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第五十二話  下賜! 鬼丸、鬼嫁の所へ行く!

 ヨシテルは満ち足りていた。

 全力で戦って、その上で負けたのだ。松永久秀ろくでなしにまたしても負けてしまった点は腹立たしいが、それ以上に戦い抜いたという満足感が大きかった。

 つい先程まで、この世界で最強の存在は間違いなく自分自身であると確信し、それでいて負けた。

 悔しくはあるが、自分でも度を越えたと思っていた力を出し切り、その上を突き抜けられただけだ。

 素直に敗北を認め、あとはまた二度目の死出の旅時に出るだけだ。


「戦って、戦って、最後まで戦い抜いたのだ。それはそれでよい。“魔王”を打ち倒した褒美を与えねばならんな」


「謹んで拝領いたします」


「貴様には銭一枚残してやるものか」


 ヒーサが手を差し出して“褒美”とやらを貰おうとする姿勢は、あまりに図々し過ぎた。

 ヨシテルも当然突っぱねた。手が動く状態ならば、間違いなく殴り飛ばしていたであろう。

 そして、辛うじて動く目を動かし、視線をティースの方に向けた。


「ティース、と申したな、勇敢なる女剣士よ」


「左様でございます」


「見事、我に一太刀入れた褒美だ。我が愛刀『鬼丸国綱おにまるくにつな』を与えよう」


 天下五剣の一つに数えられたる名刀の中の名刀である。褒美として受け取るには十分すぎるほどの逸品であった。


「呪われてるぞ、その刀。公方様が拗らせてしまったせいで」


「ヒーサは黙ってて!」


 無神経な夫のつっこみにティースは叫び、その足に蹴りを入れた。

 ヨシテルの転生に際して、この世界に持ち込まれた『鬼丸国綱おにまるくにつな』であるが、持ち主がカシンの手によって呪いを受けたため、その影響を大きく受けてしまった。

 この刀もまた呪物化しており、切れ味を増幅させ、その威力が増したが、呪いによって破壊と殺戮の衝動もまた増幅させ、誰彼構わず血を求めるようになっていた。

 しかし、ヨシテルは暴走しなかった。

 類稀なる精神力で呪われし愛刀を制御し、己の力のみでそれを乗り越えた。


(こういう話だけでも、英雄の素質十分だってわかるのよね。私の相方も、少しは見習えって言うのよ)


 テアはヨシテルを見てそう思うのであった。

 なにしろヒーサときたら、今回も罠を仕掛けて相手を誘い込み、寄って集って殴りつけるというやり方で行ったのだ。

 勝てば問題ない。あらゆる手段は結果如何で正当化されるとでも言い気な態度には、毎度辟易させられていた。


「それで、どうするか? もはや我では刀を握れぬし、あの世へ赴く際にも、どのみち三途の川にて没収されるであろうしな」


「なれば、謹んで授からせていただきます。この世に、ヨシテルと言う無双の豪傑がいた証として、我が家に代々お伝えいたしましょう。その圧倒的な強さの伝承と共に」


 ティースの回答は、ヨシテルを納得させ、満足のうちに渡せる相手であると認識させた。

 ティースは落ちていた『鬼丸国綱おにまるくにつな』とその鞘を拾い、そこに納めた。

 手の感触は思いの外に重かった。実際の重さではなく、まとわりつく気配の重さであり、体感的に数倍の重さを感じさせるほどであった。


「我が消えても、呪いの残り香はそのままだ。いずれ次なる持ち主に上書きされるであろうが、その前に呪いが汝を取り込むこともあり得る。努々、油断せぬようにな」


「物騒な褒美でございますね」


「だが、威力は保証する。おそらく、この世のどんな刃物よりも、切れ味は鋭いはずだ。我を倒した事を誉れとし、汝の敵をそれで屠るがいい。悪しき者を斬ってこその『鬼丸国綱にまるくにつな』だ。その昔、悪夢に忍び込む鬼がいて、それを退治たという。邪を祓う事こそ、この刀の本分。その力を反転させて、邪悪な呪力を取り込むなど、本来あるべき姿に非ず」


