第四十話 降伏勧告!? いいえ、社交辞令です!
大方の予想通り、反乱軍の先陣は夕刻に到着した。
サーディク率いる本隊が街道を封鎖しつつ前進し、いくつかの分隊が予定外の進路を取らないように誘導して、目的地としていた『スアス渓谷』に反乱軍が続々と集結しつつあった。
そして、反乱軍の全部隊中、先んじて到着したのはアルベールの部隊だ。
到着した頃にはすでにヒサコ軍はすでに迎撃の準備が整っているようで、かなり強固な陣を築き、待ち構えている状態であった。
「やはり、か」
その目で状況を確認し、アルベールは自身の予想が的中したことを確信した。
目の前にある陣地が、あまりにも強固な造りをしていたからだ。
谷の入口を塞ぐように柵が設けられ、さらに空堀も走らせてあった。おまけに櫓まで組まれており、とても撤収して即席で築いた陣地、というわけではなかった。
明らかに“事前に準備していた陣地”であり、それだけにヒサコの読みの深さに改めて畏敬の念を覚えることとなった。
(だが、その“準備の良さ”が今回は命取りだ!)
そこから逆に罠の存在を感じ取り、誘引の策がある事を思い起こさせた。
少し探りを入れるかと考え、アルベールはただ一騎で相手方の陣屋に馬で近付いた。
***
アルベールが側で敵陣を見る限り、やはりその造りは強固であった。
踏み越えれない事はなさそうだが、それでもそれ相応の損害を覚悟せねばならないと感じさせた。
そして、さらに馬を進め、堂々と鉄砲の射程圏内にすら入っていった。
ダァン!
櫓上にいた狙撃手から銃撃が加えられ、その足下に銃弾が命中した。
乗っていたが馬は多少びくついたものの、数多の戦場を共に駆けてきた戦友でもある。アルベールはすぐにそれを落ち着かせ、何事もなかったようにさらに数歩踏み込んだ。
「私はアーソ辺境伯領出身の騎士・アルベールである! 話し合いに来た!」
アルベールの名はその武辺話と共に王国内に広く知れ渡っている。
特にシガラ公爵家とは少し前まで懇意であり、行動を共にすることもあったため、相手方はそれを知らない者は一人としていない。
陣がにわかにざわめき始めたが、それもすぐに止んだ。
アルベールに一番近い場所に建っている櫓の上に、見知った顔が現れたからだ。
他でもない、“聖女の三将”としてともに勇名を馳せたサームであった。
「アルベール殿か! 久しぶりだな!」
「と言っても、まだ一月程度しか経っておらんぞ!」
「おお、まだそんなものだったか! あれから一年は経過しておるかと勘違いしていたぞ!」
実際、この二人はアーソの地にて、肩を並べて帝国軍と戦っていた。
皇帝を討ち取り、さて凱旋だと言う段で謀反の知らせが飛び込んできたのだ。
そして袂を別ち、アルベールは本来の主君の下へと単身向かうのだが、まだそれほど時間が経ってはいなかった。
それぞれ忙しく、体感以上に時間が経過していると勘違いしていた。
かつての記憶が色あせることは無いが、今は明確に“敵”であることもしっかりと認識しており、間に横たわる堀と柵が両者の距離を示していた。
「それで、話し合いとはいかなる事か?」
「すでにそちらをこの谷間に追い詰めた! じきにこちらの主力が到着し、その陣地を踏み潰す! 大人しく降伏されたし!」
無論、降伏勧告など攻城戦の前の“社交辞令”のようなものであり、受けるとは考えていなかった。
だが、“使者には手を出さない”という不文律が存在する。
距離を詰めた今の状態でも、殺されることは無いという事でもある。
顔は真っ直ぐサームの方を向けながら、視線は周囲の観察に注力していた。
陣地の状況、兵の配置、そして何より、“隠し砲台”があると踏んでいる崖や山の上。見ておきたい場所はいくらでもあり、アルベールは言葉を交わしながらも意識は観察に向けていた。
「降伏すると言うのであれば、そちらがそうするべきではないかな? すでに公爵様がこちらに向けて兵を返してこられている。つまり、こちらが持ちこたえていれば、挟撃されるのはそちらの方だ。今なら多少騒いだ程度の子供の悪戯で終わらせる事もできましょう。大人しく武器を治めて反乱の旗印を降ろせば、寛大なる公爵様やヒサコ様はお許しになられるかもしれん」
「悪戯……、だと?」
この時、アルベールは強烈な違和感を覚えた。
なぜなら、もうその段階などとっくに通り越しているからだ。
(サーム殿は、王都や聖山での出来事を知らない……、のか!?)
