第二十六話 追撃せよ! ヒサコを捕まえて吐かせるのだ!
裏切りは決して許さない。一族郎党、全てを根絶やしとする。
苛烈極まるヒサコの行動は、反乱軍の諸将を怯ませるのに十分であった。
王都にいたカインやコルネスの家族を、何の交渉もなくさっさと処分し、その意を示した。
容赦の躊躇も一切なく、本当にスパッとやってしまうところは、相変わらずかと彼女を良く知るアルベールでさえ戦慄させるほどだ。
「それで、どう行動しましょうか?」
場の空気を変えるため、アルベールが末席より声を上げた。
狼狽しているだけでは埒が明かないため、思考と行動は当然のものだ。
そのアルベールの声にコルネスも気を切り替えた。
「すまんな、アルベール殿。大丈夫、私は冷静だ」
「心中はお察しいたします」
アルベールはなおも激高する主君カインを宥めた。
コルネスもその主従の姿を見て、堅実な戦術家としての本分に立ち戻った。
「さて、恐らくではありますが、王都にはすでにヒサコはいないでしょう。籠城するに際して、王都と聖山に打撃を与えるなど、自分で自分の足下に付け火するようなものですからな」
「なに? では、ヒサコは王都を明け渡すというのか!?」
「はい、殿下。ですが、これに乗ってはいけません。こちらが王都に入るのを待っている可能性がありますので、無視いたしましょう」
コルネスの言葉に、サーディクは首を傾げた。
王都の奪取は優先事項の中にあり、捨てたのであれば拾うのが道理であった。労なく王都が手に入るのであれば、それに越したことは無い。
他の諸将もサーディクと意見を同じくしており、コルネスの意図が分からなかった。
「無論、私とて、王都に帰還したいです。ですが、ヒサコの打った一手で、それが困難になったのです」
「と言うと?」
「完全な濡れ衣ではありますが、“偽旗作戦”により王都及び聖山への襲撃は、我々がやったと言う事になっています。そのような状態で王都に入城してしまいますと、民衆の反発、最悪の場合は蜂起になりかねません。なにしろ、法王を殺してしまったのですから」
「む……。完全な濡れ衣ではあるが、現段階ではそれに抗する弁をこちらが持たぬということか」
「“偽旗作戦”による誤認状態。しかも、ヒサコには“聖女”としての名声と実績があります。この状態で我らとヒサコ、王都の住人がどちらに信を置くかは自明でしょう。ゆえに、王都への安易な入城は現段階では控えるべきだと具申いたします」
コルネスの説明でその意図を知り、王都入城を躊躇う空気が生じた。
内部に爆弾を抱えた状態で王都に入っても、いざと言う時の不安があった。
もし、シガラ公爵軍が帰還して戦うとなると、そんな危うい状態の王都を抱えたまま戦う事は危険であるとも思えた。
今や王都圏での反乱軍の名は恐怖の代名詞であり、憎むべき相手へと成り下がっていた。
「では、どうする? このまま手をこまねいたままでいるのか?」
「いえ。優先順位第一位、“ヒサコの捕縛”を最優先で片付けましょう。あの魔女の口から今回の事を吐いてもらえば、王都圏での信用回復にも繋がります」
「なるほど。確かに真犯人に吐かせるのは道理であるな」
サーディクはコルネスの意見に納得し、それを了とした。
周囲の反応もおおむね賛同であり、好印象な雰囲気であった。
「しかし、コルネス殿、どのようにしてヒサコ殿を捕縛する?」
尋ねたのはアルベールであった。
当然の疑問であったので、コルネスもすでに考えがった。
「王都に籠っての籠城戦ができない以上、当然逃げ出している事でしょう。つまり、準備なしに飛び出しと言う事! 碌な兵力がいない以上、城壁がない分、むしろ捕えやすくなった。このまま我々は進軍しつつ、騎兵の部隊を方々に散らし、ヒサコの行方を追います。おそらく、と言うよりほぼ確実に、兄ヒーサとの合流を図るでしょう。ならば、その進路は予想しやすい」
「なるほど。騎兵を先回りさせて、進路を塞ごうと言うのか。兵力がないのであれば、強引な突破も難しくなる」
「しかも、相手は幼児を抱えている。移動は馬車だ。軽騎兵ならば、容易に追いつける」
