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第五十話  激突! スアス渓谷の戦い!  (7)

 それはまさに地獄絵図であった。

 混乱が混乱を呼び、血飛沫と肉片と悲鳴と泣き声が谷間を埋め尽くした。


「なんだ!? 一体どうなっているんだ!?」


「前衛が崩壊したぞ! 魔女だ! 魔女の詐術だ! チクショウ! チクショウめ!」


「おい、谷の入口も煙が上がっているぞ!? 本陣はどうなっている!?」


 どこもかしこも混乱だらけ。所詮は寄り合い所帯であり、烏合の衆だ。

 これらを統率できたのも、あくまで“利益”と“復讐心”が結合していたからであり、それを上手く取りまとめれる指揮官がいたからに過ぎない。

 だが、それももういない。

 復讐心に駆られたカインは前に出過ぎて仕掛け爆弾の餌食となり、ヒサコへの報復を果たすことなく死んでしまった。

 アルベールは前進する兵の波に呑まれ、まだ後方で身動きが取りづらい状況にあった。

 サーディクは総大将として本陣に留まらざるを得ず、コルネスは最後衛にあって、後方を扼してきたシガラ公爵軍の相手をしなくてはならなくなっていた。

 つまり、指揮官、まとめ役を欠いた反乱軍の先手衆は各個に動かなくてはならなくなった。

 元の“烏合の衆”に戻ってしまったのだ。

 そこからは目も当てられぬ状況が繰り広げられた。

 壊走していたはずの第二防衛線の守備隊が、“なぜか”整然と反撃行動に出て、混乱する反乱軍の先鋒に向けて銃撃を開始した。

 体勢を立て直そうと後退すると、そこには別の友軍が右往左往しているのだ。


「おい、バカ! さっさと後退しろ! この状態では敵の反撃に対応できん! 一度下がって空間の猶予を設けて、その間に布陣し直す!」


「んな事言ったって、後ろも前進してくる味方ばっかだぞ! 無茶言ってんじゃねえ!」


「と言うか、谷の入口も煙上がっているし、そこから逃げてくるように前進してくる奴ばかりだ!」


 下がろうとする部隊、逆に前進しようとする部隊、それらが衝突し、混乱は増す一方だ。

 勢い任せで前進した、そのツケ払いがやって来たのだ。

 その混乱の渦中、反転攻勢に出たヒサコの部隊が横一列にずらりと並び、次々と銃撃を浴びせて反乱軍を撃破していった。

 布陣もなければ、統一された指揮系統もなく、ただただ無残に撃ち減らされていくだけだ。

 そして、ようやく第二防衛線があった場所を越えて後退できたと思ったら、今度は“味方”が砲撃を浴びせてきた。

 次々と砲弾が着弾し、土煙と爆発が湧き起こり、混乱は頂点を極めた。


「バカ! 我々は味方だ! 旗指物が見えていないのか!?」


「おおい! 砲台! 中止、中止だ! ただちに砲撃を止めろ!」


「どこ見てんだよ!」


 砲撃に晒される反乱軍は必死に旗を振ったり、あるいは大声で呼びかけるが、砲台はそれを無視して砲撃を続けた。

 砲台の兵士からすれば、指示通りに“敵”に向かって砲撃しているだけであった。

 反乱軍の視点から見ると、隠し砲台が制圧されたと誤認したままであり、友軍を砲撃しているようにしか思えなかったのだ。

 実際は砲台は制圧されておらず、ヒサコの指示のまま攻撃を続けていた。

 最初は“味方サーム”を攻撃し、反乱軍に“砲台は制圧された”という嘘の情報を与え、次に後退してくる“反乱軍てき”を攻撃する。その指示の通りだ。

 もはやただただ的になっているだけの人々は叫び、泣き、そして、文字通りの意味で散っていった。

 そこにさらなる追撃が入るのであるから、目も当てられぬ状況だ。


「クッソ! これではいい的だ! 術士、全周防御! 全周防御だ!」


「バカを言うな! 数が足りん! 防御幕を集中運用しないと、抜かれるぞ!」


「銃弾ならともかく、砲弾は止めれん! まして三方向など、とても防ぎきれん!」


 前面に展開していた術士にしても、隊列を組み、前方から飛んで来る銃弾には余裕で対処できた。

 だが、今は違う。左右からより威力の高い砲弾が飛んで来るのだ。

 三方向からの攻撃に対処するには、残念なことに手数が足りなかった。

 そして、穴だらけとなった防御幕の隙間から、鉛玉が次々と飛来した。

 先程まで一緒に追撃していた仲間は、今やどこにもおらず、よく見ると足下に死体として転がっていた。

 あるいは、吹き飛ばされた自分の腕を求めてふらつき、そのまま銃撃されて息絶えた。

 自分だけは助かろうと他人を押しのけて逃げようとするも、運悪くその先で砲弾の直撃を受け、木っ端微塵になってしまった。

 まさにこの世の地獄だ。

