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第五十六話  第三候補! ティースのせいで魔王覚醒!?

 アスプリクでもなく、マークでもない、想定外の第三者を魔王にする!

 黒衣の司祭カシンより告げられし情報に驚きはしたが、それ以上の問題があった。

 そうなった原因はティースにあるのだと言う。


「我が麗しの花嫁よ、お心当たりは?」


「あるわけないでしょ!」


 カシンからの一言は、ティースにとって完全に寝耳に水な話であった。

 ティースにしても、誰がなろうが魔王覚醒は断固阻止である。世界の破滅を望む存在など、お近付きにもなりたくないし、関わってもろくな事はないと分かり切っている事だ。

 にも拘らず、自分のせいで魔王がこの世に飛び出すなど、考えたくもなかった。


「どうせ、あれでしょ! 口から出まかせを言って、こちらを攪乱しようって言う魂胆ね!」


「そうであれば、お前にとっては喜ばしい事なのだろうが、生憎と、この件に関しては本当だ」


 カシンの口調は自信満々であり、裏表のなさそうなはっきりとした態度であった。

 どうするべきか迷うティースは、自然と頼りたくないけど頼らざるを得ないと考え、夫であるヒーサに視線を向けた。


「……まあ、事実であると思うな」


「根拠は!?」


「わざわざそんな事を、こちらに告げてきた点だ。この場合は二つの理由が浮かぶ。一つはティースが言ったように、攪乱目的だ。もう一つは、優位性の誇示だ。もうこちらが手の打ちようのない状況になっており、それを誇示してこちらが慌てふためくのを見て愉悦に浸る。実に嫌な性格だ」


「ヒーサによく似てますね!」


「バカを言うな。私はカシンほど、あくどい事はしておらん」


 やっぱりこっちも性格が悪いと、ティースはため息を吐いた。

 この二人が互いに嫌い合っているのも、ある種の同属嫌悪に近いと感じ取った。


「さすがに察しが良くて、いちいち説明の手間が省けるというものだ。そう、ティースがもたらした“あれ”によって、事態は大きく動いた。二人の魔王候補を闇落ちする手間が省けたと言うものだ。なにしろ、新たに選定した“第三候補”は、すでに十分すぎるほどに“心の闇”が蓄積され、器に魔王を降ろす儀式さえ執り行えば魔王として、覚醒するのだからな!」


「なんですって!?」


 ティースはますます混乱した。

 自分のせいで魔王覚醒が間近に迫っているなど、考えたくもなかったのだ。

 一体何をしたらそうなるのか、自分がどういうものを提供してしまったのか、これといったものが全く思い浮かばず、動揺する一方であった。

 そこにマークが進み出て、主人ティースを宥めつつ、二人の間に割って入った。

 映像なので無駄だとは分かっているものの、手には剣が握られており、牽制するかのようにその切っ先をカシンに向けた。


「カシン、聞きたい事がある」


「何かね? 答えられる範囲で答えよう」


「その“第三の候補”とやらは、ティース様ご自身か?」


 これがマークにとっての最大の懸案事項であった。

 自分が候補から外れたのであれば、それに越した事はないが、ティースが新たに魔王に成ると言うのであれば話は別だ。

 守るべき主君が、倒すべき魔王に変じてしまうなど、マークには耐えられなかった。

 後事を託した義姉ナルに対して、顔向けができなくなってしまうのだ。

 そんなマークの不安をよそに、カシンはニヤリと笑って応じた。


「そんなわけなかろう。ティースのどこに“心の闇”があるというのか?」


「……なら、ティース様が魔王になる、と言う事ではないのだな?」


「私の言葉を信じるかどうかは任せよう」


 判断に困る物言いであり、マークもまたティース同様、迷いに迷った。

 目の前にいる黒衣の司祭は絶対に信用ならない相手である。今まで散々やり込められてきただけに、マークも慎重であった。

 嘘と真の折り重ねで、“真の狙い”を隠匿しているのではないか、というのが今のマークの判断であった。

 だが、判断するには情報が少なすぎるので、決断しかねていた。

 ただ一つだけはっきりしているのは、主人ティースに心の闇は“現段階”ではない、ということだ。


(ティース様は酷い状況だった。家族を失い、地位や名誉も失って、ナル姉まで殺されてしまったに等しい。でも、立ち直った。強かに、図太く、吹っ切れたと言ってもいい。そう、あの男がなんやかんやで手を回していた)


