第五十三話 住所不定! 真なる魔王はどこにいる!?
「“真なる魔王”はアスプリクでもマークでもない」
事実であるという前提ではあるが、ヨシテルの言葉は一同に衝撃を与え、同時に安堵も与えた。
ティースにとってマークは唯一無二の信における存在であり、アスティコスにとってはアスプリクは亡き姉の忘れ形見で、何よりも可愛い姪っ子だ。
それが魔王ではないと知れただけでも、この戦いの意味はあったと喜んだ。
だが、そうも言ってられないのが、テアの方であった。
(おかしい。《魔王カウンター》での計測結果は、アスプリクとマーク、いずれかが魔王になると判断できる数字が出ている。いえ、そもそも魔王はただ一人の存在。こうして複数の候補がいるだけでも異常事態だし、ヨシテルみたいな“もどき”が暴れているのもおかしい。本当にこの世界って異例尽くめ。バグっているってのは、どうにも本当みたいよね)
これがテアの考えであったが、そうなると可及的速やかに解決しなくてはならない問題もあった。
そう、誰が“真なる魔王”であるか、魔王に成ってしまうのか、と言う点だ。
「魔王とは何か? 世界に破滅をもたらす者。悪逆非道にして、傍若無人。あらゆる手段を厭わず、どんな悪辣な事でもやって見せる、外法外道の悪の権化」
ありきたりではあるが、魔王という存在に付いて、つい口に出してしまったテアの呟き。その場の全員の耳がそれを拾った。
そんな人物が“身近”にいるのだろうか? 全員考えた。
当然、視線は一人の人物に集中した。
もちろん、それはヒーサだ。
と言うより、条件に合致する人物など、ただの一人しかいないのだ。
“魔王”ヨシテルよりも悪辣な存在、それは“英雄”ヒーサしか考えられないのだ。
「よし! 斬りましょう!」
「待て待て待て! 落ち着け、嫁。私ではないし」
刀を抜こうとするティースを見て、ヒーサは慌ててこれを否定した。妙にウキウキしている伴侶が、何とも言えず恐ろしくもあった。
「いや、だって、テアの言う条件に合致する存在なんて、ヒーサ以外いませんよ? ゆえに、斬りましょう! 折角貰ったこの武器を、試してみたいですし。腕一本くらい切り落として、痛がったら人間、平然としてたら魔王って事で!」
「それで間違いだったらどうする気だ!? そこで転がっている公方様と違って、こっちはごく普通の一般人だぞ。腕を生やす技は持ち合わせておらん」
「ん~。……あ、なら、ヒサコ! ヒサコを斬りましょう! あっちもあっちで、魔王っぽいですし!」
「ぽいじゃなくて、私の分身だ、あれは。あちらを斬られると、こっちまで腕を失う事になる!」
「あ、じゃあ、ヒーサを斬れば、ヒサコも斬れますね。うん、斬りましょう!」
「おい、誰かこいつから刀を取り上げろ! 取り憑かれているぞ!」
何かを斬りたくてうずうずしているティースの仕草に、さすがのマークも止めに入った。
刀を抜こうとするティースと、それを押し止めるマーク。乱心の主君を制止するのは一筋縄ではいかず、激戦の後に何をやっているんだと本気で思う表情になっていた。
「なあ、女神よ、さっきのティースの台詞、何かどこかで聞いたような感じなのだが?」
「あなたが以前言った台詞まんまよ。『次元の狭間』でね。“刀”か“毒”かの違いはあるけど」
「おお、それもそうだな」
『次元の狭間』にて、医術を悪用して次々と毒を盛り、その生死によって一般人と魔王の判別を付けようとしたのが、ヒーサの当初の計画であった。
だが、思いの外に手早く家督簒奪が出来て、医者として“遊ぶ”より、貴族として“好き放題”にした方が面白そうだと考えを改めた。
結果、被害はある意味で膨れ上がり、公爵ヒーサの手によっていくつもの貴族の家門が崩壊し、路頭に迷う者も数知れずと言ったところであった。
しかもそれら全てを、「魔王討伐に必要だから」と言いくるめ、テアを押し黙らせていた。
結局、ヒーサの都合のいい状態となり、私腹を肥やして悦に浸っただけに終わった。
「ティースがいい感じで、あなたに染まってきたわね」
「まあ、あの刀の魔力のせいかもしれんがな。だが、あれはあれでよい。ますます愛い奴よ。これからが楽しみだな」
「……嫌味で言っているのよ?」
「知っている。だが、楽しみなのは本当だぞ」
ただの美人なだけの女ならば、所詮抱き枕と変わらない。遊女であればそれで事足りるが、ティースは伴侶である。
生中な態度や覚悟では“梟雄の伴侶”足り得ないのだ。
しかし、ティースはヒーサの予想よりも遥かに大きく成長し、“楽しい”存在になってくれた。
おまけに腕っぷしも強く、今も魔王もどきを討伐してしまった。
実に喜ばしい事であり、互いに頼れる何かがなければ伴侶足り得ないと考えていたヒーサにとって、ティースは本当の意味での伴侶となっていたとも言えた。
「まあ、強いて言えば、ちょいとばかしおっかないがな。公方様の余計な置き土産のせいで、鬼丸抱えた鬼嫁に変貌してしまった点は身が震える」
「今も斬りかからんとしているわよ」
「おお、怖い怖い。マーク、しっかり抑え込んでいろよ。その刀を持ったいる状態で、間合いに入らせないようにな」
ならどうにかしてくださいと、マークは抗議の視線を送った。
今この場にいる顔触れの中では、疲労が一番ひどいのは間違いなくマークであった。
