第二十二話 交渉!? いいえ、ただの一方的な要求です!
まるで道端の花でも摘むかのような、そんな何の抑揚もない動作であった。
手にした剣をシュッと横に一薙ぎ。それで命が一つ散った。
縛られた哀れなる神官は、ヒサコの手によって呆気なく殺された。
そして、何事もなかったかのように、怒りで眉の吊り上がったヨハネスに向き直った。
「ヒサコ……、本当に人の心を持ち合わせておらんのか!?」
「効率を重視した結果ですわよ。こうすれば、聖下は引くも進むもできなくなりますからね」
「実際に殺すこともなかろう! 私は逃げも隠れもせん!」
「いや~、ご立派ご立派。他の高位聖職者でしたら、一目散に逃げだしそうですものね。それ以前に、燃え上がる神殿に、わざわざ飛び込む真似もしませんか」
勇敢で責任感が強いのは間違いないが、それが今回は裏目に出てしまった。
わざわざヒサコが待ち構えている場所に姿を現し、しっかりと人質まで取られた上で交渉に臨まざるを得なくなったのは、組織の長としては迂闊極まる事だ。
もはやそれは交渉ではなく、一方的な要求の場になりそうではあったが、それでも姿勢と尊厳を正しているたたずまいは、ヒサコを感心させるに十分であった。
「まあ、そんな法王聖下には敬意を表し、相応の待遇にて歓待いたしますので、そこはご安心ください」
「そんなものはいらん! それより、人質を解放しろ! 貴様の狙いは私の身柄だと分かったから、縄で縛ってどこへなりと連れていくがいい。だが、その者達は放せ!」
「ん~。どうしようかな~?」
ヒサコは勿体ぶるように今一度、人質をぐるりと見回した。
すでに一名ヒサコに殺されており、ヒサコに向けられる視線は怒りや、あるいは怯える者もいたが、どちらにせよヒサコにとってはもう“無価値”であった。
ヨハネスをおびき寄せ、足止めするのが彼らの役目であり、利用価値であった。その役目は十全に全うされ、もはや法王を捕える段階にまで来た。
生かして帰す理由もないが、今はまだ早いと視線をヨハネスの方へと戻した。
「まあ、いいでしょう。私も血生臭い事はしたくないしね。信徒は信徒の血を求めない、だものね」
ヒサコがパチンと指を鳴らすと、率いていた兵士がヨハネスへと歩み寄り、その体を縄で縛りあげた。
法王を捕縛すると言う前代未聞の出来事ながら、指示を出したヒサコにも、実際に縄で縛る兵士らにも躊躇いと言うものを感じなかった。
「随分と、訓練が施された兵士だな。普通は迷うものだぞ、こういうことは」
「この者達は、私が帝国領に逆侵攻した際、散々活躍した部隊の精兵ですよ。つまり、“殺戮”や“破壊”に手慣れているんですよ。武器を持たぬ蛮族の民の襲い掛かり、命と金品を奪い、村々を焼いては、悲鳴を聞きながら飲み食いをしていた、とても図太い心の持ち主ばかり」
「悪魔の尖兵と言うわけか。よくもまあ、そんな者を揃えたな!」
「必要だから、揃えたのですよ。あの時も役に立ち、今も役に立った。素晴らしいじゃありませんか」
悪びれる風を一切見せないヒサコは、まさに悪魔の軍団長というたたずまいだ。
燃え盛る神殿と縛られた神職、その光景を愉悦と共に眺める女性が、よもやこの国の国母だと誰も信じないであろう。
ここまで“裏表の顔”が乖離している人物と言うのも稀であろう。
「ヒサコ、一つ確認しておきたいことがある」
「なんでしょうか? 法王聖下の御下問とあれば、誠心誠意お答えいたしますわ」
心にもない事を言うヒサコには、怒りがたまる一方のヨハネスではあったが、すでにしっかりと縄で縛られていた。
堂々たる立ち振る舞いにて、矜持を示す以外になかったが、ヒサコはそれを鼻で笑っているかのようであった。
「城下町への付け火、あれもお前の仕業だな?」
「はい、その通りです」
「……そうか、やはりなのだな。ヒサコ、この騒動で反乱軍に濡れ衣を着せ、王都を制圧し辛くさせるのが目的か!?」
「はい、正解! さすがは聖下、理解が早くて、説明の手間が省けますわ」
やはり実力でのし上がってきた者は違うなと、ヒサコは素直に感心して拍手を贈った。
その態度がどうにも癪に障り、ヨハネスをさらに苛立たせたが、ヒサコはそれに意に介することなくニヤつくだけであった。
「当初は籠城戦を想定していましたが、ヨハネスが抜けた穴が大きくてね。しかも、寝返る者も出てきました。これでは引き籠りもままなりませんので、敢えて野戦に引きずり込むことを考えました」
「王都、聖山への襲撃を反乱軍の攻撃として、“法王”と“宰相夫人”を殺した事にすれば、反感を覚える者が多くなり、王都制圧に支障が出ることとなる。それを解消するには、ヒサコ、お前を捕縛して裏の事情を吐かせる必要が出てくる。反乱成功の鍵は、やはりヒサコとマチャシュ陛下の捕縛にこそある、そう認識させるのだな!?」
「ええ。あとはあたし自身を囮にして反乱軍を引き付け、追いかけっこをしながら、お兄様の到着を待つと言う寸法です。籠城戦だと、逃げ場を失いますからね。動き回れる撤退戦の方がマシと言うわけです。本隊と合流さえしてしまえば、野戦で互角以上にやり合えますからね」
「理屈ではそうだ。だが、王都や聖山を焼き払い、何人もの住人を殺す必要があったのか!?」
「はい。効率重視ですからね。派手に見せかけるための演出です、演出! 労少なくして勝つための、いわゆる“巻き添え被害”と言うやつですわ」
