第二十話 聖山炎上! 悪魔は人質で法王を脅迫す!
馬を駆ってで王宮を飛び出したヨハネスは、炎上する城下町を横目に、大通りを駆け抜けていた。
騒ぎを抑えようとする兵士、火事の野次馬や、あるいは逃げる人々、通りは想定以上にごった返しており、馬の足を抑えねばならなくなるほどだ。
「クッ……! 好き放題暴れているな。王都警備兵、急ぐのだぞ!」
略奪者達はあちこちに火を放ち、逃げ惑う人々に襲い掛かっては金品を強奪しているようで、方々から叫び声が響いていた。
暴徒の実数は把握できていないが、それでも戦場を何度も渡り歩いたヨハネスである。肌でなんとなしに感じる事ができ、鎮圧するには少し骨が折れるぞと思い至った。
そして、ヨハネスの視線はこれまた燃え上がっている地区に向けられた。その辺りには貴族や富豪の邸宅が立ち並ぶ地区だ
そこにはかつての宰相ジェイクの屋敷であり、今はその奥方のクレミアと娘のクレアが住んでいる。
「これでは安否の確認は無理だな。王都警備兵が暴徒をさっさと鎮圧して、それからの捜索となるか」
ヨハネスは二人の事をすぐに頭の中から追い出し、再び馬を進ませた。
切羽詰まった状況でなければ、下馬して詳しく状況確認や叛徒の鎮圧を行いたいところであるが、聖山も襲撃を受けている以上、そちらを捨て置く事はできなかった。
なにしろ、『星聖山』は《五星教》の総本山であり、自身はその最高位である法王なのだ。
危機に際してこれに動かなければ、無責任に過ぎると言うものだ。
焦る気持ちがさらに馬に鞭を入れさせ、どうにか混雑する地区を抜けると、一気に街道を走り抜けた。
その途中、街道沿いの村々では異変に気付いた住民らが慌てている様も見受けられたが、特に何かしようと言う動きはない。
膝をつき、燃える山に向かって祈るだけであった。
「祈るだけでは神には届かないぞ。膝を折っては前には進めぬ。印を組む手に、時として武器を持たねばならぬ事もあるのだ」
神への祈り自体を軽視するつもりはないが、それだけではだめだと言う事もヨハネスは知っていた。
幾度となく前線に赴いては、蛮族との戦いを見てきたからこそ分かるのだ。祈りも言葉も通じぬ相手がこの世には存在して、そういう輩は欲望の赴くままに行動すると。
ならば、どうすればいいか?
何のことは無い。拳で分からせてやればいいだけなのだ。
そして、叛徒を相手に今それを実行すべきなのだと言う事も、ヨハネスは理解していた。
「と言っても、攻撃の術式は得手とは言い難いのだがな」
ヨハネスは治癒系統の術式であれば、文句なしで国内一と言ってもよかった。
また、〈真実の耳〉を始めとする補助系統の術式も相当な腕前であり、こちらの評判も高い。
だが、そうした事もあって最前線で戦う事には慣れてはいなかった。補助・回復役としては優秀でも、前に出て戦うタイプではないのだ。
その点は重々承知しているのだが、聖山に降りかかる火の手を捨て置く事もできなった。
とにかく急げと、ヨハネスは再び馬に鞭を入れ、急がせた。
***
「クッ……、何たる事か!」
ヨハネスはどうにか表参道に到着し、見慣れた大階段の前に到着したのだが、そこにはいくつもの死体が転がっていた。
警備の兵士や神職のそれであり、当然ながらその全員が完全に事切れていた。
やはり襲撃されたのだとそれで確信し、逸る気持ちを抱えながら大階段を大急ぎで駆け上がった。
そして、山上にある見慣れた正面の大聖堂に到着した。すでに勢いよく燃えており、建物の周りには倒れている神官が幾人も見られた。
その数は十や二十で済む数ではなく、更なる怒りが魂の奥底から発せられた。
周囲を見渡すと、息のある者を見つけ、急いでそれに治癒の術式をかけた。
「しっかりしろ! 一体何があったのだ!?」
「ほ、法王聖下、お、お逃げください。これは悪魔の仕業です。その悪魔の名は」
言い終わる前に矢が飛んできて、神官の頭を貫いた。
ヨハネスは物言わぬ躯となった部下を放り出し、すぐに矢の飛んできた方角を振り向くと、そこには軽装の兵が数十名立っていた。
丁度ヨハネスのいる地点を中心に半包囲する隊列を組んでおり、しかもその半数が弩を構えていた。
「き、貴様ら……!」
この山の惨状を誰が成したのかは自明であったが、誰の指示によるものかは判別できなかった。
普通の軍隊や私兵団であれば、所属を表す何かしらの印があるのが常だ。旗指物であったり、あるいは馬印、腕章などがそれにあたる。
だが、そうした物に該当する印章の類がない。少なくとも、目の前の一団には、だ。
所属がバレては困る、後ろ暗い連中であることだけは確かだ。
「どこの手の者だ、貴様らは!」
「あたしの手の者ですよ」
兵士らの間をかき分け、前に出てきたのは頭巾を被った“女性”であった。
