第二十一話 傍若無人! エルフを狩り立てよ!
ひとしきり大はしゃぎしたところで、ヒーサはようやく正気に戻った。見ていたテアやアスプリクを唖然とさせるほどの無様な踊りであったが、それほどまでに喜ばしい情報を得たからだ。
「いや~、まさか、“まな板”と“梅干し”が存在していたとはな。重畳重畳♪ この世界も捨てたものではないな」
「そんなに狂喜乱舞するほどなの?」
ヒーサが狂ったようにしか見えなかったテアは、聞き知った物品の価値が分からず、首を傾げた。故郷の味なら懐かしむ気持ちもあるだろうが、先程の踊りはそれを遥かに越す表現であった。
「まあ、はっきり言ってしまえば、カンバー王国、すなわち人間世界の作法は死んでいると言ってよい。それは“まな板”がないからだ。公爵家の屋敷の厨房を覗いてみたが、作業台の上で、まな板も敷かず、直接肉や野菜を切っていたからな。あれはいかん」
食事作法は見るに堪えない次元であったが、調理場もまたそれに匹敵する酷さだとヒーサは断じた。
まな板がなかったため、台の上で直接調理し、それを竈を用いて焼いたり煮たりするのがこちらの世界では当たり前であった。一応、使う前と使った後には作業台を磨いていたが、それでもまな板を見慣れているヒーサこと久秀には耐えがたい状況であった。
「古今の作法に通じたる者にとっては、“式庖丁”は身に付けておくべき技能であるからな。宮廷人たるもの、弓術、蹴鞠、庖丁は覚えておかねばならない最低限の教養だ。式庖丁はまな板の上に魚を置き、それを直接触れることなく、庖丁と箸で切り分ける儀式だ。料理好きの光孝天皇が宮中行事として定着させたのが始まりとされる。宮中に留まらず、武家の嗜みとしても広がっていってな。特に、将軍家に仕えておった細川藤孝殿の庖丁捌きは実に見事であった」
こうしてスラスラ教養話ができるあたり、極悪非道の下衆男も、裏を返せば教養溢れる雅な都人、文化人であることが伺い知れた。ただの外道などではないのが恐ろしいことだと、テアは改めて思い知らされたのであった。
「で、まな板があるということは、箸もある可能性が高い。だいたい、板と箸は一組扱いの道具だ」
「箸……。ああ、二本の棒切れで、物を掴むやつか」
「おお、あるのか! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」
アスプリクの口から箸の存在も明らかになり、ヒーサはまるます気分を高揚させた。
「ククク……、これは早いところ、エルフの里を襲撃して、奪ってこねばならんな」
「待て待て待て」
物騒な台詞が悪そうな笑顔と共にヒーサから漏れたので、テアは慌てて止めに入った。
「そこで“交易する”って選択肢は出ないの!?」
「出ない」
前にも似たような会話をした覚えはあるが、やはりどこまでもブレない男であった。
「交易は難しいかもよ。エルフの社会って、取引は、金銭じゃなくて、物品で行うからね」
「あぁ~、貨幣経済が浸透しておらんのか。では取引は難しいな。よし、奪おう!」
「待てぇい!」
どこまでもブレない戦国の梟雄であったが、女神の威厳にかけて、全力で止めねばならないとテアは感じた。叫ぶ声も、いよいよ必死だ。
「とにかく、荒っぽいことは止めましょう! 罪のないエルフを襲うなんてどうかしてるわ!」
「いや、非はあちらにある」
「どんな!?」
「異邦の地で難渋しているこんな可愛い子を、捨て置いているからな。母方の親戚は何をしている? ほったらかしにしているなら、多少の反撃は喰らって当然よ」
そう言って、ヒーサはポンポンとアスプリクの頭を叩いた。
「どうだ、大神官。これからエルフの里を襲撃して、十三年分の小遣い銭をせびりに行くというのは?」
「おお、いいね、公爵。いい案だ。乗ろう!」
「乗らないでよ……」
なんで出会ったばかりの目の前の二人が、こうまで息ピッタリなのか、まるで理解できなかった。
などとテアが頭を抱えていると、ヒーサは膝を折ってアスプリクと同じ背丈に合わせた。そして、互いに肩を組み、空いてる手でテアを指さした。
「汝、己が欲することをなせ♪」
とアスプリク。
「殺してでも奪い取る♪」
とヒーサ。
どちらも、欲望丸出しの笑顔だ。
息ピッタリの二人の外道な台詞に、とうとうテアもキレた。キッと天を見上げ、そして、叫んだ。
「ちょっと上位存在さぁん! なんかこの世界、“魔王”が二人いるんですけど!? バグってるか、設定ミスってませんかぁ!?」
しかし、声は虚しく響き渡るだけで、特にこれと言った反応を示さなかった。
唖然とするテアに、ヒーサは笑いながら肩を叩いてきた。
「残念だったなぁ~。どうやら上役は問題なしと判断したようだ。さあ、続行だ。エルフの里を略奪しようではないか」
「なんでだぁぁぁ!」
テアは絶叫と共に何度も拳を振り下ろし、側の机をバンバン鳴らせた。
そんな無様な姿を晒すテアを眺めつつ、ヒーサは腹を抱えて大笑いしたが、そこへアスプリクが指で小突いてきたので、そちらへ振り向いた。
「ねえねえ、公爵、さっきからの会話で察するに、もしかして、君は異世界からの流れ者かい?」
「いかにもその通りだ。よく知っているな、そんなことを」
ヒーサはすんなり異世界人であることを認めたが、テアはその一言で正気に戻り、アスプリクを睨みつけた。
「あなた……、なんでそんなことを!?」
