第十六話 戦争勃発!? 新妻 vs 妹(自分)!
ヒーサとティースの結婚式も無事に終わり、場所を大聖堂近くの広場に移していた。
王命による結婚式であったため、王都では祭りの様相を呈しており、式に列席していた貴族のみならず、一般の都人もまた飲めや歌えの大はしゃぎであった。
広場の方では人々が自由に出入りしては、噂の新郎新婦とその“妹”を眺めては祝辞を述べ、事件の鎮静化を喜んだ。
「シガラ公爵毒殺事件」は民草の中でも話に上るほどに話題性があり、数々の噂が飛び交った。それを鎮める意味でも、御前聴取での情報は公開されており、注目が更に集まった結果であった。
特に情報の封鎖や操作が行われなかったのは、今回の事件の“黒幕”である異端宗派《六星派》への牽制という意味合いが強い。
異端者が裏で蠢動し、両家を仲違えさせるために今回の事件を引き起こした、ということで多くの者の意見は一致しており、お前らの策は失敗だぞという感じを見せつけるための早めの婚儀なのだ。
そのため、《六星派》の勢力拡大を阻止したい、王家や教団関係者が協力的であり、このお祭り騒ぎとなったのだ。
話題の中心に上る“三人”を見てみたい。好奇心が呼び水となり、広場にはドッと人々が押し寄せ、ヒーサ、ティース、そして、ヒサコを遠巻きに見つつ、手を振る三人に歓声を上げた。
そんなこんなが一日中続き、ようやく解放されたのは夜になってからだ。
一行は公爵家の上屋敷に戻り、居間のでようやく一息つけるようになった。
「やれやれようやく終わったな。と言っても、明日も似たようなものだがな」
うんざりすると言わんばかりに、ヒーサはすでに重たい礼服を脱ぎ捨て、普段着に着替えていた。ヒサコやティースも同様で、こちらも服を着替えていた。
居間にいるのは合計で五名。ヒーサ、ヒサコが並んで椅子に腰かけ、その後ろにテアが控えていた。三人と机を挟んだ反対側にティースが腰かけ、その後ろに彼女の専属侍女が立っていた。
なお、その専属侍女は殺気にも近い気配を放ち、ヒサコを牽制していた。御前聴取の際にもティースに侍っていた侍女であり、あの有様を眺めていたため、ヒサコへの警戒が否応なく高くなっていたためだ。
「お姉様、そちらのキャンキャン吠えてる雌犬をどうにかしていただけませんか? 一日中、こちらに飛び掛からん勢いで見られて、いい加減肩が凝って来たのですけど」
それに対して、挑発するようにヒサコが言い放ち、ティースもお付きの侍女も気を悪くしてか、さらにヒサコを鋭い視線で睨み返した。
そこへペチッっとヒーサが妹の頭を叩いた。
「お前もいい加減にせんか。姉となった方への礼に欠ける」
「あら、私はまだお姉様を姉と認めてはおりませんよ。私の家族はお兄様だけですわ」
お姉様呼びしておいて、この言い草である。表面的には取り繕うが、身内はあくまでヒーサのみ。そう言わんばかりの傲岸な態度であった。
ちなみにヒサコは、“生まれてすぐに捨てられたため、性格が歪みに歪み、頭は切れるが妙に子供っぽく、メスガキと妖婦を足して二で割らない娘。でも、優しいお兄様の前だけ可憐な少女を表に出す貴族令嬢(十七歳)”という設定の下、動かしていた。
テアには「設定盛り過ぎぃ~」と呆れられたが、ヘイト稼ぎ要員として目立ってしかも特徴ある存在でいなければならないため、それで通すことにしていた。
「すまんな、ティース。どうも唯一の身内であった分、こいつには甘くなってしまってな」
「お気持ちは御察しします。もちろん、私に弟や妹がいれば、似たような状態であったでしょうし。ああ、私にも可愛らしい妹がいてくれたらな~」
なんとも棘のある言葉を最後の放ち、ティースとヒサコの間ではバチバチと視線がぶつかり合って火花が散った。
「それはさておきだ。テアは成り行き上紹介したが、まだそちらの侍女は紹介してもらっていなかったな。今後よく顔を会わせることだろうし、名を聞いておこうか」
ヒーサがティースの後ろに控えていた彼女の侍女に目をやった。ティースよりかは少し色が濃いめの茶髪をしており、波打つ髪は後ろで髪留めで束ねられていた。視線の鋭さや気配からただ者ではないことは、すぐに察しがついていた。侍女というより、護衛と言った方が適切なほど、鍛錬を積んでいる体つきをしていた。
「彼女の名前はナル。齢は私より少し上で、小さい頃からずっと私の側にいてくれています」
