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第四十八話  決戦! 剣豪皇帝を打ち倒せ! (14)

 城壁前の戦場から、凍り付いた湖の上へ場所を変えようとも、ヒーサに向けられた悪意と殺意に変化はない。皇帝ヨシテルは刀を握ったまま、鋭い眼光をヒーサに向けていた。


「さて、騒がしい輩がことごとくいなくなったことであるし、ここを汝の墓に定めたと判断してよいかな?」


 ヨシテルは刀の切っ先をヒーサに向け、垂れ流しの殺意と共に威圧した。

 距離にしておよそ三十歩ほどあるが、その気迫は本物である。小さな羽虫でも飛んでいれば、気配に押し潰されて即死してしまいそうな、そんな雰囲気があった。

 それが自分に向けられていないと分かりつつも、ティースは息苦しさを感じていた。


(魔王を名乗るだけあって、やはり規格外だわ。と言うか、これだけの気の奔流に当てられているというのに、平然としていられるのも凄いと言うか)


 チラリと見るヒーサもテアは恐れもなく、かと言って高揚もなく、ごく自然体で相対していた。

 普段の方が感情豊かで人間味に溢れているが、今はまるで機械的に作業をこなそうとする。そういう雰囲気が二人にはあった。

 何をどう過ごして来ればこうなれるのか、聞いて見たくもなった。


「先程ぶりですが、公方様もご健在なご様子で安心いたしました。今回は私が手ずからあの世とやらへ送り出しますゆえ、今度こそ迷われることなく旅立たれますよう、重ねてお願い申し上げます」


「フンッ! 余裕だな、痴れ者め。揃いも揃って女ばかり侍らせて、いい気なものだ」


「戦場で遊女うかれめを侍らせ、戦見物するというのも乙なものですぞぉ~」


「誰が遊女うかれめよ、誰が!?」


 抗議の声は少し下がっているアスティコスから発せられたが、ヒーサはこれを丁重に無視した。

 なお、ティースは軽く剣を抜いてすぐ戻し、カシャンという音をわざとらしく立てて、ヒーサに無言の抗議を行ったが、これもまた丁重に無視された。

 テアの方はまたかとため息を吐き、ルルの方はと言うとまんざらでもないと言わんばかりに、少しだけ顔を赤らめていた。

 三者三様の反応に、ヒーサは楽し気に笑い、ヨシテルにドヤ顔を向けた。“魔王”としてこのくらいはやったらどうなんだと、がっつり挑発した。

 ヨシテルはすでに刀を抜いて斬りかかれる体勢だというのに、ヒーサはどこまでも余裕の態度であった。

 氷の足場と言う不確定要素が、攻撃を阻む障壁となっているのだ。


「戦場に女子おなごは不要! 血飛沫が舞い、命と魂がすり潰される戦場において、女を侍らせて悦に浸るなど言語道断! 汝には武士もののふの誇りはないのか!?」


「おやおや、何と了見の狭いことで。その女子とやらに、何度焼き殺されましたかな?」


 今この場にはいないが、アスプリクはヨシテルに何度も致命的な一撃を加え、本来なら焼き殺していてもおかしくはないダメージを与えていた。

 無限の再生能力を持つがゆえに削り切れなかったが、まともな勝負であればアスプリクが勝っていたはずなのだ。

 それを真っ向から指摘され、ヨシテルはさらに気分を害し、ヒーサを睨み付けた。


「奴は引いたのであろう? なれば、我の勝ちだ」


「女子はいらぬと申しながら、勝ったの負けたの、滑稽な物言いですな。素直に『美女を侍らすヒーサ君、超羨ましい!』とでも嫉妬の弁を述べてくだされば、妻との熱き抱擁で更に煽ってあげましたのに」