そして、その声色に聞き覚えのあったヨハネスは、これ以上に無い程に怒り狂った。
「何のつもりだ、ヒサコ!」
「はい、正解! ああ、それと、ちゃんと“国母”と呼んで欲しいわね」
頭巾をサッと脱ぎ去ると、そこにはヒサコの顔が現れた。
燃え盛る聖堂に照らされるその顔は、まさに悪魔的な愉悦に浸る笑顔であった。
「いや~、普段は悦に浸る坊主が、燃え盛る寺院の前で絶望の中へと崩れ落ちる姿を見るのは、本当に痛快だわ」
「悪魔か、貴様は!?」
「いいえ。あたしは人間ですよ。ただちょっと“神”に対する認識が、あなたとあたしで違うだけ」
「かかる暴挙を成しながら、何を抜かすか! 祈りも信仰もなく、神を語ろうなどとは!」
「そうね、あたしには神への信仰はないわ。だって、あたしにとっては、“神”なんて恨みと恩義を天秤にかけると、恨みの方が大きいからね。ゆえに、信じる対象ではなく、利用する存在でしかないわ」
そう言うと、ヒサコは側に控えていたテアに視線を向けた。
その場に神がいると言うのに、なんとも不信心極まりない発言であり、テアも思わず睨み返してしまったほどだ。
「なんと不遜な考えか! 遥か天上に存在する尊き存在に対して、利用するなどと!」
「あら、それをあなたが、教団が言いますか? 神の奇跡だの、恩寵だなどと宣いながら、民草から絞り上げてきた教団が?」
これにはヨハネスも返答に詰まった。
ヒサコの発言は紛れもない事実であるからだ。
教団幹部も、あるいは地方の神殿も、神の名において民衆から搾取をしてきた事は間違いなく、その一端を担っていたのも、また自分自身であったからだ。
その現状に目を瞑り、中央より離れていたのは、間違いなく“逃げ”であった。悪徳に目を瞑る事もまた、悪徳であるのだ。
それを認識すればこそ、ヨハネスはヒーサやジェイクの言う教団の改革に乗り出し、これに全面的な協力を約したのだ。
そうして法王と言う確たる地位を手にし、改革に取り組んできた。
既得権益を犯されるのを嫌った守旧派からは連日の攻撃や嫌がらせもあるが、それでもめげずにやって来たのがヨハネスだ。
だが、あろうことか、教団そのものを灰にする所業を、ヒーサの妹ヒサコが仕掛けてきた。
これにヒーサが噛んでいるのか?
あるいはヒサコの独断か?
そもそもの目的は何だ?
ヨハネスの頭には次々と疑問が浮かんできて、目の前の悪魔にどう対処すべきか悩みに悩んだ。
だが、悪魔はその考える時間も、問答に応じる素振りすら見せなかった。
代わりに見せつけてきたのは、“人質”であった。
「はぁ~い、皆さん、並んで並んで~♪」
兵士らに引っ立てられて神職がぞろぞろと現われ、それをヨハネスに見せつけた。その数は実に百名を超えており、本当に聖山が制圧されたのだと言う事を嫌でも見せ付けていた。
「せ、聖下! 申し訳ございません!」
幾人かの神官から、ヨハネスの姿を確認し、それに対して詫びの言葉が飛んだ。
だが、引っ立ててきた兵士がそれを殴打し、すぐに黙らせた。
鼻や口から血が吹き出し、地面に顔から落とされ、更に踏みつけられた。
「止めろ!」
ヨハネスの叫びに、兵士らは暴行を一旦止めた。
そして、指示を仰ぐべくヒサコに視線が集中した。
さて舞台は整ったぞと、ヒサコは腰に帯びていた剣を抜き、その切っ先を手近な人質に向けた。
「さて、法王聖下、“お話合い”と参りましょうか」
人質をずらりと並べてからの“お話合い”。それが意味する事を、ヨハネスは知っていた。
それは一方的な要求、あるいは服従を意味していることを。
ヨハネスにはもはや、虚勢を張りつつヒサコを睨み返す事しかできなかった。
~ 第二十一話に続く ~
“松永久秀の三悪”と俗に呼ばれるものがあります。
信長が家康に久秀を紹介する際に、「常人では成し得ぬ悪事を三つもやった男」と述べた。
・ 主家である三好家を乗っ取った事。
・ 室町将軍・足利義輝を弑逆した事。
・ 東大寺の大仏を焼き払った事。
まあ、実際のところは事情が色々あってこうなったと言うだけで、ガチで最初から狙ってやったわけではないんですが、松永久秀の悪役っぷりを喧伝するのには、これ以上に無いストーリーですよね。
で、本作でも形を変えて“三悪”をやろうと最初期から考えていたんですが、ようやく最後の案件を作中に出せました。
どうやって大寺院を焼き払おうかとずっと考えていたんですが、今回でなんとかなりました。
この世界での久秀の三悪、親殺しからの家督強奪、偽装出産からの王家乗っ取り、そして、国教総本山への襲撃、これにて成りました。
感無量!(ぉぃ
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ヾ(*´∀`*)ノ




