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第三話  援軍待ち! 籠城戦で持ちこたえろ!

「「アスプリク様が攫われた!?」」


 テアの報告を受け、王宮は騒然となった。

 アスプリクは王国最強の術士であり、その実力は皆が認めるところであった。

 実際、今回の対帝国戦線においても活躍し、その類稀なる術の才を如何なく発揮した。

 それが攫われたとなると、尋常でない大事なのだ。


「はい。わざわざ黒衣の司祭が攫った事を喧伝しておりましたし、間違いないかと」


 テアは確定情報である事を念を押して告げると、居並ぶ群臣らもどうしたものかを顔を見合わせた。


「しかし、なぜアスプリク様を《六星派シクスス》の連中が?」


「こちらの戦力低下を狙ってのことだろう。アスプリク様が抜け落ちたとなると、その穴は大きい」


「いやぁ、純粋に何かしらの取引材料にしたいのでは? 今回の帝国軍の動きに連動しているように思える。まあ、あまりにすんなりと皇帝を倒したので、時期がズレたと思うが」


 あれやこれやと議論を交わすが、これだという結論に至る事はなかった。

 とにかく、早急に手を打たねばならない事であり、どうするべきかと言う判断を求め、自然とその視線は上座にいるヒサコの方に向いた。

 注目が集まり、場が静かになるのを待ってからヒサコは口を開いた。


「私見を述べさせてもらうわね。あたしが思いますに、今回の反乱は《六星派シクスス》の動きに連動している、と考えています」


 バッサリと反乱軍の裏事情を言い放つヒサコに、周囲は当然驚いた。

 無論、ヒサコとしては敢えて強めの論調で反乱軍をなじり倒し、その正統性の無さをあげつらって、人の和を欠かせるのが目的であった。

 もちろん、あまりに飛躍した予測であり、賛同する事に難色を示す者もかなりいた。


「考えてもごらんなさい。本来なら、今はまだ前線で皆が必死で戦っているはずなのです。お兄様……、全軍統括大元帥コンスタブルが素早く対処してくれたため、早期に決着がつきました。しかし、もしそれが出来ずに膠着状態となっていたらば、今頃は挟撃されていますよ。内通者がいるか、あるいは《六星派シクスス》の構成員が紛れ込んで、反乱を煽ったと言う線もありますかしら」


 ヒサコは自論を補完する意味で追加の意見を述べると、確かにと頷く者も増えてきた。

 時期的にあまりにタイミングが良すぎて、そう勘繰っても仕方がないのであった。


(まあ、カシンの動きを知っていれば、そうだと気付けるのだけどね)


 カシンの目的はあくまで魔王の覚醒。魔王を覚醒させる人物が、マークやアスプリクに変わり、どこかの第三候補にかわっただけなのだ。

 とにかく欲しいのは“時間”であると、ヒサコは考えていた。

 おそらくは何らかの儀式を執り行い、その魔力源としてアスプリクを攫ったところまでは読めた。

 だが、問題はどこで儀式とやらが執り行われ、あるいは新たな魔王候補は誰なのか、と言う点に尽きる。

 ヒサコにとって優先すべきはその伏せられた相手の手札を開くことであり、早めに対処しなくては手遅れになる可能性が高いのだ。

 なにしろ、カシンは既に気付け薬アスプリクを手に入れており、予断を許さぬ状況なのだ。


「それで今後の基本方針なのだけど、反乱軍はおそらくこの王都を目指してくるはずです。あたしと陛下の身柄を確保すれば、それで勝利が決まるようなんのですから。ゆえに、この王宮に籠城して時間を稼ぎ、アーソにいる部隊が引き返してくるまで耐えます。これで如何でしょうか?」


 特に突飛と言う発言でもなく、むしろ援軍待ちの籠城戦など王道中の王道と言えた。

 そもそも今までの戦い方が常道を外し、奇策を用いて切り抜ける事が多すぎたのだ。わざわざ奇策を用いずに勝ち戦が見えているのであれば、特に奇をてらう必要もなかった。

 特に情報戦においては、圧倒的に優位なのだ。

 ヒーサ・ヒサコは同一人物であり、本体と分身体という区分はあるが、中身は同じ松永久秀。しかも、視界や頭脳を共有できるので、互いの情報を得られるということだ。

 離れた場所の情報を映像付きで得られると言うのは大きなアドバンテージであり、この点ではかなり有利と言えた。

 一応、テアが早馬で情報を運んだという体裁だが、実際は使い番を出すまでもなく互いの情報をやり取りできるため、伝達速度が段違いなのだ。

 言ってしまえば、二つの離れた組織を完璧な意思疎通の下で動かせるのであり、挟撃を目論んでいる今の状況にはもってこいの能力であった。


「と言うわけで、籠城の準備をお願いしますね。それももう一点、攫われたアスプリクの探索もお願いね。国内のどこか、おそらくは何かしらの霊地に監禁されていると思うわ」


 これについてはある程度の目星をつけていた。

 まず、アスプリクは半妖精ハーフエルフにして白化個体アルビノという、極めて特殊な容貌をしていた。一目見れば絶対に忘れないであろう姿で、あまりに目立ち過ぎた。

 そう考えると、下手に連れて歩いて姿を見られでもすれば、一発で身バレしてしまうのだ。

 そのリスクを考えると、魔王覚醒の儀式を執り行うためでもあるし、人目の付かない霊地にでも連れ込んでいると予想が付いた。


(まあ、こっちは望み薄だけど、やれるだけの事はやっておかないとね)


 相手はカシンである。そんなありきたりな探索に引っかかるとは思えないが、それでもやって置いて損はないのだ。

 あくまで、見つかればラッキー。その程度の期待度であった。


「で、こんなところかしら? 他に何か提案とかはあるかしら?」


 ヒサコはグルリと周囲を見回し、追加の提案を促した。

 特に誰も挙手や発言もなく、そのままの散会かとなった時、部屋の隅にいた一人の武官が進み出てきた。


「ヒサコ様よろしいでしょうか?」


 進み出てきたのはコルネスであった。

 サーム、アルベールと共に“聖女の三将”などと呼ばれており、ヒサコの指揮の下、帝国への逆侵攻の際に活躍した将軍だ。


「あら、コルネス、何か進言でもありますか?」


「今回の籠城戦、勝ち目はありません。ゆえに、城を捨てて最短で公爵様と合流なさるのがよろしいかと」


 コルネスの意外な言葉にざわめきが起こった。

 守備に定評のあるコルネスから籠城戦は無理だときっぱりと言われては、さすがに驚かざるを得なかったのだ。

 ヒサコの策は単純な籠城策だが、強力な援軍が間もなくやって来る。

 籠る城は王城であり、備えは十分だ。

 これの何が不足なのだろうか。それが疑問の種であり、視線がコルネスに集中した。


「コルネス、籠城策は無理とのことだけど、理由を教えてもらえるかしら?」


「実に単純な話です。私がこれから反乱軍に加担するからです」


 あまりに強烈な爆弾発言であった。

 守りの要となる将が、いきなりの寝返り宣言だ。

 コルネスのあまりにも堂々とした態度と話し方に、場が静まり返って言葉の意味を理解するのに時間を要したほどだ。

 ヒサコは何も発せず、驚きもせず、ただコルネスを見つめ続けた。



             ~ 第四話に続く ~

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