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第六十話  割り切れ! なんやかんやでご褒美にありつける!

「で、ルルよ、お前はどっちだ? かつての恩人であるカインか? それとも、今恩義を受けている私か? どちらを選ぶ?」


 ヒーサより投げかけられた問いかけに、ルルは答える事が出来ず、どうするべきかを悩み、窮していた。

 表情こそ普段とさほど変わらぬ穏やかなままであったが、語気や漂わせる気配がさっさと答えろと言わんばかりに荒れ狂っていた。

 下手な回答は死を招く。それも、自分どころか、兄アルベールの身も危うくしかねない。

 紡ぎ出す言葉にも、より一層の慎重さが求められた。


「……公爵様、どちらかなどと“狭い”事を仰らずに、もっと穏便に、双方の顔を立てれるような解決できる話はないのですか!?」


「あるとも。お前が黙して語らず、これまで通り何食わぬ顔で過ごせば済む事だ」


「…………! ヤノシュ様の件を忘れろと!?」


「忘れる必要はない。ただ、表向きはそんな痛ましい事などなかったと振る舞えばいい。ほれ、お前の後ろにいるティースなんぞがいい例だ。かつての事を忘れてはおらんが、すでに吹っ切れているぞ」


 そう言われ、ルルは思わず後ろを振り向いた。

 そこには笑顔で刀の柄に手を当てているティースがおり、いつでも斬れると言わんばかりの姿があった。

 そのティースとヒーサの間にはかなりのゴタゴタがあった事は知っていた。だが、ここ最近の言動から察するに、それ以上の“何か”を手に入れて、我慢していると見受けられた。

 もちろん、実はティースこそ幼王マチャシュの実母であり、本当の“国母”はヒサコではなくティースだと言う事を、ルルは当然ながら知る由もなかった。


「……ティース夫人、それでいいんですか!?」


「良いも悪いもないのよ。もう引き返せない所まできちゃったから。あなたもさ、時流に乗った方が、案外すっきりするかもよ?」


「それで、かつての主君、恩人を見捨てろと!?」


「その人、今はシガラ公爵領で丁重に扱われているし、そこまで気に病むこともないでしょうに。まあ、裏切ってご破算にしたんだし、これ以上は面倒見きれないっていうのかしらね。それより、ルル、あなたさぁ、ヒーサにどれほどの恩義を受けてきたと思っているの? ヒーサと出会わなかった場合の、今の自分はどうなっていると思う?」


 ティースに投げかけられた問いかけは、ルルの心臓にグサリと突き刺さり、思わず体が浮かびそうな衝撃を受けた。

 そう、ヒーサやヒサコから受けた恩義があまりにも重いのだ。それも兄妹揃って。

 ルル自身はどうか?

 教団の異端審に怯える事なく堂々と世間を歩けるようになり、しかも公爵家が独自に作り出した術士の管理組合《術士所うらのつかさ》の取締役にまで任命されていた。

 怯えて暮らす隠遁者が、今や押しも押されぬ実力派の術士として、敬意と名誉を受ける立場になった。

 それも高々、十七歳の娘がである。とても才能豊かな術士とは言え、確たる後ろ盾がなくてはまず不可能な状況だ。

 兄アルベールはどうか?

 かつては一地方領主に仕える平騎士に過ぎなかった。

 ところが、ヒサコに抜擢されてからと言うものトントン拍子に出世して、二十代半ばで一軍を預かる将軍にまでなることができた。

 また、対帝国戦線でヒサコの指揮の下、圧倒的な武功を上げていき、サームやコルネスと同じく王国中にその名が知れ渡り、『聖女の三将』として名声を欲しいままにしていた。

 兄妹揃って才能があり、しかも努力に努力を重ねたことは周知であるが、その“結果を出せる立ち位置”に立たせてくれたのは、間違いなくヒーサやヒサコなのだ。

 辺境伯領のみが活動の場であった時とは、まさに雲泥の差だ。それを理解しているからこそ、ルルもアルベールもヒーサには忠実に従ってきたと言ってもよい。


(どう判断しろっていうの……。こんなの、こんなことって!)


