第三十六話 罠たっぷり! みんなまとめてあの世へご招待!
ヒサコ率いる一団は、無事に目標としていた砦に到着した。
わざと散らしていた部隊の内、いくつかはすでに到着済みで、これでアルベールが強襲してきても跳ね返せるだけの状態は整った。
「よしよし、まずは一安心ね。みんな、ご苦労だったわ! 体と馬を休ませてちょうだい!」
ヒサコは帯同していた部隊の兵士に指示を飛ばすと、そこいらから安堵の声が漏れ出ていた。
一応、事前に作戦は知らせてくれているとはいえ、さすがに先程のアルベールの突撃は肝が冷えた。
薄い横陣で騎馬突撃を防ぐのは不可能であるし、間近に迫って来た時は汗がダラダラ出たものだ。
だが、サーム一人の登場で相手が勝手に深読みしてしまい、突撃は未発に終わって難を逃れることができた。
それもこれも先々まで読み切ったヒサコの作戦勝ちであり、相も変わらず豪胆でありながら緻密な計算をする御方だと、称賛の声も上がっていた。
(まあ、実際は結構な綱渡りだったんだけどね。アルベールの動きも早かったし、サームの到着が遅れていたらば、最悪、奥の手を使っていたかもしれないし)
もし、アルベールがあのまま突撃していれば、薄い陣容では防ぎ切れないし、一目散に逃げだす必要があった。
姿を晒すため使いたくはないが、黒犬に乗って逃走する事さえ考えていた。
そうならなかっただけ、切り札を遣わず予定の砦に入れたため、今回は大成功とさえ言えた。
「さって、んじゃま、いつもの顔触れで作戦会議と行きますか~」
そう言ってヒサコは砦の一室を占有し、主だった顔触れを揃えた。
ヒサコの外には、ティース、マーク、サーム、そして、すっかりマチャシュの子守役が板についてきたテアだ。
上座にヒサコが座し、その後ろにテアが立ち、机を挟んでティースが腰かけ、その脇にサームとマークが立つという形となった。
国母たるヒサコが上座なのは当然として、軍議の席であるので本来ならぶ武官であるサームが腰かけるのが筋なのだが、そこは主君の奥方であるティースに遠慮して立ったままということとなった。
「しっかし、頭数が随分と減ったわね~。国の行く末を決める重要な軍議の席に、たったの五人なんて」
「まあ、致し方ありますまい。公爵様はまだこちらに行軍中で、そちらにアスティコス殿とライタン殿も帯同されています。アスプリク様は囚われの身で、アルベール殿とコルネス殿は敵方に行ってしまわれました。ルルは別行動。少なくなるのはやむを得ないかと」
見渡す顔触れは減ったが、会議の重要度は増す一方だ。
じきに敵も味方もここを目指して進軍し、一大決戦が行われるのだ。
そして、それを制した者こそ、国の覇権を握る。
(の予定なんだけど、今となってはね~。カシンが進めているであろう、魔王覚醒の儀式。あれの進捗状況で、戦局はどうとでも変わる。手早く片付けて、アスプリクを迎えに行かないと、国どころか世界がなくなるかもしれないもんね~)
などとヒサコは考えつつ、チラリと横で赤ん坊をあやしているテアを見つめた。
すべての始まりは、女神と梟雄との出会いからだ。
あの時交わした契約は未だに有効であり、魔王をどうにかしない事には契約不履行となる。
それについては断固阻止するつもりでいるし、勝って終わらせる気が満々であった。
「んじゃ、早速会議を始めましょうか」
「どうせあんたが立てたろくでもない作戦を聞かされるんでしょ」
「そう言わないの、お義姉様。ちゃんとした作戦だから」
そう言って、ティースの不機嫌な視線を流し、ヒサコは机の上に地図を広げた。
この砦に用意されていた周辺地図であり、街道や町村の位置、あるいは山や川などの地形が記されていた。
「さて、目下の敵はアルベールの部隊だけど、これは無視してもいいわ」
「騎兵ばかりで攻城戦には不向き。こちらは兵が集結しつつあり、逆に数的有利を確保した」
「そうそう、お義姉様の言う通り。だから、こちらはしばらく待機。次に動くとすれば、反乱軍の主力が到着してから」
地図上に置いていた駒を砦に寄せ、それを敵本隊を模した。
意識がそこに集中した。
「ヒサコ様、現在集結中のこちらの部隊の数は?」
「全部揃って五千弱ってところかしらね」
