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第三十五話  見逃し!? 背を晒す標的を追撃できない!

 ヒサコたちが整然と撤退している頃、アルベールもまた乱れた部隊の収拾に奔走していた。

 突撃を空振りに終わらせ、少しずつ遠ざかるヒサコの一団を、アルベールは遠巻きに眺めて送り出すよりなかった。

 望遠鏡の見える先には、馬車からサームに話しかけているヒサコの姿があり、実に余裕のある表情を浮かべていた。


「将軍! 乱れた隊列は整え終わりましたし、再度の追撃をなさいますか?」


 周囲からもそのような声が聞こえてきたが、アルベールは事ここに至っても慎重な姿勢を崩せなかった。

 開けた土地ではあるが、それでもいくつか小高い丘もあり、裏に兵を潜ませている可能性が捨てきれなかったのだ。

 サームが到着した。この一事だけで、今までの計算が全て狂ったのだ。


(サーム殿がどの程度の兵を連れてきたのか、それが分からない。その数が、戦力を把握できていない以上、迂闊には手が出せん)


 アルベールの率いている騎兵は千程度であり、目の前のヒサコの部隊だけであれば余裕で勝てる。せいぜい二、三百ほどだからだ。

 だが、それだからこそ恐ろしいのだ。

 ぶつかれば勝敗は目に見えているのに、相手は敢えて背中を晒している。

 まるで突撃して来いと誘っているかのようであった。


「……周辺の索敵、厳にせよ。周囲に斥候を放ち、敵の実態を探る」


 まずは基本である情報収集。敵情把握は最初にやっておかねばならない。

 ましてや、相手はヒサコである。

 敵方を挑発し、誘引しては罠にハメて、これを殲滅する。聖女お得意のやり方だ。

 アルベールはそれを最もよく見てきた者の一人であり、それだけに警戒感も人一倍強かった。


「将軍、慎重になられるのもよろしいですが、このままでは逃げられますぞ。たしか、この先には砦が存在します。そこの接収され、居座られますと厄介な事に」


 それもアルベールの危惧するところではあったが、やはり周辺の索敵が優先された。

 城攻めに取り掛かり、そこを背後から襲われてはひとたまりもないからだ。


(御自身を囮に、そういう策をやってきそうなのが恐ろしいところだ)


 砦に逃げ込まれたら手を出し辛くなるが、だからと言って伏兵の有無を確認せずに突っ込むわけにもいかなかった。

 実際のところ、ヒサコもサームも伏兵などと言うものは持ち合わせていない。

 ヒサコは逃げるために足の速い部隊だけを率いており、サームに至っては自身の馬廻りだけ(ティースとマークも紛れてはいるが)で急行しており、現状の兵力としては目に見えているだけが全てであった。

 聖女ヒサコの威光がありもしない兵を想起させ、アルベールを必要以上に警戒させていたのだ。


(このままでは砦に逃げ込まれるが……。いや、それもありと言えばありか)


 アルベールはすぐに作戦を切り替え始めた。

 砦に逃げるという事は、そこに籠る事を意味している。その場所に身柄が“拘束される”ことでもあるのだ。


(それならそれでよし、だな。後続の本隊と合流すれば、数の上で圧倒的に有利になれる。足の速い部隊を先行させたということは、要は時間稼ぎが必要ということだ。公爵がここに来るのは時間がかかる。王都を目指している以上、脇道に等しいここの到達、さらにはヒサコ殿の正確な位置は掴めまい。砦に籠ったのなら、情報封鎖で伝令を潰し、さらにこちらも時間を稼ぐだけだ)


 敢えて見逃し、砦に逃げ込んでもらうのも悪くはない。

 少なくとも、位置は把握しているし、籠城してくれればその段階で身動きが取れなくなるからだ。

 もちろん、シガラ公爵軍の本隊が到着するまで、という時間制限付きではあるが。

 それならばそれでよし、そうアルベールは考え直した。


「おい、後方の本隊に伝令を! 標的を砦に追い詰めたゆえ、ただちにこちらへ急行せよ、と」


「ハッ! 了解しました!」


 アルベールの指示を受け、数騎の騎馬が馬首を返し、元来た道を引き返していった。

 どのみち、騎兵のみで攻城戦に移るのは得策ではなく、後続を待つ必要があった。

 今やるべきは相手の監視と、伝令の遮断であり、情報戦こそ今の戦い方であると考えを改めた。

 だが、その新しい戦場こそ、ヒサコの独壇場であるとは気付いていなかった。

 ヒーサ・ヒサコは同一存在の“一心異体”であり、わざわざ伝令を出さずとも情報を共有できるため、アルベールの動きは無駄なのであった。

 ヒサコがどこに移動しようとも、それを瞬時にヒーサは認識できるようになっているため、どう足掻こうとも最短の道で援軍が到着するのであった。

 しかも、黒犬つくもんが斥候としてそこらを駆け回っているのだ。

 こちらからの情報提供もあり、通常では考えられない精度と速度で必要な情報を得る事が出来た。

 アルベールは結局気付かなかった。

 ヒサコの逃避行も、途中の分かれ道での誘引も、サームの登場も、そして伏せられたティースとマークの到着も、何もかもがヒサコの掌の上であるという事に。

 対等に、あるいはものによっては有利に戦っているようにアルベールは考えていたが、実際はヒサコの方が圧倒的に有利に状況を動かしていた。

 当然、この先に用意され、手ぐすね引いて待ち構えている罠の存在には、未だに気付くことができなかった。



           ~ 第三十六話に続く ~

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