第五十一話 解呪! さらば剣豪皇帝!
ヨシテルは負けを認めた。そして、倒れた。
倒れ込む先には自分に“死出の一刺し”を入れた梟雄の伴侶がいたが、そこはマークが素早く動き、ヨシテルが覆いかぶさる前にティースの体を引っ張った。
氷の上にそのまま倒れ込み、顔面から突っ込んだ。
すでに力は失われ、起き上がる事の叶わぬヨシテルであったが、突っ伏したままでは格好がつかぬと、最後の力を振り絞って体を転がし、仰向けとなった。
「ふふ……、見上げる天のなんと眩しい事か。ああ、負けた。またあいつに負けた。口惜しい限りだ」
その呟きをティースもマークも耳の内に収めたが、その意味をすぐに理解した。
止まっていたのだ。目に見える速度で塞がっていた傷口の再生が、明らかに止まっていた。
ティースの入れた“死出の一刺し”がヨシテルの呪いを解き、普通の体に戻した。
それどころか、今まで逃れていた負荷が一斉に暴れ出し、ヨシテルの体を破壊しつつあった。
決着はついた。それは明らかであり、ティースもマークもようやく勝利を確信した。
「結局、テアの見立ては大正解ってわけね。ほんの一刺しで決まるなんて」
ティースは手に握ったままの剣を見つめ、それからゆっくりと立ち上がって鞘に納めた。
もう力が残されていないヨシテルに歩み寄り、そして、それを見下ろした。
仮にも一国の皇帝に対する態度ではないが、かと言って膝を付くことはできず、抱きかかえる事など以ての他なので、この構図となった。
だが、無礼の廉を咎める者はいない。ヨシテルもまた、なぜか笑っているだけであった。
「あなたさ、本当に剣の腕前に自信があったのね」
「いかにもその通り。剣こそ我が人生。剣こそ至高。それだけに生きたかった」
「あれだけの剣技を見せられたんだもの。最強の剣豪だったわ」
「ああ、最高の評価だ。負けたというのに、それでいて満足してしまっている自分が腹立たしい」
ヨシテルはティースに微笑みかけ、本当に満足しているという態度を示した。
悪鬼のごとき形相はすでにない。まるで何かに取り憑かれ、それが剥がれたかのように穏やかになっていた。
そんな変わり果てた姿を晒す中、いつの間にヒーサがそこに立っていた。
すべての邪気が打ち払われ、穏やかな凪のごとき因縁の相手の姿に対し、膝を付いた。
「公方様、あなたは生まれてくる場所を間違えた。足利家になど生まれて来ず、ただ一人の剣士として生を全うできれば、あるいはより良い人生を歩めたでしょうに」
「汝からそのような言葉を聞くとは、思わなんだわ。あれほど我を嫌っておったのに」
「嫌っていたのは、為政者としての足利義輝であって、剣士としての足利義輝ではない。室町将軍と言う立場に引っ張られ、幕府の復古を成し遂げようとして、時代の荒波に押し潰されただけだ。あるいは、一人の剣豪として、諸国を漫遊しておれば良かったのにな」
「ああ、それは素敵だ。師の塚原卜伝のごとく生きられたら、それは実に良き人生であったろうな」
かつての世界では“立場”に縛られ、生まれ変わったこの世界では“呪い”に縛られ、思うに任せる生き方を否定され続けた。
それからの解放は、ヨシテルにとって“死”を意味していた。
死こそ自由をもたらしてくれた。
だが、清々しい気分にもなれた。刀一本で戦って、戦って、戦い抜いて、敗れたとはいえ、最後まで刀と共に駆け抜けたのだ。
一己の剣豪としては、満足し得るものだった。
「まあ、汝を討ち取れていれば、猶の事、気分爽快であったろうがな。その点だけは残念でならん」
「一人でなら勝てなかった。勝てぬ戦に赴くは、阿呆のする事よ。ゆえに、勝てる状況と手駒を揃えた。それだけだ」
「おまけに、大嘘付きだ。『三人で仕留める』とか言っていたが、汝とその妻、童に加え、エルフ女も加わっていたではないか」
