヒサコは“奴”を探す事にした。


(これほど大掛かりな仕掛け、遠隔でやるには難しい。絶対に近くに潜んでいる。もしくは、“紛れて”いるかのどちらかね)


 万単位の屍人ゾンビを発生させるなど、常人ではまず不可能な罠だ。

 これをそつなく起動するとなると、相当な準備か、あるいは術式を必要とするはずだ。

 ゆえに、ヒサコは意識を集中させ、相手を探した。

 それはアスティコスも承知しているようで、真っ先に索敵に取り掛かっていた。

 アスティコスは馬の背に乗り、鞍の上に立っていた。しかも、すでに弓矢を構えており、視線と矢じりの先が一体化しているかのように連動していた。

 時折、エルフの長く尖った耳をピクピクと動かして、こちらでも何かを探っているようであった。


「……いた! そこよ!」


 何かに勘付いたアスティコスは、“それ”に向かって矢を放った。

 狙い違わず標的に向かって飛んでいった。

 その狙いは、法衣をまとった屍人ゾンビであった。

 そして、とんでもない事が起こった。

 狙い違わず法衣の屍人ゾンビに向けて飛んでいった矢だが、額に刺さるか刺さらないかのギリギリのところで止められた。

 まるで飛んでいた羽虫を掴むかのように、ヒョイッと右の親指と人差し指で摘まんで止めたのだ。

 意志なく徘徊する屍人ゾンビとは思えぬほどに技巧的かつ俊敏であり、アスティコスは“当たり”を引き当てたことを確信した。


「やっぱりお前か、黒衣の司祭!」


「フハハハ! ご名答だ、エルフ女よ!」


 法衣の屍人ゾンビは高笑いと共に姿が変わっていった。

 まとっていた法衣は闇夜を溶かし込んだような純な黒一色となり、六芒星の刺繍が施されていた。

 そして、血色の悪い死体顔も、いつの間にか血色を取り戻し、見たくもない仇敵の顔へと変わっていった。

 その正体は、邪神を奉じ、魔王の復活を目論む《六星派シクスス》の元締めである黒衣の司祭カシン=コジだ。


「いや、お見事お見事! よくぞあの屍人ゾンビの群れの中から、一発で紛れ混んでいた私の居場所を突き止めたものだ。これは称賛してもよいぞ」


「ハンッ! ウロチョロしている屍人ゾンビの中で、一つだけ心臓が動いていれば分かるわよ!」


「おお、そうやって見切ったか! ハッハッ、さすがに心臓を止めるわけにはいかなかったからな」


「次からは幻影だけじゃなくて、幻聴にも力を入れる事をオススメするわよ!」


「そうだな。今後の参考にするとしよう」


 カシンがサッと手を振り払うと、周囲にいた屍人ゾンビ達は方々に散っていった。

 今や障害物となるものはなく、狙ってくれと言っているようなものであった。

 だが、アスティコスは二の矢をつがえても、狙いを定めるだけで放つことは無かった。


「無駄だ、エルフ女。そんなへなちょこでは当てられんよ。物のついでに説明しておくが、私は魔王様より力をいただいている。その覚醒が近付けば近づくほど、私の力もまた強くなる。以前の時よりも、数段格上と思って仕掛けてくるがいい」


 溢れ出る自信や魔力は以前より増しているのは、じっくり観察するまでもなく明らかであった。

 勢いよく飛んでくる矢を、指で摘まんで止めるなど常人のレベルではない。

 しかも、材料がそこかしこに転がっていたとは言え、屍人ゾンビの軍勢まで用意した腕前もまた尋常ではない。


(面倒な事になったわね。やはりこいつをどうにかしない事には、話が進まないか)


 ヒサコも警戒しながら前に進み出て、カシンの三十歩ほどの距離まで詰めた。


「コルネス! 周囲のうるさいのは任せるわ! こっちはこっちで仕留めるから」


「承知!」


 コルネスは指示に従ってすぐに兵を動かし、邪魔にならないように、何より“巻き添え”にならないように距離を空けた。

 結果、カシンと対峙しているのは、ヒサコ、ティース、アスティコスの三名だ。

 剣と、刀と、弓矢を構え、すでに臨戦態勢であり、いつでも飛び掛かれる状態であった。

 だが、当のカシンは余裕があるのか、素手のままであった。


「……それで、アスプリクは無事なのかしら?」


 まずはそれが肝心な事だと、ヒサコがカシンに質問を投げかけた。

 それに対してカシンはニヤリと笑い、アスティコスをさらに苛立たせ、弓を持つ手の力が更に強まったが、ヒサコはそれを制した。


「矢の無駄だから、止めなさい。隙のない状態で撃っても、絶対に当たらないから」


「そうそう。無駄な努力はよくないことだ。ちゃんと身になる事を心掛けないといかんぞ~」


 なおも挑発するカシンであったが、アスティコスはヒサコの制止もあってひとまずは落ち着くことができた。

 もちろん、なおも怒り心頭であり、切っ掛け一つで爆発しかねない危うさもあった。


「んで、もう一度尋ねるけど、アスプリクは無事なの?」


「生きている、と言う点は保証する。そうさな、『旨かった!』とでも言っておこうか」


「……傷物にはしたって事でいいのかしら?」


「元々傷物ではないか、あの小娘は。私も思いがけず食べてしまったがな」


「そういう挑発は止めにしない? こっちも抑えるのが面倒なのよ」


 実際、今のカシンの発言に激怒し、またアスティコスが攻撃を加えようとしたが、そこは素早く割って入ってどうにか押し止めている状態だ。

 ヒサコも舌戦ならばいくらでも相手になるつもりでいるが、猪エルフを抑えながらと言うのはさすがに骨であった。


「まあ、私としては“儀式”があらかた終わり、あとは時が満たされるのを待つ段階になったので、こちらの戦局はどうなったのかと見に来てみれば、どういうことか。情けない事に、包囲殲滅の憂き目に合っている真っ最中ときた。本当に役に立たないクズ共であった。焚き付けてやった甲斐がないというものだ」


「それはご愁傷様。もっとも、余計な第二幕を用意してくれたせいで、休む間もなく連戦を強いられたわ」


「焚き付けた連中が、今少し使える奴らならば、こちらがわざわざ介入せずとも時間稼ぎができたものを、こちらこそ余計な手間だ」


 まずは毎度おなじみの嫌味の応酬だが、ヒサコにはあまり時間がないのも事実であった。

 カシンが“時間稼ぎ”と言っている以上、儀式とやらがかなり進んだと見ねばならず、猶予を与えるのは得策ではないと判断した。


(が、どう対処したものか。見た通り、以前とは比べ物にならないほどに強化されているようだわ。もしかしたら、ヨシテルに迫る強さかもしれない。そうなるとあの時に比べて手数が減っている分、厳しい戦いを強いられるわね)


 とは言え、逃げると言う選択肢もなかった。

 逃げれるとも思えないし、逃げた分だけ相手に時間の猶予を与えるだけだからだ。

 今この場でどうにか仕留めねばならない。

 激戦が終わって間もないが、ヒサコは再び全力で頭を動かし始めるのであった。



           ~ 第六十二話に続く ~

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