第二十五話 情け無用! 悪魔のような聖女の奸計!
もたらされた情報は、反乱軍首脳部を驚天動地に陥れた。
王都ウージェと《五星教》の総本山『星聖山』が“反乱軍”によって襲撃されたのだと言う。
もちろん、そんな事は有り得ない。なにしろ、その二つを攻撃できるようなまとまった数の部隊を、王都圏内に送り込んではいないからだ。
「どういう事だ、それは!? こちらはそんな事をしてはおらんぞ!?」
戦場慣れしているサーディクですら、この狼狽え様だ。他の諸将も推して知るべし。
場は完全に混乱した。
特にその場にいた聖職者の取り乱しようは凄まじく、聖山が燃えたことを怒り、神罰が下ると喚き散らす有様だ。
「落ち着け! ちゃんと全ての報告を聞いてからにしろ!」
騒ぎ立てる中にあって、コルネスはあくまで冷静であり、怒声を発して騒ぐ人々を制圧した。
一応、それで表面的な騒ぎは収まり、使い番に報告を続けるように促した。
「城下にどこからともなく兵士が現れ、反乱軍であることを喧伝し、放火、略奪の限りを尽くしておりました。そして、その軍はブルゴ伯とルーマン伯の旗印を掲げておりました」
途端、視線はその場にいる二人に集中した。
なにしろ、この二名の貴族はコルネスの王都脱出に合わせてそれに同調し、王都の上屋敷を引き払ってきたからだ。
「待て! その二人ではない。彼らは私と一緒に王都を出てきた者だ。時間的に実行は不可能。下手人は彼らではない」
疑いの眼差しを向けられた同調者を、コルネスは即座に擁護した。
実際に、コルネスと同時に陣営参加した以上、時間的には不可能であり、疑いはすぐに晴れた。
そうなってくると次なる疑問は、その愚行は“誰”がやったのかという点になった。
「ふむ……。コルネスよ、どういう事だと思う?」
「はい、殿下、おそらくは“聖女”お得意の“偽旗作戦”ではないかと」
“偽旗作戦”、すなわち、嘘の旗指物を用い、相手を混乱させるやり口だ。
敵も味方も引っかけて騙す、“英雄”松永久秀お得意の戦法であった。
「またか! ええい、あの腐れ外道めが!」
激高したのはカインであった。
かつてのアーソでの騒乱の際、それにまんまとしてやられたのだ。
味方のふりをして近付き、結果としてアーソの地をまんまと掠め取られた経験があるからだ。
全てを知った今となっては、ヒサコの悪辣さが良く分かっていた。
敵も味方も散々に引っ掻き回し、情報を巧みに操作して、美味しいところだけ奪っていった。
ヒサコは“聖女”に非ず。人の心の通わぬ“魔女”なのだと、今では多くの者が確信していた。
「では、聖山の方もそうなのか!?」
「そちらの方の詳細はまだですが、何者かに襲撃され、大聖堂が炎上したのは間違いありません。相当な数の死者が出たとも。また、城下にて法王聖下の遺体が近侍共々見つかっています」
これにはその場の全員、血の気が引いた。
現法王とシガラ公爵家は綿密に連携し、権力を奪取した一蓮托生な関係である。
にも拘らず、“偽旗作戦”にて王都と聖山を傷物にし、それをさらに拡大させるために法王ヨハネスすら殺害したのではないかと疑われるからだ。
いくら効果的とは言え、“法王を殺害する”という行動に出れるなど、とても考えられなかったのだ。
特に、聖職者の狼狽ぶりは見るに堪えないものであった。椅子から転げ落ち、膝をついては天に向かって祈りをささげる始末だ。
彼らとて、ヨハネスに対して恨みはあるが、殺す事までは考えていなかった。あくまで強制退位で、舞台から退場してもらう事を考えていた。
「信徒は信徒の血を求めない」という不文律の掟があり、聖職者はその傾向が特に強い。裏工作で足を引っ張ることはあっても、直接的な暴力はご法度なのだ。
「そ、それと、今一つ大事な報告が……」
ざわつく場に、使い番が恐縮しながら述べた。
