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第四十九話  決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ! (15)

 ヨシテルは刀を握り、ヒーサの動きを待った。

 足場が氷であり、積極的に動くことが危険だと判断したためだ。


(あいつの剣は炎を自在に操る。下手に突っ込んで足場に炎を撃ち込まれては、氷が溶けて、そのまま湖の落ちかねん。まずは出方を伺い、その上で反撃を試みる)


 これがヨシテルの選択だ。

 剣の腕前には絶対の自信があり、“後の先”で応じる事とした。

 ヒーサに仕掛けさせて、更にその上を行く反撃を叩き込むつもりでいた。

 そんなヨシテルの態度を読み取ってか、ヒーサの持つ炎の剣『松明丸ティソーナ』に取り巻く炎も、一層勢いを増した。


「三人だ。三人で仕留める。まあ、見ていろ」


 炎を見せ付けながら、ヒーサは不遜な態度を崩さず、そう宣言した。

 実際、ヨシテルの視界には、合計で五名の姿が見えていたが、少し後ろに下がっている二人、ルルとアスティコスは湖を凍らせるのに魔力を使い切っており、戦力としては使い物にならなかった。


(そうなると、残りは三名。だが……)


 ヨシテルはヒーサ、ティース、テアをよく観察したが、不可解な点がいくつかあった。

 ヒーサは既に剣の炎をまとわせ、戦闘態勢に入っているが、他の二人、ティースとテアは構える様子を見せていなかった。

 テアに至っては、見える位置に武器すらなく、完全な徒手空拳であった。


(この状況で有り得るとすれば、まずはヒーサがこちらに炎を放ち、足場を溶かして湖に落とす。動きが鈍ったところで、取り付けばヨシ。くらいの考えだろうか?)


 ヨシテルは状況からそう判断したが、それはないともすぐに思い至った。

 ヒーサは基本的に、罠にハメて相手の動きを封じ、その上で倒す戦い方を企図している。先頃の攻城戦においても、まんまと誘い込まれて仕掛けられた罠にハマり、大きな損害を出していた。

 そう考えると、今のヒーサの行動はあまりにも“浅い”のだ。


(まだ、何か仕掛けてくる。それを素早く見極め、必殺の反撃を叩き込む!)


 後の先で行くと決めた以上、ヨシテルは返しやすいよう平青眼ひらせいがんで構えた。

 ヒーサのゆらめく炎と、構えたまま微動だにしないヨシテル、静と動が織り成す対照的な構えであり、ヒーサがどう仕掛けるのか、その場の全員が意識を集中空いて見守った。

 そして、動いた。


「燃え尽きろ!」


 ヒーサの叫び後と共に、『松明丸ティソーナ』から炎が噴き出した。

 両者の間に横たわる距離は、おおよそ三十歩。ヨシテルの取り得る手段はいくつもあった。


(回避、迎撃、敢えて食らう、どれでいくか)


 ヨシテルにはいくつかの選択肢から、瞬時の判断が求められた。

 強力な再生能力があるため、“弱点攻撃”以外の攻撃は無視しても問題はない。炎による一撃など、食らったところで元通りだ。


(だが、足場は氷! 火で焙られた氷が溶けるのは必定! 受けるのは論外だ!)


 相手が連携を示唆している以上、次々と仕掛けてくることが予想できた。動きに制限のかかる湖への落下は、絶対に避けるべき案件だ。

 そう考えると、炎の一撃は受けるという選択肢はない。

 回避も同様だ。正面から炎が迫っている以上、横によける事となるが、そのまま炎で薙ぎ払われると、いずれは逃げ場を失い、捉えられる可能性が高い。

 湖への落下を考えるのであれば、迎撃が最良と言えた。


「〈秘剣・捨之太刀しゃのたち〉!」


 ヨシテルは闘気をまとわせた斬撃を横に薙ぎ払った。あらゆる攻撃を吹き飛ばす、横一閃だ。

 迫りくる炎は風の前の煙のごとく、あっさりと吹き散らされた。

 だが、ほんの一瞬、炎によって視界が封じられた際に、次なる一手が打たれていた。

 先程まで棒立ち状態だったティースが、何かを投げ付けてきたのだ。


(投石!? ……違う! 焙烙玉か!) 