 反乱軍は一方的に殺され、物言わぬ死体となって、無様な姿を晒すだけとなった。


「なんたる有様か!」


 ようやく到着したアルベールは前線の惨状を見て絶望した。

 もはやそれは“軍”と呼べる代物ではなく、ただの“逃げまどう人々”でしかなかった。

 どうするべきかと悩んでいると、カインの部隊の旗指物を持つ者が見えたので、そちらに馬を寄せた。


「おい! この有様は何だ!? カイン様は!?」


「あ、しょ、将軍! カイン様は魔女の乗っていた馬車の戸を開けた途端に、その馬車が大爆発して、馬廻り衆と共に吹き飛んでしまいました!」


「なんだと!?」


 アルベールは即座に状況を把握した。

 何のことは無い。ヒサコのいつもの手口だ。

 誘い込み、罠に陥れ、引っかかった獲物を狩り取る。

 何度も何度も念を押し、慎重に事を進め、その罠を掻い潜り、魔女の首に手をかけたと思ったら、突然の落とし穴というわけだ。


「クッソ……。何という事だ。これは私の読み違い、失策だ! ヒサコ様の思考を読み取り、罠を察知して、その上を行く策で返したつもりになっていた! だが、現実はこうだ!」


 目の前の取り返しのつかない惨状は、自分の献策によるものだとアルベールはこれ以上に無い程に恥じ、そして、悔しがった。

 次々と撃ち減らされていく友軍の無様な姿は、今回の作戦を立てた自分自身にあると、アルベールは考えた。

 読んだ見切ったとはしゃいでいた、少し前の自分を殴り飛ばしてやりたい気分であった。


「読んだつもりでいて、その実“読まされて”いたんだ。しかも、それに気付かせないために、味方の陣地を砲撃して、こちらを完全に誤認させる念の入れ様……。ヒサコ様、あなたはやはりとんでもない方だ」


 完敗を悟った瞬間でもあった。

 次々と積み上がっていく死体の山を見て、茫然自失となるアルベールであったが、将としての矜持と責任感がすぐにそれらを打ち払い、正気を取り戻させた。

 そして、あらん限りの声で叫んだ。


「総員、撤退せよ! 脇目も振らず、ただひたすらに谷の外へと駆けよ! 引け、引けぇ!」


 これより他に手段がなかった。

 本来ならば、一部を居残らせて殿軍しんがりを編成し、時間を稼ぐのが常道だ。

 だが、今となってはそれは不可能であった。

 周囲の部隊はすでに恐慌状態であり、これの指揮統率を復活させ、かつ死に残りをさせるなどどんな名将にもできる事ではない。

 まして、今立っている場所は左右の砲台から砲撃が、反転攻勢に転じてきた敵部隊からは銃撃が放たれており、隊伍を組む隙が無い。

 十字砲火点クロスファイアポイントでの再布陣など、それこそ不可能事であった。

 そうなると、犠牲を覚悟でひたすら逃げ回り、谷の外へと出て、空間的余裕を確保した上で隊列を組み直すしか手段がない。


「……サーム殿のようにはいかんか!」


 つい先刻まで戦っていた元戦友の顔が、アルベールの脳裏にふと思い浮かんできた。

 サームもまた絶望的な状況下にあって死に残りの殿軍しんがりを行い、その任を全うした。

 もし、あの追撃を妨害する部隊がなければ、後退する敵部隊に食らいつき、並行追撃によって反撃の糸口を掴ませぬまま押し込めた可能性すらあったのだ。

 サームは命を賭して、その可能性を潰したと言ってもいい。


(恐らく、サーム殿はこの“本当の罠”の存在を知らなかったのだろう。そうでなければ、もう少し動きに違いがあったはずだ。だからこそ、その演技でない動きにまんまと騙された。勝つためには手段を選ばない。ヒサコ様、あなたは本当に恐ろしい方だ!)


 頭の中では状況整理を進めつつ、アルベールはなおも声を張り上げ、撤収を叫んだ。

 銃弾、砲弾が飛び交う中にあって、アルベールは必死に指示を飛ばし、兵士達も谷の入口の方へと駆けていった。

 その間も敵の追撃は繰り広げられ、背中を撃たれては地面に倒れた。

 そして、それを丁寧に剣や槍で突いて回り、文字通り皆殺しにしていった。

 ただの一人として逃さない。確実に殺していくという強烈な意志を感じ、逃げる反乱軍をますます恐慌状態に陥れた。


(追い付かれたら、間違いなく殺される!)


 捕捉されたら確実な死が待っている。そう考えると、兵士も必死で谷の入口に向かって逃げた。

 そこには“仕上げの罠”が待ち受けているとも知らずに。



           ~ 第五十一話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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