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第十話  決断の時! 忠義の騎士は何を選ぶのか!?

 辺りはすっかり暗くなり、天より月が淡い光を放っていた。無数の星々が煌めき、戦場で散っていった者達が天に召されたことを表しているかのようであった。

 帝国軍との死闘に勝利した余韻も冷めやらぬ中、今度は国内での反乱が発生したと通告され、せっせと引き返す準備を整えている王国軍であったが、どうにも複雑な雰囲気を帯びていた部隊があった。

 それはアルベールが指揮を受け持っていた、アーソ辺境伯領の部隊だ。

 と言うのも、決起した反乱軍の中に、“元”辺境伯の領主であるカインが参加していたためだ。

 そもそもアーソの人々にはカインの帰還を待ち望みつつも、それは不可能だと感じていた。かつての争乱の結果、嫡男ヤノシュを失い、自身はシガラ公爵家預かりの身となっていたからだ。

 家督は娘であるクレミアに渡ったものの、こちらは王都を離れにくい事情があり、領主一家は離散したに等しい状況となった。

 いずれ孫の代での復活をと考えていたが、クレミアの夫である宰相ジェイクが急死を遂げ、新たに子を儲けることもできなくなり、権利関係の相続はどうなるのかと不安視する声も多かった。

 いっそ、シガラ公爵家に完全に取り込まれた方が安定化する、と考える者まで増えてくる始末だ。

 それはそれでやむなしと考えていたアルベールであったが、そうも言ってられない事実が発覚した。

 ヤノシュを殺害したのがヒサコであり、ヒーサもまたそれに乗っかる形で策謀に加担し、辺境伯領の吸収合併を企んでいたと知ってしまったのだ。

 安定を最優先に考えるのであれば、事実を知った妹ルル共々口を閉ざし、何もなかったと言う事にして公爵家の庇護下に入るのが最良である、と結論するに至っていた。

 だが、それは“悪”を成したシガラ公爵家を認める事となり、同時に本来の主君であるカインへの裏切り行為にもなるのだ。

 忠節を尽くすか、恩義に報いるのか、アルベールは揺れに揺れていた。

 とはいえ、一軍を預かる将である。今は出立の準備を整えるのが先決だと考え、難問は一旦頭の隅に追いやり、部隊の掌握に努めた。

 ある程度落ち着いた時にはすでに日は沈んでおり、いよいよ難問の答えを出すべき時が来た。

 そして、アルベールの姿は櫓の上にあった。帝国領への見張り台であり、今は闇夜に覆われているため視認する事はできないが、はるか遠くまで見渡すことができた。

 その一つに人払いを命じて、ただ一人答えをなかなか見いだせない難問について思案を巡らせた。


「お兄様、ここでしたか」


 そう言って櫓に姿を現したのは、ルルであった。

 ルルも術士管理組合《術士所うらのつかさ》の幹部であるため、その指揮統率に動き回っていた。激戦の直後とあって負傷者も多く、治癒系の術士の手配やそれに平行して出発の準備をするなど、こちらも色々と多忙を極めていた。

 そして、兄と一緒に結論を出すべく、ここへ参じたのだ。


「ルル、そちらももういいのか?」


「はい。すべて手配は完了しています。いつでも出立は可能です」


「そうか。お前も随分と変わったな。ほんの少し前まで、引っ込み思案な子だったのに」


 そう言ってアルベールは妹の頭を優しく撫でた。

 ルルが術士としての才能に目覚めて以降、その事実を隠匿するために隠れて生活をしなくてはならなかった。教団所属の術士以外はすべて異端の存在であるとの考えが、ほんの一年前までは当たり前だったのだ。

 そのためルルを始めとする教団の把握していない術士は隠棲し、異端審問に引っかからないようにその存在を隠していた。

 今では自由に動き回れるようになり、おかげで妹の性格や行動が闊達になったと考えていた。

 その点では、教団改革を強引に推し進めたヒーサには感謝しており、それだけに今後の進退が悩ましい状況になっていたのだ。

 騎士としての矜持のため、主君カインに忠義を尽くすのか?

 妹を助けてくれた恩義に報いるため、恩人ヒーサに助成するのか?

