第十五話 秘策あり! 敵は一網打尽にいたします!
「いささか説明を要する状況なのではありませんかな?」
高圧的、それでいて不信感で満たされた声が、ヒサコの耳に突き刺さった。
そこは王宮にある“国母”ヒサコの執務室であり、普段は官吏が書類の束を抱えて出たり入ったりするのだが、今この時だけは完全に人払いされていた。
なお、実は部屋の中に女神がいるのだが、今は認識阻害の術式を用いて、来訪者に察知されないように身を潜めていた。
なにしろ、質問の声の主は、《五星教》の最高位である法王ヨハネスであるからだ。
王都ウージェと教団の総本山である『星聖山』は割と近い。馬を走らせれば、ほんの二時間程度で到着するほどの距離だ。
儀式や行事の際には、すんなりと教団幹部が出席できるのも、この距離の近さゆえである。
ただ、王宮に関することは城詰めの枢機卿に任せるのが通例であり、教団と王家の通達についても、そこを介して行われるのが当たり前であった。
しかし、今はその城詰めの枢機卿が不在なのだ。
元々はヨハネスがその任に当たっていたが、法王選挙に勝利して法王に就任した。結果、その空いた席は総本山から追い出す意味も込めて、政敵であったロドリゲスにこの任を当てた。
ところが、先頃の王都における動乱のどさくさで、ロドリゲスはティースに刺殺されており、現在は城詰めの枢機卿が空席状態になっていた。
後任人事が定まるまでは一応の連絡要員は配備していたものの、“大規模反乱”という手に余る状況が発生したため、こうして法王自ら足を運んだというのが、今の状況だ。
「まったく状況が掴めませんぞ! サーディク殿下は待遇の不満から決起に参加したと思うが、カインはシガラ公爵家の客分扱いで、丁重に扱われていたはず。それがどうして……」
「そうですわね。ああ、それに付随して、アルベール・コルネス両将軍も反乱軍に合流するそうですよ」
「なんだと!? それでは地方反乱ところか、国を真っ二つにする内乱になりかねんぞ!?」
「ですわね。まったく、余計な事をしてくれますわ」
そうは口で言いつつも、ヒサコは焦りも苦悩も一切見せない。さもありなんと言う態度だ。
それがヨハネスの不信感を増幅させていた。仮にも今は“国母摂政”として一国を担う立場なりながら、まるで無頓着、無責任と言わざるを得なかった。
「それにしても、国母様は平然としておられますな。『聖女の三将』の内、二名までもが反乱に加担しておられると言うのに、まるで動じておられる様子がない」
「まあ、あの二人の戦法は熟知しておりますし、特に問題ありませんわ」
「それは先方にも当てはまる事なのでは!?」
「“せんぽう”だけに?」
「冗談を言っている場合ではありません!」
声をさらに荒げるヨハネスだが、ヒサコは余裕の態度を一切崩さない。
両者の温度差を感じるがゆえに、ヨハネスは苛立ちをさらに強めた。
なにしろ、これは王家の家督、あるいは王位に関する問題ではない。反乱に加担している者の名簿の中には、かつて地方の閑職に飛ばした元・幹部の名前も見受けられた。
反乱が成功し、政変となると、余波は間違いなく教団内部にも及ぶことは必定であった。
特に、ヨハネスはシガラ公爵家の強力な後押しがあればこそ、選挙に勝って法王の座を手にしたのだ。
ここでただでさえ不安定な権力基盤が、さらに脆弱となれば強制退位すら有り得る話となる。
改革はまた道半ば。改革を志向する自分がいなくなれば、確実に頓挫して昔に逆戻りしかねない。
それが焦りとなって、言葉や態度に出ていたが、ヒサコはまるでそれに無頓着な雰囲気だ。
「単刀直入にお聞きします。今回の反乱への対処はどうなさるおつもりですか?」
「無論、潰します。殲滅です、殲滅。愚かな選択をした馬鹿者には、それ相応の報いを受けていただきます。地位も、名誉も、財産も、すべて私の思うままにいたしますとも」
「……それは、サーディク殿下も含まれておいでか?」
「もちろんです。“旧い”王家はこれにて一掃。新しい王家が今後はその指導的立場にあるというわけです。大人しくしていればよかったものを、わざわざ火中の栗を拾う真似をしたのですし、それ相応の報いってやつを味合わせて差し上げます」
ニヤリと笑うヒサコに、ヨハネスは全身に寒気を覚えた。
まるで待ってましたと言わんばかりの態度で、“処置”するための大義名分を得たと喜んでいるかにも思えた。
実際、かつての王家は凋落の一途を辿り、今の王家は実質的にはシガラ公爵家に乗っ取られているに等しいのだ。
