第六話 軍議開始! 囚われのお姫様を救出せよ!
王宮でヒサコが会議を開いていた頃、アーソ辺境伯領においても会議が開かれていた。
ヒーサ率いる王国軍はジルゴ帝国皇帝ヨシテルを討ち取り、帝国軍を退けることに成功した。
当然、勝利による喜びで兵士らは歓声を上げていたが、将ともなるとそうはしゃいでいると言うわけにはいかなかった。
部隊の損害を踏まえて軍の再編を行ったり、あるいは負傷者を治療施設に運ぶように手配したりと、何かと忙し待った。
だが、それは中級指揮官に任せて、軍の最高幹部は神妙な面持ちで会議室に集っていた。
ちなみに、集まった顔触れは全員で八名だ。
長机の上座にヒーサが座り、その両脇に妻のティース、その従者のマークが立っていた。
そして、ヒーサから見て右手側に将軍のサームと森妖精の術士アスティコスが座し、左手側に将軍のアルベールとその妹で術士のルルが席に着いていた。
そして、上級司祭のライタンがヒーサと長机を挟む形で座していた。
なお、アスティコスとルルの雰囲気がおかしい事は、それぞれの隣に座っているサームとアルベールがいぶかしく思うほどであった。
アスティコスは苛立ちや焦りを隠せず、机を指でコツコツと叩き、さっさと始めろと言わんばかりだ。
一方のルルはと言うと、兄アルベールの顔を見ては何かを話そうとして、それを中断するという動きであり、事情を知らぬアルベールも混乱する一方であった。
「さて、揃ったことだし、軍議を始めるとしよう」
ヒーサの一言で意識が逸れていた者も上座へと注意を向けた。
「聞き及んでいる者も、初耳の者もいるが、単刀直入に話そう。アスプリクが攫われた」
「なんですと!?」
驚きの声を上げたのは事情を知らなかったライタンであった。
また、初耳であったサームやアルベールも同様で、目を丸くして驚愕を色をあらわにした。
アスプリクは皇帝ヨシテルとの戦いで消耗しきっており、会議の席に現れなかったのも体調が優れないからだと思ってみれば、まさかの誘拐である。
だが、アスティコスが殊更不機嫌な理由の説明にもなっており、それが事実だと言うのもすぐに察する事が出来た。
「それで下手人は!?」
「黒衣の司祭カシン=コジだ。あやつめ、こちらがヨシテルとの戦いに集中している事にかこつけて、後方で休んでいたアスプリクを掻っ攫っていった。これは私の落ち度だ。今少し気を回していれば、防げたかもしれん事態だったな」
などと言う割には、ヒーサの表情からは焦りが一切存在しない。まるでさもありなんと言う態度で、平然としていた。
当然、そのような態度はアスティコスを更に苛立たせるのに十分であった。
そもそも、アスプリクは色々と微妙な立ち位置にいる。王族ではあるがそれに関する特権はなく、火の大神官と言う地位にあっても、実質的には職を辞しているようなものだ。
緊急時の出戻り、戦時特有の野戦任官、そういうなんとも言えない立場だったのがアスプリクなのだ。
強いて言えば、“シガラ公爵家の客分”が一番しっくりくる立場であり、それゆえにその身柄の責任は公爵家当主のヒーサに帰すると言えよう。
誘拐の責任はヒーサにある、と言っても過言ではなった。
「で、アスプリクの捜索はどうなさるので? 放っておく、などとは言いませんよね!?」
当然、アスティコスは語気を強めてヒーサを睨み付けてきた。
アスティコスにとっては姪っ子の安全こそ何よりの最優先事項であり、他の事などはむしろどうでもよかった。
王国が内乱で荒れようが、アスプリクの安全と住処さえ保証されていればいい。そういう考えだ。
「まあ、落ち着け、アスティコス。アスプリクの行先はある程度は予測できる」
「本当!? どこよ!?」
「カシンが重大が手がかりを残していったからな。それについて話そう」
ヒーサはアスティコスを落ち着かせ、視線をぐるりと動かし、全員を見回した。
「カシンはこう言った。『魔王を覚醒させる』とな。そして、アスプリクをその儀式に用いているとも。つまり、アスプリク自身が魔王として覚醒しなくても、魔王を第三の候補に落とし込む、呼び水とするために攫われたと言う事だ」
