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第十三話  託された秘策! 運ぶ荷は『対魔王用決戦兵器』!

 星々が輝く夜空の下、ヒーサとルルは抱き締め合っていた。

 ルルはこのままお払い箱、最悪“処分”されるかもと思っていたが、どうやら目の前の貴公子は特に気にも留めなかったようであった。

 背中に回されたヒーサの左腕は優しくルルを抱き締め、もう片方の右腕は頭に置かれていた。その手は頭を撫で回し、髪の隙間からうなじに至った。

 先程までの緊張がほぐれ、気の緩みがくすぐったさを増幅させ、思わず体が飛び跳ねそうになるほどであった。

 そして、ヒーサはルルのおでこに口付けをした後、腕を力を緩め、少女の体を解放した。

 おでことは言え、少女にとっては家族を除けば初めての事であり、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、少し距離を空けた。


「……まあ、アルベールとの約定もあるし、“続き”は全部片付いてからだな」


 先方が勝って妹を迎えに来るときは、奇麗なままで返すとヒーサは約束していた。それゆえの寸止めだ。

 平時であればこのまま床入りしても構わなかったが、今は戦時である。いくら女好きとはいえ、その辺りはちゃんと弁えているヒーサであった。


「さて、ルルよ、お前は戦えないと宣言した。自らを役立たずであると述べたのだ。私はタダ飯食らいの面倒を見てやるほど、心の広い男ではない」


「はい……」


「ゆえに、お前には別の任務を与える。それを以て、今回の不参戦を帳消しとする。心して、これに当たるようにな」


 真顔に戻っていたヒーサからの圧はルルをビクリとさせたが、却って気持ちを楽にさせた。

 何しろ、最大の懸念であった“兄との戦い”を拒否して、それが認めてもよいとヒーサの口から飛び出したからだ。

 わがままを通した以上、代わりにどんな過酷な任務を与えられても、それをこなさなくてはならない。そうルルは気を引き締めた。


「……おい、もう上がってきていいぞ」


 ヒーサがそう言うと、ルルはすぐに誰かが階段を登って来ることに気付いた。

 気配を消して待機していたのであろうが、その上がって来た人物を見て驚いた。

 右手には鞘に入った刀を握り、左手にはキラキラ輝く鍋を持ち、吹き抜けたよ風はその長めの茶髪を泳がせていた。

 美しい顔立ちしているが、それだけに持ち物の放つ異様さが際立っていた。

 そう、櫓に上がって来たのは、ヒーサの妻ティースであった。


「え、ええ!? ティース夫人!?」


「聞き耳立ててたけど、なかなか面白い見世物だったわ」


 現れたティースはルルに対して、特にこれと言った事はしなかった。ただ、刀の柄を指で小突いており、その気になれば“斬っていた”という事を無言で示してきた。

 ルルは恐縮して、慌てて頭を下げた。

 なにしろ、ティースはヒーサの“正夫人”である。

 一方のルルはシガラ公爵家の客分、あるいはせいぜいヒーサの“めかけ”でしかない。

 立場、格が段違いであり、それゆえの拝礼であった。

 貴族が妾を囲う事はそれほど珍しい話ではないが、その多くは夫人に内緒でこっそりと言う事が多い。こうも大っぴらにバレてしまうと、夫人の面目を潰すことになりかねないので、最悪処分される事もあった。

 アスプリクもあるいは妾とも言えなくもなかったのだが、あちらは曲がいなりにも王家の血を引くお姫様である。無碍な扱いはまずされない。

 一方、庶民出身のルルは立場的に非常に危うい。後ろ盾でもある兄アルベールがいなくなった以上、後見人が一切いない状態なのだ。

 そんな怯えるルルに、ティースは“それ”を振り下ろした。


 ガシャンッ!


 鞘に入ったままの刀であり、それを頭を下げているルルのうなじへと振り下ろしたのだ。

 柔肌にアザができないよう軽く振り下ろした程度だが、ルルには本気で首を斬り落とされた感覚に襲われた。完全に肝が冷え切ったのだ。

 しかも、肌に押し当てられた鞘を、まるでのこ引きするかのように前後に動かした。肌と鞘が摩れる度に汗が吹き出し、ルルは本当に生きた心地がしなかった。


「ルル、運が良かったわね。手順を間違えていたら、ここ、本当に斬っていたところよ」


 ペシッペシッとまた軽く鞘でうなじを叩きながら、ティースはルルの横をすり抜け、ヒーサの横に立った。まるでそこが定位置であるかのように、実にしっくりと来る二人の立ち姿に、ルルは恐怖と同じくらいの憧憬を覚えた。


