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第十四話  勝てるの!? 半信半疑の公爵夫人!

 夜の帳が下りる櫓の上には、一組の男女と黒い仔犬がいた。

 男の方はシガラ公爵ヒーサであり、女の方はその妻であるティースだ。

 その日は帝国軍との激戦を繰り広げ、圧倒的な力を持つ皇帝ヨシテルを倒した。本来ならさっさと寝てしまって、疲れを癒すべきなのだが、どうにもこうにも目が冴えていた。

 先程までルルがいたのだが、すでに下がらせており、今は夫婦とその愛玩犬だけだ。


「ヒーサ、ルルに対してはあれでよかったのですか?」


「ん? やはり少々強引にでも床入りしておけばよかったか?」


「奇麗なままで返すって、アルベールに約したはずですが?」


「構わんよ。どのみち、アルベールは十中八九、ヒサコに殺されるからな」


 シレッとこういう事を言うのが相変わらずの人でなしだと、ティースはため息を吐いた。

 なにしろ、ヒーサとヒサコが何かしらの術要素で同一存在なのは既に認識しているので、今の発言は自分で始末すると言っているのに等しいのだ。

 美しき兄妹愛を口ではそれとなく讃えて二人を煽りながら、すでに死別させる気満々なのである。どうしようもないクズだ。

 返す予定が端から無いから、借り受けたものを平然と傷物にしても心が痛まなかった。


「しかし、アルベールを殺すつもりなら、わざわざ寝返りを促す必要はなかったのでは?」


「おいおい。一応は生き残って欲しいとは思っているのだ。自ら望んで死地に飛び込んだ以上、せいぜい忠勤に励んで散ってもらおうと言う、私なりの手向けだ。まあ、運が良ければ生き残るであろうが」


「ルルに恨まれても知りませんよ」


「おやおやおや、先程までルルを脅しつけていたのは誰だったかな?」


「立場を認識させるためです。忠犬たるには、まずもって“しつけ”が重要ですからね」


 そう言ってティースはしゃがみ込み、足下にいた黒犬つくもんの頭を撫でた。

 “これ”の正体を知った時はさすがに驚いたが、今ではすっかり慣れていた。この姿のまま黙ってさえいれば、本当に可愛らしい仔犬なのだが、多くの人々をその牙で噛み砕いてきたのだ。

 そして、ティースはその黒犬つくもんの牙で、自身の最も大切な従者ナルを殺された事を“まだ知らない”。

 全部晒しているようで、まだ秘している部分もあり、ヒーサは愉悦に浸っていた。


「それで、ルルに運ぶように命していた物品ですが、あれはなんですか?」


「言ったろう? “対魔王用”の決戦兵器だと」


「本当にそうなのですか?」


「まあ、趣味と実益を兼ねた物ではあるがな。いやはや、神の尻拭いは疲れるというものだ」


「神様もかやわへ行くんですね」


「ああ、ドジと言う名の糞尿を垂れ流す」


 などとヒーサは、いつもの緑髪の共犯者を思い浮かべながら笑った。

 今は本体がヒサコなのであちらに追随しており、こちらにはいないが、いたらいたでどう反応するかが手に取るように分かるのも、笑いを誘う一因にもなっていた。


「時にヒーサ、確認しておきたいのですが、“勝てる”んですか?」


「ティースよ、そういうあいまいな質問は良くない。ちゃんと主語を付けて話してくれ。


「……うざ。これから戦う反乱軍、それに続く《六星派シクスス》や魔王との戦いです!」


「そうそう。主語はちゃんとしておかんとな」


 夫の揚げ足取りとニヤニヤ笑う姿にイラっと来るティースであったが、すぐ冷めてしまった。

 もうこんなやり取りなど幾度となく繰り返してきて、もうすっかり慣れっこになっていたのだ。

 もう引き返せないところまで来ているので、ヒーサの策に乗るしかないが、それでもやはり不安と不満は隠しようがなかった。


「反乱軍については、すでに算段が付いている。あとは、協力者の構築とアルベールの動き次第と言ったところか。“楽に”勝てるか、“ちょっと苦労して”勝つか、のいずれかだ」


「余裕ですね」


「事前準備の差だ。いけ好かない黒衣の司祭めは、裏工作は得意だ。ゆえに、行動の発起点を作り出すことに関しては、あるいは私以上かもしれん。だが、戦場での駆け引きはいまいちだ。所詮は裏でコソコソするしか能のない日陰者の集団の頭領だ、と言ったところだな」


「その点では、どっちも陰湿なやり方を戦場でもできるヒーサの方が上と言うわけですか」


「おいおい、そんなに褒めんでくれ。可愛い女房におべっか使われるのは、なんともこそばゆい」


「悪辣である点は誉め言葉ですか」


「当然だよ。策士にとって、“性格が悪い”は賛辞以外の何ものでもない」


「あぁ~、はいはい。性悪性悪」


 嫌味で言っているつもりが、妻からの賛辞とじゃれ合いにしか受け取らない。そんなヒーサの態度はティースも困惑するが、追い詰められているとしか思えない状況下でも、普段の余裕の態度を崩さない点は感心せざるを得なかった。