「それはマジで勘弁して」


 すぐ横にいたティースから、これ以上に無い程の嫌そうな顔を向けられた。


「ほう、それがこの世界での汝の正室か。こんな奴に嫁ぐとは、余程の物好きか、それとも力尽くか」


「後者です」


「前者だな」


 ここでも意見を異にする二人であった。

 結婚の経緯からすれば、ティースの方が正しいのだが、“変わり者”という見方をすればヒーサの意見が正しくもあり、どっちもどっちだ。


「我が家の財産を掠めておいて、よくもまあそんな事が言えますね!」


「それ以上のものを与えているし、さらに追加で与えるつもりなのだが?」


「人は与えられた恩義よりも、奪われた恨みをこそ忘れないものです!」


「それは道理であるな。さすがは我が伴侶よ。真っ当な見識と、優れた洞察力には毎度恐れ入る」


「恐れ入っている割には、随分と私への扱いがぞんざいではありませんか?」


「礼を尽くしているとは言い難いが、丁重には扱っているつもりだぞ。なにしろ、この世界で見つけた“名物”では、間違いなく一級品に該当するからな」


 ここでもまた、両者の考え方の違いが如実に出てきた。

 ヒーサのティースへ抱く感情は本物であるし、実際気に入っている。出会ったころと比べて格段に成長している上に、さらに伸び代も大いにあるのだ。

 ヒーサなりのやり方だが、これでも愛でているつもりであった。

 そんなヒーサの態度が鼻持ちならないと考えているのがティースであり、どうにもこうにも腹立たしく感じていた。

 なお、敵の目の前だと言う事を完全に無視しており、この夫婦喧嘩ともあるい逆に睦み合いとも取れる二人のやり取りに、ヨシテルも完全に闘争の雰囲気を萎えさせられていた。

 また、テアもどう取り繕うべきか分からず、とりあえずヨシテルに向かって「なんかウチの連れ合いがバカでホントすいません」と言わんばかりにペコペコ頭を下げる始末だ。


「おっと、これはうっかり。主賓をこれ以上待たせるのは、さすがに野暮と言うものか」


「今更過ぎるのでは?」


「なら、このまま無視して、楽しい夫婦の一時を続けるか?」


「楽しい……?」


「ん~、では、続きは今宵の床の中でな」


 色々と文句を言いたそうなティースを横に置き、ヒーサはヨシテルを改めて対峙した。

 なお、ヨシテルの闘争心は完全に萎えており、そう言う意味では“間”を置いたヒーサの作戦が功を奏したといってもよかった。


「さてさて、公方様、お待たせいたしました。いや~、美女との睦み合いが楽しくて仕方がありませんでな。ついつい華を愛でてしまうものです」


「フンッ! 随分と気楽なものだな。それに侍らせている女子の半分は、嫌そうな顔をしているようだが?」


「なぁに、それも照れ隠しと言うものです。この世界ではそれを“つんでれ”と呼ぶそうで、その機微に気付けぬようでは、公方様、修行が足りておりませんぞ」


「力づくの間違いでは?」


「それもまた、戦国の作法でございますれば。仮に無理やりであろうとも、それを飛び越えて振り向かせてこそ、男冥利というもの。鳴かずとも、鳴かせて聞こう、時鳥ホトトギス。愛でる女子の艶やかな色声は、何よりの楽しみでございますぞ」


「汝の場合は、そんな色艶のあるものではなく、すすり泣く民草の悲哀ではないか!」


「武力を用いて、他国の領域を犯す公方様の仰り様とも思えませんな。ご自身の所業を顧みてから口を開いていただきたいものです」


 不意にヒーサから笑みが消えた。

 怒りと嘲りが同居した、決して自分には向けられない表情へと変じていることに、ティースは驚いた。

 おふざけ一切なし。本当に心の底から相手を軽蔑している。少なくとも、ティースはそう感じ取った。


「口では秩序だなんだと言いながら、武を用いて無理やり相手に意を通そうとされる。心底軽蔑いたしますな。初めから“天下布武”を謳い、力任せにやると宣じていた信長うつけの方がまだマシというもの。矛盾だらけですぞ、公方様」


