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第四十四話  激突! スアス渓谷の戦い! (1)

 それは突然の砲撃から始まった。

 間もなく夜が明けようかという黎明の時、反乱軍より突如として轟音が鳴り響いた。

 用意していた軽野戦砲ファルコネットの砲弾は空堀を飛び越え、柵に命中し、一部を破壊した。

 ついに『スアス渓谷』の入り口付近に設けられた、ヒサコ軍前衛への攻撃が開始されたのだ。


「来たか! 随分と焦らせてくれる!」


 だが、これを予想していたサームは冷静に対処した。

 昨夜より敵陣の動きが慌ただしく感じられ、夜襲を警戒していたからだ。

 同時に“擬態”である可能性も考慮し、前線に張り付いている部隊を三つに分け、三交代で休息を取るように指示を出していたのだ。

 とは言え、明け方も近くなるとさすがに攻撃は日が登ってからかと緩む空気となり、そこを突かれたわけだ。兵士達の動揺も見られた。


「落ち着け! 各員、持ち場を堅守せよ! 寝ている連中もすぐに叩き起こせ!」


 サーム自身は寝ていなかったが、むしろ興奮して寝ていられなかったというのが正しい。

 国家の行く末、家門の浮沈、かつての戦友との闘争、そうした複合的な要因が心の中でせめぎ合い、絞め付け、同時に興奮を覚えている自分がいるのも感じていた。

 ヒサコやティースからの激励を受け、自分の采配に全てがかかっていると託されたのだ。

 一人の武官として、これに勝る栄誉なし。そう考えると、寝てなどいられなかった。


「銃兵は小隊単位での統制射撃! 各部隊の指揮は各々の隊長の指示に従え! 補給班は弾丸と玉薬の補充を急げ! 射撃戦を制して、敵の出鼻を挫くぞ!」


 サームは矢継ぎ早に指示を飛ばすが、同時に相反する事も考えねばならなかった。

 それは“撤収”である。


(そう。敵が来ることは最初から分かっていた。問題はどの程度までこの防衛陣地で持ちこたえ、素早く第二防衛線まで撤収するか、だ)


 始まったこの防衛陣地を巡る戦いは、いわば囮であり、前哨戦だ。

 敵の足を鈍らせるためにそれなりの打撃を与えつつ、それでいて追撃をかけて撤収する自軍の背を追ってもらわなくてはならない。

 敵に張り付かれた状態で撤収するという、かなり難しい手順を必要とした。


(だが、期待に応えない訳にはいかない!)


 自分の動き次第で、敵に大打撃を与えられるかどうかの差が出てくるのだ。

 これを成さねば、反乱の早期鎮圧はできず、裏で動いている《六星派シクスス》の蠢動を止める事など叶わないのだ。

 攫われたアスプリクを取り戻すため、反乱などさっさと鎮圧してしまわなくては話にならないのだ。


「ここが踏ん張りどころだ! 皆、持ちこたえよ!」


 サームは檄を飛ばし、兵士を鼓舞した。

 同時に撤収する時期を図るために、時折登り始めた太陽にも注意を払った。



                 ***



 一方、攻めかかる反乱軍側の陣容も、戦ってはいるものの全力を出せないでいた。

 というのも、第一防衛線への攻撃はあくまで前座であり、本命は第二防衛線にいるであろうヒサコとマチャシュの捕縛であった。


「始まったな。やはり、攻撃は読まれていたようだな」


 本陣から前線の先頭を見守るサーディクは、少し気落ちした声でそう漏らした。

 一番理想的な展開としては、黎明攻撃で相手が混乱し、それを立て直せぬままに後退。その背を追う形で陣を踏み越え、撤収する敵軍に向かって制圧した隠し砲台の砲撃を浴びせる事であった。

 さすがにそこまでは期待してはいなかったが、それでもほんの僅かにある期待が無理と分かっただけに、ついつい口から出してしまったのだ。


「まあ、作戦は順調に推移しております。焦る必要もないかと」


 脇にいたコルネスはサーディクを宥めつつ、ジッと前線を見つめていた。

 さすがに銃の撃ちあいでは、陣地内に籠る敵方が有利であるが、幸いな事に相手には大砲が見当たらないという弱点があった。


「おそらくは、あちらもそれほど大砲に余裕などなかったのでしょう。隠し砲台の設置に手一杯で、正面陣地には設置できなかったのかと」


「対してこちらは、威力が低いとはいえ、軽野戦砲ファルコネットを何門か用意できた。射撃戦では、いずれ優位に立てよう」


「はい。あとは、敵がいつ後退するか、ですな」


 ここが読み合いとなっていた。

 撤収するのはいつか、陣を踏み越えて追撃するのはいつか。

 そもそも、隠し砲台の制圧は上手くいっているのか。

 まだ不確定要素が大きく、慎重に動く必要があった。


「おそらく、敵が引く時期は、朝日が完全に顔を出してからだと思われます」


 同じくサーディクの側にいたアルベールがそう述べた。


「大砲は照準を着けねばなりませんので、闇夜での運用は不可能。今はまだ登り始めたばかりなので、射撃もイマイチな精度となるでしょう。今少し日が登り、朝日が渓谷に注がれ始めてから撤収。私がサーム殿の立場なら、間違いなくそうします」