 ルルはどうするべきかを表す言葉や回答を持ち合わせていなかった。

 《六星派シクスス》を成敗することこそ仇討ちになると考えていたが、本当の仇討ちの相手は目の前の“恩人”なのだと言う。

 恨みを晴らすには、恩義の念を捨て去れと言うのだ。


(こんな選択を迫るなんて、神様、あなたはとんだ悪党だわ!)


 ルルは天にいるであろう神に向かって、悪態の一つでも付きたくなった。

 なお、その神様とやらはすぐ横にいたりするのだが、それを知る者は限られており、なんとなく察したヒーサはまた笑顔を作ってルルの頬に手を添えた。


「まあ、悩むのは分かるが、そう時間のある話ではない」


「……と言うと?」


「今、ヒサコから〈念話テレパシー〉が届いた。王国内で大規模な反乱が発生した。まるでこちらの騒動が収まるのを待っているかのようにな」


「一難去ってまた一難。どうなっているのですか、この世界は」


「ああ、ちなみに首謀者はサーディク殿下だ。おっと、王家に弓引く不届き者には、殿下の敬称はいらんか。そして、参加している貴族の中に、“元”アーソ辺境伯カイン殿も含まれている」


「え、ええ!? そ、そんな! そんな事って!」


 ルルは愕然として、かつての主君がいよいよもってシガラ公爵家に反旗を翻したのだ。

 シガラ公爵家の預かりの身で丁重に扱われていたカインが、いきなりの謀反である。それ相応の理由がなければ説明が付かない事象だ。

 そして、その動機となり得る部分も、今し方ルルは知ってしまった。


(もし、カイン様がヤノシュ様の一件を知ったらどうなるか、火を見るより明らかだわ!)