「貴様のような、欲にまみれた輩に言われる筋合いではない!」


「欲望こそ、人を動かす原動力。それをご理解いただけぬとは」


「度が過ぎれば、それは毒にしかならん!」


「度を越した覚えはございませんが?」


「あれほどの事をしておいて、よくも抜け抜けと!」


「どの件でありましょうか? 生憎と、心当たりが多すぎて、口ではっきりと言っていただかなくては処理しきれませんな」


 どこまでも太々しい態度で通そうとするヒーサに、ヨシテルは再び怒りを滾らせ始めた。

 その溢れんばかりの怒りは握りしめた『鬼丸国綱おにまるくにつな』にも伝わり、漏れ出た瘴気が振動を呼び起こし、足元の氷に亀裂を走らせるほどだ。


「公方様、怒りを鎮めてくだされ。氷が割れてしまいますぞ」


「湖の氷が砕け、溶ける前に全てを片付けるまでのことだ」


「おぉ~、やる気十分ですな。それならば結構! いよいよ決着を付けましょうか」


 ヒーサも腰に帯びていた愛剣『松明丸ティソーナ』を抜き、しっかりとそれを握りしめた。

 何か切っ掛けでもあれば、すぐに二人の斬り合いが始まりそうな、そうした緊迫した空気が周囲に立ちこめ、少し離れたところで見ているルルが、思わず生唾を飲み込むほどであった。


「さて、手早く片付けて、今宵は愛しき我が妻と床を同じくするつもりですので、さっさと冥府魔道に堕ちて、二度と這い上がってこないでください」


「抜かしおる。地獄へ落ちるのは、貴様の方だ!」


「はて? 地獄に落とされるほどの悪行を、やった覚えは一欠片もございませんが?」


 白々しく答えるヒーサであったが、ルル以外の全員が「んなわけないじゃん!」とでも言いたそうな顔になっていた。


「いや、ほら、悪い事をやって来たのは、あくまで“ヒサコ”であって、私は“善良で慈悲深い領主”で通してきたから。仮に地獄行きならヒサコの方であって、私じゃないから」


 などと言い訳がましく述べ、呆れ返る者が続出した。

 表向きな情報を掬えばその通りなのだが、ヒサコはあくまでヒーサこと松永久秀が操る分身体であり、都合の悪い部分を隠したり肩代わりさせるための身代わり人形スケープゴートだ。

 そういう意味では役目を十全に果たしているとも言えるが、裏の事情を知る者からすれば、言い訳にすらなっていない状況であり、呆れるよりなかった。


「……その件はカシンより聞いてはいるが、女子に罪を被せて、自分は素知らぬ顔を決め込むとは、どこまでも見下げ果てた奴め!」


「ええ。私は公方様と違って、女子が戦場に立つ事を認めておりますれば。守るべき対象ではなく、肩を並べて共に過ごす存在です。屋敷であろうが、戦場であろうが、常に傍らに置ける“かみなし”なのでございますよ」


 この発言にぎくりとしたのは、テアであった。

 “上なし”を“神なし”と聞き取る事が出来るため、神と人の隔たりはないと言い切ったように聞こえたからだ。


(……まあ、こいつの言動は不遜そのものだもんね。私のことを女神だなんだと言いつつも、結局はこの世界の住人と変わらない接し方だし)


 信仰信心を植え付け、神への敬意を払ってくれないだろうかと、本気で考えるテアであった。


「この世は弱肉強食。観覧席など、どこにもありません。戦国乱世にあっては、女子供とて犠牲となるのは必定。ゆえに、この麗しき花園の住人もまた、私にとっては立派な戦力なのです」


「百合の花ではなく、野薊のあざみだとでも言いたげだな」


「ええ、まあ、棘があるからと言って忌避するつもりはありません。それもまた、愛でるべき美しき存在。むしろ、たおやかより、しなやか……、いや、したたかの方が好ましくすら思える」


「ああ、そうだな。業突く張りな汝には、あでやかな花より、毒花の方がお似合いか!」


「毒花もまた、美しくあるのですが、それを理解されぬとは、やはり底が浅いですな、公方様は」


 言い終わると同時に、ヒーサの持つ剣よりチリチリと火が湧き起こり、刃を取り巻くように炎が渦を巻き始めた。

 炎に照らされるその顔は、先程までの嘲るような表情は消え失せ、無表情を作っていた。


「では、公方様、前世より続く因縁、ここで決しましょうぞ。二度と迷い出ぬよう、きれいさっぱり焼き尽くして差し上げますゆえ」


「是非に及ばず! バラバラに斬り割いて、その呆けた面を二度と作れぬようにしてやるわ!」


 睨み合う両者の視線がしっかりとぶつかり合い、どちらがどう切り出すのか、周囲もまた意識を集中させそれを見守った。



            ~ 第四十九話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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