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第七話  断念! 今は人手が足りません!

 アスプリクを助け出す!

 これは全員が一致して賛同する事であるが、事はそう単純にはいかないのである。

 アスティコスからすれば、隠れ家と思しき『影の湖ラゴ・デ・オンブレー』周辺を重点的に捜索し、姪っ子を救出すればいいと考えていた。

 だが、周囲の反応は鈍く、難色を示す者もいた。


「何よ……。こんな単純な事が実行できないっていうの!?」


「そうも言ってられないのですよ」


 ライタンは激高するアスティコスを宥め、まずは落ち付く様にその動きを制した。

 ひとまずは荒い呼吸を整え、席に座ると、アスティコスはライタンを睨み付けた。


「なんで、アスプリクを捜索するのがいけないって言うのよ!?」


「いけないとは言いませんよ。むしろ、積極的に動くべきです。魔王の覚醒なんぞ、それこそ願い下げですからな」


「だったらなんで!?」


「人手が足りないからです」


 実に分かりやすい理由であった。

 湖はかなり大きい。湖畔の森林地帯も含めると、その捜索範囲はかなり広いと言わざるを得ない。

 そんな広大なエリアを捜索するとなると、当然ながら人手が必須である。

 それをどこから捻出するのか、というのがライタンの懸念であった。


「そんなの問題にならないわ! ここの城砦にだって、万単位で人がいるじゃない! 千や二千の捜索隊くらい、編成するのは簡単でしょ!?」


「平時ならばそうだ。だが、今は戦時であることを忘れるなよ」


 そう横槍を入れてきたのはヒーサであった。

 ままならぬ事を憮然に思いつつも、優先順位を決定する立場にあるため、どうしてもアスプリク捜索には消極的にならざるを得なかった。


「すでに聞き及んでいるとは思うが、王国内で反乱軍が蜂起した。これを鎮圧するために、今から国境の守備隊を残して、急ぎ王都圏内まで引き返さねばならん。下手をすると、手薄な王都が反乱軍に制圧されかねんからな」


 なお、この時丁度、ヒサコとコルネスが袂を別った時であり、王都籠城が難しくなっていた。

 ヒーサ・ヒサコ間の情報共有があればこその芸当であるが、すでに反乱鎮圧のために全力を出さねばならなくなっており、とてもではないがアスプリク探索に注力できる状況ではなかった。


「それに『影の湖ラゴ・デ・オンブレー』は瘴気の立ち込める禁域です。そこの捜索など、一般の兵士を送り込んでも犠牲を増やすだけです。せめて、小隊ごとに治癒や浄化の術が使える術士を配備しなくては、ろくな捜索ができないでしょう」


 湖周辺に足を運んだことのあるライタンからの忠告である。アスティコスは舌打ちしながらも、それを受け入れざるを得なかった。

 戦が始まれば、治癒系の術士はいくらいても足りなくなるほど重要度が高まる。そんな貴重な人材を捜索に回せるかと言うと、当然それは拒絶であった。

 特に、兵士らの命を預かる将軍であるサームやアルベールからは、露骨に拒絶の意志を示す仕草が見受けられた。

 治癒系の術士がいてくれたらば助かった、などと言う場面が往々にしてあるため、武官の二人は戦力の分散など到底認められなかったのだ。

 だが、アスティコスもまた諦めが悪かった。


「だったら、私一人で行ってくるわよ! 治癒の術だって使えるし!」


「それもやめておけ。アスプリクが単独行動を取った結果を忘れたか?」


 ヒーサの問いかけに、アスティコスは回答に困った。

 魔力を使い果たし、後方で休んでいたところを、アスプリクは誘拐されたのである。

 単独行動をすることは、どうぞ好きに狩ってくださいと言っているようなものだ。

 ましてや、相手の拠点での話である。余計に危険が大きいと判断せねばならなかった。


「それに、アスティコス殿が腕に自信がおありと言えど、浄化の術式を常駐させたまま捜索するのは骨が折れましょう。一方、闇の神の信徒たる《六星派シクスス》は闇の力の加護を受け、瘴気の中であろうとも動きに制限されますまい。やはり単独での捜索は控えるべきかと」


