第二十一話 神の啓示! 極悪非道は神よりの指示!?
縄で縛られ、ずらりと並べられた神職の人々。その数は百に達するほどの数がいた。
それらは全てが人質だ。その後ろに得物を握る兵士がこれまたずらりと並んでおり、指示一つで命を絶つ事さえできた。
「さあ、“お話合い”と行きましょうか」
人質の一人の頬をペシペシ軽く叩き、その上で会談を要求したのはヒサコだ。
そして、その交渉相手は、法王ヨハネスである。
ヒサコの後ろには燃え上がる神殿があり、まるで《五星教》の崩壊を見せ付けているかのようであった。
「ヒサコ……、このような事をして、ただで済むと思っているのか?」
「思っていますよ。だって、これだけ罰当たりな事をしているというのに、神様、反応ありませんね。あたしの頭上に雷の一つでも落として欲しいものですわ。存在感ないですよ、存在感が! ねえ、そう思わない?」
そう言ってヒサコが話を振ったのは、側に控えていたテアだ。
神に向かって、存在感ないですよと暴言を吐いたのだが、言い返す言葉がないのもまた事実であった。
神としての力はほぼ封じられ、かと言ってこの口八丁手八丁の頭の良いクズを言い負かす術もなかった。
そのため、テアにできる事はそっぽを向いて、視線を外すくらいなものだ。
「なにやら、神に恨みでもあるかのような物言いだな。信仰心の欠片もないのに、よもやそこまで悪態付けるとは!」
「神に対する敬意は全くありませんわね。でも、神の存在は認めます」
「ほう……。それは奇妙な事だ。敬う心無く、それでいて神の存在を信じるとは滑稽な」
「滑稽と言うほどのものでもないですわ。実際に、会ったことがありますので」
事実、ヒサコは神に会って会話までしている。それどころか、すぐ側にいる。
神の事を何とも思っていないし、せいぜいこの世界で“遊ぶ”ための許可証くらいの認識であった。
できれば、“抱かせろ”とも思っていたが、随分と身持ちが硬く、未だ成功していない。
「会った上でなおも神徳を感じず、人の心を消したような所業を成すか!」
「だって、その神様がそう言ったんですもの。『人の心なんて不要だ』ってね」
「そ、そんな事言って……、あい、う、なんでもないです」
二人の会話に割って入ろうとして、テアは慌てて言葉を引っ込めた。
ヨハネスは不審に思いつつも、会話を続けた。
「人の心が不要、か。それは神ではなく、悪魔の類ではないか?」
「さあ? 少なくとも、そいつは自分の事を神様だって名乗っていたわよ。見習いではあるけど」
「見習いとは片腹痛し。神は神であり、未熟な存在ではない。完全無欠であるからこそ、神なのだ」
「だから、当人は見習いだって名乗ったんでしょうね。力はともかく、頭の方は弱いから」
「神の英知を持たぬ、力だけの存在か。やはり悪魔だな」
「悪魔だったら猶の事、頭が切れるわよ。何と言うかね、人間臭い」
体感時間で一年と数カ月共に行動してきたが、どうにも神様らしいと思ったことがあまりない。
力があるなら手を貸せよ、と言いたい事が何度もあったが、あくまで見ているだけである。
拝んで御利益のない存在など、松永久秀にとっては神ではなく、たんなる置物でしかないのだ。
「それで、ヒサコよ、その自称・神とやらにあったと言うのであれば、何をされたのだ?」
「『平蜘蛛』を捨てられた。だから、人の心を無くした」
ヒサコより発せられたその言葉は、テアの心にグサリと突き刺さった。
自分の不注意で捨ててしまった茶釜の事を、一時も忘れず、なおも拘っているのだ。
松永久秀、愛蔵の名物である。これについては妥協の一切が存在しない。
(あれの事をまだ根に持ってるの!? 執念深いわね、本当に!)