「無理やり巻き込むことをそういう風には言わん!」
ヨハネスは目の前の女が、やはりとんでもない策士であることを今更ながらに実感した。
その強さの秘密は、常人ならば使わないような外道な手法すら、躊躇なく用いてしまえる“図太さ”にこそある。そう感じ取った。
初めて出会ったのは、『シガラ公爵毒殺事件』の御前聴取の席だが、その時から違和感を覚えるほどの知略の冴えを見てきた。
権力を握り、立場を強化される度にその枷がなくなり、いよいよ本当に手に負えなくなる“化け物”が生み出されたのではないかと、直感がそう警告を発していた。
「まあ、法王聖下には使い道がありますので、“今”は死んだことにしておきますので、御隠れになっていてください。すでに偽の死体は調達済み。マリューとスーラが上手くやってくれますわ」
「あの二人もグルか……。いや、むしろ当然か」
そうなると、王都に残してしまった近侍達の安全も絶望的だと、ヨハネスは後悔した。
自分が死んだ事を偽装するための、小道具にすることだろう。“本物”の近侍の死体の横に、“偽者”の自分の死体を置いておけば、事情を知らぬ者を誤認させることは容易であった。
少なくとも、数日は時間が稼げる。その数日で事を決してしまおう、それがヒサコの考えであった。
反乱軍さえ蹴散らしてしまえば、あとは強引にもみ消してしまえばいい。敵さえいなくなれば、取り繕う事など造作もないのだ。
「と言うわけで、聖下は大人しくしてくださいね。先程も言いましたが、身柄は丁重に扱います。あなた様に対しては、拘束以外の事は一切いたしませんので」
「ヒサコ……、貴様、ろくな死に方はせんぞ」
「いや~、前に死んだときは、爆薬で木っ端微塵でしたので、それ以上の散り様、期待しているのですよ」
「…………? どういう意味だ、それは?」
「いずれお話しますわ。んじゃ、新居の方に案内して差し上げて」
ヒサコが部下に指示を出すと、数名の兵士がヨハネスを抱えてどこかへ行ってしまった。
これで聖山での状況操作は終わったなと、ヒサコはまずは安堵した。
そして、仕上げに取り掛かった。
「んじゃ、ここにいる連中は“撫で斬り”って事で」
そして、再び地獄が始まった。
人質になっていた百名に及ぶ神職達を、兵士らが次々と殺していったのだ。
剣で斬られ、あるいは矢で疲れ、どうにか逃げようとするも、背中を矢で射られ、悲鳴と炎の燃え上がる音のハーモニーが聖なる山を染め上げた。
信徒の血肉で汚され、炎によって灰となり、その怨念、無念が邪神の台座と言われる影の湖に吸われ、歓喜の声が聞こえて来るかのようであった。
あまりに凄惨な光景に、その場にいた女神は思わず顔を背け、そして、意を決してヒサコに詰め寄った。
「あんたさあ、ここまでする必要あるの!?」
「あるからやっているのよ。舞台裏を隠しておくのは当然でしょ? ここの連中に箝口令なんか無意味なんだし、この状況を隠匿するには“殺す”以外に方法はないの。死人に口なし、でしょ?」
「この人達には罪はないでしょ!?」
「罪はなくとも、理由はある。派手な演出のための小道具として、ね。あとはこれを反乱軍がやったと喧伝するだけ。その情報操作は、すでにマリューとスーラに任せているから、まあ、問題ないでしょう」
「そこまでする!? しかも、宰相夫人まで殺して!」
そう、城下で起こした火災にかこつけて、旧宰相邸も焼け落ちた。そこの住人諸共である。
亡き宰相ジェイクと妻クレミアと、その娘エレナは炎に放り込んだ。
梟雄にそのあたりは手抜かりなどないのだ。
「何を言っているの? “人質”が敵方の手元にいるのに謀反を起こすって事は、“それ”を諦めるって事と同義なのよ。殺されたって文句は言えないわ」
「だ、だからって、何も一歳の幼児まで殺さなくても!」
「後腐れなくしてあげただけよ。まあ、これでアーソの領主一家は血縁が途絶え、名実ともに公爵家の物ってことになるしね」
「あなたに痛む心は持ち合わせてないの!?」
「そんなものはとっくに失っているわよ。孫を見殺しにしたあの時からね」
ヒサコの中身である松永久秀は、かつて孫を“実質的に”見殺しにしたことがあった。
織田信長の下へ人質として差し出していたのだが、にも拘らず謀反を起こした。
なお、信長も信長でその人質を殺してから、久秀と交渉に臨むというあたり、こちらもなかなかのものである。
しかも「平蜘蛛茶釜を差し出せば不問にする」という文言を添えて。
そう、松永久秀と言う男はとっくの昔に壊れているのだ。ただただ、自分のやりたいようにやりたいと言う、我欲の塊と化していた。
満たされることなき一を求めて彷徨うだけの、幽鬼にも等しい存在なのだ。
そんな存在を“英雄”にしてしまったのは、女神のミスでしかない。
「ああ、懐かしいな~。東大寺に延暦寺、普段澄ましている生臭坊主共が泣き叫ぶ姿は、世界が変わろうとも心に染み入るわ」
地獄と化した聖なる山も、ヒサコにとっては昔の思い出を呼び起こす小道具に過ぎなかった。
これから魔王と戦おうというのに、これではこっちが魔王だと、テアはただ頭を抱えて悩むだけであった。
神でありながら、何と無力なのだろうか。そう思わずにはいられなかった。
~ 第二十三話に続く ~
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