 なにをどう計算すれば勝てるのか、それが分からないだけに、夫の態度は頼りになりつつも、やはり不気味であった。


「ただまあ、魔王の方は賭けの要素が強い。戦力を十分維持した状態で対峙し、かつルルに頼んだ品が無事に届いたとしても、な」


「……ちなみに、勝率は?」


「十の内、一つか二つくらいかな」


「勝率一割二割ですか! よくもまあ、そんな確率で仕掛ける気になりますね」


「おいおい。これでもかなり頑張った方なのだぞ」


 正直、彼我の戦力差は圧倒的である。魔王が覚醒した時点でほぼ負け確定なのだ。

 ゆえに、ヒーサは“魔王を覚醒させない”方向で時間稼ぎをしつつ、策を考えてきた。

 だが、それにも限度と言うものがあった。


「前にも言ったが、魔王はマークかアスプリクのいずれかだと考えていた。だが、その計算は、以前のアーソでの動乱の一件で崩れた。そして、エルフの里で滞在中に得た情報で、完全に狂ったことを悟った」


「修正はしたんですか?」


「したさ。だが、これが限界だった。それでも十の内の零から、一つ二つにまで引き上げたのだぞ。その点は褒めて欲しいくらいだ」


 絶対に勝てないから、もしかしたら勝てるかも、にまで修正できたのだ。

 そういう意味では立派なものだが、どうせえぐい手を使うのだろうと思うと、素直に称賛できないティースであった。

 そんな不満げなティースに対して、不意にヒーサがこれを抱き締めてきた。

 悩める妻の腰に左腕を回し、右手は頬に添えて顔をグッと近付けた。


「な、なんですか、急に」


「お前には大いに感謝している。なにしろ、必敗の状況から“賭け”の状況まで持ってきたのは、他でもない、お前のおかげなのだからな。ティース、お前と結婚して、大事に育ててきた甲斐があったというものだ」


「大事にされた記憶がメチャクチャ薄いんですけど!? 負の方向に振れ過ぎてて!」


「なぁに、悪いのは全部ヒサコだ。私は悪くない」


「まだそれ言いますか!」


 ティースは既にヒサコがヒーサにがっつり操られていて、やる事なす事全部がヒーサの思考に沿ったものだと知っていた。

 数々のヒサコから受けた仕打ちも、その後のヒーサからの“事後処理アフターケア”も、懐柔のための飴と鞭だと思い知らされてきた。

 ただ、我が子を生贄に捧げる、という後戻りのできない状況以降は、どういうわけかヒーサが随分と気を回して優しくなってきたとも感じていた。


(まあ要するに、絶対に裏切らないと確証を得たからこそよね)


 裏切らないし、裏切れない。状況がどう動こうとも、ヒーサとティースは一蓮托生となった。

 これを確信すればこそ、この夫婦は誰よりも固い絆で結ばれていると言ってもよかった。

 ティースにとってはハメられて、そうせざるを得なかったと不本極まる事ではあったが。


「では、出立の前に、今宵は夫婦の絆をより深めるべく……」


「お断りです」


 口付けをしようとするヒーサに、ティースは刀の柄をその近付いてくるヒーサの顎に押し当てた。

 更に、足下では黒犬つくもんがズボンの裾を引っ張ってその動きを制し、おまけに階段の方からは殺気まで漂い始めていた。


「おや、階段に潜んでいたか、マーク。気配を出すまで気付かなかったぞ。腕を上げたな。んなことより、黒犬つくもん、夫婦の営みを妨害するとはけしからんな。この駄犬めが」


「ウゥ~!」


「単に、寝室を追い出されて、地べたで寝るのが嫌なのでは?」


「うう~ん、すっかり野性を失いおって」


 ヒーサはティースを放し、代わりに黒犬つくもんを抱き上げた。

 自分を選んでくれたと喜んでいるのか、尻尾をパタパタ横に振った。


「やれやれ。またこいつと寝る事になるのか」


「お似合いですよ。獣は獣同士、仲良くなさってください」


「だが、お前も“こちら側”だというのを忘れるなよ」


「誰のせいですか、誰の!?」


 そんな夫婦の微笑ましい(?)一幕はあったが、事態はなおも混迷を深める一方であった。

 決戦の日は近いが、それでもなお笑顔を忘れないのは、ヒーサと言う男の器の大きさと、それが必要であるとの考えがあればこそだ。

 久々の夫婦の馴れ合いはお預けになったものの、まあ嫁の可愛さを再確認できたのでそれもいいかと思い直し、愛犬と共に寝室へと向かう寂しい公爵であった。



            ~ 第十五話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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