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第五十九話  つまらぬ結末! 世界は思いの外に狭すぎる!

 戦いは終わった。

 ヒサコ軍五千に対して、反乱軍は一万七千を数えたが、ヒサコ軍の圧勝に終わった。

 途中から加わったヒーサ率いるシガラ公爵軍本隊を含めても、実に倍する相手を文字通りの意味で“殲滅”してしまった。

 ヒサコの片腕である将軍のサームを失うも、誘引の策に引っかかり、谷間に誘い込まれた反乱軍は前後左右から攻撃され、そのことごとくが討ち取られた。

 生き残ったのは、谷の入口に“蓋”をする役目を担ったヒーサの直轄隊と合流し、途中で寝返ったコルネスの部隊だけだ。

 死体はそこかしこに転がっており、貴族も兵卒も関係ない。等しく物言わぬ肉の塊と成り果てた。

 しばらく経てば土塊つちくれへと変わるであろうが、今はその凄惨な現場も戦が終わったと言う、安堵の空気を漂わせていた。


「くだらない結末だったわね」


 ヒサコはボソリとそう呟き、足元に転がるアルベールの死体に目を向けていた。

 本来、ヒサコの予定では、反乱軍を鎮圧し、アルベールだけは生き残らせるつもりでいた。

 実際、そのための指示や配慮はしていたし、アルベールだけを生存させる事には成功した。

 だが、アルベールは華々しく散る事を選んだ。

 栄達の道があり、ルルも再び取り戻せるようにできたが、アルベールの矜持はそれを拒んだ。

 節を曲げて人形となる事をよしとせず、一人の武官として散った。

 それがヒサコにとっては、どうしようもなく不満であった。


「やっと見つけた自分の理解者を、自分の手で殺める結果になった。本当に……、本当にくだらない」


 ふと見上げる空はどこまでも広く、澄んでいるが、なぜかそれが狭く感じてしまうのであった。

 手で掴む事の出ない高みに雲が漂い、風もまた肌をなぞるように吹き抜ける。足元の血だまりさえ気にしなければ、実にのどかな光景だ。

 だが、ヒサコの心は曇天のごとく澱んでいた。

 自分はただ“好き放題”にしたいだけなのに、一向にままならない。

 苛立ちと同時に、哀愁を感じるがそこへ容赦ない一撃が振り下ろされた。

 ティースが『鬼丸国綱おにまるくにつな』を鞘に入れたまま、ヒサコの脳天に叩き付けられた。


「……ッ!」


「なぁに呆けてんのよ、あんたは」


 ティースはヒサコの脳天に一発お見舞いできたために上機嫌でニヤついていた。

 ヒサコは頭を摩りながらその笑顔を睨み付けた。


「ったく、何をするんですか。バカになったらどうするんですか?」


「歪んでいるよりも、少しくらいバカになった方がいいわよ。何より、まだやる事があるんでしょ? 呆けている暇なんてないわよ」


「分かっているわ。アスプリクが待っているものね」


「そういう事。さっさと囚われのお姫様を付けて、邪悪な司祭をぶっ飛ばし、魔王の覚醒を阻止する。これが本来の目的でしょうが」


 まったくもってティースの言い分は正しく、ヒサコは言い返す言葉もなかった。

 ふと周囲を見回すと、皆が忙しなく動き回っていた。

 コルネスは部隊の掌握と再編に動きつつ、死体の処理に取り掛かっていた。

 ライタンやアスティコスは荷造りをして、すでに出立の準備が整っており、早く行こうと催促しているほどだ。

 分身体ヒーサ本体ヒサコが落ち込んでいようとも、無意識的に指揮統率を行い将兵に色々と差配をしていた。

 この辺りは並列思考で慣れたものであり、落ち込んでいようとも、分身体の動きには気を配れるだけの余裕があったのだ。

 ティースもまた、義妹に喝を入れた後、自分の支度のために離れていった。

 それと入れ替わるように、赤ん坊マチャシュを抱えた地母神ベビーシッター(?)テアがやって来た。


「今更だけどさ、うちの可愛い嫁御も、色々と染まって来たわね」


旦那ヒーサに可愛がられて、義妹ヒサコにいびられて、しかもそれが同一人物だって知ったらそりゃね」


「そんなものか」


「おまけに、生まれた息子は即生贄だし」


 ティースにとって、自分の息子は遥か遠い存在だ。

 テアの腕の中にいるマチャシュは、表向きはヒサコとアイクの子供である。

 そうでなければ、王位を継ぐ正統性がないための偽装であるが、そのためにティースは生まれたばかりの息子を死産として葬る事となった。

 目に映り、手を伸ばす位置にいるのにかかわらず、母として抱くこともできない。

 平然としてはいるが、それ相応の鬱憤が溜まっているのは疑いようもなかった。


「まあ、今はいいんじゃない? なんと言うか、戦の方で鬱憤を晴らしているみたいだし」


「なら、ヒーサと次の子供でも作る?」


「魔王が覚醒して、それを倒せば終わりよ、この世界は。女神より依頼された仕事は、むしろそっちなんだしさ」


「そうなんだけど、あんたの場合、『遊び足りない!』とか言って、なんか引き延ばしでも狙っているんじゃないかと思って」


「さすがに引き延ばせる状況じゃないわよ。アスプリクが攫われて、儀式とやらが始まった段階でね」


 ヒサコこと、松永久秀にとっては不満タラタラである。

 女神の依頼をこなしつつ、この世界で大いに遊んでやろうというのが当初の考えであった。

 面白い人材を揃え、新事業を立ち上げて財を成し、邪魔者を排除する意味で権力を確固たるものにし、さあ好き放題遊ぼうかという状態にまで持って来たのに、肝心の魔王陣営がことごとく邪魔をしてくるのだ。

