第三十八話 看破! 悪役令嬢の秘策、破れたり!
ヒサコの意図を読み切った!
アルベールが声高に叫び、皆を意識を自分に集中させた。
そして、地図上に示された一点、『スアス渓谷』と描かれている場所を指さした。
「ここです! ここ! この『スアス渓谷』をヒサコ殿は決戦の場と想定している! ここに誘い込む事を相手は意図し、こちらを誘い込もうとして今移動を開始したのです!」
鬼気迫るアルベールの表情に周囲が驚くほどであったが、同時に自信に溢れている言葉でもあり、それを真剣に考え始めた。
「アルベール殿、いかなる理由があって、そう断じることができるのか?」
「なぁに、今までのヒサコ殿のやり方を思い出してみればいいだけなのだよ。我らはそれをよく見知っているであろう?」
アルベールとコルネスはヒサコの指揮下で、帝国軍と散々戦ってきた仲である。
互いを良く知り、そして、この反乱軍の中にあってはヒサコの事を一番見てきた人物でもあった。
「数的に不利な戦いなど、帝国領の戦いで散々に経験してきた。その際にヒサコ殿が用いてきたやり方は二つ。相手を挑発して罠に誘い込む事。もう一つは“火力”で圧倒する事だ」
「確かにな」
それはコルネスにも思い当たることが多かった。
帝国領での戦いは、とにかく数の上で不利になる事が多かった。
それをヒサコが“策”と“火力”で補い、華々しい戦果を挙げてきた事も知っていた。
帝国は数こそ多いものの、その実態は部族単位の集合体で、皇帝と言う結着剤があって初めて集団として機能しており、その隙間こそヒサコの策の付け入る隙となった。
また、火薬が普及しておらず、技術力にも乏しいため、飛び道具と言えば弓矢であった。
銃も大砲もなく、射撃力、破壊力が段違いであり、それが数の不利を補って余りある結果を生んだ。
「つまり! ヒサコ殿はこの渓谷での決戦を想定し、ここに伏兵か、あるいは“隠し砲台”でも設置して、こちらを誘い込む。その火線でこちらを殲滅しようという腹積もりなのだ」
「なるほど……。そう考えると、今までの一連の動きに説明がつくな」
「それに、サーム殿がここに現れた点も不審だ。恐らくは、ここいら周辺を始めから戦場にすることを想定し、準備をしていた事だろう」
「そうなると、公爵軍本隊の動きも“擬態”か!?」
「そう、これは一種の焦らしでしょう。国母捕縛の隙を見せつつ、時間的猶予をあえてこちらに与えて見せて、食い付かせる。一度戦端が開かれたら、そこから撤収するのも難しいからな」
「なるほど。想定外を装いつつ、誘っているわけか。国母を餌に誘い込み、そこから罠にハメて時間を稼ぎ、まごつくこちらの背後を突いて一挙殲滅を図る、か。相も変わらずとんでもない壮大な策だ」
コルネスもまた、ヒサコをよく見てきただけに、アルベールの披露した考えも十分に納得できると言うものであった。
だが、周囲の諸将はその限りではなかった。
誰も彼も、アルベールの意見には懐疑的であった。
「いくらんなんでも早計過ぎやせんか、それは?」
「突破を図るも困難であるから、何らかの迂回機動で逃げ道を探っているのかもしれん」
「そもそも、隠し砲台なんぞ、準備にどれほど時間を要すると思うのだ」
「標的を捕らえる好機をまんまとふいにしておいて」
などと聞こえてくるものであるから、さすがにアルベールも苛立ちを覚えた。
だが、それを察してか、コルネスが食って掛かろうとした戦友の動きを制し、落ち着けと宥めてきた。
「では、逆に尋ねてみるが、このまま標的に好き放題動かれるのをよしとするのかね? 何もしないのは、それこそ愚策だ」
コルネスがこう質問を飛ばすものだから、さすがの周囲も押し黙らざるを得なかった。
やはり聖女を直に見て接してきた者は違うな、アルベールはそう思い、コルネスに視線で謝意を送ると、コルネスは珍しく不敵な笑みを浮かべて返してきた。
「では、アルベールの仮説が正しいとして、どう動くべきか?」
「はい、殿下。部隊をいくつかに分け、“追い込み猟”を仕掛けます」
「追い込み、つまり、我ら全員で勢子の役を演じ、その渓谷にヒサコを追い込もうというのだな?」
「左様でございます」
さすがに戦場慣れしているだけにサーディクの理解も早く、アルベールとしてはまずもって指揮官を説得せねばと、その弁に熱を込め始めた。
