第三十九話 到着! 罠を張りて迎撃せよ!
「よし、見えてきたわね~」
部隊を進ませながらヒサコは、遠目に見えてきた谷間に視線を向けていた。
目的地、そして、決戦の地に選定しておいた『スアス渓谷』だ。
「あれがヒサコ様の言っていた場所ですか」
「そうよ、サーム。準備に時間がかかったけど、ここであいつらを“食い止める”のよ」
「公爵様がこちらに来るまで、ですな」
「そうそう。お兄様と合流してしまえば、なんとでもなりますからね。あいつらはアーソへの道を封鎖して安堵していたでしょうけど、まさか逆方向に軍を動かすとは思ってもみなかったでしょうね。慌てて動いているのが丸分かりだわ」
「左様ですな。自分があちらの指揮官でも、訳が分からぬと焦ります」
サームの見立てでは、反乱軍はアーソへの道の封鎖は完璧であったが、その他の方面は疎かになっている点が多かった。
ヒーサとヒサコの合流をそれだけ警戒していた証拠であり、自分でもそうすると考えた。
しかし、すぐ横の女性はそれを逆手に取り、まんまと逆方向に逃げ出すことに成功した。
そして、それを“慌てて”追いかけてきている事も、すでに把握済みだ。
「んで、あそこにはどんな罠が仕掛けてあるのかしら?」
同じく隊列に密かに加わっていたティースが馬を寄せてきた。
もちろん、そのすぐ横には同じく馬に跨る従者のマークもいた。
「そうね。まあ、順々に説明するわね。まずはあれ」
そう言ってヒサコが指さしたのは、谷間の入口であった。
そこには防衛設備が整えられていた。
空堀を掘り、柵を巡らせ、櫓をいくつか設置しており、なかなかに強固な造りをしていた。
「谷間の入口はおよそ二町……、二百二十mを少し超えるくらいかしら。それを塞いでいるのがまず現れる“第一防衛線”ね」
「第一ってことは、第二もあるって事?」
「ええ、ありますよ。谷を入って少し行ったところに、似たような設備を整えています」
実際に第一防衛線とやらに移動し、その内側に入ると、その先に更にもう一つ防衛設備が用意されているのが見えた。
双方の設備はおおよそ直線で二kmほどの空間が空いていた。
「なんでまた二つも防衛線を? 一つに集約した方が資材や人員を集中できるでしょうに」
「あ~、実はね、この谷を形成している左右の山、そこに“隠し砲台”を設置しているの」
「砲台!? あの山に!?」
ティースは慌てて左右の山に視線を送ったが、それらしい設備は見えなかった。
ただの山であり、崖であり、あるいは木々が生い茂っている光景しか見えてなかった。
「今は見えませんよ。上手く隠しているからこその、“隠し砲台”ですから」
「……で、その大砲で何を狙うって言うの?」
「ここ」
ヒサコが事も無げに足元を指さした。
大砲を使って何を狙うのかという問いに、ここ、という回答。つまり、“味方の陣地”を砲撃するためだと言うのだ。
当然、ティースは目を丸くして驚いた。
「味方の陣地を砲撃ですって!? 何考えてんのよ!?」
「さらに言うと、砲の向きを変えれば、前後の防衛設備の間を狙えるようになっているわ。つまり、この谷間は“十字砲火点”と言う事ね」
そう言って、ヒサコは懐からちょっとした巻物を取り出し、それをティースとマークに差し出した。
「二人には左右の砲台、それぞれの運用をお任せします。敵の動きに合わせてどうするべきかは、これに書き記しておきましたので、それの通りに動けば大丈夫です」
「用意周到ね、まったく。外道にも程があるわよ」
味方を砲撃する位置に大砲を置きながらも、どこ吹く風と言った態度であり、相変わらず義妹は度し難い奴だと悪態付くティースであった。
なお、伴侶と同一存在であることはすでに知っているので、夫に悪態付いているのと同義であり、ますます苛立ちを覚えていた。
そんな不満がみえみえの義姉を後目に、ヒサコはサームに視線を向けた。
「と言う事なんだけど、状況は分かるわね?」
「陣地や砲台の配置場所を見ればおおよそは。要するに、まずこの第一防衛線で敵を受け止めつつ、頃合いを見て後退。そして、敵を十字砲火点まで誘引する。後は火力に物を言わせて敵に砲撃を左右より浴びせ、混乱したところを一気に押し戻す、と」
「はい、正解! 説明いらずな上に、状況把握も的確で助かるわ。さすがは“聖女の三将”ね!」
「……その三将の内、過半数はあちら側なのですが?」
「でも、聖女はこっちにいるし、それで半々よ」
などと述べつつ、ヒサコは笑いながらサームの背中を何度もたたいた。
かつての戦友相手に多少気が重い部分がある部下を、明るい雰囲気で励ましてやろと言う思惑であったが、普段見ないそうした態度だけに事態の深刻さ、儚さを如実に表しているとサームは感じた。
(できれば、二人には生き残って欲しいものだ。また三人で酒でも酌み交わしたいものだな)
ヒサコの指揮の下、サーム、アルベール。コルネスの三人で帝国領を縦横無尽に暴れ回った事は、なおも鮮明に覚えている出来事だ。
決して色あせない戦友との友情、赫々たる武勲、どれも良い思い出であるが、それだけに戦友とぶつかる事の虚しさがより強くなっていた。
(だが、アルベール殿もコルネス殿も、忠義、恩義に報いるために、あえてヒサコ様に背かれたのだ。私が気を萎えてどうすると言うのだ。これを全力で抑え込んでこそ、こちらも忠義に報いる事が出来る。決して手は抜けないし、抜くわけにはいかない!)