 折角苦労した茶も、まだ一杯も口にしていない。

 遊び足りないのは事実であるが、魔王側を放置しても世界が崩壊するし、無視する事も出来ない。

 魔王に負ける、というのは全力で阻止するつもりでいた。


「魔王に負けるのは一度で十分だし、今回は勝ってみせるわよ」


「あれ? 信長に何度か裏切っては頭を下げてを繰り返してなかった?」


「記憶にございません」


「都合のいい頭してるわね~。その図太さは相変わらず凄いわ」


「最終的に立っていれば勝ちよ。七十連敗した後に、一回勝って、全てを手にした男もいるからね」


「いや~、劉邦の場合、当人の図太さとしぶとさもあるだろうけど、周りに優秀な参謀や将軍がゴロゴロいたからよ」


「最後は粛正したけどね」


「あんたの場合は、粛正するのが早いのよ」


 実際、この戦でサームを“わざと”失っている。

 功臣をさっさと粛正して、与える“ご褒美”を減らしてしまうのは、さすがに酷いとテアは感じた。

 とはいえ、皇帝を討って帝国軍を退け、国内の犯行勢力も《六星派シクスス》を除けば一掃された状態にある。

 人心の安定と言う点で言えば、“仁君”ヒーサの威光が利いているため、悪名を背負い込んだ自分ヒサコを処断すれば、全てが丸く収まるようには仕上がっていた。


「ほんと、最終的には、自分自身を粛正するところまで考えていたとはね」


「そもそも、ヒーサが本体なのよ? ヒサコの方こそ、あくまで分身。言ってしまえば、“流し雛”みたいなもんよ」


「ああ、厄を人形に移して、川に流すってやつか」


「最初から最後まで、人形ヒサコは兄の為の身代わり。人々の悪意ヘイトを集め、最後は消えていく。そうするつもりだった。まあ、魔王覚醒を引き延ばす策が破綻してからは、無駄になったけどね」


「ままならないわね。あんたの欲望が大きすぎるのよ」


「フンッ! 人一人の意志を注ぎ切れないなんて、世界って言う名の器が小さすぎるのよ!」


 住人からの抗議の声に、制作者かみさまとしては苦笑いするよりなかった。

 狭いからもっと広く作れ、などと言われては少しばかり神としての威厳が傷ついてしまった。


「そうね。狭いとは思うけど、人の意志は無限の広がりを見せている。あなたを見ているとそう思うもの。欲望はどこまでも大きくなり、三千世界すらも染めていこうとする」


「だから、もっと広く作りなさいと言っているのよ」


「そして、広がった分だけ、また膨れ上がる。際限なく肥大化するのが、人の意志というもの。だから世界もまたずっと広がっていき、管理する側も増えていく」


「んで、ここの世界での試験が無事に終われば、あなたも晴れて管理者か」


「そうそう。まあ、ここまでバグった世界の管理だけはやりたくないけどね」


 テアの感覚では、この世界は色々と前例のない事だらけで、完全にバグっていると見ていた。

 さっさとこの世界から抜け出し、同時にバグった原因をはっきりさせて、上位存在に抗議するつもりでいたが、そのためにはまずこの世界を抜け出さねばならないのだ。

 おまけに魔王は世界の消滅を狙っているのだと言う。

 負けてやる通りなど、一欠片もないのだ。


「あるいは、世界がもっと広ければ、互いの野心や欲望がぶつかる事もなく、信長うつけと仲良くやれたかもしれないけどね」


「あら、あなた、信長の事は嫌いだと思っていたけど、そうでもないの?」


「いいえ、大嫌いよ、あんなやつ。たった一人の理解者であろうともね! でも、世界が大きければ互いの領分を犯すことなく、あるいは共存できたかもねって話。要は世界が狭いって事! つまり、神様あんたが悪い!」


「いや、あの世界作ったの、私じゃないし。管理しているのも、私じゃないし」


 ありもしない罪を擦り付けるなと、テアは抗議の声を上げた。

 しかし、こうして改めて話してみると、出会った頃に比べて随分と丸くなった感じた。

 出会ったばかりの松永久秀は欲望をぎらつかせ、すべてを飲み込まんとする勢いがあった。

 しかし、今は割と落ち着いているのではと言う印象を受けた。

 ヒーサとヒサコの二役を演じるうちに、善意と悪意が上手く偏って、欲望もまた変異を遂げたのではというのが率直な感想だ。

 本当に悪意の塊ヒサコを粛正してしまえば、多少は真人間に近付けるのではと期待もした。

 神として、一人の人間を教導するのは悪い気分ではないし、それが極悪人を改心させたとなれば格別だ。

 そう考えると、ついつい笑みも浮かんでくるというものだ。

 だが、そこに思わぬ横槍が入る。

 大戦も終わり、ヒサコも、テアも、“気の緩み”があった。

 ゆえに、“不意”を突かれた。

 二人の背後に横たえていた“アルベール”が、音もなく起き上がった事に、二人は気が付くことはなかった。



            〜 第六十話に続く 〜

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ヾ(*´∀`*)ノ

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