 ライタンのこの一言がとどめとなった。

 アスティコスは身動きできない不甲斐なさを恥じ、その怒りを拳に込めて机に振り下ろした。

 盛大な音と共に長机が揺れ、アスティコスの隣に座っていたサームがこれを宥めて椅子に座らせた。


「となると、優先すべきは反乱軍の鎮圧でしょうな。趨勢が決してしまえば、捜索の方に人員を割くこともできるでしょうし、手順通り進めてまいりましょう」


 サームとしてはまず反乱軍の鎮圧、次いでアスプリクの捜索と順序立ててやることを提案し、それはおおむね了承を得た。

 不機嫌なアスティコス以外は、全員賛同したと言えた。


(だが、むしろここからが面倒なのだよ)


 ヒーサはいよいよ切り出す時が来たと判断した。

 なにしろ、この情報を表に出せば、アルベールは確実に離反するであろうし、それに同調する者も出てくる可能性が高かった。

 だが、ルルに知られている以上、隠匿するのも不可能であり、自分の口から堂々と発するべきだと、意を決して口を開いた。


「ところが、状況はさらに複雑で、思ったほど簡単に鎮圧できるわけではないのだよ」


 そう言って、ヒーサはルルに視線を向けた。

 会議が始まる前からルルは挙動がおかしく、何かに怯えている素振りさえあった。

 そんな妹をアルベールは怪訝に思いつつも、何かあれば話してくるだろうと考え、軍議に集中していた。

 そのルルにヒーサがいよいよ注意を向けたのだ。


「ルル、話してやれ。特にアルベールにな」


「は、はい……」


 どう話すかはお前次第。ヒーサはルルを突き放し、どう出るかを伺った。

 それ次第では“処分”も有り得たが、出来ればそうなって欲しくはなかった。ルルは有能な術士であるし、失うには少々惜しいのだ。


(あと、なかなか可愛かったし、“味見”くらいはしておいてもよかったかもな)


 などと不埒な事を考えたりしたが、それはさすがに口にはしなかった。

 なにしろ、ヒーサのすぐ横には、『鬼丸国綱おにまるくにつな』で武装したティースがいるのだ。

 切れ味は抜群であり、鉄すらスパッと斬り割くほどの威力がある。

 おまけに、この刀を持って以来、ティースがやたらと好戦的になっており、呪いか何かかと疑いたくなるほどだ。

 今もヒーサの“処分”の意志を察してか、いつでも斬りかかれるように柄に手を当て、弄んでいた。


「ルル、何か言いにくそうだが、話してくれ。会議の前から何やら様子がおかしかったし、どうにも聞かねば、こちらも落ち着かん」


「は、はい……」


 兄からの催促に、ルルはいよいよ退路を塞がれた。

 話せばどうなるか、予想は付いている。下手をすると、この場で乱闘騒ぎにすらなりかねない。それほどの情報だ。

 だが、今更同行できる状態でもなく、ルルは泣きたい気持ちを堪えて口を開いた。


「お兄様、反乱軍がどういう存在なのか、御存じですか?」


「ん? たしか、サーディク殿下を旗頭に、挙兵したとは聞いたな。まあ、その周囲にいるのは、シガラ公爵家に恨み辛みのある連中だろう。セティ公爵家とか、現法王によって閑職に飛ばされた高位聖職者とか、色々と思い当たる」


「……その謀反に加担している叛徒の中に、か、カイン様が含まれているのです」


 ルルより発せられた言葉は、アルベールにとって並大抵の衝撃ではなかった。

 あまりの事に言葉の意味が理解できず、数秒の沈黙と思考の後、ようやく理解が追い付いた。

 主君カイン恩人ヒーサに背いた、という事に。


「ど、どういう事だそれは!?」


 カインはシガラ公爵領で、それなりに充実した生活をしているはずだ。

 アーソ辺境伯は引責辞任と言う形で退き、公爵家預かりの身としてルルのような術士や移住者を率いてシガラの地に移り住み、そこで暮らしているはずだ。

 それが公爵家への謀反である。

 なぜそんなことになったのか、アルベールの理解の及ぶところではなく、ただただ狼狽するだけであった。



             ~ 第八話に続く ~

 

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ヾ(*´∀`*)ノ

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