「おっと、そちらも気付いたか。まあ、嘘は騙される方が悪い。それもまた、戦国の作法にて」
「ええい、どこまでも癪に障る奴よ」
口から飛び出る言葉は悔しそうではあるが、表情は穏やかなままだ。
勝ちに不思議な勝ちはあれど、負けに不思議な負けはなし。もう自分が何をされたのかを、すべて把握していたので、よくぞそこまで周到な準備と連携をこなしたと感心すらしていた。
「汝が放った炎の攻撃、あれは我を攻撃するというより、視界を塞ぐことが主目的だな。同時に、氷の“表面だけ”を溶かし、滑りやすくする事。その滑りやすい氷の上をそこな女剣士が滑り、さらにエルフ女の風の術式を乗せて加速。その勢いのついた状態のまま、膝に蹴りを入れた」
「強いと言っても、体の作りは人間と同じだからな。関節は鍛えられん。ゆえに、折れる」
「それを実行できる女剣士を用意していたことには驚きだな」
「我が自慢の麗しい伴侶でございますよ。なにしろ、借金の払いを体で返済するという、実に勇ましい女子ですから」
「ヒーサ、まだそれ覚えていたの!?」
ビックリして抗議の声を上げたのは、もちろんティースだ。
結婚に先立ち、金欠に苦しんでいたティースに金子を差し出し、財政的困窮を救ったのはヒーサであった。
その際、「返済は体で払ってもらってもいい」と言っており、図らずも今回それが達せられたというわけだ。
皇帝親征の帝国軍襲来と言う危機に際し、敵総大将を討ち取る大金星を挙げたのはティースだ。
広い視野では王国を、狭く見てもヒーサを始めとするいつもの顔触れを救ったことになる。
「と言うわけで、ティースよ、約定通り借金は棒引きだ。これで一つ、枷が外れたな。おめでとう!」
「今更ですね。それ以上の枷をはめ込んでおいて、軽めの枷が外れた事に何の意味があると!?」
「少なくとも、借金をカタに、体を要求される事はなくなったというわけだ。喜ばしくはないのか?」
「それが今更だというのです! それとも、大きい方の枷を外してもらえますか!?」
「それは無理だ。我が子を生贄に捧げるという、母親にあるまじき所業を肯定したのは、ティース自身だからな。誘ったのは私だが、決めたのはティース自身だ。自分でハメた枷を他人に外させるのは無理と言うものだ」
「ああ、もう! 魔王以上に、あなたがムカつくわ!」
「そりゃ、会った事もない相手より、目の上のたん瘤の方が鬱陶しいだろうよ」
またいつもの口論と言う名のイチャイチャが始まったとテアはため息を吐きつつ、二人を無視してヨシテルに寄り添った。
「最強の剣豪よ、いくつか聞きたい事があるけど、まだ喋れそう?」
「……そうか、汝がカシンの言っていた“アレ”か」
「よく分からないけど、まあ、人間ではないのは間違いないわね」
黒衣の司祭カシン=コジから色々と吹き込まれているであろうが、その全容はまだ見えていない。
情報と知識こそテアにとっての最大にして唯一の武器であり、その獲得には余念がなかった。
まして、“もどき”扱いとは言え、半分魔王に覚醒していた存在からの情報であり、まさに値千金の情報が含まれている可能性があった。
聞けるなら聞いておきたいと考えるのは、ごく自然な流れだ。
「あなたに呪いをかけたのは、カシンで間違いない?」
「ああ、そうだ。この世界に召喚された段階で、魂に呪詛を仕込まれ、あの体になった。説明を受けてなんだそれはと絶望したが、すぐに慣れてしまったがな」
「慣れるだけ大したもんよ。どう考えてもリスクが大きすぎる。“剣によるダメージはかすり傷でも致命傷となるが、それ以外のダメージはなかった事になる”なんて、自分の腕前に絶対の自信がなければまず使いこなせないわよ」
これこそ、“不死身のからくり”であった。
(要は、“最大HPを1にする代わりに剣による攻撃以外ではとどめを刺せない”だもんね。下手したら子供の一刺しでも死ぬ。リスクが高すぎる。本当に呪いだわ)
