第四十二話 不自然! 隠しているのが分かりますとも!
サームへの“挨拶”を終えたアルベールは、自陣へと引き上げていた。
その間も続々と後続の部隊が到着しており、その中にコルネスが指揮する部隊もあった。
「やはりアルベール殿が先でしたか」
「なに。今回の作戦は私が言い出しっぺですからな。一番槍を取らねば格好がつきませんよ」
「士気旺盛、結構な事ですな」
戦友二人は軽く談笑し、そして、本題へと入っていった。
「で、相手方はどうでしたか?」
「サーム殿に降伏を申し出て、にべもなく断られた」
「まあ、当然でしょうな。軽い挨拶、戦場の風物詩、社交辞令、そんなものです」
一応、大人しく剣を収めてくれることを期待しないでもなかったが、それは甘い判断でもあった。
結局、互いに戦う理由があり、やらねばならない事がある者同士なのだ。遅かれ早かれ、血を見ずにはいられないのが現在の両陣営の立ち位置なのであった。
「で、アルベール殿、あちらの陣容は?」
「谷の入口に陣を構えている。それなりに強固な造りだが、やはりあれは囮だな」
「と言うと?」
「谷を形成する両脇の崖や山、やはりあそこに“隠し砲台”あるな。草木の植生に不自然な点が見られた。距離を詰めて観察すれば、隠しているのがそれとなしに分かった」
アルベールがサームの陣地に近付いた際、それとなく視線を周囲に配り、観察してきたのだが、そこは山育ちで慣れたものであった。まんまと隠れた砲台の存在を見抜いたのだ。
なにしろ、ヒサコの戦術をよく見てきたアルベールである。そのやり方、騙しの技術は良く知るところであり、注意を払ってさえいれば見破る事も難しくはなかったのだ。
「おそらくあの陣立から察するに、まずあの防衛陣地でこちらを防ぎ、押されて打ち破られたフリをして後退。次いで、追撃をかけるこちらを谷間に誘い込む。そして、そこの奥にあるであろう二番目の防衛陣地で受け止めながら、隠し砲台で挟み込み、三方向からの反撃を試みる、と言ったところではなかろうか?」
「おおよそアルベール殿の予想通り、というわけですか」
「そうです。何より重要なのは、“罠の存在に気付いていない”と言う事を、相手方が気付いていないということです」
気付かれたことを気付かれれば、何らかの配置転換や、あるいはこの場での決戦を諦めての全力逃亡も有り得た。
だが、その動きが一切ない。
前線に張り付いているサームは迎撃の準備に余念がないようであり、砲台の動きも隠匿されたまま特に何か変化があると言うわけでもない。
「つまり、前の会議での事を予定通り行うと言うのが最良か」
「すでに、そういう風に動かしている」
アルベールはすでに自身の動かす部隊に指示を出しており、“夜襲”の準備をさせていた。
すでに夕刻で、じきに日が沈んで暗闇が辺りを支配する事となる。それに乗じて攻撃する手筈なのだが、それは見せかけであり、敵の注意を引くことが目的であった。
「あとはいかに山の裏手から奇襲を仕掛け、砲台を制圧、ないし破壊するか、だな」
「兵装の軽い山岳猟兵の編成も、今行っているよ」
「おお、さすがはコルネス殿、手際のよい事で!」
持つべき者は、やはり理解し合える戦友だとアルベールは素直に喜んだ。
だが、それでも笑顔になれない理由があった。
コルネスの立場を考えると、浮かれる気分には一切なれないのだ。
「コルネス殿、その……、御身内の件は」
「あれは私の不手際だ。ヒサコ殿……、いや、あの魔女を信用しすぎた」
コルネスは足下の石を蹴っ飛ばし、不機嫌さをあらわにした。
普段は冷静沈着で、それほど感情が豊かな方ではないのだが、今は露骨なほどに怒りを出していた。
旧宰相邸が襲撃され、そこの主人である元宰相夫人クレミアが女児と共に、遺体で発見されたと報告を受けていた。
また、それとは別に女性と女児の遺体がもう一組あったという報告も届いていた。
コルネスの妻はクレミアの近侍であり、またクレミアの娘エレナの世話係でもあった。
二組の母子の遺体、それはコルネスにとっては、旧主の奥方とその娘、さらに自身の妻に子供まで失った事を意味しているのだ。
これで怒るなと言う方が無理であり、戦友の心中は察するに余りあるのであった。
アルベールとしても、何と励ますべきかと思い悩んだ。