 期待の跡取り息子を殺した相手が、実はシガラ公爵家であると知ったらば、直ちに行動を起こして、反旗を翻すことに疑いはなかった。

 ルルにとっては最悪の出来事であり、図らずも新旧恩人同士の争いの板挟みとなった。


「まあ、黒衣の司祭が色々と吹き込んだのか、あるいは術で操っているのか、それは分からん。だが、私と敵対したという事実は確定した」


「……選べ、と?」


「そうだ。お前達兄妹は才能豊かな有能な人材だ。実績もある。ゆえにどちらに着くかで、今後の展開が大きく変わる。そうは思わんか?」


 ヒーサのペシペシと痛くない程度にルルの頬を打ち、さあどうすると言いたげにまた笑みを浮かべた。

 今のまま行くのか、旧恩に報いるのか、どうするのかと問いただしているのだ。

 ルルは何度か口を開きかけるが、どうにも答えが喉に引っかかってでない。どちらを選んでも、もう片方を裏切ることになるからだ。


「まあいい。ひとまず城に戻ろう。アルベールも引き上げてきているだろうし、軍議を開いて今後の動きについて協議する。それから結論を出しても遅くはあるまい?」


 口調自体は優しいが、有無を言わさぬ迫力があった。

 ルルは怯えながら何度も首を縦に振り、ヒーサの言に従う事にした。

 術の腕前に覚えがあるとは言え、所詮は十六歳の少女である。戦国乱世を駆け抜けた男・松永久秀とは、まさに格も場数も違い過ぎた。

 抗えぬ状況に更なる追い打ちかと言わんばかりに、今度はティースが後ろから肩を掴んできた。


「ヒーサ、いいの? ここでちゃんと“処置”をしておかなくて」


「構わん。どのみち、自分どころか兄の進退にも関わることだからな。二人で話す時間を作ってやらねばならんだろう」


「随分と、お優しいですね。らしくない」


「私はいつでも優しいぞ。美女限定で、博愛主義だと言っても過言ではない」


「あら? そういう割には、私には当たりが強くありませんでしたか?」


「おお、自分が美女だと抜かしおるぞ、我が妻は。慎みに欠ける傲岸さよ」


「そうだと自覚がある場合は、傲岸ではなく自負と呼ぶのですよ?」


 なぜかルルを間に挟み、嫌味の応酬が始まった。

 この二人は何をやっているんだと、ルルは困惑しながら互いを顔を交互に見やった。

 そんな困惑するルルを、テアが腕を引っ張って連れ出した。

 なお、二人はそれでもお構いなしに応酬を続行し、ああだこうだと口論と言う名のイチャつきが開始された。


「気にしないで。最近いつもこうだから。まあ、一種の愛情表現であり、ストレス発散でもあるから」


「は、はぁ……」


 呆れ顔のテアの言葉になんとなしに頷くルルであったが、ヒーサに対する印象がまた捻じれてきた。

 知的で慈悲深く、それでいていざと言う時の行動力と抜け目のなさ、それがルルの抱いていたヒーサの印象であり、恩義と僅かばかりの惚れ気を持っていた。

 今日、それが木っ端微塵に吹き飛び、悪辣で容赦のない策士かと思ったら、今度は下らない案件で夫婦喧嘩(?)を始めてしまう人間臭さを感じ、どれが本当の姿なのか判断に迷うのであった。


「ねえ、ルル、正直なところ、あなたはどうしたいの?」


 テアも呆れ顔から真顔に戻っており、本気で心配して尋ねているとルルは感じ取った。

 テアとルルは特にこれと言った繋がりも付き合いもない。それぞれの立場、職権の内での繋がりであり、今まで交わしてきた会話も仕事に関する事ばかりだ。

 それが珍しくも、立場を越えて質問してきたことに新鮮味を感じた。

 その中身が今少し楽な質問であればよかったのだが、今後の動きに関わる重大な案件である。

 テアに対し手も慎重にならざるを得なかった。


「正直に言えば、穏便に解決して欲しいです」


「まあ、そうなんでしょうけど、それは無理よ。どう考えても、時期的に反乱軍は黒衣の司祭に焚き付けられて、事を起こしたのは間違いないでしょうし、話し合う余地も和議を結ぶことも不可能。どちらかが殲滅されるまで続くでしょう」


「それでも、私には……!」


「早くティースみたいに吹っ切れないと、あなたの方が焼き切れるわよ」


 ヒーサのやり様を見てきたテアとしては、早く割り切って欲しいと思うばかりであった。

 ティースも、アスティコスも、全てを奪われた上で、より大きなものを与えられ、今では“形だけ”は反目しつつも、割と従順に従っていると言えた。

 裏切れないように手を回したとはいえ、あの二人はしっかりと割り切っていた。

 他にも、ライタンもそうであるし、有用でよく働く者には“ご褒美”を怠らない。

 だからこそ、人でなしでありながら、人の心を掴んでいるのだ。

 その輪の中に加わるだけで、精神的負荷から解放される。割り切れるかどうか、それだけの問題だ。


「そこはほら、城に戻ってアルベールとよくよく相談なさい。まあ、アルベールの性格からして、状況を知ればすぐにでも旧主の下へ飛んでいきそうだけど」


「お兄様なら、多分そうするでしょう。でも、私は……」


 ルルの頭の中に浮かび上がるのは、シガラ公爵領で過ごした日々であった。

 アーソ辺境伯領での暮らしは、家族と過ごせるが苦痛を伴うものであった。異端審問に怯え、影でコソコソ生きねばならないのは大変な事であった。

 しかし、シガラ公爵領においては、誰からも歓迎され、頼りにされ、自分の才覚を活かして、堂々と大手を振って生活する事が出来た。怖いものなど何もなく、不自由なく楽しく暮らすことができた。

 それを今更捨て去れと言われても、ルルにとっては痛恨の一事でしかない。

 そんな悩みに悩むルルに、今度はアスティコスがその肩に手を置いてきた。


「割り切りなさい。人の手は欲を全部掬い上げれるほど、大きくはないのよ。どこかで妥協しないといけない場面がある。私も里を焼き払われ、故郷を失ったわ。でも、それ以上のものをあの外道から与えられた」


