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第三十三話  伏兵! 気が付けば奴がそこにいる!

 総勢千名の騎兵を五つに分け、五本の矢印を作り出した。

 アルベールの作戦は単純明快。鋒矢ほうしの陣による正面突破だ


「総員、敵陣を穿うがつぞ! 前進!」


 アルベールの掛け声が響き、側にいた騎兵が角笛ビューグルを吹き鳴らした。

 けたたましい音と共に、布陣を完了した騎兵の集団が前進を開始した。

 いきなり全力疾走はしない。まだ距離が空いているため、いきなり全力を出しては途中で息が切れてしまうからだ。

 まずは“常歩”。少し早めに歩く程度のゆったりとした足取りだ。

 徐々に迫る騎兵部隊はそれだけで恐怖を煽る。まともな訓練を施していない兵士ならば、近付いてくるだけで恐慌状態に陥るものだ。

 そして、距離が詰まって来ると、“速歩”に切り替える合図を送り、また角笛が吹き鳴らされた。

 歩きから軽く走る程度の速度に変わった。全力疾走する前の準備動作のようなものだ。

 アルベールは周囲を見渡すと、整然と前進する姿が見て取れた。

 さすがに反乱に参加した貴族達が選りすぐった騎兵と言うだけあって、なかなかに練度が高く、その点ではアルベールを納得させるには十分だった。

 問題なのは、これから突撃する相手の方だ。


(動きがない!? この状況でか!?)


 そこがアルベールを困惑させた。

 馬は徒歩と違い、急な方向転換が難しい。動かないという事は、そのままの状態で迎え撃つという事を意味していた。

 だが、騎兵は機動力や衝撃力を発揮してこその兵科である。

 足を止めて迎え撃つなど、騎兵の運用を知る者ならば下の下だと断じる。


(一応、短銃ピストルを持っているから、距離が空いた状態でも攻撃はできるだろうが、単発では防ぎ切れんぞ!)


 ヒサコの率いている部隊は二、三百。そのすべてが銃を持ち、発砲した弾が全て命中したとしても、それでも七、八百は無傷で敵の懐に飛び込める計算だ。

 馬上での再装填は時間がかかるし、その間に食らいつくことは余裕で可能だ。

 だが、そうであるにも関わらず、まだ動かないのだ。


(やはり何かある! だが、今更止められん!)


 アルベールは意を決し、突撃速度である“駆歩”に切り替えるために合図を送ろうとした。

 まさにその瞬間だ。


 ブォォォ! ブォォォ!


 自軍のものではない、誰かが吹き鳴らした角笛ビューグルの音が耳に突き刺さった。

 アルベールは即座に音のする方を振り向くと、騎馬の部隊が“側面”に現れたのを視認した。


(こ、これはまさか!?)


 アルベールは懐から望遠鏡を取り出し、そちらをよく観察した。

 そして、現れた騎馬の部隊の先頭にいる者に見覚えがあった。


(あ、あれはサーム殿!? では、シガラ公爵軍本隊が到着したのか!?)


 そう、その現れた一団の中に、かつての戦友サームがいたのだ。

 共に“聖女の三将”として肩を並べ、幾度となく戦場を同じくした。

 先頃のイルド城塞での帝国軍との決戦においても、迫りくる亜人相手に共闘した。

 それが今この場にいる。


(もう到着したのか!? いや、これは私と同じく、部隊の一部を先行させたな!)


 そうアルベールは判断した。

 現在、アルベールは騎兵を抽出して、ヒサコを捕縛するための先行部隊を編成し、今に至っていた。

 であるならば、敵方もそれと同じことをしていても不思議ではない。


(サーム殿に足の速い部隊を任せ、先行してヒサコ様の援護をさせる。どうやってここの正確な位置を伝えたかは不明だが、これは完全にハメられた!)


 突撃中の鋒矢ほうしの陣には、極端な弱点がある。

 前方への攻撃力、突破力を重視した陣形であるため、“側面”からの攻撃に対して無防備なのだ。

 そして、その“側面”にサームがいる。


(これまでの一連の流れ、すべてヒサコ様の作戦通りというわけか! 騎兵による横陣での待機。当然厚みのない薄い陣形であるため、こちらは突破を考える。採用する陣形は鋒矢ほうしの陣だ。つまり、まんまとサーム殿が伏せていた部隊に、無防備な側面を晒す事になるとは!)


 馬車と騎馬の追いかけっこも、いずれ追いつかれるという“理由付け”の意味すら感じられた。

 追い付かれたから迎撃する、などと生易しい事を聖女ヒサコは考えていなかった。

 罠に誘い込んで殲滅する。そう考えていたのだ。

 そして、ヒサコの直轄部隊も動き出した。

 ヒサコの乗る馬車が動き出し、それに呼応するかのように横陣の騎馬列もまた馬首を返し、それに追随するかのような動きを見せた。

 そう、アルベールに対して、無防備な背を晒してきたのだ。


(クッソ! なんて分かりやすい挑発だ! あんな無防備を晒してきたら、思わず突撃してねじり込みたくなる! だが、これは“美人局つつもたせ”だ。尻を突き出して誘ってきた女に飛びついたら、後ろから怖い旦那が殴りかかってくる。そういう策だ!)


 どこまでも自分を囮とし、直轄部隊に損害が出ようとも、こちらを殲滅するつもりだと考えた。

 そのあまりの徹底ぶりに、ヒサコを良く知るアルベールも戦慄した。

 この状態で突撃すれば、尻を向けている敵部隊に切り込むのは容易い。そもそも、歩き始めた騎馬は遅く、すでに突撃体制のまま足を速めつつあるアルベールの部隊であれば、すぐに追いつける。

 だが、すぐそこにサームの部隊がいるのが問題だ。

 斬り込めば、たちまち側面ないし後背を突かれる事は目に見えていた。


(斬り込めば、相手を殲滅するのは容易い。だが、サーム殿の部隊に襲われ、今度はこちらが殲滅される。なら、陣形を変えるか? いや、今からでは間に合わん。陣形を変えている最中の部隊なんぞ、それこそ格好の餌にしなからん!)


 アルベールの頭の中ではすでに結論が出ていた。

 突撃中の状態において側面を取られた段階で“詰み”なのだ。

 こういう場面でこそ、盾となる“歩兵”が必要なのだが、今はいない。アルベールの部隊は全員が騎兵なのだ。

 攻撃力、機動力に優れた騎兵も、結局は“足”を活かし切ってこそだ。

 そうなると、取るべき手段は一つしかない。


「総員退却! 敵との距離を空けるぞ!」


 やむを得ない選択であった。

 ヒサコを追い詰めながら、その実、罠を張って待ち構えていた以上、損害を回避するのは当然の判断と言えた。

 速歩のまま進む角度を変えつつ陣形を解き、そのままヒサコとの距離を空けていった。

 勝てると踏んでの突撃が、まんまと相手の策にハマるという醜態を晒してしまった。

 読み切ったと思っても更にその先を行くヒサコの智謀に、アルベールは完敗だと自身の不甲斐なさを恥じ入った。

 同時に、やはりとんでもない御仁だと、聖女ヒサコの実力を更に評価するのであった。



            ~ 第三十四話に続く ~

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