まだあるのかとうんざりする思いではあったが、それでも聞かない訳にはいかなかったので、サーディクはすぐに静まるように命じ、話を続けさせた。
「そ、それが、城下の炎上した地区の中にあった旧宰相邸が被災しておりまして」
「なんだと!?」
それを聞くなり、カインは使い番に詰め寄り、その両肩を掴んで詰め寄った。
「そ、それで、そこの住人は、私の娘と孫は!?」
「……遺体で発見されました。現場には女性と女児の死体が“二組”あったと」
僅かな時間を置き、カインはその場に崩れ落ちて何度も地に頭を叩き付け、そして、号泣した。
「これが人間のやることかぁ! 有無を言わさず、幼子すら殺すのか、あの悪魔は!」
旧宰相邸にいるのは、カインの娘であるクレミアと孫のエレナだ。
カインは敵地に娘と孫がいる状態での決起は、できることならやりたくはなかった。
だが、決起できる好機は、シガラ公爵軍が国境に出払っている今しかなかったのだ。
人質に取られる危険もあったが、救出に時間を割いては気を逸する懸念もあった。
実際、帝国軍との戦いは早々と決着がつき、もし家族の身柄を確保してからの決起となれば、手遅れになるところであった。
交渉の道具にされても、最終的には自分の手元に戻って来る。そう考えたからこそ、カインは動いた。
だが、ヒサコは違った。交渉も何も一切なし。裏切り者の家族を容赦なく処断したと言うわけだ。
なお、カインを裏切ったのはそもそもヒサコが先なのだが、それはヒサコにとって“どうでもいい事”であった。
ドゴォンッ!
泣き叫ぶカインの横で、猛烈な勢いで怒りと共に拳が机に振り下ろされた。
音の主はコルネスだ。
先程の冷静沈着な将軍の面影はどこにもなく、怒りを滾らせる表情を浮かべていた。打ち下ろした拳からは血が滲んでおり、尋常でない感情が乗せられているのは明白であった。
そして、幾人かが気付いた。
コルネスの妻はクレミアの側仕えであり、同時にエレナの養育も任されていたという事に。
そして、先程の報告では女性と女児の“二組”の遺体と告げられた。
つまり、コルネスの妻子もまた、その場に居合わせていたという事を示していた。
二人の裏切り者の家族をさっさと処分。それがヒサコの回答であり、交渉の余地など一切なく殲滅するとも受け取れた。
(いよいよ動き出されますか。あの悪魔のような“聖女”ヒサコが)
泣いて、叫んで、感情を吐き出すカインとコルネスを見て、却って冷静になったアルベールであったが、その冷え具合は体どころか心の芯にまで達していた。
かつてヒサコの指揮の下、帝国領に逆侵攻をかけた際、ヒサコは勝つためにありとあらゆる事をやってのけた。
村々を襲って物資を略奪し、人質をずらりと並べて丸焼きにして、怒って突っ込んできた敵軍めがけて銃弾を浴びせた。
相手が帝国の亜人であったので、その時には特になんとも思わなかったが、それが今度は王国の人間でなされようとしているのだ。
そして、ヒサコは何の躊躇いもなく、再び人質をあっさりと丸焼きにしてしまった。
あの悪魔の頭脳が今度はこちらに向かってくる。
そして、それに匹敵する英才である兄ヒーサもまた、じきに戻って来る。
冠絶する知略と、一切の躊躇がない行動力と決断力、それを併せ持った人物が二人もいて、それと戦わねばならないのだ。
(やはり、ルルをあちらに残していて正解であったかな)
ルルの才能を考えると、人質や即処分にするとは考えにくいが、それでも兄として目の前の光景を眺めると心配になってきた。
それ以上に、“英雄”と“聖女”の二人を相手にしなくてはならないと考えると、やはり気が重かった。
だが、今更後戻りはできないと、アルベールは勇気を振り絞り、あの二人に勝つための作戦を練り上げ始めた。
~ 第二十六話に続く ~
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