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第四十六話  激突! スアス渓谷の戦い! (3)

 殿軍しんがりを務めるサームとその手勢の奮戦ぶりは凄まじかった。

 数こそ百名程度であるが、無謀とも思えるほどの斬り込み突撃を繰り返し、その気迫に圧されて敵方を幾度となく押し返した。

 砲撃により陣が崩壊したとはいえ、死に物狂いの兵士ほど厄介なものはなく、次々と斬り伏せられた。

 だが、それも結局は突き崩される事となった。

 殿軍しんがりを務めるその意気込みはともかく、手数が足りていなかった。

 一部の壊れた柵より敵が陣地内に侵入してきたのだが、それは一ヵ所だけではない。その穴の開いた防衛陣地を僅かな手勢で防ぎ切るなど不可能であったのだ。

 結局のところ、数が違い過ぎた。

 次々と侵入を許し、気が付けば周囲は敵だらけとなった。

 

(だが、撤収の時間はどうにか稼げたかな)


 自分の直轄部隊以外は、損害は出しつつも“砲撃の回廊”を抜ける事が出来たようだと感じた。

 谷間を広く射程圏内に収めている砲台だが、第二防衛陣地までは届かない。その内側に入ってしまえば、もう砲弾を撃ち込まれることは無い。

 当然、後退中も容赦なく砲弾を撃ち込まれたが、意図せず壊走状態であったため、却って的を絞らせない事となり、損害は思ったほどに出なかった。

 その代償は、殿軍しんがりの死に残りだ。


「さて、いよいよ最後ではあるが、私は少々寂しがり屋なのでな。我こそはと思う者は前に出ろ! 死出の旅路の随伴を許そう!」


 強がってはいるものの、サームもすでに満身創痍であった。

 それほど卓越した剣士ではないが、それでも十六人は斬り伏せており、浴びた返り血で鎧が真っ赤になるほどだ。

 しかし、そこが限界であった。

 すでに腕に力はなく、剣を握るだけで精いっぱいであった。

 周囲の生き残りもすでに二十名を割っており、こちらも立っているのがやっとの状態で、それらを取り囲む敵兵は増える一方であった。

 武名轟く“聖女の三将”の一角であるサーム、その首は価値が高い。

 誰がそれを取るのかで、周囲を牽制し合ってしまい、一歩踏み出す者がいなかった。

 だが、そこへ人混みを押し分け、一人の将が前に進み出た。

 前線で指揮を執っていたカインだ。


「サーム将軍、久しぶりだな」


 この二人は互いに顔見知りであった。アーソ辺境伯領ではカインが隠棲する直前、辺境伯領をヒサコが統治するまで実質的に代官を務めていたため、よく知る間柄だ。

 それゆえに、“それぞれの裏切り行為”について、絶対に許せないのだ。

 カインからすれば、息子を殺したヒサコに仕える目の前の男が憎くて仕方がない。

 一方、“その裏事情を知らない”サームからすれば、カインは公爵家から多大な庇護を受けながら反旗を翻した裏切り者でしかないのだ。


「……カイン、貴様! この忘恩の痴れ者めが!」


「何が忘恩だ! 裏切ったのは、ヒサコの方が先ではないか! 私から、私の家から、何もかもを奪いおってからに!」


「孫の代にて全てをお返しする言う約定を忘れたか!」


「その“孫”がどこにいる!? ヒサコが殺したではないか!」


「何を訳の分からぬ事を!」


 そう、サームはまだ王都での騒乱について知らなかったのだ。

 アーソで帝国軍と戦い、その片付けも終わらぬうちにヒサコと合流するために馬を飛ばし、それでいてヒサコから王都における情報を貰っていなかったためだ。

 サームの怒りはその“情報の無さ”に起因しており、知っていればあるいは対応が変わったかもしれないが、時すでに遅し。

 戦端は開かれ、血で血を洗う闘争の真っ最中だ。

 こうなってはそうした事情など、些細な事でしかない。

 どちらかが殲滅されるまで続くのだ。


「もういい。貴様と話しても無駄だと分かった。用があるのはヒサコであって、サーム、貴様ではない!」


「通しはせんぞ!」


「今の貴様では無駄な事だ!」


 カインが合図を送ると、ザッと歩兵が整列し、槍を構えてサームとその周囲の兵士らを囲った。

 逃げ出す事も、かと言って全てを蹴散らす事もすでに不可能だ。

 サームもすでに覚悟を決めているし、周囲の馬廻りも居残った段階でこうなる事は分かり切っていた。

 今更、泣き言も恐れもない。せめてもう一太刀くらいはと、剣や槍を強く握るだけであった。


「やれぇい!」


 並ぶ槍衾がカインの掛け声に合わせて、一斉に突き入れられた。

 繰り出された数十本の槍は取り囲まれたサームとその配下の兵を一飲みにした。突き刺し、血が吹き出し、肉が落ち、そして、死んでいった。

 サームもまた失われつつある意識の中、これまでとばかりに持っている剣をカインに向けて投げ付けた。

 最後の抵抗であったが、すでに力はなく、その投げ付けた剣はカインの足下に刺さるだけであった。


「……よし。まずは邪魔者が一人消えた。だが、これは前座だ! 本命ではない! 進むぞ!」


 カインは崩れ落ちたサームに一瞥もせず、即座に第二防衛線への攻撃を命じた。

 なにしろ、この戦いはヒサコを捕えるための戦であり、それを守護していた将の一人を討ち取っただけなのだ。

 壁が一つ消えただけ。カインにとってはその過ぎないのだ。

 しかし、同時に大きな前進でもあった。

 サームは国中に名の知れた将であり、それが討ち死にしたとなると、敵味方に与える影響というのも少なくない。

 現に、カインの周囲の将兵は意気揚々としており、難敵を屠った事により士気は向上していた。


「トーバ! トーバはいるか!?」


「こちらに控えております」


 少年が一人、カインに呼ばれて側に寄り、恭しく跪いた。

 前々から世話係として近侍を命じており、アーソからシガラへと転居した際にも帯同していた少年だ。

 今回の戦にも参戦し、主人の護衛として侍っていた。


「トーバよ、前線は順調に推移していると、サーディク殿下に伝令を任せた」


「ハッ! ただちに!」


 トーバは主君の命を受け、後方にいるサーディクの方へと一目散に駆けていった。

 それを見送ってから、カインは再び視線を谷の奥へと戻し、辛うじて見える第二防衛線を睨み付けた。


「さあ、次の獲物は憎き魔女だ! これを捕縛せし者は、例え兵卒であろうとも、爵位と領地を与え、一城の主とするぞ!」


 カインはここが攻め時と考え、更なる鼓舞として恩賞をチラつかせた。

 どうせシガラ公爵家から全てを奪い去るつもりでおり、それに王手がかかった状態なのだ。

 それも周囲は感じており、カインの口より発せられた壮語は、夢物語でも空手形でもなく、現実味を帯びた激励なのだと受け取った。

 ならばと、一斉に鬨の声を上げ、続く第二防衛線へと突き進んでいった。



           ~ 第四十七話に続く ~

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