第二十七話 釣り上げろ! 餌は自分と息子です!
王都より脱出したヒサコは、とある小城にて小休止を取っていた。
本来であれば、即座に撤収して、ヒーサとの合流を図るのが常道と言えよう。
しかし、ヒサコの動きはどうにも鈍い。少なくとも、周囲にいる人々はそう感じていた。
「あの~」
城にある見張り塔の上にヒサコがおり、今は地図とにらめっこをしていた。
思案中の国母に対して、声をかけるのはその従者であるテアだ。
「ん~? なに?」
「あのさぁ、何してんの?」
「考え中。今は色々と情報待ちだからね~」
実際、ヒサコは方々に斥候を放っており、何かを待っているかのようであった。
一目散に逃げて、王都圏目指して進軍を始めたヒーサ率いるシガラ公爵軍本隊と合流するのがいいに決まっているのに、ヒサコは足を止めていた。
何をしようとしているのか分からないだけに、テアは不安と不満でいっぱいであった。
「やっぱり、逃げた方が良くない? 逃亡兵も増えているみたいだし」
「あら、やっぱり兵の数が減っているの、分かる?」
「分かるも何も、王都を出発した時は三千くらいはいたはずなのに、今はどう見ても五百くらいしかいないじゃない。ずっと一緒に行動していたら、嫌でも分かるわよ!」
テアが悲鳴を上げるのも無理はなかった。
姿の見えなくなる兵は日増しに増えており、これでどうやって戦えと言うのか分からないのだ。
「事の重大さ、分かっている!? 一刻も早く反乱を鎮圧して、黒衣の司祭に捕まっているアスプリクを探さないといけないのよ!?」
「分かっているわよ。でも、焦っちゃダメ。急いては事を仕損じるだけよ」
「だからって、これ以上はさすがに厳しいわよ!? こんな数の兵じゃあ、戦うなんて無理だし、逃げる際の時間稼ぎだってできやしないわ」
「戦って勝つつもりだし、逃げる気は更々ないから、まあ、安心していて」
どこまでも冷静でどっしり構えており付いており、地図を睨みながら思案に耽る姿は、実に凛々しかった。
なにしろ、帝国軍を身重の状態でありながらこれを撃破し、一躍“聖女”と国内に轟く武名を上げた女性である。
中身は戦国日本の松永久秀であるが、この世界の住人は数名の例外を除いて、その事実を知らない。
知らないからこそ、高々十八歳の女性の常軌を逸した活躍ぶりに酔いしれるのだ。
それが例え悪徳の上に横たわっていようとも、それを見抜く者はまだほとんどいない。
「まあ、あなたが自信満々ならこれ以上は突っ込まないわ。でも、あと一つ、私に関わる事を聞いておかないといけないわ」
「何かしら?」
「な・ん・で! 私が子守役やらされてんのよ!?」
そう、テアの腕の中には幼王マチャシュがいるのだ。
今はスヤスヤと眠っており、大人しいものなのだが、それでも王都から脱出してからというもの、常にテアの腕の中にあった。
「こういうのってさ、普通、ちゃんとした傅役とか、乳母がいるものでしょ!?」
「え? そんだけ大きいのに、お乳出ないの!?」
「出るか、バカ! つ~か、出ると思っていたの!?」
「いや、ほら、女神って、何と言うか、こう……、出るのかなって」
「豊穣を司る地母神か何かと勘違いしてない!?」
「ああ、そっか。あなた邪神の類だもんね」
「ぶっ飛ばすわよ!?」
いちいち会話の噛み合わない二人ではあるが、なんやかんやで赤ん坊をあやすテアであった。
なお、こんな口論の中でも眠ったままのマチャシュは、ある意味で扱いやすくてよかったが、それでも世話を完全に押し付けられているテアは不満であることには変わりなかった。
「いや、本当に、なんで王宮に置いてきたのよ、女官達を!?」
「邪魔だから。これから反乱軍の誘引のために走り回って、んで戦闘に突入するのよ? キャーキャー喚くだけの女官なんて、いるだけ邪魔だって。源平合戦の“壇ノ浦”じゃあるまいに」
「その言葉だと、マチャシュを後方に下げるんじゃなくて、前線に置いとくつもりなの!?」
「そりゃ、その子が最大の標的だからね。目立つ位置に置いておかないと、“餌”にならないでしょ」
「う~ん、この外道」
まだ一歳にもなっていない自分の子供を、言うに事欠いて“餌”と宣う聖女の態度は、テアにとって嫌悪感以外の感情が湧いてこなかった。
しかも、その子守役を押し付けられた以上、敵兵が自分めがけて殺到してくることが確定しており、どうにかならないのかと悩んだ。
されど、この外道な母は意に介さず、ずっと地図とにらめっこだ。
中身七十の老人に対して母親らしくとは言えないが、せめて“人間らしく”くらいはやって欲しかった。
「まあ、言っても詮無い事かな。んで、自分と自分の子供を餌にして、どこまで誘引するつもりなの?」
「それは相手の出方次第。そろそろ動きがあって然るべきなんだけど……」
そして、図ったように兵士の一人が二人のいる見張り塔に駆け込んできた。
「申し上げます! 反乱軍、どうやら王都は素通りするようで、脇の街道を進軍中とのこと!」
「ふふ~ん、どうやら上手くいったようね。ご苦労様、そのまま監視を続けて」
「ハッ!」
兵士は敬礼してからすぐにいなくなった。
そして、ヒサコは反乱軍の想定通り動きに喜び、軽く小躍りしてから視線を再び地図に下ろした。
