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第五十八話  明かされる事実! なお、嘘も盛り沢山である!

 黒犬つくもんを使役している場面をうっかり見られてしまったため、ルルから詰問を受けるヒーサであったが、場所も時間も“ルルにとって”悪すぎた。

 今、この場にはヒーサへの協力者(無理やりも含めて)しかいない。

 しかも、今はヨシテルとの死闘が終わった直後であるので、“戦死扱い”にして処分する事も可能だ。

 何もかもが、ルルにとって不利に働いていた。


「さて、ルルよ、何が問題なのか、ちゃんと話してくれたまえ」


 ヒーサは不遜な笑みを浮かべ、睨み付けてくるルルの頬に手を添えた。

 ルルは嫌悪感から思わず仰け反りそうになったが、それもできなかった。すでにその背後にはティースに回り込まれており、両肩に手を添えられ、動きを封じられていた。

 周囲を見渡すが、助けてくれそうな人はいない。マークはティースの従者で、その命令には絶対に従うし、テアとアスティコスはまた始まったよと言わんばかりにため息を吐いていて、静観の姿勢を崩してはいない。

 孤立無援。思わず口走ったヒーサへの疑念が、逆に自分を危地に陥れる事となったのだ。


(迂闊だった。もっと早くに気付いているか、あるいは素知らぬ顔をして、後で詰問するべきだったわ!)


 ルルは逃げ場を失い、すでにその命は風前の灯火である事を実感していた。

 この場を切り抜けるには、ヒーサに完全なる服従を誓うか、なんとか上手く誤魔化すかの二つしかない。


(でも、この人を誤魔化すなんて……!)


 恐らくそれは無理だろうとルルは思った。

 ヒーサの知略は卓越しており、自分が今までの人生でそれに比肩しうる者は、ヒサコくらいであった。

 この兄妹はとにかく頭が切れるし、思ってもみない方法で幾度となく危機的状況を切り開いてきたのを、ルルは何度も目撃していた。

 しかも、今の今までヒーサがここまで悪辣であった事を、まんまと誤魔化してきたのだ。

 薄々は感じていた事とは言え、聡明で慈悲深い貴公子などではなく、もっと得体の知れない“何か”であると、今更ながら確信した。

 そんな知恵者を相手に、自分一人でどうこうしようなどいくら何でも厳しすぎる事であった。


(ならば、正面から行く! 例え殺されても、それまでだったと言う事よ!)


 幾度となく視線を潜り抜けてきたルルである。見た目の可憐な少女とは思えぬほどのに肝が据わっており、豪胆さを備えていた。

 ヒーサを睨みつつ、添えられていた手を叩いた。


「まずもってお聞きしたいことがあります!」


「ふむ……。何についてかな?」


「ヤノシュ様を殺したのは、公爵様なのですか!?」


 ルルにとって、その回答は是が非でも聞いておかねばならなかった。

 ルルの、と言うより世間一般の認識では、ヤノシュは開城交渉のために“シガラ公爵軍”の陣営に訪れ、そこで正体を現した黒衣の司祭リーベに殺害された、と言う事になっていた。


(でも、よくよく考えてみれば、その現場を見た者は“今ここにいる”顔触ればかり。悪霊黒犬ブラックドッグが公爵の使い魔だと知っていて、一向に動かないと言う事は、口裏を合わせた“共犯者”ということになる!)


 事実、あの現場にいたのはヒーサ、ヒサコ、テア、アスプリクであり、あとは死んだヤノシュとリーベだけであった。

 ヤノシュを殺害し、リーベにその罪を押し付け、最後に口封じと擦り付けでリーベを始末すれば、アーソ辺境伯領を乗っ取るための条件がしっかりと整う事になる。

 ルルも、黒犬つくもんとヒーサの関係性を知ることによって、ようやくそこまで思考を進める事が出来た。

 もっとも、退路を塞がれた命がけの問答になることは明白であるが、その事実が見えてきた以上、引き下がると言う選択肢もまた、ルルにはなかった。


「……ヤノシュ殿を殺したのは、私ではない」


「殺したことは認めるのですね! なら、誰がヤノシュ様を殺したのですか!?」


「ヒサコだ」


「ヒサコ様、がですか!?」


 てっきりヒーサか、あるいは悪霊黒犬ブラックドッグがやったのかと思っていれば、まさかのヒサコとの回答であった。

 ちなみに、これは嘘ではない。ヤノシュを殺したのは、間違いなくヒサコだ。

 なお、そのヒサコはヒーサの分身体であり、そこにヒサコの意志はないのだが、ヒーサはあくまで“悪事は全部ヒサコがやった”事にするのを通してきた。

 今回もまた、それで通し、ルルをたぶらかす方向で話を進める事とした。


「ヒサコは庶子である事は既に知っていると思うが、それ故にあいつには相続すべき“領地”がない。一時期はティースの持つカウラ伯爵領を掠め取ろうとしていたが、度が過ぎた“いたずら”をティースに仕掛けて、私がヒサコを一時的に追放した。お使い名目でな」