「ルル、歓迎するわよ。ようこそ、“こちら側”へ」


「今後ともよろしく頼むぞ、氷の乙女よ」


 夫婦揃って笑顔を見せているが、まとう気配には言い表せぬ何かを秘めているかのようであった。

 全身から汗が吹き出し、ルルは居心地の悪さ、息苦しさを覚えたが、もはや手遅れであった。

 ティースが言ったように、すでに内側に入り込んでいた。これで下手に抜けましたなどと言う事になったら、それこそ間違いなく“不慮の事故”で処理される案件となる。

 もう従うより他になかった。


「しかしあれだな、ティースよ、よくルルを斬らなかったな。一応、今回の“試験”はお前にどうするか任せたが、いつ飛び出してきて刀を振り下ろすのかとヒヤヒヤしたぞ」


「家族への薄情を許さず、しかし、即断での拒否もまた軽薄に過ぎます。あれくらいで丁度いいかと思いましたが?」


「ククク……、お前も随分と悪役が板についてきたではないか。今なら“悪役夫人”を名乗っても違和感がないと言うものだ」


「ヒサコみたいな肩書は止めていただけませんか?」


「おや? 兄妹仲良くと言っている割には、姉妹ではダメなのか?」


「あんなのを妹と認めたくはありませんね。すぐにでも、この手に入れた刃でぶった切ってしまいたいくらいです」


 会話の内容がないようなだけに、仲が良いのか悪いのか判断に迷うルルであった。


「あ、あの~、私はどうすれば?」


「おっとすまんな。ついついかわいい嫁御との会話が弾んでしまってな。お前には重要な役目があるのだよ。その働き如何によっては、それこそ今後の展望が大きく変わるような、重大な仕事がな」


 そう言うと、ヒーサは懐から一枚の封書を取り出し、さらにティースが持っていた輝く鍋を引っぺがして、それをルルに差し出した。


「ルルよ、お前はこれから部隊から離脱し、単独でシガラ公爵領に戻れ」


「公爵領に……、私一人でですか!?」


「今は状況的に、人員を回す余裕がない。かと言って、“あれ”が届かない事には、勝利がおぼつかないという懸念もある。つまり、最小の人員で、かつ安全に輸送するには、お前に任せるしかないというわけだ」


 ヒーサからの依頼を、ルルは頭の中で思案してみた。

 自分は兄と戦えないと宣言したため、今回の戦からは外される事となった。物資の輸送であれば、兄と殺し合う最悪の事態だけは避ける事ができた。

 しかし、ヒーサの口調から察するに、相当重要な物資を輸送することになるようで、その護衛役として自分を宛がったのだと認識した。

 今や国内指折りの術士となった自分を、わざわざ輸送任務に振り分けた以上、是が非でも届けて欲しいのだと言う事も察しがついた。


「……ちなみに、どういった物を運ぶのですか?」


「今、執事のエグスに色々と用意させているのだが、それがそろそろ出揃うはずなのだ。それとその鍋が合わさる時、“対魔王用”の決戦兵器となる」


「決戦兵器、ですか!?」


 想像以上に重要な輸送品に、ルルは驚きながら受け取った鍋を覗き込んだ。

 この鍋は女神が生み出した神造法具『不捨礼子すてんれいす』であり、桁外れに強力な魔力が備わっていた。

 ルル自身、幾度かその鍋の威力を目の当たりにしており、ヒーサあるいはヒサコがいつも持ち歩いているのも納得の道具だと感じていた。

 実際、今回の戦においても大活躍の鍋であり、それを託されたということは、相応に信頼をされているという事と、「全力で護衛しろ」と暗に述べているのだと察した。

 そんな戸惑っているルルに対して、ヒーサがポンと肩に手を置いた。

 笑顔は完全に消え去り、真顔、どころか少し苛立っている風にも見えた。


「いいか、ルル、よく聞け。本来なら首に縄でもかけて、無理やり戦場に引っ張り出しているところを、たまたま別件でかつ重要な仕事があったから、それをお前に割り振ったのだ。軽く考えるな。全力で事に当たれ。必ず品を私の所に持って来い。いいな!?」


「は、はい! 必ずや!」


 失敗は許されない。兄と戦うかもしれない戦場に引っ張り出されなかっただけ、ヒーサからの最大限の譲歩だと思わねばならなかった。

 重要な輸送品に家宝の鍋、それらをすべて任せると命じられたのだ。

 万難を排してでもやり遂げねばと、ルルは気持ちを切り替えて事に当たろうと決意した。


「ふむ。やる気は十分だな。では、明日の朝、こちらも軍を王都圏に向けて出発するから、それに合わせてそちらも出立せよ」


「分かりました。ご期待に沿えるよう、鋭意努力いたします」


「努力ではだめだ。確実な結果を持ってこい。それがお前の今後をも保証するからな」


 失敗すればどうなるかは分からんぞと、太い釘を刺すのも忘れないヒーサであった。

 我がままを通してもらった以上、言い渡された任務は確実に成功させねばならない。ルルは受け取った鍋を撫でながら、やる気を漲らせていった。



            ~ 第十四話に続く ~

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