「やっぱり王都は入りづらいわよね~。王都襲撃、聖山焼き討ち、法王殺し、全部押し付けてやったんだからね」
「やった当人が鬼畜過ぎるわよ。よくもまあ、あれだけの事をやって、平然としていられるわね」
「そりゃそうする必要があったからよ。不安定な城での籠城戦なんて、内部から切り崩してくださいって言っているようなものよ」
「かつてのあなたがそうだったもんね」
「それ! ああ、信貴山城、裏切り者さえ出なければ、余裕で持ちこたえたんだけどな~」
ヒサコの脳裏に浮かんできたのは、かつての自分が居城としていた信貴山城の光景であった。
戦国最強の山城と自負しており、無数の廓と堀、山の地形を活かし切った極めて強固な城であった。
だが、城は落ち、自身は愛器『古天明平蜘蛛茶釜』とともに、木っ端微塵となって果てた。
それもこれも、城兵の中から裏切り者が現れ、内部から崩壊したからだ。
「今、王都は反乱軍に対する怨嗟の声で満ちているわ。そんな状態での王都制圧は、下手すると更なる悪名を生む土壌になりかねないわ。まあ、そこは残してきたマリューとスーラがせっせと噂を拡散しているからなんだけど」
「あの二人も働き者ね」
「そりゃ反乱軍参加の貴族から、財産を絞り上げる権限を与えたからね。それも、絞り上げた分の三割を懐に入れることを黙認させたんだもの。必死も必死!」
利に聡い悪党は本当に使いやすいと、ヒサコはニヤリと笑った。
どいつもこいつもあくどい連中ばかりだと、テアは自然とため息が漏れ出てきた。
「んで、こらからどうするの?」
「王都制圧を現段階で諦めたということは、そのための大義名分を得るために動き出す。つまり、その子の確保。そして、あたしを縛り上げて、あんな事やこんな事をする」
「前半はともかく、後半はどうなのよ!?」
「恨みのある相手を虜にしてやる事なんて、決まっているじゃない。ましてやそれが、美女なんだしさ。やぁ~ん、反乱軍のエロスケベェ~」
「余裕ね、あなた。楽しんでる?」
「なわけないでしょ。あたし、誰かを縛るのは大好きだし、ましてそれが美女ともなると股座がいきり立つくらいの大好物よ」
「今の女性体にはないでしょ、それ!」
「おっと、これは失敬。まあ、とにかく縛る事はあっても、縛られるのはお断りって事!」
「抜かしおるわ、この聖女様は」
やはり姿は女性であっても、中身は戦国男児である。
どこまでも悪辣で、底なしに強欲な乱世の梟雄だ
「あなたの言うところの“餌”に食い付いたってところね」
「そうそう、それそれ」
「後は針に引っかけて、竿を引き揚げるってところかしら?」
「あなたも分かってきたわね。さすが我が愛しの邪神様」
不本意な物言いに睨むテアを丁重に無視し、ヒサコは寝ている我が子の顔を軽く指で小突いた。
これだけ騒いでもなおも寝息を立てている姿は、ある意味で大物然としており、なんとも頼もしく思えるヒサコであった。
そこへ、兵士が更に一人駆け込んできた。
「申し上げます! 反乱軍の一部が突出し、街道を猛烈な勢いで進行中!」
「お、早速動いたわね。んで、どの辺りかしら?」
「ハッ! 失礼いたします!」
兵士は机の上に置かれていた地図を指さし、別動隊の動きを示した。
「ここの街道を移動中です」
「よしよし、予想通りね。そのまま監視を続けなさい。他の部隊とも連携を維持し、とにかくあちらの動きを逐一報告して!」
「心得ました!」
兵士が礼をしてすぐに飛び出すと、ヒサコはもう一度地図を見てニヤリと笑った。
「動きが早い。おそらくはアルベールの率いている部隊かしらね」
「呑気ね。あなたの指揮下で戦った三将の内、二人があっちにいるというのに」
「手の内は読めるわよ。ずっと一緒にいたんだしね」
「それはあなたに対しても同じでは?」
「あら? あたしがあの時、“全力”を出していたと思う?」
「……え?」
不気味な笑みを浮かべるヒサコに、テアは寒気を覚えた。
帝国領への逆侵攻をした際、ヒサコは数の不利を物ともせずに戦い、そして、勝利した。
それでもなお、“全力”ではなかったと、ヒサコは言い放ったのだ。
「ぜ、全力出したら、どうなっちゃうのよ?」
「さあ? それは見てのお楽しみよ。それよりさあ、女神様」
「何よ?」
「お小水、漏れているわよ」
そう、マチャシュによる寝小便攻撃であった。
じわっと濡れた感覚が襲ってきて、テアは慌てて悲鳴を上げた。
「ぬぉぉぉ! このガキめ! 女神の寝小便を浴びせるとは!」
「いいぞいいぞ~、さすがはあたしの息子!」
「ええい、親に似て、神への敬意が欠片もないとは!」
「頑張ってね、子守役さん」
などと言うちょっとした騒動はあったが、敵が動き出した以上、のんびりもしていられなかった。
すでに移動の準備はできていたため、即座に小城を引き払い、行動を開始した。
自分と我が子を用いた誘引の策、いよいよ命懸けの追跡劇が始まりを告げるのであった。
~ 第二十八話に続く ~
うほ~。
本日更新した分で、本作がいよいよ累計字数200万字に到達しました!
ひとえに読者の皆さんがいればこそ、ここまで続けれたと思っています。
1年と2カ月、毎日更新を続けてここまで来れました!
感謝! 圧倒的感謝!
(*^▽^*)
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