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第十七話  ヤバい三人組!? 密偵頭はかく語りき!

 カウラ伯爵ティースは、その日、結婚してシガラ公爵ヒーサと夫婦となった。結婚と言えば聞こえはいいが、相手は格上なうえに、『シガラ公爵毒殺事件』によって伯爵家が公爵家にもたらした損害を考えると、慰謝料代わりに“領地”と“自分自身”を差し出したに等しい状態であった。

 唯一の救いは、夫となったヒーサが極めて誠実で、温厚な人格者であったことだ。自身に対しても、伯爵家に対しても、できうる限りの配慮をしてくれており、思っていたほど無碍な扱いは今のところ回避できているところであった。

 とはいえ、結婚初夜をいきなり別居というのは、さすがにいただけないことであった。

 今、ティースは馬車に乗り、公爵家の上屋敷を出立して、伯爵家の上屋敷に向かっているところだ。寂しいとは思わないが、年配の侍女などから伝え聞いていた“結婚初夜”の話とは全然違うので、少しばかり困惑していた。

 だが、それ以上に困惑していたのは、目の前の女性に対してであった。

 馬車には現在、自分を含めて二名が乗り込んでおり、対面に座る形で乗っているのが、専属侍女のナルであった。

 ナルはティースの専属侍女ということになっているが、それは仮の姿であり、本来の肩書はカウラ伯爵家の“密偵頭”なのだ。伯爵家の陰に潜み、情報収集から暗殺、破壊工作まで幅広く行う、貴族社会の裏側に生きる闇そのものなのである。

 実際、多くの貴族はそうした裏仕事を専門に扱う人物を抱えている場合が多く、彼女の実家が代々カウラ伯爵家の裏仕事を引き受けてきたのだ。

 なお、実際はナルの父親が本来の密偵頭であり、彼女は跡取りではあったが、あくまで一工作員に過ぎなかった。にも拘らず、密偵頭の地位を引き継いだのは、今回の毒殺事件のせいであった。

 事件当初、ナルの父親は間の悪いことに病気で寝込んでしまい、しかもナル自身も別件の調査で伯爵家を離れている状態であった。一時的とはいえ、防諜能力が極端に低下したタイミングで、よりにもよってあの事件が起きたのである。

 自分がいれば防げた、と考えたナルの父親は気を病んでしまい、病状を悪化させてしまった。回復の見込みはとんとなく、密偵部はますます身動きが取れない状態となった。

 そのため、窮余の一策として、娘のナルにすべてを任せる意味で、密偵頭の地位を継承させ、現在に至っていた。

 そして、そのナルはティースが心配するほどに落ち込んでいた。


「ええっと、ナル、大丈夫?」


「……大丈夫ではありません」


「あ、大丈夫じゃないんだ」


 ここまで気落ちするナルも珍しいなと、ティースは思った。目の前にいる最も信頼する家臣が、ここまで屈辱と不甲斐なさに打ちひしがれている表情を浮かべるのは、少なくとも記憶にはなかった。

 ナルはティースより二つほど年上で、特に裏仕事がないときはティースの侍女として側近くにいて、時には狩猟に随伴したり、あるいは剣術や馬術の鍛錬を共に励んだりと、主従と言うより友人に近いほどに親密であった。


「ナル、今は誰も聞いてないんだし、崩してもらっていいわよ」


「では、お言葉に甘えて、愚痴ってもいいですか?」


「ええ、聞きましょう」


 どうせ先程の一幕の話であるので、ティースとしても興味があった。自分の最も信頼する家臣であり、現在の密偵頭である者の言葉なので、是非とも聞いておかねばならなかった。

 スゥ~っと深く呼吸し、ナルは大声で叫んだ。


「なんなんですか、あの“三人”は!?」


「え? 三人?」


 ナルの言葉にティースは困惑した。三人ということは、ヒーサ、ヒサコに加えて、後ろに控えていた侍女も含まれるからだ。

 ナルが時折、殺気を放って威圧していたのは知っていたが、侍女テアの方にも放っていたとは思ってもみなかった。


「・・とりあえず、ヤバい方とヤバくない方、どちら順で私の人物評、聞きますか?」


 崩していいと言ったので、口調も主従のそれから友人的な立ち位置になっていた。こちらの方が話しやすいし、本音も聞けるので、一向に構わなかったが、冷や汗をかいているナルの表情は、思い切り曇っていた。