「それは知っています。ネヴァ評議国のエルフの里まで赴き、“茶の木”なるものを求めていたと」


 ルルも茶栽培には関わっていたため、この話はよく知っていた。

 評議国に赴く道中で、ケイカ村での騒動やアーソ辺境伯領での騒乱もあり、ヒサコはそれを持ち前の行動力と知恵で潜り抜け、いつしか“聖女”と称えられるまでになったのだ。

 ところが、それは表向きな話であり、本当は辺境伯領を掠め取るための策の一環でしかなく、その過程でヤノシュまで害したというのだ。

 当然、ルルは激怒し、ヒーサに掴みかかろうとしたが、それはティースによって阻まれた。

 肩に置かれていた手が力を強め、ルルを押し止めたのだ。


「ルル、落ち着きなさい。まだ話の最中よ」


「離してください! ヒサコ様がやったと言うのなら、公爵様も関わっていたって事じゃないですか! もしくは黙認! それを……!」


「まあ、その考えは合っているわ。私もそれならばと黙認したもの」


「夫人も、ですか!?」


「ええ、そうよ。だって、考えてもごらんなさい。元々、ヒサコが狙っていたのは、カウラ伯爵領なのよ? 相続すべき土地がない以上、“部屋住み”なんだし、確固たる財産や土地を欲しがったわけ。そこに借金漬けの私がヒーサの所に嫁いできたのなら、なにかと理由を付けて分捕りに来たってわけよ。まあ、ヒーサが理由を付けて追い出したけどね」


 もちろんこのティースの話は事実も含まれているが、嘘もまた多く含まれていた。

 なにしろ、ティースはヒーサとヒサコが同一人物だと“今”は知っており、かつてヒサコがやった“いたずら”の数々は、ヒーサの差し金であったと今では認識していた。

 同時にそれは“伴侶に相応しいかどうか”の試験でもあり、それを突破したことも知っていた。

 失敗していれば、財産を根こそぎ奪った上で、処分していたであろうことも、だ。


「私はね、ヒサコが外で暴れてくれるなら、どこの誰がどうなろうと知った事じゃなかったの。自分に累が及ばない範囲でならいくらでもどうぞ、ってな感じで。その収奪の対象が、アーソであったと言うだけの話。


「何て身勝手な! 夫人、見損ないました! もちろん、公爵様もです!」


「ルル、あなたにとっては不幸かもしれないけど、私はそれを黙認した。ヒーサも同様。一々領地を切り分けて与えるよりかは、どこか別の貴族の家に嫁ぐなり、あるいは奪うなりすればいいってね」


「だからと言って、アーソの地を奪っていい道理はありません! まして、ヤノシュ様を殺して!」


「そりゃ、領主の嫡男なんて、奪う上では邪魔な存在だからね。ヒサコはこう考えたんでしょう。『辺境伯領を手にしようとすれば、まずもって消しておかねばならない』とね。まあ結局、第一王子のアイク殿下の方と出会ったから、最終的にはそっちに鞍替えしてしまったけど」


「それじゃあ、ヤノシュ様があまりに浮かばれません!」


 領地を奪う。そのためだけに殺され、しかもそれがどうでもよくなったなど、到底受け入れられない事象であった。

 結局、ヒサコが選んだのは辺境伯ではなく、更にその上、“玉座”となったのだ。

 なにしろ、今のヒサコが身を置いているのは王都であり、幼王マチャシュの母、すなわち“国母”の地位である。

 国母にして摂政、位人臣として最高位の到達点であり、国政を差配する立場まで手に入れたのだ。

 ヤノシュの一件など、完全な踏み台であり、それがまたルルを一層怒りと悲しみを誘っていた。


「よくよく考えてみれば、ヒサコの歩んできた道筋、大したものよね。公爵家の血を引いていたとは言え、最初は“村娘”から始まり、“公爵令嬢”、“第一王子妃”、“辺境伯領代官”、“常勝の聖女”、“国母摂政”、これだもの。下剋上、成り上がりの物語としては完璧だわ」


「何が“聖女”ですか! “悪女”そのものじゃないですか!」


「それには同感。でもまあ、それを成し得たのは、“共犯者”がいればこそよ。ねえ、ヒーサ?」


 ここでティースはヒーサに会話の流れを投げ渡した。

 散々、ルルを焚き付けて感情を揺さぶり、その上でヒーサに後は任せたと投げたのだ。

 ヒーサとしても説明の手間が省けた上に、上手く煽ってくれたので、ルルの感情は揺れに揺れていた。

 こここそ付け入る隙だなと、ヒーサは再びルルに近付き、その顔に自分の顔を近付けた。


(なお、これが世界を救うであろう英雄の微笑である)


 ルルを半ば脅迫するヒーサを見て、なんでこんなのを選んでしまったのか、つくづくそう思うテアであった。



           ~ 第五十九話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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