ティースがそう紹介すると、ナルと呼ばれた侍女はヒーサに向かって恭しく頭を下げた。
「そうか。では、ナルとやら、今後ともよろしく頼むぞ。引き続き我が妻の“護衛”を続けてくれ。なにかと物騒であるからな」
「あら、やはりお気付きになられましたか」
「気配が普通の侍女と一線を画するものがあるからな。相当な鍛錬を積んでいるのだろう。もっとも、武芸達者なティースには、護衛は不要かもしれんがな」
ヒーサがニヤリと笑うと、ティースもつられて笑ってしまった。武芸が達者であることを褒められるなど、女の身の上ではあまりないので、それが純粋に嬉しいのだ。
だが、そんな彼女に冷や水を浴びせるのが、ヒサコの“役目”であった。
「でも、お兄様、そのナルとかいう女、侍女でも、護衛でもなく、どちらかと言うと暗殺者の類に近いですよ」
「なに?」
ヒーサは目を見開いて驚き、ナルをまじまじと見つめた。しかし、見た目はどこにでもいそうなメイドであり、どこにもそれらしい点は見つけられなかった。
「ヒサコ、言いがかりはよしていただけませんか。私が暗殺者を連れてるなど・・・」
「スカートの下、刃砕剣と盾剣がありますね。まあ、これだけなら護衛用の武器と言えなくもありませんが、体の各所にぶっとい釘のような短剣、投擲用でしょうね。あと、鍵開けに使うのでしょうか、針金も仕込まれてますね。それにメイド服の下は鎖帷子ですか。動きが阻害されないギリギリの重さ、フフッ、よくできておりますわ」
ヒサコはわざとらしく怯えて肩をすくめつつ、ナルに拍手を送った。
どうやら正解であったらしく、ナルは鋭い視線をヒサコにぶつけてきた。
「あらあら、飼い犬が吠え立てるなんて、躾がなっていませんわね。主人の程度が知れると言うものですわ。フフッ、いつ調べたって顔してますけど、答えは簡単。昼間の広場で横に立った時やすれ違う際に、ササッと触れて調べたのよ。油断よねぇ~。護衛失格よ、あなた」
「……無礼な発言は、その辺りにしていただきましょうか」
いよいよ鋭い視線に乗せて殺気まで放つようになり、今度はヒサコとナルが火花を散らすほどの視線を交わした。
一触即発。互いに不自然なほど自然なリラックス状態。これこそ、瞬時に攻撃体勢に入るための、予備動作であった。
「こらこら、よさんか。これからよく顔を合わすと言ったばかりだぞ。毎回これでは身が持たん」
ヒーサが身を乗り出して二人の間に割って入り、ヒサコがそっぽを向いて事なきを得た。腕を組み、鼻息荒く、怒りをあらわにする様は、とても貴族のお嬢様には見えない態度だ。
「お兄様は気楽でいいかもしれませんが、暗殺には気を付けてくださいよ。現に、我が家の侍女が、宗教に狂って内通していたんですから。どこの誰とも知れず、しかも暗器を隠し持つ輩が、お兄様を殺れる間合いに入っているのが、私としては心配なんですから」
「それでは、私がヒーサを暗殺しようとしているみたいではありませんか!」
いよいよ我慢できなくなり、ティースは席を立ちあがった。腰に剣でも帯びていたら、間違いなく抜いていたであろうほど、激高した表情でヒサコを睨みつけたが、ヒサコはそっぽを向いたままだ。
「でしたら、なぜ侍女に暗器を持たせたのか、納得のいく理由をお聞かせしてほしいものですわ」
「私の護衛だと言ったでしょう!?」
「護衛だと言うのであれば、堂々と剣を帯びて侍ればよいだけのこと。暗器を持たせる理由にはなりませんわ」
ヒサコは鼻で笑い、あくまでティースのやり方を責め立てた。
またしても険悪な雰囲気が生み出されたが、ここもヒーサが割って入った。
「だから、止めんか、二人とも! 姉妹になったのだから、あまり喧嘩ばかりでは、我が家の評判に関わるというものだ。とにかく、双方とも、大人しくしなさい」
ヒーサの言うことには逆らえないのか、ヒサコはまたそっぽを向いてしまった。なお、わざと聞こえるように舌打ちをして、ティースをますます不快にさせた。
「まったく、お前と言う奴は……。ティース、明日も色々と忙しい事だし、今夜はお開きとしよう。君の屋敷に戻って、ゆっくりするといい」
「え……。い、いいんですか? 屋敷に帰っていいんですか?」
なにやら急にティースはもじもじと恥じらう姿勢を見せ、どうしようとばかりにヒーサとナルを交互に視線を送った。
その光景を見たヒサコが、またしても大声で怒鳴りつけた。