 アスティコスの視線の先には、まだ夫婦喧嘩いちゃらぶを続けるヒーサがいた。

 茶の木が欲しいと言う理由だけで、最古のエルフを殺し、その里を焼き払った極悪人だ。

 当初はそれを恨み、いずれは報復しようと心に誓ったものだが、今ではその考えはなくなっていた。

 時間が止まっていた里から出る事により、外の世界の面白さを知り、里を飛び出した姉アスペトラの気持ちを今更ながら理解できるようになった。

 そして、その姉の忘れ形見であるアスプリクと暮らすようになり、アスティコスの見る世界は再び彩を取り戻した。どころか、より華やいだ世界が見えてくるようになった。

 それをもたらしたのは、ヒサコのやらかしであったが、今となってはそれはそれで良かったとさえ考えるようになっていた。


「まあ、あれよ。あいつは本当にろくでなしよ。欲望を手で掬い上げるのが当たり前の状況なのに、自分だけ桶で掬い、浴びるようにその悦に浸るような、どうしようもない人間のクズだわ」


「そこまで言いますか……」


「事実よ、事実。でなきゃ、笑顔を崩さず、里を焼き払うような外道な真似はできないわ。でも、あいつは懐の内にあるものには、結構気遣いができるのよね。有益、役に立つ、愛でるに値する、そう感じたものにはかなり優しい。だからこそ、本性を知ったけど、まだヒーサの側から離れない連中は多い。私の姪っ子なんか、ゾッコンだしね。正直言えば、控えて欲しいんだけど」


 アスプリクのやりたいようにさせるのがアスティコスの考えとは言え、やはりあの腐れ外道に惚れるのは考え直してほしいと思ってはいた。

 アスプリクが拗ねるので、それは口には出してはいなかったが。


「とにかく! 今はアスプリクを救い出すことが先決なの! で、それを成すには、ヒーサの知恵や力を借りないとどうにもならない! それが今の優先すべき行動! 単純でしょ?」


「そ、それはそうですが……」


「あなたもね、さっさと割り切りなさい。でないと、全部失った上に、なんの“ご褒美”もなしに放り出される事になりかねないわよ」


 アスティコスはルルの背を何度か叩き、その決心を促したが、どうにも煮え切らないままだ。

 やはり兄アルベールと相談して決めねばならないと考えており、今この場で決するのは無理であった。


「まあ、それはそれでいいから、早いところ城に戻りましょうか。こっちは可愛い姪っ子を助けたい、これで頭の中がいっぱいなのよ」


 そう言って、アスティコスはなおも口論を続ける夫婦の間に割って入り、さっさと帰還するように促した。

 かくして、皇帝ヨシテルとの決戦は王国側の勝利に終わったが、新たな騒乱の火種が燃え上がり、また後味の悪い幕切れとなった。

 これから先の事はどうなるのかは分からない。反乱の鎮圧にアスプリクの救出、なにより“第三候補”を使った魔王の覚醒と、やらねばならない事は山積していた。

 ただ、頭の中に未来を描いた絵図を完成させたヒーサを除いて。

 梟雄の視線の先にはあるべき姿の未来が存在し、それを手にするのだと改めて意気込むのであった。



     ~ 第十一部・完  第十二部に続く ~

これにて第十一部・完結いたしました。


前世から因縁のある“英雄”松永久秀と“魔王”足利義輝との戦いも結着が付きましたが、“真なる魔王”を覚醒させるべく、暗躍する黒衣の司祭がまだまだしぶとく動き回る。


次章は黒衣の司祭の暗躍を阻みつつ、発生した大規模反乱の鎮圧をやっていきます。


そして、その次が最終章。ついに異世界での戦いも大詰めです。


ようやく終わりが見えてきた~。 (;´Д`)


連載開始からすでに1年と1ヵ月! そして毎日投稿!


気が付けば、すでに190万字を超え、じきに200万字の大台に乗りそうな勢い。


あと100話以内には終わらせたいかな~。


連載当初からは思いもしなかった長期連載になりまして、これができたのもひとえに読者の皆様がいてくれたおかげです。


今少しばかりお付き合いいただければ幸いでございます。


第12部も明日からすぐに連載開始いたしますよ~。


(*^▽^*)



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感想等も大歓迎でございます。


ヾ(*´∀`*)ノ

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