「そして、捕捉したらば、あとは狩猟の手順で追い詰めればいい、と」
「そういうことだ。そして、その勢子の役目をアルベール殿にお願いしたいのだが、いかがだろうか?」
思わぬコルネスからの提案に、アルベールは驚いた。
周囲もまたざわつき始めた。
「私が、ヒサコ殿を追い詰める役回りを?」
「ここにいる顔触れの中にあって、貴殿こそヒサコの事を最もよく知る人物。どう逃げて、どう行動するのか、予想できるというものだ」
「しかし……」
アルベールは慎重にならざるを得なかった。
要は、内通を疑われているのだ。
実際、幾人かからは、アルベールへの疑いの眼差しが投げつけられていた。
つい最近までシガラ公爵軍の指揮下で戦っていた事、手勢なく身一つで参戦した事、ヒサコとの付き合いの長い事、疑っていけばそんな材料が並んでいるのだ。
追い込みの狩猟に関して、最も重要なのは本隊よりも獲物を追い回す勢子の方が重要なのだ。
それを任せても大丈夫なのか、という疑問が尽きない。
だが、そんな疑惑を払拭するかのように、コルネスは戦友の肩を叩いた。
「私は一切の疑いも抱いていない。貴殿が適任と思えばこそ推しているのだ」
「コルネス殿……」
「騎兵を最も巧みに操れる者は、貴殿を置いて他に無し。よろしく任せたいのだ」
戦友と言う贔屓なしに考えても、この仕事を任せれるのは他にいないとコルネスはアルベールを推した。
なお、コルネスも新参と言えば新参なのだが、長らく宰相ジェイクの下で武官をしていたため、この顔触れの中にも知己は多く、問題なしと考えていた。
なにより、カインと同じく妻子をヒサコに処分され、冷静を装ってはいるが、その実、はらわたが煮えくり返っているとも感じているので、それが信用に繋がっていた。
「行ってこい、アルベール!」
いつの間にか、カインがアルベールに歩み寄っており、凄まじい形相でこれを睨んでいた。
無論、その怒りはアルベールに向けられているものではなく、これから彼が捕らえるであろう魔女に向かって突き付けられたものだ。
「あの悪魔、お前の手で捕まえるのだ! そして、この私が手ずからバラバラにしてやる!」
「り、了解いたしました、我が主君よ。ご期待に沿えるよう、鋭意努めさせていただきます」
戦友からの推薦に加え、主君からも許しが出た。
あとは、総指揮官の判断のみとなり、皆の視線は自然とサーディクに向いた。
そして、サーディクもまた反対する理由もなく、この提案に頷いて応じた。
「よかろう、コルネスの案を採用する。まず騎兵部隊を編成し、王都からアーソへ続く街道を封鎖する。しかる後、ヒサコの行方を追い、これを追い詰めるものとする。よいな?」
「「ハッ!」」
サーディクの問いかけに皆が賛同し、声を張り上げた。
中には威勢よく拳を振り上げる者もおり、ヒサコ憎しがそれほどまでに強く表に出ているのだ。
「では、早速で悪いのだが、騎兵を供出していただこう。それを以て、逃げ道を塞ぐ部隊として、アルベール殿に指揮を任せる」
コルネスの呼びかけに諸将は頷き、早速部隊の再編のために動き始めた。
「よしよし。では、アルベール殿、行きましょうか。これからの戦、貴殿が最も重要な役目なのだ。気張ってくだされ」
「あ、ああ……」
コルネスにポンポンと背中を押され、編成に取り掛かるアルベールであったが、その頭の中には言い知れぬ不安が渦巻いていた。
(王都を傷物にした上で放棄。これだけでも、常人と発想が違うヒサコ殿。それゆえに何かがおかしいと感じる。あの“聖女”が、何の準備もなしに無防備に近い状態を晒すのか、と)
不安はある。
だが、それでも仕事を任された以上は、全力を尽くさねばならないと、アルベールは雑念を振り払った。
なにより、忠義を尽くして戦うと誓った以上、もう後戻りはできないのだと、自分に言い聞かせるアルベールであった。
~ 第二十七話に続く ~
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