 サームが引くのは分かっているが、どのタイミングで引くのが最良であるかは、現場の判断に任せるしかない。

 そして、アルベールはサームに成りきった上で思考し、そう判断した。

 山裾から昇る朝日はすでにその姿をすでに半分は見せており、つまり、“もうすぐ”というわけだ。

 その時だ。

 谷間に轟音が鳴り響いた。火薬の爆ぜる音であり、何事かと注視すれば、隠し砲台があると推察していた幾つかの箇所から、砲火が噴き上がったのが見えた。

 そして、僅かに遅れて、防衛陣地に砲弾が降り注ぎ、陣地の一部を破壊するのが見えた。


「隠し砲台からの砲撃!? しかも、敵陣地に向けて!?」


 いよいよ始まったかと、サーディクも周囲も色めき立った。

 砲台が敵陣地の砲撃を始めたということは、裏に回り込んだ山岳猟兵アルペニーの部隊が砲台を制圧し、そのまま奪った砲台で敵陣地を砲撃しているということだ。


「よし! 作戦は成功だ!」


 せめて無力化だけでもと思っていたが、奪取する事にも成功したようで、これ以上に無い成果であった。

 この作戦を立案したアルベールも、思わず喜んで握り拳を作る有様だ。

 当然、周囲も鬨の声を上げ、作戦が順調に推移しているのを喜んだ。


「敵陣も大慌てのようだな! 今なら一気に突き崩せるぞ!」


 コルネスも大いに喜び、してやったりと言わんばかりに思わずピシャリと膝を叩いた。

 そこへ後方から早馬が大慌てで駆けこんできた。

 後方にいくつか放っていた斥候であり、サーディクの側まで来ると馬から飛び降りて拝礼した。


「殿下、火急の知らせにございます!」


「何事か!?」


「ハッ! 所属不明の部隊が現れ、まっすぐこちらの後背を突く格好で接近してきています!」


「おお、こっちも来たか!」


 これもコルネスの危惧が予想した通りに起こり、こちらもドンピシャ的中となった。

 だが、後方を扼してくる部隊の存在は、分かっていても厄介なものである。急がねばと、諸将も慌ただしく動き始めた。


「殿下! 予定通り、後方から迫って来る部隊は、私の部隊で抑え込みます!」


「おお、コルネスよ、任せたぞ!」


「アルベール殿! そっちも手早く済ませてくれ! 魔女が必殺の一撃として用意した部隊だ。どんな仕掛けで挑んでくるか、見当が付かんのでな!」


 そう言うと、コルネスは馬首を返し、馬に鞭を入れ、自分の部隊の方へと走り去っていった。

 そして、アルベールも動いた。

 戦友に言われるまでもなく、ここからはとにかく速さ、手際の良さが勝敗を決するのだ。

 砲台の裏切りにより、敵陣は乱れている。ここで一気に押し込み、あわよくばそのまま並行追撃をかけ、敵の第二線にまで切り込めれば最良だ。


「では、殿下、私も一気に押し込みますゆえ、これにて失礼いたします! そして、陣の制圧が終わりましたらば、そのまま入場して反転し、コルネス殿と敵の別動隊を抑えていただきたい」


「うむ。心得た! そちらも手早く片付けてくれよ!」


「ハッ! ご期待に沿えるよう、奮戦いたします!」


 アルベールは改めてサーディクに一礼した後、馬を駆って最前線へと向かった。

 現在のところ、予定通りに作戦は推移している。それも予想の一番良いラインでの推移であり、アルベールはますますやる気を漲らせた。


(だが、相手はあの聖女様だ。どんなどんでん返しがくるか、分かったものではない。気を引き締めて、このままいかせていただきますぞ!)


 アルベールの頭の中はヒサコの事でいっぱいだ。

 それも恐怖。得体の知れない何かを見るがごとき恐怖だが、それも今日ここで終わる。

 罠を掻い潜り、退け、そして、その身柄を捕縛する。

 それこそ、聖女ヒサコという恐怖に打ち勝った証なのだと言い聞かせ、馬を走らせた。



           ~ 第四十五話に続く ~ 

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