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第四十八話  激突! スアス渓谷の戦い! (5)

 敵将サームを討ち取り、勢いに乗る反乱軍は標的であるヒサコが籠るであろう、第二防衛線の陣地付近にまで進んだ。

 そして、そこは第一防衛線に比べると、防御設備も整っていない貧弱な陣地であった。

 一応、柵は設置されているが、深い空堀も櫓もなく、貧弱な防御力しか持ち合わせていなかった。


「フン! どちらかと言うと、飛び出す前に身を伏せておく程度といったところか。だが、砲台を制圧された今となっては無意味だな」


 敵の陣容を見るなり、カインはそう吐き捨てた。

 アルベールの予想では、第一陣で敵を防ぎつつ、頃合いを見て後退。それに釣られる格好で追撃をかけてきた敵を左右の隠し砲台で砲撃を加え、混乱したところを反転攻勢を仕掛ける。

 こういう見立てであり、それが的中していたと確信していた。

 だが、砲台は密かに進ませた山岳猟兵アルペニーの部隊が制圧し、それによって第一防衛線を難なく突破できた。

 第一防衛線を守っていたサームを討ち取り、守兵は多くを取り逃がしたもののそれなりに打撃を与えた。

 あとは作戦が破綻し、狼狽する第二陣を越え、ヒサコを捕縛するだけだ。


「よし、そろそろだな! 術士、前へ!」


 それでもカインは手を抜かず、冷静な対応を心掛けた。

 待ち構えている敵陣に向かって、やみくもに突撃するような真似はしない。勝てる戦であるからこそ、損害はちゃんと抑制しておきたいし、ヒサコを捕縛するまでは気を緩めてはならないと思っていたからだ。

 ヒサコは冠絶した知恵者であり、その知略を以て幾度となく不利な状況を引っ掻き回し、気が付くと状況が逆転していたなどということが幾度もあった。

 それを見てきただけに、カインもまた詰めを慎重に進めた。


「防御の術式を展開せよ! しかる後、前進!」


 隊列の前に出た術士達は、術式を展開して防御の結界を張った。

 まるで薄布のような輝く幕が展開され、敵味方の間に広がっていった。


「よし! 全軍、距離を詰めよ!」


 カインの号令を受け、一歩一歩確実に前進し始めた。

 これは帝国領で行われた河畔での戦いの際、《六星派シクスス》の術士が行ったやり方だ。

 多くの銃器を装備するヒサコの部隊に手を焼いた帝国軍は、部隊の全面に術士を配備し、防御結界を張って着実に距離を詰めるという戦法を行った。

 この時は隠し砲台の横撃により、戦いそのものには帝国側の敗北となったが、用いた戦術は理に適っていると戦闘詳報を知る者には理解されていた。

 着実に距離を詰めるという事に関して言えば、この方法は有効なのだ。

 実際、第二防衛線より銃撃が加えられたが、銃弾はことごとく結界によって弾かれた。


「いいぞ! そのまま距離を詰めよ! 五十歩手前で一気に駆け寄るぞ!」


 カインも馬上で指揮を執りながら、周囲の歩調に合わせて前へと進み、いよいよ陣地が間近に迫った。

 その時だ。敵陣が一気に慌ただしく動き出した。

 まずは銃兵の隊列が反乱軍に向かって一斉射を放った。

 だが、これは展開されていた防御結界によって阻まれた。

 慌ただしくなったのはそこからだ。

 なんと、一斉に陣を捨てて撤退を開始したのだ。

 その時間を稼ぐため、銃兵の後ろに控えていた工兵が一斉に手投げ弾を投げ付け、これもまた逃げ出した。

 そして、投げた手投げ弾が一斉に爆ぜた。

 煙が湧き起こり、炸裂弾ではなく、煙幕弾だということはすぐに分かった。


「弾が通じぬならと、こちらの視界を塞ぎ、その間に撤収する気か! 風系を使える術士、煙を吹き散らせ! 視界が開けたら、陣を踏み越え、追撃するぞ!」


 カインも矢継ぎ早に指示を飛ばし、逃がすまいと必死になった。

 なにしろ、これからの戦局はヒサコとマチャシュが手中にあるかどうかで、迫って来るシガラ公爵軍とヒーサへ対応が大きく変わってくるのだ。

 ここで逃がしては、この戦に勝っても何の成果を得られないに等しい。

 追う側も必死なのだ。

 カインの指示を受けた術士は早速風を吹かせて煙を散らすと、視界が開けると同時に追撃が始まった。

 ろくな防備が整っておらず、しかも兵士が撤退したとあって、第二防衛線はあっさりと突破された。


「追え! 追えぇぇぇ! 絶対に、絶対に逃がすなよ!」


 カインに捲くし立てられ、随伴する兵士もまた敵の背に目がけて駆けた。

 そして、逃げる敵の集団の中に、貴人の乗る大型馬車キャリッジも視界に捉えた。


「あれだな! 騎兵、続けぇ!」


 それほど数は多くないが、カインは号令をかけ、五十騎ほどの騎馬隊が馬車めがけて殺到した。

 そうなると、馬車と騎馬では速度が違う。

 たちまち追い付かれ、周囲を固めていた歩兵も蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ出した。

 挙げ句に馬車の御者まで御者台から飛び降り、逃げる歩兵に混じって走り去る有様だ。

 そうなると、制御失った馬車は馬の赴くままに真っ直ぐ走り、それに騎兵の一人が飛び乗って、暴走する馬車の手綱を握り、速度を緩めた。


「ハンッ! 人望の無さが、いよいよと言う場面で出たな、魔女め!」


 誰一人として馬車を守ろうとせず、さっさと逃げ出す姿に、カインは吐き捨てるようにその背を眺めつつ、肝心の馬車に視線を向けた。

 すでに、周囲は騎兵に取り囲まれ、手綱も握られている。

 どこをどう足掻こうとも、もはや逃げられない状態だ。

 カインも馬車の戸に馬を寄せ、握っていた剣の切っ先をそちらに向けた。


「降りて来い、ヒサコ! 今なら剃髪くらいで勘弁してやろう! さっさと出て来んのなら、不細工な顔をなお不細工にしてやるぞ!」


 カインももう感情の赴くままに捲くし立てた。

 なにしろ、この中にいるのは数々の関係を用い、自慢の息子を殺し、さらには娘と孫を焼き、家門の名誉と領地に至るまで、自身のすべてを奪ってきた元凶だ。

 これでもまだ抑えている方で、交渉材料でなければ即座に引きずり出して、散々に嬲った挙げ句、生きたまま火の中に放り込んでやりたい気分であった。

 そんなカインの感情を逆撫でするかのように、馬車の戸は一向に開こうとしない。

 まるで“誰もいない”かのように、静かであった。


「往生際の悪い奴め! 交渉前に、腕の一本くらいは削ぎ落してやる! どうせ二本有るのだ。一本くらいどうということはあるまいて!」


 カインは馬から飛び降り、馬車のドアノブに手をかけ、そして、回した。


 ガキィィィン! ズガァァァン!


 それは突如として大爆発を起こし、馬車は木っ端微塵になった。

 カインも、周囲を取り囲んでいた騎兵も巻き添えを食らい、爆炎の中に消えるか、飛び散る破片に体を貫かれるかした。

 炎と煙が天へと上り、その轟音は谷中に響くこととなった。

 かくしてカインは、家族の仇も、領地の奪還も成すことなく死んだ。



           ~ 第四十九話に続く ~

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