「まず、注意すべきなのは、絶対にアーソへの道を開けない事です。この露骨な行動は、こちらの陣形、隊列を乱し、その隙に戦線を突破する可能性もありますので、追い込み猟を行うに際しても、それにまず留意します」
「もっともな話だな。先方にしても、こちらに迫って来ている本隊との合流を第一に動くであろうし」
「その通りです。そこで、殿下の直轄部隊と幾ばくかの部隊で、その“栓”をお願いいたします。私やコルネス殿は追い込みをかけますので、殿下はジワジワとにじり寄り、包囲を狭めていただければ結構です」
「ふむ……。まあ、アルベールの言う通り、渓谷周辺での決戦を考えているのであれば、すんなりそちらの方へ移動するであろうしな」
「はい。こちらとしても、誘われていると気付かないふりをしつつ、追い込んでいくわけです」
アルベールは地図上の駒を動かし、盤面で想定される各部隊や敵方の動きを予想してみせた。
そして、それぞれが渓谷前で対峙する形となった。
「隠し砲台の位置は、渓谷の両方の崖の上に設置しているでしょう。予想される動きは、まずこちら側に攻め込み、押されて谷に撤退する動きを見せつつ、こちらを火力が交差する“殺し間”に誘い込もうとするはずです」
「なるほどな。で、これをどう攻略する?」
「追い込み猟でこの谷にこちらが集結するのは、時間的に夕刻……、悪くすれば日没後になるかと思われます。そこで、その勢いのままに“夜襲”をしかける“ふり”をします」
「ん? 実際には仕掛けないのか?」
「はい、仕掛けません。代わりに、より重要な“二の矢”を放ちます」
そして、アルベールは谷を形成する両脇の崖に等しい山を指さした。
「実際の狙いはここ! 隠し砲台です。夜襲を警戒させつつ、夜半過ぎにはその動きを止め、その夜は仕掛けないと相手を安心させます。が、実際はこの裏手の急斜面を選抜部隊で登攀し、砲台を制圧します。そして、それに呼応して黎明攻撃を仕掛けます」
「夜明け直前に仕掛けると!?」
「夜襲なしと判断し、寝入ったところの襲撃です。敵も大慌てする事でしょう。まして、頼りにしていた隠し砲台が使えないとなると、猶の事、混乱は必至です」
「上手くすれば、制圧した砲台を利用し、今度は逆に敵陣に砲撃を浴びせる事が出来るかもしれんな」
「そこまで上手くいくかは、制圧の手際の良さと大砲の配置状況によりますが、その可能性も十分に有り得ます」
アルベールが見てきたヒサコの戦い方で特筆すべき点は、何と言っても“火力の集中運用”である。
本来、その火力や打撃力は“術士”が担ってきたのだが、ヒサコはそれに頼ることなく、鉄砲及び大砲の集約で補ってきた。
そして、それらを的確に配置し、敵を火線が集中する地点におびき寄せて、集中砲火を浴びせる事を得意としてきた。
(無論、アスプリク様のような圧倒的な力を持つ術士が相手にいれば別だが、あれこそ規格外の存在。そこらにホイホイいたりはしない。しかし、銃器や大砲であれば、訓練さえ積めば誰でも扱えるという点は大きい。特殊な才能ではなく、誰でも火力を得られるというのは数を揃える事が出来るという事だ)
実際、シガラ公爵家での術士の運用は、基本的には後方での生産業務に携わり、余程の事がなければ前線に呼ばれることは無い。
この点が術士達のウケが良く、公爵領への術者の流入に拍車がかかったと言えた。
術士を用いずに戦う事をやらせたら、ヒサコは文句なしに最強であるとアルベールは認識していた。
(だが、今回は勝たせていただきますぞ!)
アルベールはそう意気込み、周囲の反応を見た。
サーディクには好感触であったようで、アルベールの献策に満足そうに頷いていた。
また、主君でもあるカインもまた、賛同の意を示していた。
コルネスも同様だ。
周囲の諸将も、その反応は半々といったところであった。
(もう一押し、かな)
自分の案が通りそうだと安心はできたが、戦局はそれほど楽観視できてはいなかった。
なにしろ、後背にはシガラ公爵軍の本隊が近付いてきており、それが到着する前にヒサコとマチャシュを捕らえる事が絶対条件であるからだ。
相手の策を読んだと言っても、手早く動いて機先を制さなくては話にならない。
さっさと決断して動けと、アルベールは心の中で悪態付くのであった。
~ 第三十九話に続く ~
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