「あ、ってことは、ヒーサをぶった切ったら真人間になりますかね?」


「死ぬ死ぬ。刀で斬られたら、死ぬからな、普通」


 嫁のあまりに物騒な物言いに、ヒーサも思わず止めてくれと言わんばかりに首を横に振った。

 実際、やりかねないし、やれるだけの実力を持っているのが自分の嫁である。

 動機、立ち位置、実力、すべてが実行可能な条件を満たしていた。

 異世界転生をして、現地妻に殺されるなど、さすがに勘弁してほしいヒーサであった。

 そんな二人のやり取りに、すでに死にかけのヨシテルも笑ってしまった。


「随分といい嫁を貰い受けたものだな。お似合いだぞ」


「そうでしょう、そうでしょう。ティースは自慢の伴侶にて、とても愛い奴なのです」


「性格の悪さといい、奥手に見えて実は行動力の塊だったり、見えていないふりをしてしっかり先を見据えていたり、“愛妻家”の汝にとっては愛で甲斐があるといったところか?」


「さすが公方様。剣豪としての眼力、お見事にございます」


 そう言って、ヒーサは不意にティースの腰に手を回し、自分の方へと抱き寄せた。


「では、公方様、さっさとあの世とやらに旅立ってください。これから愛しい伴侶と睦み合う予定がありますので、邪魔者は早々にお引き取り願いましょうか」


「ものすごく嫌そうな顔をしておるぞ。刀を抜こうかどうか、迷いながらもすでに柄に手を当てておる」


「照れ隠しと言うものでございますよ」


「……そうだな。もう、体の感覚はほぼなくなった。後は砂に変わるだけの我が身。一陣の風と共に、地獄に向かうとしよう」


 実際、ヨシテルの体は消え去ろうとしていた。

 元々、損傷の激しかった下半身はすでにちりと化しており、それも腰から腹に、腹から胸元にと徐々に上がって来ていた。

 呪いの反動が各自に体を蝕み、いよいよ本当に最後の時を迎えるようであった。


「まあ、せいぜい励むがいい。カシンは一筋縄ではいかん。汝の知略を以て、“真実のさらに奥”を見据え、伴侶の刀にて、邪を祓うがいい」


「ならば、物のついでに、答えを置いて行ってください。そう、“魔王の正体”をね」


「フンッ。お前には何も残してやらんと言ったはずだ。自分で見極めろ」


「公方様もケチですな。では、もう用済みですし、さっさと消えてください」


「お前も大概よな。どこまでも本当に癪に障る」


 自分の手で始末してやりたかったが、今世においても敗れてしまったのだ。悔いはあるが、言っても仕方がない事である。

 それ以上に自分を討ち取ったティースから、“無双の豪傑”という評を得た。

 これに勝る評価はなく、剣士としては完全に満足してしまっていた。


「まあ、いい。最後の意趣返しだ。どうせお前の事であるから、ある程度は予想しているのかもしれんが、これだけは言っておく」


 言おうかどうか一瞬、ヨシテルは躊躇った。

 情報を伝えると言う事は、確実にヒーサに利すると言う事だ。なんでこんな奴に圧し得ねばならんのだという思いが、当然ながら強かった。

 前世からの因縁と言うものは、それほどまでに強かった。

 だが、今は“室町幕府の将軍”ではなく、“ジルゴ帝国の皇帝”なのだ。

 力こそ正義であり、強者こそ法である。これが帝国の流儀だ。

 それにこそ今は従うべきではと考えればこそ、口を開いた。


「そこの少年や、この場にいない火神に愛されし少女、どちらも“魔王ではない”」


「……そうか」


 ヒーサは顎に手を当て、なにやらブツブツと呟きながら、頭の中に描いた絵図に修正を加えた。

 この期に及んで嘘を付くとは思えないので、その情報が“正”であると判断したためだ。


「“真なる魔王”はアスプリク、もしくはマーク」


 これが事前に考えていた事だ。数々の事象や、黒衣の司祭の動き、なにより《魔王カウンター》による女神の見立てなど、どちらかが魔王になると予想されていた。

 にも拘らず、ヨシテルはそれを否定した。

 つまり、“他に”魔王となる候補がいる、ということでもあった。


(え? それってどういう事!? ヨシテルの言葉が嘘じゃないって前提だけど、あの二人以外に魔王になれる存在がいるって事なの!?)


 《魔王カウンター》で調べた結果、アスプリクもマークも魔王となる素質がある事は、とっくの昔に分かっていた。

 しかし、“そうではない”というのがヨシテルからの情報であった。


(魔王の器となるからには、それ相応の実力がいる。恐らくは、私達が関知していて、それでいて魔王の器であることを見逃している誰かがいるはず!)


 一体それは誰の事なのか。

 テアは近くにいて、それでいて魔王になり得る存在の事を思案し始めた。



           ~ 第五十三話に続く ~

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