迷いはあるが、だからと言ってまごつくわけにもいかない。
サームも必死で精神を奮い立たせ、気持ちを切り替えた。
「では、私はこの第一防衛線で迎撃の準備に取り掛かります。ヒサコ様は第二防衛線の方へ?」
「ええ。敵の狙いはあたしとマチャシュを捕縛すること。そうでないと、今後の動きが取れないし、お兄様が交渉のテーブルに着くこともない。どういう攻め方をするにせよ、あちらはあたしを捕らえる以外に道はない。お宝は後ろにふんぞり返って、突っ込ませる動機作りに徹するわよ」
「仰る通りです。お宝が前線にいて、万一にも傷物になっては大変ですからな」
「そういう事! てなわけで、この第一防衛線はサームの裁量に全部委ねるわ。戦い方も、引き際も、あなたの良いようにしてちょうだい」
「ハッ! ご期待に沿えるよう奮戦いたします!」
ここまで頼りにされると言うのは、一軍人として誇らしく思うサームであった。
現状、かなり苦しいことは分かっているが、持ちこたえていれば、ヒーサが公爵軍本隊を率いて駆けつけてくれるのは確実であった。
要は、援軍の到着まで持ちこたえれば実質勝ちなのである。
この防衛設備と隠し砲台の合わせ技があれば、たとえ数的劣勢であろうとも大丈夫だろう。
そうサームは確信した。
「ん~、結構難しいわね、この指示。下手したら、サームに一発お見舞いしそうなんだけど?」
ティースは指示書に目を通しつつ、渋い顔になっていた。
「まあ、相手にアルベールがいるからね。攻め方は苛烈にして、果断速攻を得意とする。それに合わせた手順だし、そこはそれ、サームがちゃんと引いてくれるから」
「一番重要な部分が人任せとは、お気楽なものね~」
ティースは巻物を巻き直し、それを懐にしまい込んだ。
そして、サームに歩み寄り、その手を握った。
「サーム、申し訳ないけど、今回の戦いはあなたの動き次第となるわ。あなたがいかに火線に敵を誘い込めるのか、それにかかっていると言っても過言じゃない。だから、“公爵夫人”として、あなたに頼みます。よろしくやってください、と」
「勿体ないお言葉です。不肖サーム、奥方様よりの激励をいただき、すでに必勝が約束されたようなものです。たとえ万を超す敵が押し寄せようとも、見事これを防ぎ切ってみせましょう」
「頼もしく思います、シガラ公爵家の盾にして、剣たる勇者よ」
サームはティースに対して恭しく拝礼し、ティースもまた満足そうに頷いた。
そして、踵を返すとマークを手招きした。
「では、敵の到着にもまだ少し猶予がありますし、マーク、左右の砲台の配置状況、確認しておきますよ」
「お供いたします」
そう言って二人は上手く隠されている山道を登り、崖の上へと向かった。
それを見送ってから、ヒサコもまた馬車に飛び乗った。
「じゃあ、サーム、ここは頼みますね」
「了解いたしました。それと、敵方が夜襲を仕掛けてくる可能性がありますが、その際はいかがいたしましょうか?」
「防いでちょうだい。夜間だと、大砲の照準が定められないから、目隠しして撃つようなものものよ。隠匿されているからこそ効果が出るのが伏兵なんだし、最初の一撃を致命の一撃にしたい」
「仰る通りです。では、備えは万全にしておきますので、後方にて督戦なさっていてください」
「ええ、そうするわ。では、武運を祈ります」
そして、馬車は走り出し、奥にある第二防衛線へと向かっていった。
残されたサームは、これまでの軍人生活の中で一番の高揚感を覚えていた。
主君の妹と夫人より激励の言葉を貰い、勝敗を決するのは自分の動き次第だと任されたのだ。
これを果たさずして、公爵家の武官筆頭たる面目が立たない。
これは頑張らねばと、ますますやる気を漲らせるサームであった。
だが、サームは知らなかった。
敵方にいるかつての戦友アルベールが、前後の状況からすでに“隠し砲台”の存在を察していた、ということを。
~ 第四十話に続く ~
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