第十六話 あぶり出し! 毒は甘い物で包んでお渡しします!
「さて、予想通り、裏切り者が出ました。これを誅滅します」
ヒサコは裏切り者が出たと言うのに、どういうわけか上機嫌であった。
訳が分からず、その場にいたテア、マリュー、スーラが呆け顔で顔を見合わせる始末だ。
裏切り者が出たと言う事は戦力の低下を意味し、その低下した分がそっくりそのまま相手に加わるということであり、喜ぶべき事が何一つない。
にも拘らず、目の前の策士は大喜びしていた。
それが三人には不気味で仕方がなかった。
「裏切りとは、勇敢で大胆な者だけが行えるもの。でも、それを実行に移すとなると、これまた難しい。失敗した時の事を考えると、どうしても最後の一歩を踏み出せない。その最後の一歩を踏み出す胆力を持ち合わせている奴なんて、案外少ないものなのよ」
「さすがはヒサコ様。その手の話には一家言ありますね」
「そうでしょう、そうでしょう。そうやって登り詰めてきたからね。立ち回りこそ最重要よ」
「分かった上でのそういう態度は、本当に狡いですね」
「知略と言いなさい、知略と!」
主人と従者の意味不明な言葉のぶつけ合いに、見ていたマリューやスーラもドン引きであった。
裏切って当然、騙される方が悪い。それはそうだと思わなくもない二人ではあったが、こうもあからさまに話されると、逆に恐ろしいものがあった。
そんな引いている二人にヒサコは視線を向け、ニヤリと笑った。
「ねえ、お二人さん、もしあなた方が何かしらの状況で“裏切る”としたらば、どういう場面かしら?」
まるで二人が裏切るような態度であるが、実のところ、この二人には反意はないのだ。
シガラ公爵家とはガッチリと繋がっており、受取った“誠意”の額もかなりのものだ。おまけに重要な役職を用意され、その役得分もかなり美味しい。
つまり、二人にとってはシガラ公爵家が権力を握ってくれている方が、一番望ましいのであった。
仮に反乱が成功したとしても、今までの事があるので、良くて冷や飯、悪くすれば財産没収や処刑すら有り得る状況なのだ。
そのために裏切れないとヒサコは踏み、こういう質問を平然と投げかけれた。
もちろん、二人も瞬時にそれを察した。そうした機微に聡いからこそ、今もこうして重要な位置づけにいられるのだ。
「もし、“裏切る”のであれば、利益がある場合でしょう。金を積まれた、あるいは領地の確約、そんな利点があればこそ、人は寝返るのですから」
「左様。“利”こそ、裏切りの導火線となります」
二人の回答に、ヒサコは満足そうに頷いた。まさにその通りであり、これには全面的に賛成であったからだ。
だが、まだそれでは裏切るに足りないとも感じてはいたが。
「でもね、普通の人はそうは割り切れない。いつも決断が遅い。本当に頭のいい人なら、自分が一番の高値のときに売りに出す。その“機”を逃すと値崩れして、ろくな報酬もなく、“裏切り”という不名誉だけが後々まで付いて回る」
「ですが、今はその裏切り者が次々と出ておりますが?」
「そりゃ、コルネスが寝返ったからね。あれが裏切りの呼び水となった」
そこで二人はハッと気が付いた。
会議の席でコルネスが寝返りを打ち出した際、無事の送り出してやるからさっさと裏切れ、そう言いふらしているかのように思えた。
「まさかコルネス殿を行かせたのは、内にいる不穏分子をあぶり出すため!?」
「コルネス殿が寝返ったとあれば、『あれほどの高官が寝返ったのだから』と裏切りの自己擁護もできる。そういうわけですな!?」
「ええ、そうよ。それにまんまと乗ってくれたわけ。ある意味、素直でいいわね」
足元が定まっていない者を見極めるため、敢えて裏切りを放置すると言う手段に出た。
結果、ならば自分もと反乱軍に走らせ、その不穏分子が出ていったというわけだ。
コルネスが寝返り、さらに自分達もとなれば、勝ちが見えてくる。戦後の論功行賞では、十分な報酬を期待できると言うわけだ。
もっとも、ヒサコからすれば、餌に釣られた迂闊に前に出た愚か者としか映らなかったが。
「し、しかし、本当によろしかったのですか? 確かにあぶり出しには成功しましたが、低下した戦力はかなりの数になります」
「このまま籠城するにしても、戦力が不足気味です。おまけに城の構造はあちらも承知しています。公爵閣下が王都圏内に戻ってくるまで、持ちこたえれるかどうか……」
「……まあ、普通はそう考えるでしょうね。だから、籠城戦はしません。野戦にて決着をつけます」
「「はぁ!?」」
兄妹揃って目を丸くし、目の前の妖婦がいよいよ狂ったかと狼狽した。
だが、そんな二人をよそに、ヒサコはあくまで余裕の態度を崩さなかった。
「お二人さん、なぜ籠城するのですか?」
ヒサコはそう尋ねたが、マリューとスーラは互いに顔を見合わせた。
なにしろ、その質問は分かり切っていたからであり、答えなど一つしかなかったのだ。
「時間稼ぎです。はっきり申し上げますと、現状、こちらの兵力は劣勢です。コルネスの抜けた穴はあまりにも大き過ぎました」
「左様。あれで反乱に加わる者も増え、兵力差がさらに顕著になりました。数の不利を補うのであれば、城に立て籠もるのが一番です。持ちこたえていれば、いずれアーソの地にいる公爵閣下の部隊が戻って参ります。決戦は、それからでもおそくはありますまい」
二人の意見は至極常識的。兵法で言えば定石通りの戦い方だ。
つまり、“兵力劣勢であるため城に立て籠もり、援軍を待ってから反撃する”というものだ。
何もおかしくはない。むしろ、この状況で敢えて野戦に挑むと言ったヒサコの方が異常であった。
「まあ、お二人の考えは正しいですわね。“並”の指揮官ならば、そうするはずです。でも、私は自分が“並”ではないと自負しています。そして、この状況をひっくり返す策も、すでに練り上げて、準備させている段階です」
「…………! なんと、すでに動いておられたと!?」
「当たり前です。策士たる者、会議に臨むに際して、無為無策で席に着いては、将兵が動揺するだけですからね。すでに“埋伏の毒”は仕込み済みです」
「なんという手際の良さ! コルネスが寝返る事を予見し、さらにその上を行く策を用意されていたとは!」
ヒサコが余裕の態度を崩さぬ理由を知り、二人は何とも言えない高揚感が湧いてきた。
毎度毎度奇想天外な策で状況を覆し、いつの間にか勝ちを拾ってきたヒーサ・ヒサコ兄妹。その知略の冴えをまた拝めると言うわけだ。
「して、その策とはいかなるもので!?」
「は~い、概要説明するから、三人とも耳の穴開いて、よく聞きなさいね」
そして、ヒサコはこれからのおおよその流れを説明した。
それは悪辣を通り越し、吐き気を催すほどの邪悪極まる策であった。
マリュー・スーラ兄弟はあまりにも斜め上を行く策に怯え、勝手に体が震えてくるほどであった。
テアもまた両手で目を覆い、項垂れ、これで何度目かと言う悲痛な思いを心の中で叫んだ。
(なんでこいつを“英雄”に選んだのよ、私は!?)
なんのことはない。女神が松永久秀を選んだ理由、それは“表に出ている数字”が良かったからに他ならないからだ。
~ 第十七話に続く ~
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