「昔の文献からだよ。かつての魔王が討伐された際、“四人”の英雄がいたそうだ。そして、彼らはここではない、別の世界からやって来た、とね」
「・・・消し忘れのデータが残っていたのか」
テアは冷や汗をかき始めた。異世界『カメリア』は神の試験場であり、見習い神の実力を計るために設計され、何度も作り変えられたり、あるいは初期化されたりした世界である。
おおよそ、難易度がAランクになるように設定され、何度も“使い込まれた世界”だ。
(もしかして、使い込みが過ぎて、いよいよガタが来たってことかな。消したはずのかつての記憶が、世界に残っているなんて、それ以外は考えられない。あるいは、それすら実力を計るための物差しにして、この状況を上位存在はあえて無視を決め込んだか・・・)
などと考え事をしていると、部屋の空気が一気に熱を帯び始めた。理由は簡単。アスプリクが魔力を放出し、それによって空気が熱を帯び始めたのだ。
「そうあんだぁ~。なら、僕が“魔王”だと目星を付け、君らが接触を図って倒しに来たってわけかぁ~」
アスプリクの赤い瞳が怪しく光り始める。返答次第で、文字通り消し炭にしかねないほどの魔力と殺意が辺り一面に充満した。
しかし、ヒーサは全く動じず、殺意マシマシなアスプリクの肩に手を置いた。
「その点は安心しろ。私はお前を討伐するようなことはしない。“共犯者”だろ?」
その言葉を聞いて、アスプリクは無秩序に垂れ流していた魔力と止めた。なぜなら、目の前の男は、生まれて初めての友と呼び合える存在は、嘘を言っていないからだ。
アスプリクは他人の感情の動きに殊更敏感であった。なにしろ、生まれてこの方、向けられた視線は恐れと蔑みだけであった。無論、笑って話しかける者もいたが、それは偽りであり、程度の低いおべっかやごますりでしかない。
ゆえに、他人の嘘はすぐに分かる。嘘をつく人間の匂いは、嫌と言うほど嗅いできたからだ。
しかし、目の前の友人からはそれがしない。恐らくはこの友人も嘘つきなのだろうが、それでも今はその匂いがない。自分に対してだけは、紛れもなく正直に話してくれている。そう感じた。
「おぉ~、心の友よ~」
そう言って、アスプリクはヒーサに飛びついた。しっかりと抱きつき、顔を胸に埋めると、ヒーサは白く滑らかな少女の髪を、指で梳くのであった。
(でっかい魔王と、ちっこい魔王がじゃれついてるようにしか見えんな~)
などとのんきな事を考えている場合でもなかった。どうにかして、二人を引き離し、止めねば女神の名が廃るというものだ。
「もしも~し、公爵様~、魔王と仲良しこよしでいいんですか~?」
テアの呼びかけに対し、ヒーサは振り向き、アスプリクは無視して頬ずりを続けた。
「何か問題かね、“女神”よ。魔王と仲良くしていけない、そういう取り決めはしていないはずだが?」
「そりゃ、そうだけどさぁ」
「いいか、女神。次元の狭間で交わした約束は、『カメリアの魔王を探索すること』だぞ。見つけた魔王をどうするのかは知らんが、見つけたからには好きにさせてもらうぞ」
「……ちっ、気付いてたか、やっぱ」
実際、ヒーサの言うことは正しかった。あくまで交わした約束は、魔王を“探索”することであって、“討伐”することではないのだ。
「やはりこうして、魔王を見つけてみて思ったが、まだ伏せていることがあるな、女神。まあ、言わずとも分かるがな。もし、魔王を倒すことが目的なら、探索ではなく討伐とでも約を交わせばよい。しかし、そうしなかったということは、何かしらの前段階ということか。例えば、調べる役目と倒す役目、別の異世界人を呼び寄せている、とかな」
「……正解。ほんと、理解力、洞察力が半端ないわ」
テアはお手上げと言わんばかりに諸手を上げて首を横に振った。改めて、目の前の男の抜け目のなさに驚かされたのだ。
「さっき、そこのちっこいのも言ってたけど、一度の降臨で、四人の英雄が立ち上がって魔王を倒すって設定になってるの。もちろん、その四人の後ろにはそれぞれべつの神(見習い)がいるわ。で、魔王を見つけて倒すまでの“貢献度”で、神(見習い)の評価点が左右されるってわけ」
「なるほど。つまり、似たような存在が、他にも三組いるというわけか」
「ああ、でも、与えられた役目が違うわ。四人のうち、一人は斥候、他三人が戦闘要員って感じになるから。で、今回の斥候役が私の組なのよ」
「それゆえに“探索”と言ったのか」
前々から気になっていたことが、ようやく確たる言葉となって現れたので、ヒーサとしては胸のつっかえが取れた気分になった。
同時に、魔王討伐をするつもりもなくなってしまった。
「やはりダメだな。私は魔王側につくぞ」
「ちょっと話聞いてた!?」
「聞いていた。その上での判断だ」
そう言うと、ヒーサはアスプリクを抱き寄せた。突然の抱擁に少女は驚いたが、どういうことか心も体も温まる抱擁に妙な安心感を覚え、自分もしっかりと抱き返した。
そして、ヒーサはまた何度か頭を撫でた後、テアの方を振り向いて睨みつけた。
「こんな可愛い娘が魔王なわけないだろ!」
「……本音は?」
「梅干し食べたい!」
「もう二度と喋んな!」
またしても女神の絶叫が虚しく響き渡る。
どこまでいっても、今回の“共犯者”はやはり欲望に忠実な男であると思い知らされたのであった。
~ 第二十二話へ続く ~
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