「私の行動の如何に関わりなく、妻子は丁重に扱うとあの魔女は言った。だが、結果はどうだ? 屋敷ごと焼き払ったではないか! しかも、その罪をこちらに擦り付けると言う所業! 許し難い!」
「分かりますとも。私も色々と思うところはあります」
「そう、だな。クレミア様の件は、むしろそちらの方が影響があるものな」
アルベールは元々アーソ辺境伯の領主一家に仕える武官であった。
しかし、アーソでの騒乱の結果、領主であったカインは引責辞任と言う形で隠居し、家督は娘であるクレミアへと移ったのだ。
しかし、クレミアは王都住まいのため現場に赴くことができないため、代官としてアイクが務めることとなった。もっとも、実権はアイクの妻であるヒサコが握っていたが。
そして、アルベールはヒサコから抜擢を受けてアーソ駐留軍を統括する立場となり、いずれ帰還を果たすであろう領主一家のために働いてきたのだ。
だが、それもすべてが徒労に終わった。
クレミアとエレナが死んだ事により、家督相続者がいなくなった。
強いて言えば、エレナの婚約者であるマチャシュがそれを手にすることになる。つまり、アーソに関する権利は、実質的にヒサコの手に渡ったということだ。
生き残ったカインがヒサコに激怒するのは、血筋も家名もすべてを奪ったからに他ならない。
「ともかく、ヒサコ殿を捕らえ、全ての悪事を吐き出させねば、先には進めぬということだ」
「そうですな。私も妻子を失い、気が動転している方ですが、まあ仕事がある分にはどうにか気持ちの均衡は取れています。全てが片付いた後に何が残っているのか、それについては悩ましい限りですが」
「ならばいっその事、私と一緒にアーソに参りませんか?」
アルベールからの意外な提案に、コルネスは目を丸くして驚いた。
「実を言いますとね、カイン様より養子とならないかと声がかかっているのですよ」
「となると、アーソの相続権がアルベール殿に?」
「ヤノシュ様、イルド様、そして、クレミア様、後を継ぐべき御子が全員先立たれ、カイン様に領主権が戻っても、その後を継ぐ者がいないのです。ならば、後を任せれるアーソの出身者に全てを委ねよう、そう言って私を、というわけです」
「なるほど、そういうことでしたか。それは大出世でありますな」
「出世、かもしれないが、素直に喜べる代物ではありませんがね」
一人の武官として、主家を守る事を考えているのがかつての自分であった。
アルベールにとってはそれこそが生きがいであり、あとは妹ルルの嫁ぎ先でも考えるくらいしかなかったものだ。
だが、今はそのすべてが自分にかかっているような状態であり、大それた事だと身震いをしていた。
「それでです、コルネス殿。もし貴殿が良ければ……、気持ちの整理が付いた後でよければ、妹のルルと再婚いたしませんか?」
またしてもアルベールからの予想外の言葉に、コルネスの目はさらに大きく見開いた。
「ルル殿と? しかし、ルル殿は確か齢十六か、十七であったと記憶しています。私とは、二十以上も年が離れていますよ」
「構いませんとも。我ら一家は代々アーソの地で武官として名を馳せた一門。ルルにもその気概があり、嫁ぐのであればやはり名を馳せた勇者、英雄が良いと考えています。その点でコルネス殿は数々の輝かしい武功を重ねた名将。妹をお預けしても、何の心配もいりませんとも」
「いやはや、困りましたな。急な申し出で、いささか混乱してしまいます」
コルネスとしても反応に困る提案であるし、急に答えを出す事などはさしもの名将にも不可能であった。
そうこう二人が話していると大所帯の部隊が到着したのが見えた。
旗指物からサーディクの部隊であることがすぐに分かり、楽しい戦友との会話もこれまでとなった。
「さて、殿下も到着された事だし、早速状況報告と、方針決定の軍議となるかな」
「ですな。まあ、コルネス殿、先程の提案は頭の隅に入れておくくらいにしてください。まだ確定した話ではないので」
「まずは、因縁深き魔女を捕えてから、ですな」
一筋縄ではいかない事が分かっているが、それでもやらねばならない。
浮かれた話は隅に追いやり、二人の顔はすでに歴戦の将のそれへと変わっていた。
魔女の仕掛けた罠を飛び越え、あのすまし顔に一発かましてやる。そう意気込む二人であった。
~ 第四十三話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