 出立の準備を整えている間も、アルベールはずっと悩み続けていた。

 どちらが“利益”になるのかは、とっくに結論が出ていた。

 だが、それでも決断できないでいたのは、アルベールの個人的な感情に過ぎない。


「……だが、答えを出さねばならんだろうな」


「お兄様?」


「ルル、よく聞け。私は今後の事を決めた」


 アルベールはいよいよ意を決した。口から言葉として出せば、もう後戻りはできなくなるが、その覚悟をいよいよ固めたのだ。

 ルルもまたそれに従うつもりでいたので、兄をジッと見つめ、その決意とやらを耳にすべく、意識を集中させた。


「私はここを出て、カイン様の下へ行く。やはりヤノシュ様の一件は、どうにも看過しかねる。事情を知った上で主君の仇に頭を垂れるのは、騎士としての矜持が許さない」


「そう……、ですか」


 ルルは残念に思いつつも、特に驚きはしなかった。

 兄は人一倍正義感が強い。ヤノシュの死についての真相が知れたのであれば、必ず仇討ちに動くであろうことは予想が付いていた。

 だが、それは同時にヒーサ、そして、ヒサコを敵に回すことを意味していた。

 シガラ公爵領での生活は気に入っていたし、今までにない解放感と充足感を得る事が出来た。

 これを捨て去るのは惜しいと、ルルは素直に思った。

 同時に、ヒーサ・ヒサコ兄妹を“敵”に回す事の恐ろしさも実感していた。

 優れた知性も、抜け目のなさも、なにより躊躇とは無縁の冷徹さを持っている。そんな二人を敵にしてしまう恐ろしさは、その恩義を受け、恩恵を賜ってきたからこそ誰よりも感じ取っていた。

 だが、兄はそれを踏まえても、忠義の道を進むと決断したのだ。

 ならば、自分もこれに応じねばならないと、ルルもまた決意を固めた。


「お兄様がそう決断したのであれば、特に申し上げる事はありません。どこまでもお供いたします!」


 両親は既に無く、あるいは結婚して家庭を持っているというでもない。兄と妹、互い以外に失う者もなく、大切なものもこれよりなし。

 ルルもまた、兄の決断に従うべきであると、力強く頷いた。

 だが、アルベールは首を横に振った。


「ダメだ。ルル、お前はここに残れ」


「な、何を言われますか!? 今更、私にここに残れと!?」


「そうだ、残れと言っている。公爵様はお前を高く評価しているからな。今後もきっと厚遇なさるだろう」


「でしたら、お兄様も!」


「ダメだ。先程も言ったが、仇に頭を下げるのを私はよしとしない。これを討たねば、私自身の矜持とほまれが死に絶えることとなる。栄誉なき騎士など、山賊と何ら変わらん」


 アルベールの決意は固かった。

 あくまで騎士の名誉にかけて、ヒーサと戦う道を選らんだ。

 だが、妹にまでその業を背負わせる気もなかったし、なにより“より勝ちそうな方に”妹を預けておきたいと言う兄としての利己エゴもあった。


(ルルは公爵に預けておけばいい。私が勝てば迎えに来て、負けても公爵はルルの才を惜しんで、それなりの立場を用意する事だろう。そう、これが最良の選択なのだ)


 忠義、矜持、誉、様々な言葉で糊塗したが、結局アルベールが選んだのは妹ルルへの“愛情”であった。

 勝っても負けても妹の無事を何より優先させる、兄としての思いがそこにはあった。

 何しろ、これから最大最強の英雄と戦う事になるのだ。生きて帰れる保証はどこにもなく、むしろ戦場に散る可能性の方が高い。

 それでもなお、アルベールは妹の身の上を優先した。

 ルルもそれにはすぐに気付いた。同時に、引き留めても無駄であろう事も。

 ならばと、決意を鈍らせぬために、喉まで出かかっていた言葉をグッと堪えた。

 そして、ルルもまた意を固めた。


「お兄様、ご武運をお祈りします」


 行かないで欲しい。あるいは、一緒に行きたい。本当ならば、そう告げたかった。

 だが、ルルは嘘を吐き出した。

 兄の決意に泥を塗ることは許されない。ただ、出て行く兄を黙って見守るのが、妹としてのやるべき事だと言い聞かせ、本音を心の中へとしまい込んだ。

 そんなルルの頭を、アルベールは優しく撫で、笑顔を向けた。


「なに、心配するな。お前がシガラ公爵領に移住するとなった時、しばらくは会えないものと覚悟していた。だが、こうしてすぐに会えたのだ。今回もそんな感じになるだろう」


「お兄様……」


「それに、私は負けない。負ける気がしない。ヒサコ様にはよく従い、それゆえにその手口を誰よりも熟知しているつもりだ。“英雄”を打ち倒した“大悪党”として、お前を迎えに来る。いいな?」


「はい……」


 兄の精一杯の強がりであり、自分を心配させまいとする気遣いであると、ルルには痛い程に感じた。

 やはりついて行きたいと考えたが、兄の意志を優先するべきだと、グッと堪えた。

 その時だ。

 何者かが櫓の階段を登って来る音がした。

 人払いを命じてあるので、誰かが来ることは無いはずなのに足音が聞こえてきた。

 そんなことができるのは、あるいはやるのは、この城砦に一人しか思い浮かばなかった。

 そして、姿を現した。

 金髪を夜風に揺らせながら、もはやそれを隠そうともしないぎらつくほどの欲望をまとう男、シガラ公爵のヒーサだ。


「どうやら、意は決したようだな」


 口の端を吊り上げ、不気味に笑うヒーサ。その足下には、一匹の黒い仔犬がいた。

 その黒い仔犬は低く唸り、アルベールを威嚇するのであった。



            ~ 第十一話に続く ~

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