 ヨシテルは飛んで来るいくつかの物体を目の当たりにして、爆弾を投げ付けてきたと判断した。

 実際、ティースは炎で視界が遮られる一瞬のうちに、袖口に潜ませていた爆弾を手品のごとく取り出し、ヨシテルに向かってばら撒いたのだ。

 炎は吹き飛んだが、残り火はまだ空中を漂っており、完全に消えたわけではない。

 投げ付けた爆弾が一つでも着火し、爆発すれば、他の爆弾にも誘爆するのは必至だ。


(一つでも引火すれば、連鎖爆発で足場が崩される!)


 やはり湖へ落とす事を戦術に組み込んでいると、ヨシテルは判断した。

 そして、大胆にも前へと踏み込んだ。

 刀を返し、“峰打ち”で素早く、それでいて衝撃で爆発しないよう慎重に弾き飛ばした。

 カチカチカチンッと、金属がぶつかり合う音を響かせながら、誘爆させることなく、投げ込まれたすべての爆弾を処理した。

 爆弾はあらぬ方向へと飛んでいき、残り火漂う空間より、ひとつ残らず弾かれた。

 これで相手の策は退けた。ヨシテルはそう考えた。

 だが、すぐにそれは裏切られた。

 “真下”から攻撃が飛んできたのだ。

 何本かの“石の槍”が足元の氷を突き破り、ヨシテルに襲い掛かってきたのだ。


(真下だと!? こちらが踏み込むことも、あらかじめ織り込み済みか!)


 炎と爆弾に気を取られ、他への注意が薄れていたとはいえ、よもや氷を突き破っての真下からの攻撃は、ヨシテルの意表を完全についた。

 回避も防御も遅れてしまい、足元より突き出された石の槍は、ヨシテルの体を引き裂き、しかもその内の一本は踏み込んだ右足を貫いて、動きを封じる事に成功した。


「それ、もう一発だ!」


 ヒーサは動きが封じられると同時に、再び炎をヨシテルに浴びせた。

 槍で動きが封じられたヨシテルはこれを防ぐこともかわすことも叶わず、直撃した。

 炎が燃え盛り、足場の氷が案の定、ジワジワ溶け始めた。

 その薄くなった氷を突き破り、湖面の下から“それ”は飛び出した。

 ヨシテルから見て、背後側の下からである。砕けた氷片、水飛沫をまとわせながら、湖の中から現れたのは、“マーク”であった。


(あの時のわっぱか!)


 ヨシテルはマークの事をしっかりと覚えていた。

 なにしろ、使い番としてヒーサの伝言を届け、これ以上に無い挑発をしてきた張本人であるからだ。

 先程の戦闘でも、積極的でないにせよ攻撃を仕掛けてきており、それがいつの間にかいなくなっていたことに今少し注意を払っておくべきであった。

 そして、そのマークが手に握っていた物。右手には小剣ショートソードであり、左手には光り輝く“鍋”だ。


(事前に潜んでいたのか!? 湖を凍らせる前から! 鍋をひっくり返して一緒に沈み、その中の空気で呼吸しながら、凍り付いた湖の中で気配を消してジッとしていたと言う事か!)


 そうだと気付いた時、ヨシテルは目の前の少年の実力を図り損ねていた事に焦りを覚えた。

 こうまでした以上、事前に策を練って実行したのは間違いないのだ。なにしろ、湖を凍らせるという大掛かりな仕掛けをして、その凍った湖の下でジッと耐えていたのだ。

 下手をすると、氷に閉じ込められ、そのまま溺死、あるいは凍死する事すら有り得るのだ。


(だが、この童はやってのけた! 孤独と死が隣り合わせの状況下で、目の前で湖が氷に閉ざされていく中を、ただジッと鍋の中の僅かな空気を頼りに、恐怖に耐えて必殺の間合いを詰めた!)


 そう、条件は整った。

 マークが水中で使った〈石槍撃スピア・ザ・ストーン〉で足を抜かれて動きを封じられ、しかも背後から飛び出すことにも成功した。


「三人で仕留める」


 ヒーサは嘘を付いていなかった。

 ヨシテルのミスだ。その三人とは、ヒーサ、ティース、テアだと考えていたが、そうではなかった。

 テアはあくまで英雄ヒーサの戦いを見聞する女神でしかない。直接的な攻撃は厳禁なのだ。

 三人目は、湖の底に沈めておいた少年の姿をした“刺客”であった。

 飛び出したマークの握る小剣ショートソードの切っ先は、ヨシテルの首に向けられていた。



            ~ 第五十話に続く ~

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