「ふむ……。そうなりますと、この砦では収容しきれませんし、実質野戦となりますな。それでは敵本隊との戦闘になった場合、間違いなく押し負けます」
「そう、サームのいう事は至極当然。野戦になったら負け確定。だからこそ、あちらも多少強引にでも突っ込んできて、こちらを殲滅しに来る。そして、あたしとマチャシュを人質にして、お兄様との交渉に移る。もしくは、あたしを拷問して吐かせた上で、そのまま王都制圧を試みる。そんなところかしらね」
「時間との勝負ですな。双方の主力到着は、反乱軍の方が先になります。公爵様の到着まで、こちらが持ちこたえれるかどうかの」
サームは腕を組み、そして、唸った。
どちらの主力もこちらに向かって進軍中であった。なにしろ、この戦はヒサコとマチャシュをどちらが先に確保できるのかで戦局が大きく変わる。
そして、現在の位置で言えば、反乱軍側の方が先に到着する公算が高い。
かなり厳しい戦いになると、サームはすでに覚悟を決めていた。
数で向こうが上回り、籠る砦は貧弱で、支え切るのは困難と思えた。
ましてや敵方にはアルベールやコルネスがいるし、サーディクもカインもまた歴戦の猛者だ。
おまけに、教団の中央から追われた旧首脳部も含まれているであろうから、術士もそれなりの数を揃えているのは目に見えていた。
「でも、ご安心~。そんな事もあろうかと、たっぷりと罠を用意しておきました」
「ま~た、ロクでもない事を始める気だわ」
「いや~ね~、お義姉様、あたしも毎回毎回、非人道的な策は使わないわよ。ごくごく真っ当な戦術よ」
「真っ当ねぇ……」
「誘って、撃って、吹っ飛ばす! それだけよ」
そう言ってヒサコは地図上のある一点を指さした。そこには『スアス渓谷』と記されていた。
「ここ。結構狭い谷までね。その両脇に砲台を設置したの」
「こんなところに!? かなり傾斜が厳しそうなのに、よく大砲を高台まで運び込めたわね」
「マチャシュが即位した直後から、密かに進めていたのよ。ここが決戦の地になると踏んで」
「そんな前から!?」
実に数カ月前から罠の設置に動いていた計算になる。
そもそも、その時には反乱軍は存在さえしていなかったにも拘わらずだ。
不穏分子が蜂起し、王都めがけて進軍したかと思ったら、王都は制圧せずにヒサコとの追いかけっこに興じ、ついには罠の中に飛び込む。
ずっと前からそう踏んで、準備していたのだとヒサコは告げたのだ。
(どこまで先読みしてんのよ、あんたは!)
改めてヒサコの周到さに驚き、知恵比べではどう足掻こうとも勝てないなと思い知らされた。
無論、それはサームも同様で、ただただ準備の良さに舌を巻いた。
そのな驚く二人を後目に、ヒサコはニヤリと笑った。
「簡単な事ですわよ、お義姉様。かなり強引に王位を奪いましたから、当然国内には不穏分子がたくさんいることになります。そんな火を着ければ燃え上がるものを、黒衣の司祭が見逃すはずがないですわ。主力が出払えば、絶対にそうした連中を焚き付けて蜂起させる。実に分かりやすい構図ではありませんか」
「分かった上で、あえて隙を晒すとか、正気じゃないわね」
「まあ、どのみち皇帝相手には全力を出す必要はありましたから、別に演技と言うわけではありませんけどね。遠からず蜂起すると言う点だけを予測していた。それだけですわ。準備は余念なく進め、相手がそれに飛び込みつつある、ということです」
ここに誘い込めれば、相手を容易に殲滅できる。そう考えると、自然と笑みがこぼれるのであった。
(まあ、かつてのことをなぞっているだけだけどね。なお、今度は自分が“謀反を起こさせる”側になっちゃっているけど。だからこそ、相手の思考が“読み易い”のは経験をたっぷり積んできた結果よね~)
騙し、背き、引っかけ、奪う。なんという見慣れた光景だろうかと思うヒサコであった。
松永久秀として戦国乱世を渡り歩き、今またそれを異世界でも繰り返す。
我ながらどうしようもない戦国の申し子だと、しみじみと感じ入っていた。
~ 第三十七話に続く ~
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