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第三十二話  捕捉! 追い詰められし悪役令嬢!

 街道を突き進むアルベールは、なおも馬を走らせ続けていた。

 ヒサコに対する畏敬や恐怖を抱えつつも、一人の武官として、与えられた任務をこなす。それを頭の中に敷き詰め、ひたすらに走った。


「気配を感じる。今少しなはずだが」


 アルベールの視線は、前や地面を行ったり来たりして、注意を払っていた。

 足元の道には馬蹄がいくつもあり、明らかに集団で馬を走らせた形跡があった。

 しかも、それほど時間が経過していないような真新しい痕跡であり、いよいよ追いついたかと気が逸り始めていた。


「何騎か、前方に出て警戒にあたれ! 見落とすなよ!」


 アルベールの指示に従い、周囲の騎兵が一斉に鞭を討って馬の足を速めた。

 そして、広く展開するように散っていった。

 今は街道を進み、その周囲は農村や、あるいは少し小高い丘がある程度だ。

 追いつかれたと知れれば、あるいはどこかに潜んでやり過ごすことも考えられたため、それを見落とすまいとした。

 もちろん、最大の懸念事項は“待ち伏せ”だ。

 罠や伏兵で馬の足を殺し、反撃に出てくることも十分に考えられた。


(なにしろ、“あの”ヒサコ様だからな。罠にハマってもがく敵兵を見るのは痛快であったが、それを自分がやられるのは御免こうむりたい)


 早く追いつきたいと馬を走らせる反面、その走る振動と共に心臓の高鳴りもまた激しさを増していた。

 あの智謀の主に勝てるのか、あるいはあちら側に託してきた妹の事がと、その頭の中には雑念が入り混じり、集中できないでいた。

 アルベールの感情は複雑だ。

 吹っ切れてはいたと自分では考えていても、どこかで不安と不信が心のどこかにこびり付いていたのだと、今更ながらに思っていた。

 そこへ、前方の警戒に走らせていた騎馬が一騎、アルベールの所へと戻ってきた。

 上手く馬の方向を変え、並走させてきた。


「将軍! 道より少し外れた前方の小高い丘に、標的と思われる一団が陣取っています」


「おお、ようやく追いついたか! で、その数は!?」


「数はおおよそ二、三百といったところです!」


 そう報告を受け、アルベールは自身の予想が当たっていた事を確信した。

 千と三百、数にして三倍はある。正面からぶつかれば、十分に勝てる。


(あとは、ヒサコ様がどういう罠を張っているか、だ)


 開けた場所での戦闘となると、何はさておき“数”が物を言う。

 しかも、移動力重視のため、互いに騎兵だけという編成だ。

 歩兵での槍衾やりぶすまや銃列を敷くことはできない。

 単純な押し合いになれば、勝機は見えていた。


(だが、そんな単純なものではないはずだ)


 警戒しつつも、アルベールは馬を走らせ、そして、その一団を視界に捉えた。

 まだ距離はあったが、開けた場所の小高い丘の上に陣取っているため、人や馬が豆粒並の大きさではあるが、その姿を確認した。

 

「よし、姿を視認した! 各隊、少し速度を落としつつ、隊列変更! 鋒矢ほうしの陣を敷け! 布陣後は命令があるまで待機!」


 追いついた以上は一気にカタを付けるつもりではあるが、まずは情報を集める事だと、アルベールは布陣を周囲にまかせ、自身は持っていた望遠鏡を取り出し、相手の観察を始めた。


(後方に馬車が二台。騎兵はなだらかな丘の斜面に一列横隊だと? 薄いな)


 さすがに三百騎すべてがズラッと横に並ぶ姿は壮観ではあるが、“厚み”が一切ない。

 矢印の形をする“鋒矢ほうしの陣”で突っ込めば、たちまち穴を穿たれるのは目に見えていた。

 何か特殊な武装でもしているのかと、その並ぶ騎兵を眺めてみても、特に何もない。

 むしろ、本当に移動重視の編成と兵装らしく、馬上槍ランスすら誰も持っていなかった。曲剣サーベル短銃ピストルばかりの軽装備だ。


(あるいは横陣でこちらの突撃を受け止め、中央が足止めしている内に、左右を挟み込む、という戦術もある。だが、今回それはない。中央部が薄すぎる。突破しろ、そう言われている気がしてならない)


 そう判断したからこそ、アルベールは即座に鋒矢ほうしの陣を敷いたのだ。

 そして、それらを観察していると、後方で動きがあった。

 二台いる馬車の内、一台の戸が開くと中からヒサコが飛び出してきたのを、望遠鏡が拾った。

 アルベールはすぐにそちらに注目し、意識を集中させた。

 開いた戸から中が見えたので、赤ん坊マチャシュを抱えるテアの姿も確認できた。


(よし! 標的がどちらもいる!)


 あるいは、この一団が囮で、どこかにヒサコとマチャシュが潜んでいるという懸念もあったが、姿を確認したことによりそれが杞憂であると確認できた。

 そして、ヒサコは馬車から飛び降りたかと思うと、そのまま前の御者台に上がり、更にそこから馬車の屋根へとよじ登った。

 しかも、こちらが覗いていることも分かっているのか、スカートの裾を手で掴み、“中身”が見えんばかりに捲し上げる始末だ。

 品がない。“国母”の肩書を持つ淑女にしては、あまりにもひどい姿であった。

 普段ならばアルベールもそう思ったであろうが、今は違う。

 なにしろここは“戦場”。まだ直接刃を交えたわけではないが、血と泥が混じり合う戦場なのだ。


(明らかな挑発! 屋根の上に上っては、馬車を急発進させることはできない! 動くつもりはないという事だ。では、やはり罠か!?)


 アルベールはすぐに望遠鏡の先を動かし、今度は自身と相手の間に広がる空間を観察した。


(考えられるのは、落とし穴の存在。あるいは、“地雷”という線もあるが……)


 しかし、見えているのは緑一面の絨毯であり、とても掘り返した後が見えないのだ。

 罠の存在を一切感じさせない空間がそこにあり、それゆえにアルベールは寒気に襲われた。


(なぜだ!? なぜ、罠の存在が見えてこないのに、こちらに対してそうも悠然としておられる!?)


 ヒサコの余裕な態度が、アルベールには恐ろしかった。

 毎度毎度、奇想天外な策で状況をひっくり返してきたのを見てきただけに、それを今回は自分に降りかかって来るのではと恐れた。

 だが、悩みもそこで終わった。時間切れだ。


「将軍! 布陣、完了しました! いつでも行けます!」


 任せていた布陣の完了を知らせる声がアルベールの耳に入り、いよいよ動き出す時が来たのだ。

 罠の存在が感じられるのに、その姿が一向に見えてこない。

 見えない不気味さに戦慄しながらも、指揮官として弱腰な姿勢を見せるわけにはいかなった。


「よし、行くぞ! 各隊、前進!」


 そして、アルベールは号令を下した。

 その命が届くと、各隊より威勢のいい声が上がり、揃って前進を開始した。


(迷っていても仕方がない。なるようになれ、だ!)


 なにしろ、目の前に標的ヒサコの姿を確認した以上、アルベールには下がるという選択肢がなかったのだ。

 王都、聖山の襲撃、その罪をまんまと反乱軍に濡れ衣を着せてきた以上、その元凶を捕えて吐かせない事には今後の動きが制限されてしまうためだ。

 迷うな、突き進め、そう自身に言い聞かせながら、アルベールは馬に鞭を入れた。



           ~ 第三十三話に続く ~

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