 どれだけの評が聞けるのかと逆に気になり、ティースは頷いて応じた。


「なら、ヤバくない方からで」


「ではまず、ヒサコですが」


「あ、ヒサコが一番マシなんだ」


 その順番はティースにとって意外であった。自分を散々やり込めた義理の妹が、あの中で一番マシとは、他の二人はどれほどなのかと戦慄した。


「御前聴取の時は、その機転の良さや会話の組み立て方など、相当な知恵者だという雰囲気でしたが、今日一日の動きは意志を感じさせないほど、機械的に感じました。無理やり歯車を回されているような、そういうぎこちなさですね」


「ふ~ん。なら、場所や人目によって、態度をころころ変えるってことかしら?」


「感情を殺している、というよりは感じないと言った方が近いでしょうか。強いて言えば、今日のヒサコはまるで大きな人形でも見ているような……」


「あれだけ、ペっちゃくっちゃ喋ってたのに!?」


「う~ん、私の感覚が狂っている、かもしれません。どうもあの三人に関わるようになってから、色々と乱されている感覚がひどくて……。ああ、これでは密偵頭、失格です!」


 ナルは頭を抱えて悩み、年頃の乙女が発してはいけないような呻き声を上げた。密偵頭の地位を父から継承し、多少気負っているとはいえ、こうも押しつぶされそうなナルを見るのは、ティースも初めてであった。

 普段なら、余裕で自信ある態度を取り、難題が降っかかってこようとも、そうした姿勢を崩さず、平静を保っていた。しかし、今はそれが完全に消え失せていた。


「ま、まあ、次! 次の人、話して!」


「次は、ヒーサなのですが」


「はぁ? ちょいちょい、次にヒーサってことは、一番ヤバいのがあのテアとかいう侍女!?」


 ナルの考えている順番は、ティースの予想の真逆を行っていた。ティースの予想はテア、ヒーサ、ヒサコであるのに対し、ナルの評価では、ヒサコ、ヒーサ、テアの順なのだ。

 そもそも、これといった動きを見せていない侍女が、なぜナルがここまで警戒するのか、全く見えてこなかった。

 ヒーサ、ヒサコ兄妹のヤバさはティースもある程度は理解していた。方向性が真逆とはいえ、すべてを見透かしたような観察力に洞察力、それを余すことなく使い切り、心の隙間に入り込んでくる弁舌や話術、目の当たりにした身の上としては、あの二人に警戒しない方がおかしかった。

 だが、目の前の従者は、特に動きがなかった相手方の侍女こそヤバい、そう断じたのだ。


「ま、まあ、とりあえず、ヒーサの事を聞きましょうか」


「はっきり言いますと、ヒーサは別次元の存在です。裏仕事で様々な人間を見てきましたが、あれほど恐ろしいと感じた人物はいません。ティース様と同い年などとは、到底思えません。どこをどう鍛えて、どんな十七年を過ごせばああなるのか、直接問いただしたいくらいです!


「そ、そう……」


 何かに怯えるように語るナルであったが、ティースにはいまいちピンとこなかった。

 敵意むき出しのヒサコと違い、ヒーサはティースに対して敬意と配慮を示してくれていた。実質、吸収されたと言っても、伯爵家の当主として丁重に接してくれていた。

 だからこそ、ティースはヒーサに対して、多少は好意的に評価するようになっていた。それがなにかしらの打算によるものだとしても、いきなりすべてを奪いに来るような粗雑な輩であれば、ティースも心を開くことも、好意を持つこともなかったであろう。

 しかし、目の前の密偵頭が言うには、それはすべてがまやかしなのだと言う。


「ヒサコが私の暗器について講釈してましたが、あれを見抜いたのは、おそらくヒーサでしょう」


「そうなの!?」


「ええ、間違いなく」


 ナルがスカートを捲し上げると、程よく鍛え上げられた両足があらわになった。両足にはそれぞれベルトにより取り付けられた剣が見え、右腿には刃砕剣ソードブレイカー、左腿には盾剣マンゴーシュが身に付けられていた。