なにしろ、仮死に近い状態で湖底に潜み、ヨシテルが罠にハマったと同時に動き出していくつもの攻撃を繰り広げ、ティースにとどめの一発を入れさせるための舞台を設えたのだ。
生半可な覚悟や技術でできるものではなく、それをたった十二歳の少年がこなしたのだ。
早く宿舎に戻って眠りたい、というのがマークの偽らざる本音であった。
ところが、ティースが受け取った刀に呪われてしまったのか、とにかく何でも斬りたがろうとしている困った状態になっていた。
さすがにこれは捨て置けないと止めに入ってみれば、本来その役目を負わなくてはならないヒーサが、完全に丸投げ状態で身を引いている有様だ。
抗議の視線を投げ付けるのがせいぜいであった。
なお、ヒーサはそれをあえて無視し、いよいよ消えそうになっているヨシテルに視線を戻した。
「いや、公方様、申し訳ありませんな。どうにもわがまま放題な愉快な者達が揃いましてな」
「類は友を呼ぶと言ったところか」
「まとまりのない連中でして、まとめ役の私がいつも苦労しております」
「一番の問題人物が何を抜かしますか」
テアの痛々しい視線が飛んだが、ヒーサはこれも無視した。
なにしろ、“問題”だなどと一切認識していないからだ。
「それにしても公方様、死ぬ死ぬ言っているわりには、随分としぶといですな。体がほぼ砕けたというのに、首だけで喋られるのは、何と言うか不気味です」
「おお、お前の渋い顔が見られて、なんだか活力が湧いて来てな。ハッハ、精々自分の嫁に寝首をかかれんようにな」
「呪物を置いていくとは、悪趣味ですな。もういいですから、さっさと消えてください。呪いの方も、あとで『不捨礼子』で清めておきますので」
「なんじゃ、つまらん。お前がぶった切られる様を見られると思ったのに」
「あぁ~、演目が終わったんなら、さっさと役者は舞台から下りていただけませんか。次の舞台が始まりますので」
「カシンとの一戦か」
「その前に、カシンの起こすであろう大規模な反乱の鎮圧でしょうかな」
「ふむ……」
すでに消えかかっているヨシテルであったが、なにやら神妙に考え始めた。
そして、意を決してか、ヒーサを睨み付けた。
「まあ、いいか。あやつへの意趣返しという意味も込めて、汝に情報を出しておこう」
「余程、あいつがお嫌いなようで」
「上手く隠せているようで、隠し切れておらなんだからな。あいつが我に頭を垂れつつ、心の中で舌を出しておった。利用しているのはお互い様であったが、奴の方がより悪辣だ。いずれ“真なる魔王”が復活した際には、用済みの駒として処分するつもりであったろうし」
「分かった上で、敢えてそれに乗られるとは物好きですな、公方様は」
「汝を切り刻めるのであれば、私は悪鬼羅刹となる事も厭わんぞ」
「私も随分と嫌われたものですな」
「自分の成してきた事を考えろ、痴れ者」
「無駄口を叩くなら、さっさと消えていただけませんか?」
「ちゃんと話すわい。そう、“魔王の隠れ家”についてな」
「“魔王の隠れ家”ですって!?」
この言葉に飛びついたのはテアであった。
《魔王カウンター》で魔王っぽい相手を三名計測した事があったのだが、それがヒーサ、アスプリク、マークだ。
結果、ヒーサが“五”、アスプリクが“八十八”、マークが“八十七”となった。
最高値である“百”に近ければ近い程、魔王に覚醒する可能性が高く、実際テアはアスプリクかマークのいずれかが魔王だと踏んでいた。
(でも、今日それは否定された。まあ、ヨシテルの言葉を信じればって前提だけど。なら、“真なる魔王”って誰で、どこに潜んでいるのかって話になる)
数々の世界を回ってきた経験から、テアは存在を隠匿しようとする魔王の存在も知っていた。
ジッと潜み、絶好の好機になるまで姿を見せず、あるいは擬態し、正体を悟らせない。そういうタイプの魔王だ。
今回もそれなのか、というのがテアの予想であり、魔王の器を複数用意することで、かく乱を狙ったのではないかとも考えていた。
その隠れ潜む場所を特定できるのであれば、真相に大きく近づくこととなる。
是非にも知っておきたい情報であり、ヒーサ以上に前のめりになるテアであった。
「教えて、早く! どこに魔王はいるの!?」
「随分と食いつきが良いな。まあ、当然と言えば当然か。探し人が“すぐ近く”にいるのだからな」
「すぐ近く、ですって!?」
「案外、足元というやつは見逃してしまうものなのだよ。常識に縛られている限りは、絶対に見えてこないからな。世の中、規則や法と言うものを平然と踏み躙り、あるいは改変し、もしくは都合よく解釈して、自分の思うがままに世界を描く。そういう輩もいると言う事だ」
「それってどういう……」
「で、魔王の潜む隠れ家の場所だが」
その時だ。
辛うじて残っていたヨシテルの体が、一気に燃え上がった。
青白い炎であり、まるで地獄の幽鬼が出迎えに来たかのように、ヨシテルの体を貪り、跡形もなく消し去ってしまった。
炎が収まったそこには、チリの山となったヨシテルがそこにいた。
そして、そこの上にわざと降り立ち、塵を踏み躙るように現れたのは、黒の法衣をまとう一人の男であった。
~ 第五十四話に続く ~
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