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第二十八話  疾走! 逃げた悪役令嬢を追え!

 街道を突き進むアルベールの部隊はとにかく足が速い。

 なにしろ、反乱軍の中でも特に選りすぐった騎兵のみで編成されており、行軍速度は群を抜いていた。


「相手の足は遅い! じきに追いつくはずだが、待ち伏せ等に気を付けるぞ!」


 アルベールの声が響き渡り、率いている将兵からも了承の合図が返って来た。

 部隊を率いる者として、良く通る声が必須であり、そういう点ではアルベールは間違いなく良将の器であることを見せ付けていた。


(さて、問題は追いついてから、だな)


 現在、アルベールが率いているのは、騎兵のみで編成された千名程度の部隊である。

 精鋭とあって強力ではあるが、問題は相手が“あの”ヒサコと言う点であった。

 何度もその指揮下で戦ったアルベールではあったが、底知れぬ智謀の持ち主であることは熟知しており、罠や策を用いて、有り得ない勝ち方をしてくる存在なのを経験で見てきた。

 味方であったときは頼もしくはあっても、脅威に感じることは無かったが、今は明確に敵である。

 どういう手で来るのか、見当もつかなかった。


(なにしろ、こちらの王都の早期制圧を断念させたからな。こうして急行しているのも、その手管が常軌を逸していたからな)


 そもそも当初の想定では、王都ウージェでの攻城戦を想定していたのだ。

 だが、ヒサコはそれをあっさり捨てた。

 第一の守将コルネスの離反と、それに伴う情報漏洩に兵力の減衰、それらを計算に入れた時、すんなり王都を明け渡した。

 それならそれで空き巣となった王都を制圧すればよかったのだが、ヒサコは最後にとんでもない置き土産を残していった。


(“偽旗作戦”による王都の傷物化と、反乱軍への悪評。毎回毎回、とんでもない事をする、あの人は!)


 アルベールは怒りよりも先に、そんな手段を平然と打てるヒサコへの恐れを抱いた。

 偽の反乱軍をでっち上げ、王都への襲撃と旧宰相邸への付け火、さらに聖山を焼き討ちし、法王まで殺害したのだと言う。

 その悪評を全部反乱軍に押し付け、自身はさっさと撤収。

 盗れるものなら盗ってみろ、とでも言わんばかりの態度で王都を空にしたのだ。


(制圧するだけなら容易い。だが、王都圏ではすっかり悪評が付いてしまった。これを払拭しない事には、籠城戦すら危うい。シガラ公爵家の軍隊相手に、籠城戦は無理だ)


 これはコルネスの意見であり、アルベールもまたそれに賛同していた。

 こうして別動隊を先行させているのも、“僭王”マチャシュを捕らえ、“国母”ヒサコからこれまでの悪事を洗いざらい吐かせるためである。

 そうしないことには反乱軍の悪評を払拭する事が出来ず、今後の統治もおぼつかないのだ。


「しかし、見えてきませんな。相手は子連れ。馬車での移動のはずで、足は遅いのですが」


 アルベールの側を走る騎兵がそう話しかけてきた。

 それはアルベールも不思議に思っている点であり、思案のしどころであった。


「そうだな。王都からアーソへ向かうとすれば、ほぼ間違いなく、この道を使うはず。あちらが出立した時期を考えると、そろそろ捕捉してもおかしくはないのだが、一向にその気配がない」


「将軍!」


 今度は別の兵が話しかけてきた。少し離れたところを走っていたが、馬を並走させてきた。


「やはりそうです。付近の村で聞いたのですが、ここ最近、軍隊、あるいは貴族の隊列を見ていないと」


「見ていない、だと!? ……全体、一時停まれ! 少し馬を休ませるぞ!」


 アルベールは部隊に停止を命じると、下馬してすぐに付近の地図を広げた。

 かなり大雑把な地図ではあるが、町村や城、そして、街道などが記されており、それに目を落とした。


「この街道をヒサコ様は使っていないという事か? アーソへ向かう道なら、ここのはずなのだが」


 アルベールは意見を求め、周囲の顔触れに視線を送った。


「追撃を恐れて、別の道を使ったのでないでしょうか? 子連れの移動はやはり時間がかりますし、分かり切った最短の道は避け、身を潜めつつ移動しているのやもしれません」


「あるいは、部隊を一切率いず、行商に身をやつして移動している事も考えられますな」


「一応、これまでの馬車や旅の一団も調べておりますが、どれもハズレでしたからな。やはり、別の道を進んでいる可能性が高いかと」


 周囲の意見としては、別の道を使い、アーソに向かっている可能性が高いと指摘した。

 アルベールもそれの可能性は高いと考えてはいるが、だからと言って分散して捜索するのも危険と隣り合わせでもあった。


(そう。今、この部隊は騎兵のみで千はいる。しかし、これをいくつもの部隊に分散させてしまうと、各個撃破の危険がある。仮にヒサコ様の部隊が五百とした場合、千の兵で総掛かりで当たるのと、二百の兵を五回ぶつけるのとでは意味が違う)


 ヒサコの保有する兵力が分からない以上、できる事ならば分散は避けたいところであった。

 何よりアルベールが恐れているのは、分散したところを潜んでいた所から飛び出し、一挙突破を図る事だ。

 今はこうして本命の街道を進んではいるが、分散するのを待った上で強襲された場合、むざむざ本命の街道をそのまま突破されてしまう。

 “あの”聖女ならやりかねないと考えるだけに、アルベールの動きも余計に慎重にならざるを得なかった。


「将軍! 将軍!」


 そこへ一騎の騎兵が駆け込んできた。

 一応、部隊の大半はこうして一丸となって進んではいるが、見落としが無いよう少数の部隊を編成し、街道の外周を調べるように進ませていた。

 今駆け込んできたのは、その少数の部隊の者であった。


「将軍! これより北側の道を、貴人を乗せる馬車が進んでいったとの情報が!」


「なんだと!? どこの道だ!?」


「ここです! ここの道をこう進んでいったと」


 兵士が指さした地点をアルベールは目で追い、すぐにそれだと確信した。


「これだな。今の街道より遠回りになるが、最終的にはアーソ方面に向かえる道だ。そちらがそう動くのであれば、こちらはこう進んで、道を塞いでしまうのが妥当だな」


 アルベールは即座に決断した。

 この街道の先にヒサコはいない。遠回りをして、姿を暗ますつもりだと判断した。


「それで、あちらの兵数はわかるか?」


「何分、付近の住民の目撃情報と言うあやふやなもので、正確な情報は分かりませんが、数百名程度かと。千は超えてはいない、という感じで」


「それで十分だ。完全な待ち伏せでもされない限りは、余裕で対処可能だ」


 ヒサコは恐るべき智謀の持ち主であるが、基本的に罠にハメることを得意とする。

 少なくとも、アルベールはそう見ていた。


(そう、重要なのは戦の主導権を与えない事! 先手先手の素早い動きで、相手に考えさせる時間と、罠を仕掛ける隙を作らせない事だ! さあ、容赦なく攻め立てますぞ!)


 アルベールは再び騎乗し、先頭をきって部隊を再び走らせた。

 目指すは逃げるヒサコの部隊を捕捉する事。

 これを捕捉し、撃滅して母子の身柄を確保することで、今回の反乱は成功に終わるのだ。

 ならば急げと、アルベールは再び馬に鞭を入れ、その足を急がせるのであった。



           ~ 第二十九話に続く ~

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