これで謀反が失敗すれば、サーディクを中心とした一派が一掃される事となり、いよいよシガラ公爵家の天下となるのだ。
その流れに抗するとすれば、今回の反乱を成功させる以外にない。帝国と言う外敵を退け、同時に公爵家の主力が国境付近にいる今こそ、王都圏を制圧して自らの正当性を訴えるよりない。
もちろん、それを簡単に許すつもりはないようで、ヒサコはすでに色々と考えてはいるようだと、ヨハネスは感じた。
「それで、どのような作戦で対処されるのですか?」
「それはまだ言えないわ」
「理由は?」
「情報待ち。ちょっとね、気になる事があって、それの確認を取ってもらっているところなの。今夜中にはそれが手元に来るはずだから、明日改めて法王聖下臨席の下で会議、ということでいかがでしょうか?」
ヒサコの提案はヨハネスにとっても都合の良い事であった。
本来はあまり国政に参入したくないという考えなのだが、今は緊急時なのでそうも言ってられない状態でもあった。
判断するにも情報が足りていないし、ヒサコを始めとする重臣と会議の席で肩を並べて議論するのは、もちろん了承だ。
「心得た。では、そのようにいたしましょう」
「もう外も暗くなりつつありますし、わざわざ聖山の方に戻らず、今夜は王宮でお泊りになりませんか? 枢機卿の部屋が空いておりますし、そこは勝手知ったるということで」
「そうだな。今から戻るのも面倒であるし、なにより朝早くに馬車を走らせるのも更に面倒だ。国母殿のお言葉に甘えるとしよう」
「はい。明日の朝はできるだけ早くに会議の席を持ちたいので、今宵はゆっくりとなさってください」
「うむ。では、また明日な」
ヨハネスとしてはまだ話足りない事もあったが、明日の朝に会議を持とうと言われた以上、引き下がるよりなかった。
焦って二人だけで事を進めても他から不満が出るし、なによりヒサコが待っているという情報というのも気になった。
まあ、明日の会議で良かろうと引き下がり、ヨハネスは部屋を出ていった。
それを確認してから、テアは認識阻害の術式を解除し、姿を現した。
「ねえ、あれでよかったの? まだ言いたい事があったみたいだけど」
「いいのよ、別に。明日の夜までには、牢屋に入れられているだろうから」
テアには一瞥もくれず、机の上に広げた地図とにらめっこしながら、ヒサコはまたシレッととんでもないことを口走った。
テアはそれを認識するのに時間を要し、言葉の意味を理解すると目を丸くして驚いた。
「法王が牢屋に!? 何をどうやったらそうなるのよ!?」
「反乱軍が攻めてきて、身柄を拘束される。ごく当たり前の事じゃない」
「なんで反乱軍が攻めてくるのよ! 時間的に王都圏内に到着するのはもう少し先でしょ!?」
「でも、そうなるの。私がそう予定を組んでいるから」
「……頭おかしい。反乱軍に襲われようとしている側が、なんで反乱軍の予定を決めてんのよ!?」
「さて、なぜでしょうね」
これについてはどうやら話す気はないようだと、テアは回答を諦めた。
この手のやり取りも手慣れたもので、本当に必要な情報や、事前に知っておいた方が有利に働く情報以外、ヒーサにしろヒサコにしろ周囲に伝達しない。
今回もまたそれなのだろうと、テアはそう理解した。感情的には納得はしていないが。
そうこう二人がやり取りしていると、今度は執務室に二人の男がやって来た。執政官のマリュー・スーラ兄弟だ。
政治面におけるヒサコの両輪であり、国内の政務に関してはこの二人に丸投げしている部分も多い。
かなり欲深く、立場を利用して役得を享受し、美味しい部分を堪能しているが、事務処理能力や情報収集能力に関してはピカイチであるため、ヒサコはそれを黙認していた。
「国母様、やはり裏切り者が出ました」
「こちらがその名簿です」
ヒサコは差し出された書類に目を落とし、その名前を確認した。
自身の片腕であったコルネスが離反した以上、それに便乗する輩が出てくるとは考えていたが、まさに予想通りの展開となった。
「フフフ……、まんまと引っ掛かったわね。これで策を実行に移せる。そう、考えていた策の中で、一番どぎつい奴をね」
ヒサコは勝利にまた一歩近づいた事を感じ取り、思わず笑みがこぼれてしまった。
まったくその意味が分からない周囲の三人は困惑するだけであった。
~ 第十六話に続く ~
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