第四話 造反宣言! 悪役令嬢、堂々たる宣戦布告を受ける!
その場は爆弾が投げつけられ、豪快に炸裂したかのように空気がめちゃくちゃに、それでいて熱を帯び始めていた。
あろうことか、守りの要である将軍のコルネスが、反乱軍に加担すると宣言したのである。
それもヒサコに向かて堂々とだ。
いかなる理由があってそんなことを述べたのか、居並ぶ人々は訳が分からず、顔を見合わせてはざわつくばかりであった。
ヒサコはそれを手で制し、静まるようにと促した。
「反乱軍側に加担したいと言うのであれば、それはそれで構わないけどね。ただ、理由や事情くらいは説明願えると有難いのだけど?」
ヒサコはジッとコルネスを見つめたまま視線を動かさず、こちらもズバッと正面から尋ねた。
実直な男であるし、腹の探り合いよりも、真っ向から話した方が分かりやすくていいとの判断からだ。
「正直に申します。もうあなたを信用する事が出来ないからです」
コルネスもまた堂々たる返しであった。
国母摂政たるヒサコに対してのこの物言いは、その場で捕縛されてもおかしくないほどの暴言であったが、ヒサコは周囲の兵士にそうした指示を出したりはしなかった。
それどころか、話を続けるようにとコルネスに促すほどだ。
「こちらを……。反乱に加担している事が確定している者の名簿です」
「そのようね。それがどうかしたの?」
「この中に、アーソ辺境伯領の“元”領主カイン様の名が入っています。これが何を意味するのか分かっておいでか!?」
コルネスの怒声が響き渡り、それによって促されたのか幾人かが名簿の書類に目を落とした。
そこには確かに反乱加担者の中に、カインの名が記されている事に気付いた。
そして、それは容易ならざることであるともすぐに判断できることでもあった。
現在、カインは辺境伯の称号を辞しており、相続人は亡くなった宰相ジェイクの妻であるクレミアに渡っていた。父と娘の間での相続なので、特にこれと言った問題はない。
今は騒乱のゴタゴタがあるので、シガラ公爵家が軍の駐屯地として利用しているが、“いずれ”はクレミアの元に戻る“はず”なのだ。
だが、それは真っ赤な嘘であることは、今までのヒサコの言動から容易に想像できることでもあった。
「このままシガラ公爵の軍隊をアーソの駐留させ、実効支配を続けるおつもりですな!? うやむやの内に領地を分捕る、それがあなたの狙いですね、国母様!」
ヒサコに詰め寄るコルネスの表情は怒りに満ちていた。普段はそれほど表情豊かと言うわけではなく、ここまでしっかり感情を表に出すのは珍しい事であった。
だが、そんな激しい炎を思わせるコルネスに対し、ヒサコは実に落ち着いていた。
「あら、その事に気付いちゃったか。まあ、そりゃそうでしょうね」
「やはり、ですか。ヒサコ様、あなたは宰相閣下との約束をなんと心得か!?」
「ふふ~ん。まあ、ありきたりな言い方かもしれないけど、死人との約束なんて、小銭一枚の価値もないわよ? 残念でした~♪」
「あなたと言う人は……!」
ついうっかりヒサコを締め上げようと、思わず腕がヒサコの襟首に向かおうとしたが、それは寸前で思い止まった。
どうにかギリギリ堪えたコルネスに向かって、ヒサコはニヤニヤ笑って応じ、まるで激発するのを待つかのような態度で話を続けた。
「はっきり言うとね、シガラ公爵家、出費がかさみ過ぎているのよ。戦支度や新事業の立ち上げなんかでね。コルネス、軍人のあなたならどれだけ銭を使ったか、分かるんじゃなくって?」
「ええ、分かりますとも。シガラ公爵軍の装備は質の高い最新式の物ばかり。銃や大砲、あれを揃えるのも相当な金額が必要です。むしろ、“財”の公爵たる、シガラ公爵家でなければ揃えるのも不可能でしょう」
「そうそう。んで、実際に功績を上げた。あたしもそうだし、お兄様もね。帝国軍相手に頑張った。その点は納得してもらえる?」
「それは認めます。お二人、兄妹揃って比類なき活躍を見せ、確固たる名声を得ておりますので」
なにしろ、コルネス自身がヒサコの指揮の下で、長らく帝国領内で戦っていたのだ。
数の不利を補うために数々の策を弄し、散々に相手を翻弄しては戦果を挙げてきた。それを最も間近で見てきたのがコルネスだ。
この点では文句のつけようもなく、また、今回はヒーサの指揮の下、ついに皇帝すら討ち取ったのだ。
もうこの国でこの兄妹に対して、表だって文句を言うのも難しくなりつつあった。それほどまでに、ヒーサ・ヒサコ兄妹の功績が大きすぎるのだ。
