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第五十四話  激突! スアス渓谷の戦い!  (11)

 大義のない反乱。それがサーディクに突き付けられた現実であった。

 魔王覚醒の時が迫る中、余計な騒乱を引き起こし、《六星派シクスス》に時間の猶予を与えるという愚行を成した。

 それだけに、アスプリクを攫ったカシン以上に、まんまと踊らされているサーディクや反乱軍のその他大勢にヒサコは怒りを覚えていた。

 普段は余裕の態度、不敵な笑みを絶やさぬヒサコも、今日ばかりは怒りをあらわにした視線で睨み付けていた。

 だが、サーディクもそんな何の証拠もない与太話を、素直に信じるつもりもなかった。


「アスプリクが攫われただと!? あれほどの術士が、そう簡単に攫われるわけがなかろう! 大方、そういう事にして、姿を潜めているだけではない……、がはぁ!」


 喋るサーディクの手に、矢が突き刺さった。

 すでに先程、ヒサコの銃撃によって掌に風穴を開けられていたが、もう片方の手にそれが刺さった。

 矢を放ったのは、馬上のヒーサに侍っていた森妖精エルフのアスティコスであった。


「いちいち鬱陶しい事この上ないわね、人間。こっちは姪を助けるために、さっさと行きたいのよ。説明の手間が面倒なんだし、そういう事だってさっさと認識しなさい」


 アスティコスこそ、この場で一番怒り狂っていると言ってもよかった。

 基本的に、アスティコスにはアスプリクと一緒にいる事にしか興味はない。姉の忘れ形見である姪っ子の安否こそ最大にして唯一の関心事であり、人間同士の争いには巻き込まれたくはなかったのだ。

 こうしているのも、アスプリクがいると思われている『影の湖ラゴ・デ・オンブレー』の周辺を捜索したいのだが、単独行動は危険であると止められていた。

 それを理解しているからこそ、さっさと内戦を終わらせ、捜索活動を始めたいのだが、よもや何の状況把握もせず、ただただ知らずに《六星派シクスス》に踊らされているのは、滑稽を通り越して、憤激の対象にしか映っていなかった。


「あのさぁ、はっきりと言わせてもらうけど、あんたの側にいた二人、アルベールとコルネスはどっちもアスプリクの誘拐の件は知っていたわよ。なんだって、あんたが知らないわけなの? 血は半分しか繋がっていなくとも、“家族”でしょ、あんたは!? 兄として何もしなかった? 知らなかった? そんなだから、アスプリクは寂しい想いを続けたんじゃない! 反吐が出るわ!」


 捲くし立てるアスティコスに、サーディクは言い返す言葉もなかった。

 アスプリクとの仲は疎遠であり、特にこれと言った関係も希薄だ。しかも、文字通り手を焼く妹であり、顔にこそ出さなかったが面倒な奴だとはいつも思っていた。

 とはいえ、妹は妹である。顔を合わせた時にはちゃんと話すし、邪険に扱う事もなかった。

 神殿での不埒な行いの件を聞いた時には、間違いなく高位の聖職者への嫌悪も抱いたほどだ。

 ジェイクが知っていながら何もしなかった事を、アスプリクは特に嫌っていたが、話を聞くまで関心も払わなかった自分もまた妹に対して負い目もあった。

 上二人の兄が死に、四人兄弟も三男と末妹だけとなったので、兄としてどうしようかとも考えていた矢先に、王都での騒動と帝国軍の侵攻が重なり、アスプリクの件は頭の隅の方へと追いやられた。

 結果が、これである。

 ヒーサも、ヒサコも、アスティコスも、全員がアスプリクへの扱い、と言うより関心の無さを責め立てている有様だ。


「あんたがやったことは、私利私欲にまみれた愚行そのものよ! こっちが皇帝相手に悪戦苦闘を繰り広げている間に、留守の王都を襲うという利敵行為! しかも、妹が攫われようがお構いなし! 魔王が現れた際には、さぞや大きな勲章でもいただける事でしょうね!」


 なおも貶し続けるアスティコスに、サーディクはまたも言い返せなかった。

 カインを始めとする幾人かの説得を受け、自身が旗頭となって専横著しいシガラ公爵家を排斥すべく立ち上がったが、そのことごとくが裏目に出てしまった。

 得る者も得られず、大義は泥まみれ継ぎ接ぎだらけ、何もかもが虚構とも言えた。

 重症の両手の痛みが消し飛ぶほどに、サーディクは打ちひしがれた。


「なあ、アルベールよ、アスプリクの件、なぜに黙っていた?」


 サーディクはアルベールに視線を向けた。

 知っていたのであれば、なぜ告げなかったのかと。


「……全力で走る馬を急に止める事は叶いません。私が駆け付けた際には、すでに万を超す人々が集結し、シガラ公爵を打倒せよ、魔女ヒサコを排斥せよ、この声で満ちていました。もし、あの場でアスプリク様の件が出たところで、方針が変わるとは思いませんでした。それどころか、サーディク殿下がアスプリク様の身を案じ、それに同調する者が現れた場合、反乱軍が割れかねません」


「……つまり、反ヒサコの急先鋒であるカインに配慮した、と?」


「いかにもその通りです。カイン様に忠誠を誓う身の上では、その行動と最終的な勝利にこそ貢献すべきであると考えていました。戦に勝ち、それからアスプリク様の件を告げれば、ギリギリ間に合うのではという判断もありました。結局はその沈黙も、今となっては無意味なものと成り果てましたが」


