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第三十七話  撤収!? 無様を晒して背を向ける!

 大方の予想通り、ヒサコの立て籠る砦付近には、反乱軍主力が先に到着した。

 先行していたアルベールは無理な城攻めを避け、とにかく嫌がらせを続けた。

 迫って来るであろうシガラ公爵軍の主力に伝令を出させないため、道と言う道を封鎖し、巡察を徹底させていた。

 何度か行商に扮した密使や、あるいは強行突破を試みた一団を未然に防いでおり、情報封鎖は完璧だと自負させるほどに成果を上げた。

 もちろん、そうした状況を伝令で伝達し、また進軍に最適な道の選定を行ったりと、アルベールはとにかくよく働いた。

 そうした状況下で、反乱軍主力が砦から程近い場所にある町に到着し、早速軍議が開かれる事となった。


「皆、揃ったな。さて、早速会議と行きたいが、それに先んじて、アルベールよ、先行しての働き、見事であった。相手方よりも先んじれた点、また魔女を砦に閉じ込めた点は、大いに評価したい」


 総大将たるサーディクはまずもって、アルベールの労をねぎらった。

 こうした気遣いは前線での経験から来ており、よく働く者には称賛と褒賞を渡すように心がけてきた。


「身に余る光栄にございます、殿下。身一つで参じたゆえ、さしたる働きができるかと案じておりましたが、その一言で報われた気持ちでございます」


「うむ。お前を推挙したカインやコルネスの目も確かであったな。それについても褒めおこう」


 サーディクはそちらの方にも視線を向けると、二人もまた恐縮して頭を下げた。

 カインとしては頼りとする部下が評価されたことに喜び、コルネスも戦友がしっかりと手柄を立てたことを喜びつつ、次は自分もと意気込んだ。


「では、アルベールよ、状況の説明を頼む」


「ハッ! では、皆様、地図をご覧ください」


 アルベールは机の上に地図を広げ、皆もそれに一斉に注目した。


「現在、我々が駐留している町はここ。そして、敵方が立て籠もる砦はこちらです。砦周辺はすでに斥候が常駐しており、何か動きがあればすぐにでも知らせが飛んできます」


「砦と言うからどんなものかと思ったが、それほどの規模ではなさそうだな」


「はい、殿下。すでに先方も収容人数が許容値を越えているようで、一部が城壁の近くで野営している有様です」


「ふははは! なんとも無様な事だ。兵を集めるのは良いにしても、それを収容し損ねるほどに呼び寄せては、却って足手まといであろうに」


 守備側が防衛設備に入れないという醜態は、反乱軍首脳部を笑いに誘うのに十分であった。

 サーディクの笑いに釣られ、あちこちから笑いと拍手が起こり、場は一気に明るくなった。


「となると、さっさと攻め込んだ方がよさそうだな。なにより、我々には後背に不安がある。片付けれるのであれば、さっさと仕掛けてしまった方がいい」


 あくまで冷静なコルネスは場の空気を引き締めに入った。

 有利な条件が揃っていようとも、結果が出るまでは油断できないと言い放った。

 確かにそれはそうだと、サーディクもカインも頷いてその意に賛成した。


「それで、迫って来るシガラ公爵軍の方はどうか?」


「そちらもこちらに近付いてきていますね。ただ、こちらの情報封鎖が功を奏したのか、ようやくこちら方面への道を進み始めたと言ったところで、到着まではまだ、二、三日ほどの猶予があるかと考えられます」


「まあ、あちらも本来は王都を目指していたのだからな。こんな脇道に逸れたような場所で合戦に及ぼうなど、考えもせんであろうからな」


 カインとしても、本来は空き巣の王都を奪取し、王都圏を完全掌握してからシガラ公爵軍と対峙する予定であったのだ。

 ところが、王都は傷物にされ、聖山は焼かれ、その罪をこちらに着せるという暴挙に出てきたのだ。

 それを払拭する意味でも、“魔女ヒサコ”の捕縛と罪の告白は必須であり、こんな予定外の場所にまで出張ってしまったのだ。


「アルベール殿の手早い情報封鎖が功を奏しましたな。時間的猶予ができたのは不幸中の幸い。あのような小規模な砦など、ものの一日もかかりますまい」


「そう言っていただけるのは嬉しい限りです、コルネス殿」


 戦友からの勝算は嬉しいのだが、アルベールには何かが引っかかっていた。


(もし、情報封鎖が上手くいき、状況の伝達が阻害されていたと仮定する。ならば、なぜサーム殿はこの地に現れる事ができたのか?)