 チラリと向くマークの視線の先には、ヒーサがいた。

 マークから見て、ヒーサは正真正銘の大悪党である。世間で言われているような、聡明で慈悲深い貴公子などでは決してないのだ。

 誰よりも強欲で、何より狡猾で、常人ならば躊躇う策も平然と実行し、不都合は他人に押し付け、成果だけはきっちり手中に収める。

 これがマークの見てきたヒーサの姿であった。

 最初の頃はよく擬態してヒサコに押し付けて、自分はあくまで善良な学者肌の貴族を装っていたが、化けの皮が剥がれてからはその内に秘めた怪物が暴れ出し、結局は力負けしたようなものであった。


(でも、今にして思えば、全部“対魔王”の動きであったと考えられる。ギリギリだけど、ティース様は自分を保たれ、その上で一皮むけた。もうひたすら前だけ見て進まれるだろう)


 ヒーサに対して憎まれ口をたたくティースであったが、マークにはそれが“じゃれ合い”以外の何もの柄もないと認識していた。

 何かにつけてヒーサに攻撃的な態度や口調で応じるが、一度も“本気の殺意”を感じ取った事がなかったのだ。

 自身も暗殺者の端くれでもあるし、気配を探ることくらいはできた。

 結論から言えば、ティースはヒーサに対して“好意”を持っている。夫婦としてはどうか分からないが、少なくとも“利益共同体ビジネスパートナー”としては有益と見なしている節があった。

 折角、自分の息子を王位につける事が出来たのだし、過去の事は吹っ切れてしまって、稼げるだけ稼いでしまおうとさえ考えているようだ。


(ナル姉がいなくなったときはどうなる事かと思ったけど、今はしっかりと二本の足で立っている。確かに、この状態なら“心の闇”は“明日への希望”で消されていると言っても差し障りないか)


 そう結論付けたマークであったが、そうなるとやはり引っかかる部分が出てくる。


(俺自身でも、アスプリクでも、ティース様でもなく、魔王の“第三候補”は誰なんだ? それに、ティース様がやった“何か”も見えてこない)


 結局のところ、情報不足が壁になって、全体像が見えないのであった。

 マークも必死で考えているが、“心の闇”を抱えていて、魔王に相応しい実力を持った人物が誰なのが分からなかった。

 唯一の例外は、すぐ側にいるヒーサだけだ。


(どう考えても、この人が魔王っぽいよな。言動ともに、実に腹黒い。しかし、魔王は世界の意志に従い、世界そのものを破壊するということだ。それはこの人の“趣味”に反している。破壊するより、面白おかしく“作り変える”のが、いつものやり口だし)


 一番魔王っぽいのに、魔王になるとは思えない。それがマークのヒーサに対する評価であった。

 やはりカシンの攪乱なのだろうかと、マークも疑い始めた。

 そんな思考をしていると、ヒーサが遂に動き出した。

 マークよりさらに前に出て、カシンの映像と触れ合うかと思えるほどに近付いた。

 息を吹きかければ、届くほどの至近だ。


「さて、カシン、“最期”に一つ頼みたい事がある」


「何かね?」


「アスプリクを解放してはくれないだろうか? その娘は“私のもの”であって、お前のものではないのだからな」


 スッと手を伸ばすと、ヒーサはアスプリクの映像に触れた。

 もちろん映像であるので、触れる事はできないが、あたかもそこに実体があるかのように頭を撫で、同時にカシンを睨み付けた。


「もちろん、そんな言葉を受け入れはせんよ」


「どうしてもか?」


「そうだな……。お前の言葉を借りるのであれば、これもまた“戦国の作法”なのだろう?」


「ん~。そう言われると、返す言葉がないな」


 弱肉強食、力こそすべて、欲しければ奪い取る。これこそ戦国乱世のやり方である。

 ヒーサこと松永久秀が通してきたやり方であり、やったからにはやり返されても文句は言えないのだ。

 欲しければ奪い返しにくればいい。ただそれだけの、単純明快な法理であった。


「では、仕方がないか。……れ」


 小さくボソリとヒーサの口から漏れ出た言葉。静かに、それでいて明確な殺意と怒りがこもっていた。

 その直後、カシンとアスプリクの画像が乱れ、すぐに消えてしまった。

 そして、一同は映像が消えるほんの一瞬前、“巨大な黒い犬”が映し出されたのを見逃さなかった。

 映像が消えてしまったため、あちらで何が起こったのか知りようもなかったが、ヒーサだけは理解しており、ニヤリと笑っていた。


「バカめ。何の策もなしに、長々と会話を続けていたと思っているのか? 勝ったと思った瞬間こそ、心に隙が生じるのだぞ、カシン」



            ~ 第五十七話に続く ~

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