「そんな事は分かり切っています! 問題はどこでどのような儀式が行われているか、ということです!」
激高するアスティコスの脳裏には、想像するのも悍ましい光景が浮かんでいた。
アスプリクが台座に縛り付けられ、その周囲を黒衣に身を包んだ狂信者が取り囲み、薬や術で意識が朦朧とする少女の体にあれやこれや……。
そんな許されざる情景が思い浮かび、アスティコスをますます焦らせるのであった。
「でだ、その儀式の場所とやらに、ある程度の目星が付いているのだ。ライタン、お前がもし《六星派》の司祭であると仮定した場合、魔王覚醒の儀式、どこで執り行う?」
不意の投げかけにライタンは目を丸くして驚いた。
しかも、異端者として魔王を蘇らせると言う、神職にとっては冒涜以上の仮定をせよとの事だ。
本来ならば激怒して然るべきなのだが、ライタンは特に怒りはしなかった。方向性が違うとはいえ、自分自身もある意味立派な異端者であり、今更感が強いのだ。
なにしろ、やむを得ない事情があったとは言え、法王を僭称し、教団を分裂させた身である。
“異端者”の思考をなぞるくらい、造作もないことであった。
「まず、魔王を呼び起こす儀式ともなると、少し準備した程度の設備ではまず不可能でしょう。できれば、重要霊地を確保し、呪法陣や闇の術式に精通した術士を揃えておくのが妥当かと思われます」
「そうだな。私も術士でないのでその手の事には詳しくはない。せいぜい本で得られた乏しい知識程度だ。だが、これだけはしっかり覚えている。そう、この世界の創世神話についてだ」
このヒーサの発言で全員がピンと来た。
まさに打って付けの場所が、神話の逸話に騙られていたからだ。
「『影の湖』ですか。可能性としては高いですな」
「常識に捉われて、足元がお留守になっていた、ということだ」
『影の湖』は創世神話において、ほぼ終幕に登場する場所だ。
原初の世界は混沌なる闇の中であり、そこに五柱の神、火の神オーティア、水の神ネイロ、風の神アーネモース、土の神ホウア、光の神フォスが降臨し、世界を創造したとされる。
その過程で、名すら失伝した闇の神との戦いがあり、ついにはそれを打ち倒して世界は今ある姿を手に入れた、と言う事になっていた。
そして、五柱の神が最初に降り立った場所こそ、《五星教》の総本山である『星聖山』なのだ。
五つの山が連なってそびえ立ち、それぞれの神が降り立ったとされる場所には、神殿が建立されていた。
その聖なる山の裏手にあるのが、呪われた湖とも謳われる『影の湖』が存在していた。
こちらは闇の神の台座があったとされる場所で、五柱の神との激しい抗争の末に打ち倒された。戦いの激しさを物語るように巨大な穴が開き、いつしか湖へと変じた。
それが『影の湖』と呼ばれる場所だ。
「あそこは誰も立ち入らない禁域ですからな。聖山の裏にあって山の影となり、陽が射すこともほとんどない場所。闇の神の瘴気だとか言われて、生物もろくにいません。潜むには、あるいは儀式を執り行うのには、これ以上にありませんな」
ライタンはヒーサが目星をつけた場所で間違いないと、太鼓判を押した。
ライタン自身、湖より漏れ出た瘴気の浄化のため、幾度か足を運んだことがあり、出来れば近付きたくない場所だと考えていた。
だが、逆に《六星派》からすれば好都合な場所でもあった。
人目に付かず、それでいて王都や聖山から近いので、情報収集や工作活動にも打って付けの拠点となり得た。
また、闇の神の領域であるので、その落とし子たる魔王が目を覚ます場所としても最適であった。
「よし! そうと分かれば、突っ込みましょう! アスプリクを取り戻すのよ!」
アスティコスは勢いよく席を立ち、決起を促すべく威勢よく拳を振り上げた。
だが、反応は鈍い。誰の顔を見ても、難色を示すものばかりであった。
敵拠点に突っ込み、アスプリクの身柄を奪還する。この点には誰も異論はない。
だが、事がそう簡単に運ぶとは、誰も考えていなかったのだ。
~ 第七話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




