第三十一話 伝令不要!? これこそ最強のアドバンテージ!
「うほ~。さすがはアルベール。腕輪を見て、こっちを選んだわね」
アルベールの選んだ右手の道のさらに先、疾走する馬車の中、頭の中に飛び込んできた映像に、ヒサコは拍手をした。
さすがは自分をよく見て、理解はできずとも、そうなのだと感じ取った男だけの事はある。
それゆえの満足と、だからこその不満がヒサコにはあった。
「アルベール、あなたは本当にデキる男だわ。妹共々、こっちの陣営のままだったらよかったのに。まあ、言っても詮無い話だけどね」
アルベールは熱くて豪快な男であるが、同時に律義で忠義に篤い男でもある事は知っていた。
カインが反旗を翻せば、必ずそれに同調するという事も予想はしていた。
「ああ、本当に残念だわ。左の道を選んでいれば、あるいは生き残れたかもしれないのに、あたしを知っているからこそ、右の道を選んでしまった。本当に残念だわ」
そういう割には笑顔を崩していないのはなぜなのだろうかと思うテアであったが、それよりも逃げる先を看破されたテアは焦っていた。
「ちょっと! アルベールに見破られてんじゃない!」
「そりゃあたしの優秀な“聖女の三将”の一角だしね。これくらいの謎かけは、こちらの思考を“直感”で看破して来るでしょうよ」
「呑気ね、本当に。時間稼ぎにもなってないじゃない」
「ん~、いや、本当にね。左の道を進んでくれたら、公爵軍の本隊と合流するまでの時間を稼げたかもしれないけど、それじゃあ“面白くない”わよね」
あくまで余裕の態度を崩さないヒサコに、テアは苛立ちを覚えてはいるが、余裕の態度を見せれるだけの“何か”があるのを感じればこそ、ある程度だが落ち着いていられた。
もうなんやかんやで、目の前の戦国の梟雄とは付き合いが長いのだ。
「……ちなみに、左の道を進んでいたらどうなっていたの?」
「ああ。囮の馬車が左手に行ったじゃない? あれさ、中身は火薬がぎっしりなのよ。んで、ここ。地図だとここの辺ね。ここに橋がある。追撃部隊が迫ってきたところで、目の前でドカンと橋を吹っ飛ばすように指示しといたの。そして、わざとらしく山林に逃げ込むようにともね」
「なるほど。そうなると、迂回路を探しつつ、山狩りをしないといけなくなる、と。時間稼ぎを考えると、かなり有効よね」
やはり抜かりはない。相変わらず狡い手を考えるとテアは感心した。
「でも、右手に来たんなら、じきに追いつかれるわよ」
「追いつかせるつもりだもの。もちろん、仕込んだ罠の中ででの話だけど」
「……やっぱり、減った兵の数って、そっちに回していたの?」
「当たり前でしょ? 見限って出ていった連中こそ、先の見えないバカだもの。だから、そうした連中はコルネスに引率されて出ていった。残っているのは先の見えている賢い人か、決断できなかった優柔不断な奴ね。後者は王都に残っているでしょうし、前者は勝ちを得る為に積極的に動く。分け前はたっぷりあるからね」
「あの強欲大臣兄弟と同じパターンか」
「そゆこと。んで、こっちが囮になって時間稼ぎしている間に、罠の設置地点に先回りしてもらっている」
「まるで、追撃部隊の進路を予想していたみたいな言い方ね」
「アルベールなら読みやすい。なまじっかあたしを知っている分、余計にね。こういう場面だと、アホな指揮官に無軌道に動かれる方が困る」
「……あのさ、もしかして、アルベールやコルネスを無理にでも引き止めなかった理由って」
「そうよ。女神様の考えで正解よ。読みやすい相手がいた方がやりやすいでしょ? まあ、コルネスの方は廃材処理の役目もあるけど」
相手を知るからこそ、敢えて敵に回す。
情報のない凡将よりも、勝手知ったる良将の方が勝てると踏んだのだと言い切った。
知己を相手によくまあ、そんな決断ができるなとテアは呆れ返った。