「これだから、初心なお嬢様は! お兄様に床に呼ばれるとか考えてたんでしょ! あぁ~、ヤダヤダ。暗器ブラブラ下げて、呼んで貰えるなんて思っている方が浅はか過ぎるわよ! むっつりなお姉様は、武装解除してから出直してきなさいな」
「おいおい、ヒサコ」
「お兄様! 別にむっつりお姉様を床にお誘いになるのは構いませんが、心配ですので、しっかりと見張らせていただきます。お二人で床に入ったのを確認し、私はそのまま朝まで部屋の中で椅子に腰かけながら監視を続けますので、どうぞ致して下さいな」
ヒサコの無茶苦茶な言い様に、ティースもさすがに混乱してしまい、恥ずかしさから顔を真っ赤にしてしまった。手でそれを覆い隠し、妙な呻き声が口から漏れ始めた。
実のところ、これは図星だった。
そもそも、この日の夜は二人が夫婦となった初めての夜である。結婚初夜は夫婦揃って床入りするものだと聞かされていたため、不安半分期待半分の気持ちで公爵家の上屋敷に踏み入ったのだ。
しかし、待っていたのは、妹からの嫌味ったらしい口撃の数々であり、その気分はすっかり萎えてしまっていたのだ。
そして、夫からは“今夜はいらないです”宣言が放たれた。初めて尽くしのこの状況、困惑しない方が無理であった。
これは夫の気遣いか、あるいは暗器云々の件で警戒されたのか、それとも女としての魅力に欠けるのか、判断の難しい状況だ。
それにも増して、ヒサコの存在がいろんな意味で邪魔過ぎた。
「まあ、明日も忙しいし、体力は温存しておきたいからな。他意はない」
優しい笑顔と共にヒーサの口から発せられた言葉に、ティースは自分の修行不足を痛感した。状況の整理がつかず、動揺するだけの今の状態では、床入りしても迷惑ではないのかと考え、早めに引き上げた方がよいと判断した。
席から立ち上がり、恥ずかしそうに軽く頭を下げてから部屋から退出しようと動いた。同じく、ナルもまた主人の後に続いた。
「二人とも、おやすみ。……ああ、ナル、ちょっと待った」
呼び止められたナルは無言で振り向き、ヒーサの言葉を待った。
そして、それは心臓を握り潰されるほどの衝撃を受けた。
「その髪留めは“危ない”かな。明日は“実用的でない”物でお願いしたい」
ナルはその言葉に動揺し、上手く即答ができなかった。ただ、軽く頷き、頭を下げ、そして扉を閉めて主人の後を追っていった。
そして、部屋には兄妹と従者の三人が残り、その従者は先程までティースが腰かけていた椅子に座った。そして、テアは今まで押し黙っていた分を一気に放出した。
「ヒーサ、あなた、演技力上がり過ぎでしょ!? 一人二役、完璧にこなしているわよ。ヒサコが実体のある“幻”だなんて、とてもじゃないけど思えなかったわ」
「我ながら凄いと思ったぞ、実際」
ヒサコは実在しない妹である。それが実在しているかのように会う人すべてが錯覚しているのは、習得しているスキルの効力に他ならない。
《性転換》に始まる兄妹の入れ替わりから始まり、《投影》による分身体の作成まで行えるようになった。そして、つい先日には《手懐ける者》のスキルを手にし、自分で自分の体を手懐けるという予想外の行動によって、分身体の動きが更に滑らかになったのだ。
喋り方から各種表情に至るまで、より操縦者の意図するように動くようになり、ますます本物と分身体の差が縮まっていったのだ。
「まあ、これで心置きなく旅立てるというものよ」
「・・・本気で茶の木を探すの?」
「とりあえずは、エルフとやらに聞いてみて、それでダメなら領地に戻って考え直す」
ヒーサはお茶が飲みたかった。なにしろ、転生前は合戦続きで茶を楽しむ余裕すらなく、転生後はお茶の存在すらない世界を彷徨っている状態であった。文化人であり、茶人でもある松永久秀にとっては、耐えがたい状況なのだ。
ゆえに、植物に詳しいエルフを訪ね、茶の木か、あるいはそれに類する植物を手にしようとしていた。
ただ、茶が飲みたいという一念を叶えるために。
「具体的にはどうする気?」
「エルフの住んでいるネヴァ評議国に、“ヒサコ”の姿で赴く。領地の政務は、“ヒーサ”の分身体を置いて代行させる。まあ、操作は自分がするから、実質的には自分が政務をこなすことにはなるがな」
「で、私もそれに同行しろと」
「魔力源がないと、分身体を形を維持できないからな」
分身体の維持には魔力が必須であり、それをもっているのは女神であるテアだけだ。本体と分身体は《手懐ける者》によって見えない縄で縛りつけられており、それを介して魔力の供給が行えるようになっていた。