王都ウージェは焼き討ちされ、前宰相ジェイクの妻クレミアとその娘エレナが殺された。
さらに、教団の総本山『星聖山』も襲撃され、法王も側近共々城下で惨殺体で発見されたと報告があった。
そして、それらを実行に移した上で、その罪をまんまと反乱軍側に押し付けたのがヒサコだ。
現状、その悪名があるからこそ、空き巣同然の王都を後回しにして、首謀者であるヒサコを捕らえる事に奔走しているのだ。
つまり、もう“子供の悪戯”では済まされない状況であり、ヒサコを捕えて洗いざらいさせない限りは、反乱軍側に明日がない状態であった。
(にも拘らず、サーム殿が知らない。つまり……、伝わっていない、いや、伝えていないのか!?)
首謀者が目の前にいるにも拘らず、それと知らずにいると言う事は、“情報封鎖”が成功しているという証でもあった。
サームは先行部隊を率いてやって来て、王都での騒動を知らずに駆け込み、そのまま知らずにいるのだ。
話す時間はいくらでもあっただろうに、ヒサコがそれをサームに知らせずにいると言うのはあまりに不自然であった。
(何の訳合って話していないのかは知らないが、情報の遮断は成功しているようだな。となると、公爵軍本隊の到着にまだ猶予はある!)
この戦いは時間との勝負だ。
ヒーサが主力を率いて戦場に現れる前に、ヒサコとマチャシュを捕らえられるかどうか、そこが鍵となるのだ。
ゆえに、どちらも“時間”に縛られていた。
持ちこたえれるのか、あるいは捕縛できるのか、時間が勝敗を分ける。
それを痛感しているからこそ、アルベールはヒサコの策に敢えて乗ったのだ。
(そう、この『スアス渓谷』を決戦の場に整えたのはヒサコ殿だ。だが、“隠し砲台”はすでに見破っている。これを逆用し、一挙に勝敗を決する!)
会話中にアルベールは必要な情報を抜き出した。
そして、それを踏まえて相手の思考を読みつつ、攻略のための作戦を練り始めた。
もう十分だとばかりに、馬首を返した。
「サーム殿、どうやら話の接点が見出せぬようであるし、“明日の朝”、戦場にて見えましょうぞ!」
ここでもきっちり“嘘”を入れるのを忘れないアルベールであった。
(朝を待つつもりはない。夜襲と見せかけて一旦引き、油断したところを“隠し砲台”を強襲。黎明攻撃にて一気に押し込む!)
細部の調整は必要だが、かつて披露した策で十分対応可能だと言う事も認識できた。
あとは、まだ到着していない後続を待つばかりであった。
「大した意気込みですが、私もここを譲るつもりはありません。矢弾にておもてなしさせてもらいますので、心して宴に参加して頂こう!」
「おお、サーム殿も気合十分ですな! ならば、存分にお相手いたそう!」
もはや言葉は不要であった。
相手は策を用いて待ち構えている。
ならば、それ以上の策を以て打ち破るまでだ。
アルベールは来た道を戻り、自陣へと引き上げていった。
必ず勝つ、勝てる、そう心に刻み込み、頭の中にある作戦を修正しつつ、決戦に臨むのであった。
〜 第四十一話に続く 〜
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