 そこがアルベールに迷いを生じさせる原因であった。

 先日、サームは突如として現れ、あと一歩と言うところでヒサコを取り逃がすという結果に終わってしまった。

 それであるならば、なぜあの日、あの時、あの場所に、正確に現れる事が出来たのか。


(サーム殿の独断か? いや、それにしては現れた方角がおかしい。王都を目指していて、それからこちらに方向転換したのであれば、むしろ、後背から現れるはず。側面を取るのは不自然だ。まるで、最初からここらでの決戦を考え、端からこの地域を目標に動いていたとしか思えない)


 もしそうであれば、あの“聖女”の事であるし、何かしらの準備や罠を設置していても不思議ではない。

 確証はないが、今まで散々ヒサコを見てきただけに、事ここに至っても、積極性を出すことができないアルベールであった。

 そして、周囲の意見も即時攻撃に傾き、それで決定かと思われたその時であった。

 大慌てで伝令が会議の場に飛び込んできたのだ。


「火急の報告にございます!」


「何事か!? 砦に動きがあったのか!?」


「ハッ! 砦に駐留している敵方が一斉に動き出しました! その数から、間違いなく全軍率いての出撃と思われます!」


「この状況でか!?」


 サーディクは驚きの声を上げ、周囲の諸将もざわめき出した。

 いざ決戦かと思った矢先に、敵の撤収である。肩透かしを食らった気分であった。

 だが、そんな中にあって、冷静な者が二人いた。

 アルベールとコルネスだ。

 アルベールはジッと地図を眺め、先程から脳裏にこびり付いていた違和感が更に強くなるのを感じ、その原因は何であるのかを思考し始めた。

 コルネスも何か思うところがあり、首を傾げた。


「この状況で移動? まあ、あんな小規模の砦に籠るよりかは、敵中突破を図り、シガラ公爵軍の本隊との合流を図った方がマシかもしれんが」


 コルネスから漏れ出た言葉は皆も納得するところであり、あちらこちらから賛意の声が上がった。

 そして、即座に追撃すべきであるとも。


「お、お待ちください! そうではないのです!」


 ざわつく中、それを使い番が遮った。


「そうではないとは、どういう意味か?」


「それが、敵方はアーソ方面に向かっておりません! あべこべの方角に移動を開始したのです!」


「なんだと!?」


「し、失礼いたします。この地図ですと、ここ、この街道を真っ直ぐ移動しています」


 使い番の指し示す街道は、確かにアーソ方面とは全く違う方向であった。

 回り道などということでもなく、完全に方違えの道であった。

 それだけに、場は混乱した。


「どういうつもりだ!? これでは本隊と合流するつもりがないとでも言うのか!?」


「バカを言うな。数の上ではこちらが有利なのだぞ。ぶつかれば、負けは必至だ。砦を出た以上、数の不利を補うための要害はない。合流しないでどうするというのだ!?」


「気でも触れたか? 突破を図るでもなく、こちらに背を晒すなどありえん」


 ヒサコの意図が読めないため、議論は混乱を極めた。

 常識的には有り得ない動きであり、何を狙っての出撃なのか、諸将は見極めれなかった。

 ただ一人を除いて。

 必死で考えているアルベールだ。


(この動き、これは絶対に“誘い”だ。こういう動きをしている時のヒサコ様は、バカな行動、意味不明な行動をしているように見えて、後から思い返せば実に“悪辣”な罠を用意している。迂闊に手を出して、相手方が大火傷を負った場面を何度も見ている)


 だからこそ、その思考を逆に辿れば、その罠の正体が見えてくるはずだと、アルベールは頭を全力で動かした。

 凄まじい形相で地図を睨み、すぐ横にいたコルネスが引いてしまう程であった。


(こちらに動いたという事は、こちらの方に罠なり伏兵なりが仕込まれているという事! では、それはどこか? あるいはいつなのか?)


 そして、アルベールは考えに考えた末に、一つの結論を得た。

 それはその地図の上、ヒサコが進んでいる街道の先に、『スアス渓谷』なるものが存在するのを確認した時であった。

 今までの経験、ヒサコの性格や戦術、それらが合わさり、閃きが脳裏に浮かんできた。


「そうか! そういう事か! 分かりましたぞ、相手の思惑が!」


 アルベールはようやくにして答えを得て、声を張り上げた。

 居並ぶ諸将の注目が一気に集まり、誰も彼もがアルベールに視線を向けるのであった。



           ~ 第三十八話に続く ~


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