「こいつらや鎖帷子チェインメイルなら、そこそこの目利きがあれば判別できるでしょう。ですが、あちこちに隠した暗器や小道具、果ては髪留めに擬態させた爆弾にまで気付くなんて、同業者アサシン以外にありえません。つまり、私のヒーサの評は、“公爵の地位を持つ医者の仮面を被った暗殺者”です! 擬態が完璧すぎて、一切のボロが出ていませんが、それゆえに導き出した私なりの結論です」


「……ナル、あなた、疲れてない?」


「かもしれません。自分でも何を口走っているだと、考えたくなるような評価ですよ」


 実際、ナルにしろ、ティースにしろ、ヒーサへの評価は、事件当初に比べて大きく改善していると言ってもよい。最初は犯人扱いであったが、今は容疑者リストから外れかかっているほどに、二人からの信を得始めていた。

 それを差し引いても、ナルによるヒーサへの評価は辛辣を極めた。それほどまでにヒーサと言う存在が不気味であり、怖くもあるのだ。


「で、それ以上のヤバい評価を得ている、テアって侍女はどうなの?」


「……人間じゃないです」


「はぁ!?」


 またしてもとんでもない評に、ティースも目を丸くした。


「ナル、疲れているどころか、頭大丈夫!?」


「言いたいことは分かりますよ。でも、そうじゃないと説明がつかないんですよ」


 ナルの焦りも最高潮だ。自分でも訳が分からず、汗だけが流れ落ちた。


「ティース様、私があちら側に殺気をわざと飛ばしていたのはご存じですね?」


「そりゃあんだけバカスカ撃ち込んでたら、誰だって気付くわよ」


「それに対する反応は、ヒサコは真正面から投げ返してきました。一方でヒーサは、笑って流してしまいました。そして、テアは“何もなかった”んですよ」


「……え? あの殺気を正面から受けて、なんの反応もなし!?」


 暗殺者アサシンが標的を始末する際は、当然ながら気配を消す。そして、機械的に殺す。それが普段のやり方だ。

 だが、今回は表の仕事であるため、あえて前面に殺気を出し、三人を計ってみたのだ。

 結果、ヒサコは投げ返し、ヒーサは流し、テアは何の反応も示さなかった。


「あんなの喰らったら、常人なら訳も分からずビビッて下がるか、腰抜かすわよ!」


「そう考えたから、思い切り威圧したんですよ。でも、反応なし。何度やっても、空気を手で押しているような感覚なんです。鈍いとかじゃなくて、確実に命中しているんですけど、突き抜けていくんですよ。まるで遥かな高みから試されているような」


「神か、悪魔か、あの女は!?」


「訳が分からないからこそ、ヤバいと言っているのです!」


 混乱する二人であったが、これには理由があった。

 テアニンという女神はカメリアという世界に降臨した際に、本来の力を使わないように制限されている。

 その反面、召喚した英雄に付き添わなければならないため、防御性能に関してはかなり高い。

 また、毒や精神汚染等の、デバフに対する耐性も高く設定されている。

 そうでもしなければ、英雄と魔王の戦いに巻き込まれて、消し飛びかねないのだ。

 干渉せず、干渉させずが、降臨中の神であり、それをどうこうできるのは、神の力を得ている英雄、すなわち“松永久秀”ただ一人だけなのだ。

 なお、本来なら互いの不干渉を以て実質的に無敵なテアではあったが、転生者プレイヤーがお構いなしに女神テアを攻撃してくるため、不安で仕方がないという馬鹿げた状況にもなっていた。


「ま、まあ、状況は分かったわ。とにかく全員面倒臭いってことは」


「はい。そこで提案なのですが、ティース様がご結婚された以上、おそらくはあちらもその身柄を公爵領へ移し、行動も制限してくることでしょう」


「そりゃまあ、そうでしょうね」


 ティース自身の懸念はそれだ。今のところはヒーサの態度は大人しいのだが、どこで豹変するかは未知数なのだ。伯爵領にどの程度まで干渉してくるか、それを早く見極めなくてはならなかった。