テアは呆れると同時に、この件では何も言い返せない事を知っていた。
あれは完全に自分の迂闊な行動が原因であり、何を言われようと言い返すことができないのだ。
できるとすれば、それは『平蜘蛛茶釜』をちゃんと返した時であるが、この世界には存在しない物である。
つまり、この世界を出るまでは、女神は英雄の意に逆らえないのだ。
そんなテアの心中を読んだのか、愉悦全開の笑みでヒサコはテアの方を振り向いてきた。
「ねえ、テア、神の奇跡とか、あるいは啓示とか、信じるかしら?」
「そりゃねぇ。信じる、と答えましょうか」
なにしろ、自分自身がそれを成す側である。信じる信じないの話ですらなかった。
「人はね、不可思議な現象を神の奇跡や、あるいは悪魔の仕業なんて解釈するのよ。人の手で起こせない事象なんて、そんな超越的な存在の干渉がないとできないと判断するから」
「そうですね」
「でも、そこに“齟齬”が生じる。真っ向直言なお言葉でもいただければいいんだけど、そんな分かりやすい奇跡や啓示なんであるわけがない。勿体ぶって、ちょっと分かりにくい言葉を選んじゃうからね、雰囲気作りに」
「う~ん、そうかな? そうかも……」
「多分、神様当人に問うたら『そんなつもりはなかった』とか言いそうだけど、敢えて言わせてもらうわね。『平蜘蛛』を捨てた、否、捨てられた、神の手によって。ゆえにあたしは『心を捨てろ』という意味を神様からの啓示として受け取った。だから、あたしは心を捨てて今に至る。人でなし、腐れ外道と思うのであれば、『そうあれかし』と述べた神様に言って欲しいわ」
「そ、それは違うんじゃないかな……?」
「神様は天から人を見下ろしている。同時に人もまた地上から天を見上げて、神様を感じる。一挙手一投足を見ているのは、何も神様だけじゃない。人もまた、神を感じて勝手に解釈するんだもの。解釈の余地を与えない、丁寧な啓示でも欲しいわね」
なんともわがままな発言であるが、これもまたテアは言い返す術がなかった。
なにしろ、その人間の内から“松永久秀”という人物を選び、この世界に送り込んだのは自分自身。
しかも、「やり方は任せる」という承認を、わざわざ口頭で交わしたのも自分自身。
おまけに、“しこり”になっている『平蜘蛛・不燃物ゴミ出し事件』をやらかしたのも自分自身。
何もかもが自分自身に返ってくるため、目の前の英雄がいかなる悪行を積もうとも、それを容認しなくてはならないという最悪の状況なのだ。
(結局、全部私自身のせいじゃん! この世界の混乱は!)
テアは今までの迂闊な言動を全てにおいて後悔したが、すでに後の祭りである。
好き放題やって良いと言って、英雄が本当に好き放題で大暴れしてしまった。
しかも、黒衣の司祭カシン=コジの言を信じるのであれば、ヒーサのやらかしの結果、世界の破滅を一歩ずつ進んでいる状態にまでなってしまったと言う事だ。
何もかもが、自分自身に跳ね返ってしまった。
テアは頭を抱えて悶絶し始めたが、ヒサコはそれを鼻で笑い、それから視線をヨハネスに戻した。
「と言うわけで、あたしは神様に会って、直々の天啓を賜り、『好き放題やってよろしい』という直筆の免罪符まで貰っているのよ。だから、あたしには人の心がない。どんなことでもやれるし、後悔もない。ご理解いただけましたか、法王聖下?」
「理解も納得もできんな。単なる口からの出まかせにしか聞こえん。仮に本当に神との邂逅あったとしても、それは名も無き闇を統べる邪神ではないのか?」
「あぁ~、なるほど。そういう考えもあるわね。邪神、邪神かぁ~。案外そうかも! 何しろ名無しなんだし、偽名を名乗って現れたら分からないでしょうからね」
もちろん、テアはそれを全力で否定したいが、ヒサコには何を行っても無駄であろうし、ヨハネスに対しても『私は神です』などと名乗る事すらできないのだ。
結局、見守る事しかできない“神の立場”が、なんとも言えない歯痒さを生み出していた。
「さて、そんな邪神のお墨付きを貰ったあたしが、今からやる事、分かっているでしょうね?」
ヒサコがスッと手を挙げると、それに兵士達も反応して武器を構えた。
その狙う先には、縄で縛られた動けなくなっている神職百名が並べられており、合図一つでその命が失われるのは明白であった。
人質を取られ、身動きが取れないヨハネスは、ヒサコを睨み付けるしかできなかった。
「本当に人の心を失ったのだな、ヒサコ!」
「少なくとも、この世に生を受けた段階で」
「邪神に魂を売り払うとは、それに気付けなかった自分の洞察力も腹立たしいくらいだ!」
「別に魂を売ったとかはしてないわよ。『汝、己が欲する事を成せ』とお墨付きを貰ったから、本当にそうしているだけだもの」
「この外道めが!」
「敗者の弁は勝者の愉悦を呼び起こすだけですよ、聖下」
そう言って、ヒサコは腰に帯びていた剣を抜き、適当に近くにいた神官の鼻先に剣を突き付けた。
怯えて悲鳴を上げる人質に、ヒサコはニヤリと笑って返した。
「さて、聖下、誠に不本意な事でありましょうが、あたしに囚われの身になっていただきましょう。もちろん、断ってこの場から逃げようものなら、お分かりでしょうね?」
炎に照らされるヒサコの刃が、シュッと払われた。
そして、その一撃が人質の首を捉え、鮮血を勢いよく吹き出し、血だまりの中へとその身を沈めた。
怒声と悲鳴が入り混じる中、ヒサコは返り血を袖で拭い、次なる獲物に剣を向けた。
~ 第二十二話に続く ~
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