 アルベールとしても《六星派シクスス》の蠢動と、魔王の復活については危惧していた。

 しかし、それ以上に主君の補佐を務めねばと言う思いが強かったため、“沈黙”を選択したのだ。

 カインがヒサコの罠にハマり、木っ端微塵になった今では、その配慮もまた消し飛んでしまったが。


「あ、ちなみに、コルネスが“沈黙”を選択した理由は何かしら?」


 これはヒサコがコルネスに向かって投げ付けた質問だ。

 コルネスもまた、反乱軍に“表向き”は参加し、かつアスプリクの件を情報として持っていた。

 アルベールと違い、配慮すべき主君はその場におらず、その気になれば情報提示も十分あり得たのだ。


「もし、アスプリク様の件を話してしまうと、アルベール殿が危惧されたように反乱軍を割ってしまいます。そうなると、四分五裂し、潰して回る手間が増えます。ヒサコ様の考えは、“早期決着”と、それを成すための“一網打尽”でありましょう。アルベール殿が秘した以上、これをわざわざ開示する理由がありません。もちろん、アルベール殿が話したら話したで、分裂しないように潤滑油の役目をはたすつもりではいましたが」


「ん~、さすがコルネス。そこまで細かい“指示”は出していなかったのに、随分と行き届いた“配慮”よね~。大いに結構!」


 ヒサコは手を叩いて、コルネスを称賛した。

 そして、勝ち誇った顔をしながらサーディクへと再び視線を戻した。


「ということだそうよ、裸の王子様。結局、誰も彼も自分の欲望やら、あるいは復讐のために集まっていただけで、殿下を王にするなんてのは都合の良い方便だったというだけの話です。まあ、あたしに勝っていたとしても、利害調整できずに王国はめちゃめちゃになりそうですけどね、その有様では」


「何もかもがまやかし! 誰も“国”の事など、考えてはいなかったというわけか!」


「あるいはそれこそが、こちらとそちらの最大の相違点なのかもしれませんわね。では、殿下、時間も押していますし、反省はあの世とやらでやってくださいませ」


 ヒサコが手で合図を送ると、今まで反乱軍の生き残りを取り囲んでいた兵士達が一斉に動き出した。

 いよいよ残りの者達に引導を渡す時なのだと、はっきりと認識した。


「あ、鉄砲は使わないでね。あらぬ方向に弾が飛んで、誤射なんてのは面白くないから。槍兵、前へ。一斉にブッ刺しちゃいなさい」


 槍を構えた兵士がズラッと前に出て、包囲下にあるサーディクらに穂先を向けた。

 あとは命令一つで反乱騒動も片が付く。

 さあお命じくださいと、ヒサコの指示を待った。


「……あ、でも、アルベールは殺しちゃダメよ。彼には私に仕えるという大事な使命があるから。さあ、やっておしまい!」


 指示が出た。アルベールを殺すな、他はどうでもいい。そうヒサコは命じた。

 途端、包囲の我が縮まり、一斉に槍が繰り出された。

 アルベールはこれを制しようと声を上げようとしたが、時すでに遅し。止める間もなく、槍が人々に突き出された。

 もはや抵抗する体力も気力も武器もなく、ただただ槍で突かれ、体中が穴だらけになり、血をぶちまけながら死んでいった。

 サーディクも死んだ。十本以上の槍が突き刺さり、これでもかと言うほどに念入りに殺された。

 アルベールは咄嗟にトーガを庇おうとしたが、それよりも早く槍が付かれ、アルベールの脇を素通りし、トーガに深々と突き刺さった。


「ぐがはぁ、あ、アルベール、さ、ま……」


「トーガ!」


 少年もまた血の海に沈み、若い命が散っていった。

 兵士達も忠実に命をこなし、早々とアルベール以外のすべてを物言わぬ死体に変えてしまった。

 反乱軍はアルベールを除き、文字通り全滅した。

 これでサーディクの反乱は完全に鎮圧されたのであった。



           ~ 第五十五話に続く ~

これにて『スアス渓谷の戦い』は終了です。


さて、この戦いの元ネタですが、これはハワイ諸島統一の決戦『ヌアヌパリの戦い』です。


ハワイ王カメハメハとオアフ王カラニクプレの間で行われた決戦です。


カラニクプレはオアフ島の『ヌアヌパリ』を決戦の地に選び、ここに罠を仕掛けます。


カメハメハ軍の進路を予想し、そこを挟み込む形で砲台を設置。この殲滅を狙い、自身を餌にしてヌアヌパリに誘い込もうとします。


しかし、カメハメハはオアフ島上陸の際、水際での抵抗がなかったため、罠の存在を怪しみ、特殊部隊を先行させ、『隠し砲台』の存在を察知します。


それを逆用して砲台を制圧。


カラニクプレはその事を知らず、カメハメハがまんまと砲台の十字砲火点に突っ込んできたことで勝利を確信。砲台への砲撃開始を合図します。


しかし、砲弾は自分の頭上に降り注ぎ、混乱を立て直す間もなく、そのまま谷へと突き落とされ、オアフ軍は全滅の憂き目となります。


こうしてカメハメハはハワイ諸島を統一し、『カメハメハ大王』としてハワイ統一王となります。


作中ではこの戦いを基にしてストーリーを進めつつ、随所でオリジナルの展開を加えて書きました。


気付いている方もいるかもしれませんが、フィンランド軍の『モッティ戦術』や、アウステルリッツ三帝会戦のダヴー将軍の高速行軍なども盛り込みつつ、仕上げました。


合戦シーンは戦局を考える分には面白いのですが、いざ文章として書き表すのが難しく、拙い文章でまだまだ修行不足を感じる次第です。


(;^ω^)

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