「とにかく重要なのは、時間稼ぎです。なんでもいいですから、ティース様には時間を稼ぐようにしてください」


「……で、その間に、例の“村娘”を探し出す、と」


 ティースは状況次第では伯爵領全域での怠業サボタージュをすることも考えているが、怒りを買って軍を駐留されてはそれも厳しくなるだろう。ならば、そういう事態が発生する前に、問題の“村娘”を発見して伯爵家の潔白と威信を取り戻す必要があった。

 あるいは逆に徹底して従順に振る舞い、余計な被害を受けないようにして、再起を後日の課題とするかだ。その時間稼ぎという意味合いで、ヒーサに媚びへつらい、あるいは色香を用いて、どうにかしなくてはとも考えていた。

 とにもかくにも、“村娘”の捜索と確保が最優先なのであるが、二人はその“村娘”が目の前にいたことに、当然ながら気付いていなかった。擬態と証拠隠滅が行われ、ヒサコと村娘が同一人物という事実に到達できていないためだ。


「でも、結婚初夜だというのに、床に呼ばれなかったのよね」


「ええ。意外といえば意外でしたが、こちらの考えを読んで警戒し、様子見の段階かもしれません。あるいは、本気で配慮していたかもしれませんがね。あと数日は、王家や教団絡みの式典や宴への顔出しが決まっておりますから、体力温存ということで」


「面倒臭いなぁ~」


 ティースはどちらかというと、そうした儀式や宴会という大勢の催し物は苦手であった。普段は好き放題に野山を駆け巡り、貴族令嬢でありながら単独行動すら普通にしていたのだ。

 無論、国家に所属している以上、その手の催し物をやらないわけにはいかず、重要性も理解はしているのだが、その渦中の、それもど真ん中に自分がいることが悩ましいのであった。

 できれば、隅の方で静かにやり過ごしたいのだが、新郎新婦の門出を祝うという名目がある以上、新婦である自分が逃げ出すわけにもいかなかった。


「とにかく! ティース様には徹底して時間稼ぎをしてください。その間に、こちらも標的を見つけ出してみせますので。前に教えた通り、床入りしたら何をするか、覚えてらっしゃいますね?」


「お、覚えてるわよ。でも、その……」


 ガンガン詰め寄るナルに対して、ティースの顔は真っ赤に茹で上がっていた。

 齢十七にして、恋愛経験皆無。家族と使用人以外の異性と接する機会はほぼなかった。

 嫁入り前の修行の一環として、一応その手のことは学ばされ、さらにここ最近の事態の急変に対応する最後の手段として、ナルに更なる授業を受けてきた。

 ナルは工作員として、情報収集や工作活動の際に色香を用いることも珍しくなかった。ゆえに、ティースとは二歳違いでしかないのだが、経験値は雲泥の差があるのだ。

 さすがに、多少知識を詰め込んだだけのド素人である主人に対して、工作員の真似事をしろと言うのも酷な話であるので気は進まなかったが、すでに伯爵家の存亡に王手がかかった状態であるため、手段を選んでられないのも事実であった。

 ここは文字通り、主人に一肌脱いで頑張ってもらうしかないのだ。


「だ、だって、ヒサコの話を信じるなら、ヒーサって“凄い”んでしょ!? 私なんか、いいように弄ばれるだけじゃないかって……」


「まあ、あの話が事実ならそうなるでしょうが、実際にやってみないことにはなんとも」


「うぅ~、他人事だと思って」


「代われるのなら代わって差し上げたいですが、あいにく、カウラ伯爵はティース様、あなたなのですから、代わりはいないのです」


 ナルとしては、とにかく頑張れとしか言いようがなかった。普段は気丈に振る舞おうとも、中身はやはり十七歳の初心な娘でしかないことを、ナルは思い知らされた。

 とはいえ、すでに風前の灯火どころか、咀嚼の段階に入ってしまっている伯爵家を助けれるのは、ティース自身か、あるいは咀嚼しているヒーサだけなのだ。

 面倒な状況だとは思いつつも、ナルとしても最後の最後まで足掻くつもりでいた。目の前の可愛らしい主人が足掻く限り、自身もまた、それに追随するだけだ。

 こうして、それぞれの思いを胸に、床入りのない寂しい結婚初夜は終わりを告げるのであった。それがどういう意味なのか、知っているのは貴公子の皮を被った梟雄のみだ。



           ~ 第十八話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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