「と言うか、なんで離れた位置にいるアルベールの事が分かるのよ!? 使い番から報告が一切ないんだけど!?」
「何を素っ頓狂な事を言いますかね、この女神様は。“使い番”は来てないけど、誰よりも優秀で、どこにでも忍び込める、可愛い“使い魔”がいるでしょうが」
「あ、黒犬! あいつがいたわね!」
しばらく顔を合わせていなかったので、テアはすっかり忘れていたが、優秀極まる索敵要員がいた事を思い出した。
悪霊黒犬の黒犬、ヒーサ・ヒサコがスキル《手懐ける者》で使い魔に仕立て上げた最高戦力であり、切り札的な存在だ。
「そう言えば、黒犬って、今まで何していたの? ヒーサがイルド城塞で抱いていたのは覚えているけど、あれ以降、姿が見えなくなっていたわね」
「もちろん、偵察と確認よ。ヒーサでも、ヒサコでも、直で確認できない場所があって、それが想定通りの地形かどうかの確認を取っていたの。んで、それが終わったから、そろそろ例の分かれ道にアルベールが着く頃かな~って思って向かわせたら、ドンピシャ丁度右の道を進み始めたところだったというわけ」
「時間的には、結構ギリギリだったのでは?」
「そうね。黒犬は使い勝手がいいから、どうしても仕事を回してしまうのよね。できる奴にこそ、仕事が回されるってもんよ。三好家で家宰やってた時なんて、どんどん仕事が送られてきたし」
「暗に自分の事を、“できる奴”って自慢してない!?」
「そうよ。だって、あたし、優秀だし。今も、昔も」
堂々とドヤ顔を見せ付け、きっぱりと言い切るヒサコであるが、実際その通りであるから、テアも反論できなかった。
戦国日本において、松永久秀は天下人・三好長慶に見出されてこれに仕え、一介の商人から一国の主にまでのし上がった過去がある。
この世界では家督を簒奪して家を成長させ、今や国一番の実力者にまで駆け上がった。
これはひとえに、外においては悪辣な手管で政敵を屠り、内に置いては優れた行政処理能力によって領地を発展させてきたからに他ならない。
外道ではあるが、極めて優秀なのが、松永久秀という男なのだ。
「黒犬は本当に使い勝手がいいからね~。《影走り》と《隠形》を合わせれば、どこへ立って侵入できるし、おまけに足も速い。偵察要員としては、これ以上に無い存在よ」
「そして、あなたは本体と分身体を使い分け、実質、目が三組ある状態だもんね」
「そゆこと。目が三組に、見えざる線で繋がった三者が、伝令いらずで動き回れる。これこそ、こちらの最強の武器! 情報戦では、絶対に負けはない!」
ヒーサ・ヒサコに加えて、黒犬が得た情報を、時間差なしに共有できる。これこそ、他者にはない最強のアドバンテージなのだ。
「何よりも重要なのは情報よ、情報! 早く、それでいて正確な情報、それこそが最良の結果を生み出す種となるわ!」
「情報を制する者は世界を制する、って感じかしら?」
「そうそう。そして、今のあたしは情報収集能力に優れ、伝令なしでヒーサ・ヒサコ間の情報共有が成されている! これがある限り、負けはしないわよ!」
そもそもな話、松永久秀は女神からの依頼として、魔王の情報を探る“斥候役”の英雄として召喚され、しかも情報収集に特化したスキル編成まで行っているのだ。
はっきり言って、“情報戦”に関して言えば、他の追随を許さない圧倒的強者だ。
戦闘系スキルが皆無な代わり、その代償として得たアドバンテージである。
「条件は整った。あとはアルベールの一団を罠の場所まで誘引すればいいだけ♪」
さあ来いと念じながら、馬で駆けるアルベールに見つからないように並走する黒犬から送られてくる映像をじっくりと眺めるヒサコであった。
いよいよ終幕が近付いてきた事を、誰よりも強く感じながら、じっと思案を巡らせた。
~ 第三十二話に続く ~
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