事実、カンバー王国はこの兄妹に乗っ取られたに等しい状態になっていた。
我意のない赤ん坊を国王に据え、兄は“全軍統括大元帥”として軍務を統括し、妹は国母摂政として政務を取り仕切っている。
軍事、政治両面を牛耳り、確固たる地位、権限を得ていた。
これに“帝国を退けた”という名声が加わっては、もう揺るがしようのない権力基盤が確立したといてもよい。
ある意味、この兄妹による“二頭”独裁政治に異を唱える最後の機会と捉える事ができ、謀反によって状況をひっくり返せる唯一無二の機会でもあった。
「そうなるとシガラ公爵家がさ、出費に出費を重ねて、その“見返り”がない状態なのよ。頑張ったんだし、御褒美や役得くらい大目に見て欲しいかな~」
「……まさか、その“見返り”とやらを、反乱分子から絞り上げるおつもりか!?」
「はい、正解!」
ヒサコは拍手で正解を導き出したコルネスに拍手を贈った。もちろん、正解したからと言ってどうということもないし、相変わらず発想が常人と違うと寒気を覚えるほどだ。
「今、大義名分が立った。帝国軍相手にこちらが悪戦苦闘をしているというのに、背後から妨害してきたんだし、完全に利敵行為よね? 当然、これに参加した家門は、そのことごとくを御取潰し、改易したって構わないでしょ? それをいただくってことよ。だから、参加してくれる貴族が多ければ多い程、逆に実入りも大きいってわけ」
「まさか、それを狙って、あえて不穏分子を野放しにしていたと!?」
「ええ。簒奪だなんだと叫んでいるけど、それ以上に今は“民衆”と“商人”がシガラ公爵家の支持基盤よ。英雄じみた活躍による名声と、新事業立ち上げによる金回りの良さ、これが公爵家の武器よ。だから、貴族の支持もそれほど必要じゃない。むしろ、減ってくれた方が整理できて嬉しいくらいよ」
「では、カイン殿が背いたのも、全て計算の内だと!?」
「ちなみに、なんで背いたのか、本人に聞いて来てご覧なさいな。そっちの方も納得すると思うから。あたし、結構えぐい事を実はカインにしていたからね。それに気付いたんでしょうよ」
ヒサコはここで大声で笑った。とても由緒ある貴族の出身とは思えぬほどの、品のない笑いだ。
そもそもヒサコは庶子であり、ヒーサが当主に就任してからの二年足らずの間に成り上がった。礼儀作法などあったものではない事も承知しているが、それでも国母としてどうなのか眉を顰める者もいた。
だが、それを咎める者はいない。もうこの場にはヒーサ・ヒサコに逆らえるほどの力を持つ者など、存在しないからだ。
むしろ、シガラ公爵家に引っ付いて、“おこぼれ”をいただいた方がいいとさえ考えている者の方が多いくらいだ。
「さて、ここまで話しておいてなんだけど、コルネス、あなた、どうする? あたしを裏切ってあっちに行く? それともやっぱり止めにして、あたしの下で栄達する?」
「まるでご自身の勝利が、確定しているかのような物言いですな」
「ええ、勝てるわよ。《六星派》と反乱軍が勝ち欲しさに、ガッチリ手を結ばない限りは」
笑顔を向けつつ、牽制をしっかり入れるヒサコであった。
無論、裏で実は繋がっている、あるいは先導されていることは気付いているのだが、その情報はまだ表に出ていない。コルネスにも、居並ぶ群臣にも、「悪魔に魂でも売る気か」という警告を発しているのだ。
なお、ヒサコの方が実は“悪魔のような所業”を繰り返しているのだが、国母となったヒサコに対してそれを咎める事が出来る者はいなかった。
そもそも、その悪行をやらかしていたと気付いている者の方が少ないのだ。
「……ならば、私はあえて反乱軍に参加する道を選ばせていただきます」
「ほほう。ここまで懇切丁寧に状況説明してあげたのに、“恩義”ある私のところを離れる理由は?」
「私が忠義を誓ったのはあくまで亡き宰相閣下に対してであって、あなたではないからだ! ヒサコ様が閣下との約束を反故になされるのであれば、従うべき理由は何一つありません」
「なるほど。つまり、新旧の恩義を天秤にかけた結果、旧い方を選ぶ。そういうことね?」
「左様です。その点はご理解いただきたい」
コルネスも下がるつもりはなかった。
正面から堂々と背き、それでいて勝利を収める。それでこそ武人としての面目を全うできると信ずればこそであった。
~ 第五話に続く ~
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