第四十九話 激突! スアス渓谷の戦い! (6)
轟音と爆炎の織り成す現場はまさに地獄。
爆発の衝撃に巻き込まれた人と馬は肉片と化し、周囲に散乱していた。
その後継をニヤリと口の端を吊り上げながら望遠鏡で眺める女性がいた。
爆発現場を一望できる崖の上に立ち、上手くいったと笑っていた。
地獄を眺めて喜ぶ魔女の正体は、もちろんヒサコだ。
「バッカね~。あたしがそんな“分かりやすい”とこにいるわけないでしょ。復讐にて視野狭窄! 短絡的に過ぎるわよ」
ヒサコの言う通り、実のところ、反乱軍が突破した第二防衛線の陣地には、ヒサコは初めからいなかったのだ。
現場にいくつかの指示を出した後、さっさと撤収して安全な崖の上に移動し、これまでの谷間での動きをずっと眺めていただけであった。
第二防衛線にいた兵士らがろくに防衛せずに逃げ出したのもすべて演技であり、大型馬車が逃げ遅れて捕まったのも、分かりやすい疑似餌に過ぎない。
当然、その護衛や馬車の御者も、“中身”については事前に教えられていたので、“巻き添え”にならないようにさっさと離れただけなのだ。
「うわ……、本当に引っかかっちゃったわね」
見覚えのある光景に、テアは子供をあやしながら噴き上がる炎と煙を見つめた。
これはかつて、ヒーサの専属侍女であったリリンを処分した際に用いた仕掛けと同じだ。
中身に火薬を詰めておき、ドアノブを回すと燧石が動き、着火する仕掛けであった。
あの時と違う点があるのだとすれば、それは詰め込まれた火薬の量だ。
リリンを吹き飛ばした際に用いたのは仕掛けを施した箱であり、女手でも持ち運べる大きさであった。
だが、今回はなにしろ四人乗りの大型馬車であり、そこに詰め込める火薬の量は段違いだ。
十倍では利かない量であり、周囲を吹っ飛ばすどころか、木っ端微塵になってもおかしくない威力を生み出す事ができた。
発する爆音と立ち上る煙は谷のどこからでも確認できるであろうし、異変が起きたことは反乱軍のすべてが認識できるようになっていた。
「ん~、よしよし。逃げるのを止めて、反転攻勢の準備に入ったわね。ちょっと手間取っているようだけど、まあ、ぎりぎり及第点ってところか」
ヒサコは壊走しているフリをしていた味方部隊が、爆発を合図に回れ右して隊列を整え始めたのを望遠鏡で確認した。
なにしろ、ここからが本当の好機であり、反撃の時なのだ。
「前線で指揮を執っていたカインは死んだ。“あたし”に群がっていた騎兵や将校もオダブツ。そこに的確な反撃を加えれば、立場が逆転する。そして、前線での異変はすでに爆音と共に拡散している。さあ、楽しい楽しい、蹂躙のお時間だわ」
「よくもまあ、そんな顔して平然と言えるわね」
ヒサコの横で、同じく望遠鏡で状況観察をしていた女性が吐き捨てるように言った。
それは“捕虜”になっているはずのティースであった。
なんのことはない。ティースもまた“演技”で捕虜になったフリをしていただけだ。
分かりやすい戦利品として縛られた姿を見せ付け、隠し砲台が確実に制圧されたと誤認させるための道具になっていたのだ。
ティースは貴族の夫人や令嬢の中では、かなり知名度と容姿が知れ渡っている方だ。
結婚式の経緯やその後の御披露目式であちこちに顔を売っており、しかも前線で戦っていたり、あるいは王都での簒奪劇にも参加していたため、ティースの顔を見知っている貴族はかなりの数がいる。
カインもそうであったように、ティースが誰なのかをすぐに判別できるため、その縛られた姿を晒せば、隠し砲台への特殊部隊強襲が成功したと、誤情報させるのに適していたと言うわけだ。
縄で縛られて、公衆の面前にその姿を晒すのは少し気が引けたが、それによってもたらされる効果もまた大きいので従ったティースであったが、後味は悪いものとなった。
「本来さ、あの反撃に転じようとしている部隊、指揮官はサームだったはずなのよ。それを前線で使い潰すような真似をして!」
「必要だったからよ。一番怖かったのは、第一防衛線の部隊が並行追撃される事。敵味方が入り乱れた状態で第二防衛線まで来ちゃうと、撤収する時機を逸してしまう可能性があったからね。サームが殿軍を務めてくれたおかげで、その危機を回避できた。“整然と壊走する”事ができたわ」
「そして、難敵を打ち破ったと相手方に勢いづかせる材料にもなる、と」
「そうそう。サームは仕事を完全にこなしてくれたわ。その点では本当に感謝しているわよ」