よくもまあこんなハイリスクハイリターンなやり方を考えたものだと、これを見抜いたテアは呆れ返るほどだ。
剣によるダメージはかすり傷でも死を意味するが、それ以外の攻撃は瞬く間に再生する。
近接戦に絶対の自信があり、剣による攻撃を防ぎ切れると確信すればこその呪いだ。
最弱にして最強、それがこの世界におけるヨシテルの受けた業とも言えた。
「……よくぞ見破ったものだな」
「戦いはじっくり見させてもらいましたから。他の攻撃にはかなり無頓着に、それこそ防げても敢えて受ける場面があったわ。でも、“剣”での攻撃は別。神経質なくらい確実な方法で防いでいた。なら、そこに何かあるって考えるものよ。剣技ならば絶対に自分が勝つ。当たらないし、防いでみせるし、そして、確実に返してみせる。その絶対的な自信がないと受け入れられない“呪い”だわ」
これがテアが出した仮説であり、それが今し方、完全に証明された。
数々の猛攻を受けながら、ティースが剣で付けたかすり傷だけで“呪い”が解除された。
そして、解放されたためにリセットされていた負荷が反転し、ヨシテルを二度目の死へと追いやりつつあった。
すでに体の各所は崩壊が始まっていて、まるで結着力のないサラサラの砂のように変化し始めていた。
「呪いの負荷が出始めているわね。よくもまあ、こんなになるまで“耐えて”いたわね」
「地獄の窯で煮られるよりかは、随分と温く感じたぞ」
「それでも“痛い”んでしょ? これは“祝福”ではなく“呪詛”の類。傷は元に戻せても、痛みは肩代わりされない。文字通り“死ぬほど痛い”のに死ねない体になり、剣を振るい続けた」
「ああ、その通りだ。何度意識が飛びかけた分からぬほどだ」
「でも、あなたは自力で耐えた。身を焼かれようとも、引き裂かれようとも、ありとあらゆる攻撃に耐えて見せた。“女神”として、正直に言うわ。あなた、英雄の素質あり。最高に強くて格好いいわ。魔王にしてしまったのは、この世界の失策よ」
女神からの偽らざる評価、それも最高の賛辞が贈られた。
艱難辛苦を乗り越え、目的のためにひた走る。まさに求めている英雄の姿そのものだ。
そうした者の側に立ち、戦う姿を見届け、あるいは導くことにこそ、至高の価値があるとテアは考えていた。
それが目の前にいる。闇に染まり、魔王となりし身だが、その本質はただ一本の刀剣に全てを宿し、駆け抜けたいと願う人間そのものだ。
実に好ましい存在と言える。
(まぁ、少なくとも、私が“うっかり”選んで松永久秀よりかは、よっぽど英雄向きな奴よね。むしろ、こっち選んでいた方がよかったかも)
改めてかつての自分を殴り飛ばしたくなるテアであった。
なお、女神からの賛辞を受けた英雄にも魔王としても中途半端な存在となった男は、もはや思い残すことはないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべていた。
~ 第五十二話に続く ~
というわけで、ヨシテルの不死身の理由は「剣での攻撃以外は元通りになる」でした。
ただし、剣での攻撃に対しては脆弱そのもので、作中でもあったように、かすっただけでアウトです。
しかも、受けた攻撃は元通りになりますが、痛覚はそのままですので、傷を負えば痛いので、ショックで気絶することも有り得ました。
が、ヨシテルはそれに全部耐えきり、意識を保ったまま“仮初の不死身”状態で戦っていたというわけです。
“祝福”ではなく“呪詛”であることに気付いたテアの観察眼と、その仮説に全力で乗っかり、状況を作り出したヒーサによる、“初めての共同作業”によって皇帝ヨシテルを退けた、って感じでしょうかね。
ちょっと長々と書き過ぎてしまったかもしれません(汗)
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