「でも、それだと政務秘書は誰にやらせるの? 私が付いていったら、身の回りの世話くらいなら他の侍女でも大丈夫だろうけど、秘書官はちゃんとした教養持ちでないと難しいわよ」
「それはティースに任せる」
「いきなりの嫁起用!?」
なんとも、大胆な登用であった。つい先日まで、事件の真犯人としてヒーサを疑っていたティースを、公爵家の政務に携わらせると言ったのである。驚くなと言うのが無理なほど、断端極まりない秘書官採用宣言であった。
「貴族としての教養もあるし、なにより政務の多くはおそらく“実質”吸収したカウラ伯爵領の差配に追われることになるだろう。そうなると、そこの出身者が近くにいてもらった方がいい」
「てか、伯爵領の相続人だしね」
「そうだ。ティースにしても、好き放題伯爵領をいじくり回されるよりかは、政策決定に自分の意向を入れやすい位置を確保するのに、反対する理由はないからな」
「おやおや、優しいご配慮なことで」
「すべてを奪うのは、食べ頃になってからでよい。今強引に奪ったところで、食べる箇所も少ないしな。肥え太らせてから食べる。さながら鵞鳥の肥大肝のようにな」
太らせ、それから食べる。カウラ伯爵領において特産品化が進んでいる鵞鳥のごとく、最後にはきっちりいただくとヒーサは宣言した。
焦らず、じっくり太らせ、食べ頃を待つ。実に理に適ったやり方であった。
「で、そのやり方を嫁さんにも適用すると」
「ククク……、女神よ、おぬしも分かってきておるではないか」
ヒーサは下品な笑みを浮かべ、わざとらしく舌でペロリと唇を舐めた。なかなかにど堂に入った悪役ムーブであった。
「女を堕とすのは、城を落とすのと同じこと。じっくり焦らせ、攻め立てる。女子を手にする策はな、撫でたり、賺したり、敏感なところを心も体も少しずつ刺激するのだ。後は向こうから、抱いてくれ、抱いてくれと、じきにせがんでくるようになる。ああいう気の強い女が、そういう風に様変わりする姿を眺めるのは、なんとも楽しい」
「このスケベ爺め……」
なんとも楽しそうなヒーサの姿に、テアは呆れ果ててため息を吐いた。やはり、目の前の男は、どこまでも欲望に忠実なのであった。
「そう言えばさ、ナルだっけ、あの侍女。よく色々と仕込んでいるのが分かったわね」
「当然であろう。《暗殺》のスキルが最初から備わっていると言ったのは、おぬしではないか」
「ああ、そういえばそうだった。盗みのことは泥棒に、暗殺のことは暗殺者に、ってか」
「どうやら、その手の感覚にかなりの補正が入るみたいでな。仕込み武器の類はなんとなく分かるようだ。あちらさんは大慌てしていたがな」
つまり、おちょくって楽しんでいたということである。新たなスキルを手にした後のヒサコの動作確認もあるだろうが、これもまた女を焦らせるテクニックの一つだと言わんばかりであった。
「そんなもんか~。……あ、去り際に言った髪留めってなんのこと?」
「ああ、あれはな、小型の炸裂弾だ。導火線を差し込み、火を付ければ、たちまち爆弾に早変わりする、そういう擬態を施した髪留めだ。大きさ的に大した威力ではないがな」
「おおう、マジか。物騒なメイドさんだな~」
「正確には、暗殺者や工作員にメイドの格好をさせてるだけだ。分かりやすい殺気を放ったり、こちらへの牽制のつもりだったのだろうが、却って逆効果よ。腕前がまだまだ未熟というものだ。ワシを殺りたいのであれば、百地丹波や伊賀崎道順くらいにはなってほしいものだ」
不敵に笑うヒーサに、テアはゾクリと背中を走り抜ける寒気を感じた。見た目は優男な貴公子であろうとも、中身は乱世を駆け抜けた戦国武将だ。
「ねえ、ヒーサ、……いえ、ヒサヒデ、あなたって、どれくらい人を殺めてきたの?」
「それを答えられるようでは、一端の武将とは言えんな」
要は、数えられないということだ。頼もしくもあり、恐ろしい存在だ。魔王を見つけるのに不可欠な冷徹さではあるが、それでも目の前の男を相方に選んだことを、まだ女神は悩んでいた。
(本当に大丈夫なのかな~)
こうして、何事もなくヒーサとティースの結婚初夜は終わった。
それは喜ぶべきか否かなのかは、神様にも分からなかった。
~ 第十七話に続く ~
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ヾ(*´∀`*)ノ