事も無げに言うヒサコに、ティースはこれ以上に無い程の不快感を覚えた。
だが、それを口にして非難する事もできない。なにしろ、今回のヒサコの作戦の有効性をよく認識し、反乱の早期鎮圧には必要だと考え、その策に乗っていたからだ。
今更文句や非難を口にしたところで、鼻で笑われるのは目に見えていた。
それでも怒りや不快感を完全に抑え込めないティースであった。
「……サームの事は、味方を犠牲にするのを計算に入れた策は、どうにも後味が悪いと思わないの!?」
「遺族に不自由な真似させないわよ。恩給は弾むし、子弟には仕官の口も用意する」
「何の免罪符にもなってないわよ!」
「やらないよりはマシでしょ? 気前が良くて慈悲深いお兄様、そして、旦那様のために、ね」
あくまでヒーサは聡明で慈悲深くあらねばならない。悪名は自分が引き受ける。この姿勢は最初から貫いており、崩すことは無い。
松永久秀がこの世界の転生し、ヒーサとヒサコという二つの顔を使い分けるようになってから、何一つ変わっていないのだ。
もちろん、ティースは夫と義妹が“同一人物”であることも知っているので、その悪辣な手管に言い表せぬ不快感を覚えていた。
今回の件にしても、長年仕えてきた忠実で優秀な武官を生贄に捧げてしまっている。
その対価として、反乱軍の包囲殲滅という最高の状況を作り出すに至っているのだ。
有効であるし、理解もできているが、それを納得するかと言うとまた別の話だ。どうにもこの不快感だけは拭えないでいた。
互いに睨み合う義理の姉妹であったが、それはすぐに中断された。
今度は谷の入口の方で轟音が鳴り響き、炎と煙が上がったからだ。
二人は慌ててそちらの方に望遠鏡を向けた。
「お、あっちも始まったわね。マークも上手くやってくれたわ」
「谷の入口にも爆薬を仕掛けて、人為的に崖崩れを作り出すっと。……あ、でもさ、入口を塞ぎ切れてないわよ」
「ん~、さすがに幅が二町(約二百メートル)もあるし、全部を塞ぐのは無理があったわね。でもまあ、あれでも十分、“大渋滞”を起こさせるのには役立ってくれるわよ」
谷の入口は、今や瓦礫の山となっていた。
砲撃で破壊された陣地の跡や遺棄された物資に加え、発破による崖崩れで瓦礫が更に幅を狭め、より一層通行を困難にしていた。
「まあ、あれはあれでいいか。下手に全閉してしまうと、無理やり崖をよじ登ろうとするかもしれないし」
「崖の上の隠し砲台って、人員ギリギリだしね。砲の操作以外考えていない数の配置だから、よじ登って来られたら対処できないわ」
「なお、そんな状況でありながら、登攀してきた相手の特殊部隊を全滅させた、実に優秀な“暗殺者”がいるみたいね」
「主人として、鼻が高いとでも言っておけばいいかしら?」
「お互いにね。私も“黒犬”の飼い主だし♪」
お互いに可愛がっている“飼い犬”を褒め合い、思わずニヤつく二人であった。
今回の戦いにおいてヒサコは隠し砲台を隠匿しつつ、それを察知されるところまで読み切っていた。
ゆえに、夜戦に長けたマークを呼び寄せた。
ティースがこの場にいるのは、実のところ、“おまけ”でしかなかった。
本命は差し向けられてくるであろう砲台制圧を狙った特殊部隊を始末するため、腕のいい“暗殺者”を準備したというわけだ。
登攀してそれなりに疲れている上に、来ると分かって待ち構えているのだ。
マークと黒犬、闇夜の戦いなど、一人と一匹にとっては実に手慣れたものであった。
あとは、装備品を引き剥がし、それを兵士に着せて、ティースが捕まったと演出すれば完了である。
味方陣地への砲撃、縛られたティース、これが合わさった時、反乱軍側は砲台制圧が完璧になされ、後顧の憂いなく第二防衛線への攻撃を開始する結果になった。
それが擬態であると気付くことなく、あの世への階段を登っていったというわけだ。
「でも実際、砲台はこちら側のまま。さあ、進むも引くもできない状況にあって、左右からの砲撃が加われば、はたしてどうなるかしらね~♪」
「勝ち確の状況から、一転して包囲殲滅。まさに天国から地獄へってところかしら。ヒサコ、あなた、いい性格しているわ、ホント」
「お褒めに与り、光栄ですわ、お義姉様♪」
谷の奥と入口、両方で発生した爆発と煙、それが合図だ。
かくしてこれより、一方的な殺戮が始まる。二つの炎と煙はその烽火となるのであった。
~ 第五十話に続く ~
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